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第129話《『静寂の釣戦』と湿原の青写真》

1. 竿を振り、理を語る


「……智也。貴殿の造る『釣り竿』というやつは、実にもどかしいな」


岩場に腰を下ろした猛将カナクが、不器用そうに俺の自作したカーボン(を模した特殊加工の竹)製の竿を振った。


彼の太い指先には、極細の魔導絹が結ばれている。


「繊細さが命ですから。力任せに引けば、魚(獲物)に悟られますよ」


俺はリールをゆっくりと回し、ルアーを水面に躍らせた。


隣では、リュミアが不思議そうに水面を覗き込んでいる。彼女の竿には、先ほど俺が調整したばかりの浮きが静かに浮かんでいた。


「ふむ……。貴殿のやっていることは、、、力ではなく理屈で、最短距離で結果を出す。

……智也、正直に答えよ。貴殿は一体、どこの国の出身だ? その知恵、この世界の理とは根本からズレているように感じる」


カナクの言葉に、俺は少しだけ手を止めた。


水面に映る、この世界の二つの月。


「……俺の故郷は、ここから遠く、海に囲まれた島国です。そこでは人々は魔法を持たなかった。……というより、存在すらしなかったんです」


「魔法がない……? 冗談を。マナのない世界で、どうやって生きるのだ。火や水が近くに無いときはどうする」


「知恵を積み重ねたんです。魔法がないからこそ、自然の仕組みを一つずつ数式に落とし込み、誰でも同じ結果を出せる『理(物理)』を磨いた。


例えば、この釣り竿の『しなり』。あるいは列車の『蒸気』。それらはすべて物理現象として定義され、制御される。


俺はただ、その国で学んだ『学問』を、この世界の素材で再現しているに過ぎません」


カナクは空を仰ぎ、笑った。


「学問、か。貴殿の国では、誰もがその『理』を共有しているというのか。

……恐ろしいな。個人の武勇に頼らぬ強さ。それが、あの鉄路を生んだわけだ」




2. 鋼の男の、柔らかい記憶


「トモヤ、浮き……!」


リュミアの鋭い声。


見れば、彼女の浮きが激しく水中に引き込まれていた。


「リュミア、慌てないで! 竿を立てて、魚の重さを感じて」


俺が背後から彼女の手を添えるようにして支えると、リュミアの体が微かに強張ったのが分かった。


だが、彼女はすぐに呼吸を整え、見事な手際で銀色の川魚を釣り上げた。


「……釣れた。トモヤ、見て!」


「ああ、いい型だ。夕食の一品が増えたな」


俺たちが笑い合っていると、横でカナクがニヤニヤと温かい笑みを浮かべていた。


「ははは! 智也、戦争ではあんなに冷徹な計算をするくせに、この娘の前では随分と顔が緩むではないか。リュミア殿も、以前よりずっと生気溢れる瞳になった。……良いことだ」



