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第16話《湯気の小屋と、冬の安らぎ》

1. 凍える朝の「お風呂」宣言

その冬いちばんの吹雪が去った翌朝。スノウィ村は、分厚い白に埋もれて静まり返っていた。


「……あー、お風呂に入りたい」


リュミアの家の土間で、智也はかまどに当たりながら、思わず心の声を漏らした。隣でどんぐり粥をふーふーしていたリュミアが、不思議そうに耳をぴくつかせる。


「オフロ? なにそれ、おいしいの?」


「いや、食べ物じゃない。温かいお湯に浸かって、身体を洗う習慣のことだ」


智也は、日本の銭湯や、北欧のサウナ小屋の光景を思い浮かべる。 今の村は、食糧はある。栄養(芽出し豆)もある。断熱も進んだ。だが、圧倒的に「娯楽」と「清潔感」が足りない。


「よし、リュミア。みんなが最高にハッピーになれる『魔法の小屋』を建てよう」


「ハッピー? ……トモヤがそう言うなら、たぶん面白いことが起きる」


リュミアは少しだけ期待するように、灰色の尻尾をパタパタと振った。


2. 建設はちょっとしたお祭り

昼過ぎ、集会小屋で構想を話すと、村人たちは一気に沸き立った。


「なんだと? 石を焼いて、水をかけて、湯気で蒸されるだと!?」 ガルドが目を剥く。


「……智也殿、それは『拷問』ではなく、『極楽』なのですわね?」 ラナが上品に首を傾げる。


「やってみればわかるよ。名付けて**『スノウィ・サウナ』**だ!」


翌日から始まった建設作業は、冬の退屈を吹き飛ばすお祭り騒ぎになった。 用水の曲がり角。ガルドとレオンが「どっちが重い石を運べるか」と競い合い、子どもたちは「でっかい毛布作りだ!」と叫びながら、壁に苔を詰め込んでいく。


「智也くん、これ、完成したら『サウナ手帳』で作る回数の管理しなきゃだね〜」 エルナがのんびりと、けれど楽しそうに帳面を揺らす。


屋根に雪をどっさり盛り、外見は「大きな雪かまくら」のような小屋が完成した。


3. 男たちの「サウナ・ハイ」

「……よし、いくぞ。ロウリュ(湯気出し)開始だ!」


試運転の日。小屋の中には智也、ガルド、レオン、そして数人の若者がひしめき合っていた。 智也が、真っ赤に焼けた石の山に、アロマ代わりのハーブを混ぜた水をかける。


ジュワァァァッ!!


猛烈な湯気が一気に立ち昇り、小屋の中が真っ白に染まった。


「うおおおっ!? 熱い! でも……なんだこれ、香りがいい!」 ガルドが咆哮する。


「ははは! 汗が滝みたいに出てくるよ! 身体が溶けそうだ!」 レオンがゲラゲラ笑いながら、熱気を全身で浴びている。


十分後。 真っ赤な顔をした男たちが、扉から雪崩れ出てきた。


「「「ふぉおおおおおお!!」」」


勢いよく雪の中にダイブするガルドとレオン。 普通なら凍え死ぬはずだが、芯まで温まった身体には、雪の冷たさが最高に「キマる」刺激になる。


「……あ、天国が見える……」 雪の上に大の字になったガルドが、恍惚とした表情で空を仰いだ。


4. 女たちの至福と、しなやかな曲線

続いて、女たちの番が来た。智也は少し離れた場所で、焚き火でサケの切れ身を焼きながら待つ。


「あ、熱いわ!」「でもお肌がツルツルになりそう!」「耳まで温まる〜」


小屋の中から、楽しげな黄色い声が響いてくる。やがて扉が開き、白い湯気と共に彼女たちが出てきた。


先頭のラナは、火照った頬に濡れた黒髪を張り付かせ、どこか艶っぽい。 「……素晴らしいですわ。身体が羽のように軽くなりましたわ」


その後ろから、エルナがふにゃふにゃした足取りで出てくる。 薄手の服が汗で肌に吸い付き、腰のくびれや、豊かな胸元のラインがはっきりと強調されている。


「ふあ〜……智也くん、これ、最高だよぉ〜……」 エルナが伸びをすると、そのしなやかな肢体が夕陽に照らされ、智也は思わずサケを焦がしそうになった。


「あ、あはは。喜んでもらえてよかったよ」


最後にリュミアが、母の手を引いて出てきた。 リュミアの猫耳は真っ赤になり、尻尾も心なしかふんわりと膨らんでいる。


「トモヤ。これ、すごいの。……ありがとう」 リュミアが智也の袖をくいっと引き、上目遣いで微笑んだ。その瞳には、かつてないほどの輝きがあった。


5. 冬の夜の「ととのい」

その日の晩。サウナ小屋の隣には大きな焚き火が焚かれ、即席の宴会が始まった。


「サウナ上がりのサケは、世界一うまいな!」 ガルドが豪快に魚を喰らう。


「智也くん、みんなの肌のツヤが良くなって、数字以上に村が明るくなった気がするよ」 エルナがハーブティーを飲みながら、智也の隣にちょこんと座る。


智也は、夜空へと昇っていく湯気と煙を眺めていた。


(どんぐり倉、豆の芽、断熱壁、そしてサウナ……。これで、冬を越すためのパズルが全部埋まったかな)


「……トモヤ、食べて」 リュミアが、焼きたての魚の身を智也の口元に運んでくる。


「えっ、あ、自分で食べられるから……」 「ダメ。今日は、トモヤが一番頑張ったから。ご褒美」


リュミアのまっすぐな視線に負け、智也が口を開けると、周りの村人たちから「ひゅ〜!」と冷やかしの声が上がった。


冬はまだ半分以上残っている。 けれど、この温もりと笑い声があれば、もう誰も「凍える夜」を恐れることはない。


サウナ小屋の煙突から、細く白い煙が星空へと伸びていく。 スノウィ村の冬は、今、最高に「熱く」なっていた。

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