「……からかわないでください、将軍。将軍こそ、竿が動いていますよ」


「茶化しているのではない。……羨ましく懐かしいのだ。」


カナクは視線を遠く、帝国の国境がある西の地平線へと向けた。


「私にも、かつて妻がいた。……ミナという、花のように美しくそして静かな女だった。

西方砦がまだ名もなき砦だった頃、彼女は私を支えてくれた。

だが、十年前の冬……帝国の小競り合いで補給が途絶え、彼女は病に倒れた。

薬さえ、王都からの薬さえ届いていれば、死ぬことはなかった」


カナクの巨大な掌が、岩を掴むように握り込まれた。


「私はこの国が好きだ。この荒れ果てた荒野も、誇り高い民も、すべて守りたい。

だが、かつてはそのための『力』が足りなかった。

……智也。貴殿が引いたあの鉄路は、ただの道ではない。十年前の私のような男を、二度と生ませないための『救い』だ」


カナクの言葉に、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。


エンジニアとしての俺が求めた「物流の最適化」という冷たい数値の裏側には、こうした個人の血の通った「祈り」が詰まっているのだ。


「……将軍。俺は、あなたの守りたいものを、工学で裏打ちします。二度と、補給不足で誰かが泣くようなことはさせない。……それが、俺の戦いです」




3. 西方砦からフロリーへ ― 湿原の青写真


祝宴の静寂が明け、翌朝。


俺たちは、西方砦のテラスに設置された大型の戦略図を囲んでいた。


「……次の目標は、東に位置する水の都、フロリーだ。ここを繋げば、南の交易路も『三角形』に組み込まれる」


カナクが地図上の一点を指差す。だが、そこには広大な『ルーン湿原地帯』が広がっていた。


「問題は地盤だ。フロリー周辺は、無数の支流が入り乱れる湿地帯。重厚な魔導列車を走らせれば、自重でレールごと泥に沈むだろう。

……通常の『フラップ・レール』では太刀打ちできない」


「(……地盤改良。あるいは、橋梁工事か)」


俺の脳内では、すでにいくつかの工学的アプローチが火花を散らしていた。


泥炭地や湿地での鉄道建設は、地球の歴史でも難工事中の難工事だ。


俺は、一人の男を呼んだ。


「レオン! 準備はいいか?」


「おう! 智也、久しぶりの『空の旅』だな」




4.空中偵察(航空測量)隊


俺たちの背後で、一頭の巨大な飛竜ワイバーンが、鼓膜を震わせるような咆哮を上げた。


レオンが手懐けた、青灰色の鱗を持つ屈強な個体だ。


西方砦からフロリーへ続く湿原地帯。


その難攻不落の地盤を見極めるための、少数精鋭による『空中偵察(航空測量)』。


メンバーは俺、マナ観測のリュミア、空の案内人レオン、そして地質調査のガルドだ。


だが、飛竜が翼を広げ、離陸の準備を始めた瞬間。


それまで黙々と機材を運び込んでいたガルドの動きが、ピタリと止まった。


「……おい、智也。俺、やっぱり下でレールの点検をしてるわ。……いや、急に石の精霊の声が聞こえた気がしてな。地面にいろと言っている」


ガルドの巨体が、微かに震えている。バイザー越しでも分かるほど、顔色が悪い。


あの大斧を軽々と振り回し、ローマンコンクリートを叩き上げた男が、地面を這う虫のように縮こまっていた。


「ガルド、何を言っているの」


ラナが、機材の詰まった鞄を飛竜の鞍に固定しながら、冷ややかな視線をガルドに向けた。


以前、アイゼル砦の戦いでガルドを物理的に空へ浮かせて壁を造らせた彼女は、この巨漢の弱点を熟知している。


「フロリーの湿地帯の下にある岩盤を見極めるには、あなたの『土の眼』が必要不可欠です。

それとも何か? 王国の英雄ともあろう男が、地面から足が離れるのを怖がっていると、砦の兵士たちに触れ回りましょうか」


ラナの少し呆れたような、だが有無を言わせぬ言葉に、


「……わかった、わかったよ! 乗ればいいんだろ、乗れば!」


ガルドが半ば自暴自棄になって飛竜の背に足をかけた、その時。


テラスから俺たちを見送っていたカナク将軍が、豪快に笑い声を上げた。


「ははは! 智也殿、一つ新しいことわりを学んだぞ。

……あの大斧を担いだ巨漢は、地面から一セルでも足が離れると、途端に赤子のようになるらしい!

ガルド、貴様、その巨体で飛竜に乗ったら、重さで飛竜が墜ちるのではないか? ……まあ、落ちても貴様ならその硬い殻で地面に新しいクレーターを作るだけだろうがな!」


「……将軍、うるさい! 落ちても俺は死なん! ……死なんが、高いのは嫌だ!」


ガルドはカナクに怒鳴り返しながらも、ラナに背中を押されるようにして、飛竜の鞍に深々と身を沈めた。


その様子は、英雄というよりは、これから屠殺場へ運ばれる家畜のようだった。


すっかり仲良くなったカナクからの、親愛のこもった茶化し。


だが、ガルドにとっては、ラナの冷徹な正論よりも、カナクの豪快な笑い飛ばしの方が、少しだけ心を軽くしたようだった。


開き直ったような、不貞腐れた顔でバイザーを下ろす。


「おい、ガルド! 漫才は終わったか? 早く乗れ! 風が変わるぞ!」


鞍の最前列で、レオンが楽しげに手綱を握りながら叫ぶ。


俺とリュミアもガルドに続いて乗り込み、シートベルト(魔導絹製の安全帯)を締めた。


「(……神秘を物理の杭で貫く前に、仲間の恐怖心を工学(安全装置)で貫かなきゃならんとはな)」


俺は、青ざめたまま動かなくなったガルドの背中を叩き、レオンに合図を送った。


飛竜が再び咆哮し、巨大な翼が一振りされる。


暴風と共に、西方砦のテラスが足元から遠ざかった。ガルドの悲鳴のような絶叫が風に掻き消され、俺たちは蒼穹へと舞い上がった。


眼下には、ルーン湿原が、月光を浴びて不気味に輝いていた。



【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


~もしよろしければ、ブックマークや評価で応援いただけると、執筆の励みになります!~


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