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第117話《思考の冷却、炎の連射》― 放熱サークレット(脳用ヒートシンク)―


1. 王都の風と、お嬢様の視察


「……ふん。まあ、田舎者の智也が騒ぐだけあって、多少は見られる街並みですわね」


王都コモンス、中央大通り。


豪華な装飾が施された馬車から降り立ち、アリアは扇子を広げて周囲を睥睨へいげいした。


その背後には、常に影のように寄り添う従者の姿がある。


「お嬢様、あまり身を乗り出されますと。……ですが、確かに。あの智也殿が手がけたという石畳の補強と、魔石街灯の配置は、王都の伝統的な美観を損なうことなく機能性を引き上げておりますな」


「わかっていますわ。……ただの石ころが、智也の理屈を通すだけでこれほど『整う』なんて。しゃくだけれど、私の好奇心は否定できませんわね」


アリアは勝ち気な瞳を輝かせ、王宮の北側にそびえる魔導研究所の塔を見上げた。


そこは、智也が「この国の心臓にする」と宣言した場所だ。




2. 変幻の魔女、デネブ


「お待ちしておりましたよ、フィアレル公令嬢」


研究所の最深部。


昨日までの「巨大な牛」の姿はどこへやら、そこにいたのは、知的な銀縁眼鏡をかけた長身の美女だった。


白衣のようなガウンを羽織り、積み上げられた魔導書を整理する手つきは無駄がない。


「……あら。智也からは『牛』だと聞いていましたけれど」


「デネブです。姿形は、その日の実験効率に合わせているだけですよ。……さて、アリアさん。智也から話は聞いています。『出力の化け物』が来るとね」


デネブは眼鏡の奥の瞳を細め、アリアを観察するように見つめた。


アリアは不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「失礼ね。私はただ、今までまともな教導者がいなかっただけですわ。どいつもこいつも『精神を統一しろ』だの『祈りを込めろ』だの……抽象的なことばかり」


「ふふ、そうでしょうね。凡人には、『溢れ出す大河を細いストローで吸え』なんて指導はできませんから」


デネブはアリアの手をとり、実験用のミスリル台へと導いた。




3. 「バルブ」の開放と、初めての感覚


「いいですか、アリアさん。あなたの魔力は、王都の連中が一生かかって溜める量を、一瞬で生み出してしまう。今までの教師が失敗したのは、あなたの『タンクの大きさ』を理解できていなかったからよ」


デネブの教え方は、これまでの神官や魔導師たちとは劇的に違っていた。


それは、智也が提唱する「物理現象」としての魔法だった。


「イメージするのは『神の炎』じゃない。『高圧蒸気のバルブ』よ。一気に開ければ釜が爆発する。けれど、一ミリだけ、正確に隙間を作れば……」


デネブの指先が、アリアのこめかみに優しく触れる。


その瞬間、アリアの脳内に、今まで感じたことのない「透明な回路」が浮かび上がった。


「……っ!?」


「流しなさい。指先の『指輪』という名の出口へ、一点に」


(……熱くない。いつもなら頭が割れそうになるのに、デネブさんの声の通りに動かすと、力が……『道』を通っていく!)


アリアが指先を前方へ向けた瞬間、シュドッ、という鋭い空力音とともに、極小の、しかし超高密度の火球が放たれた。


「え……? 今の、私が……?」




4. 天才ゆえの孤独、理解者の不在


「……あっけないほど、簡単ですわ。何なの? 今までの苦労は何だったのよ!」


アリアは自分の手を見つめ、わなわなと震えていた。


これまで、魔法を使うたびに襲ってきた激しい頭痛と倦怠感。それが、デネブの数分の手ほどきで、霧が晴れるように消え去ったのだ。


「理由は単純。あなたの出力に対して、出口があまりに狭すぎた。」


デネブの表情が、一瞬だけ、年相応の……あるいは数百年の孤独を越えてきた者のような、深い慈しみに変わった。


「私もね、経験があるのですよ。力が強すぎるあまり、誰にも理解されず、『制御不能の欠陥品』扱いされる苦しみをね。凡人の教師に、天才の苦悩は教えられない。……アリア、あなたは欠陥品じゃない。単に、世界があなたの出力に追いついていなかっただけなのよ」


アリアの瞳に、初めて涙が浮かんだ。


それは、高慢なお嬢様という鎧の下に隠していた、長年の劣等感からの解放だった。



5.魔法は「演算」である


「……いいか。魔法が『一日一回』しか使えないのは、魔力が枯渇するからじゃない」


王立魔導研究所の地下、特設実験室。


俺は、黒板にチョークで「人間の脳」の断面図を描き込み、その中央を赤く塗りつぶした。


背後には、知的な銀縁眼鏡をかけた美女姿のデネブさん、目を輝かせているビトル、そして「何よ、その下手な絵は」と不機嫌そうに腕を組むアリアがいる。


「智也くん、それじゃあ魔法使いはみんな、魔力が余ってるのに寝ちゃうってこと?」


エルナが私のすぐ隣で、帳簿を抱えながら首を傾げる。


彼女の肩が私の腕に当たり、例によって距離が近いのだが、今の私はそれどころではなかった。


「その通りだ、エルナ。正確には、脳という『中央処理装置(CPU)』が、魔法という高度なプログラムを実行した際の『演算熱』でオーバーヒートしているんだよ」


私は赤く塗った脳の図を指差した。


「魔法を発動する際、術者は現象を強力に『イメージ』する。これは脳にとって凄まじい計算負荷だ。」


(・・・現代の機械で言えば、冷却ファンのないパソコンで最新のゲームを動かすようなもの。)


一回魔法を放てば脳の温度は急上昇し、焼き切れるのを防ぐために安全装置セーフティが働いて、強制終了……つまり、失神や極度の疲労が起きる。


それが『一日一回』の正体だ」


私の言葉に、デネブさんが眼鏡の奥の瞳を細めた。


「……面白い仮説だね。確かに魔法を放つ瞬間、頭の芯がジリジリと焼けるように熱くなる感覚がある。一部の狂信者はそれを『神との一体化』だなんて呼んで喜んでいるが……。実際はただの排熱不足、というわけかい?」


「ええ。魔法の本質は、プログラムの実行そのものです。発動時の『構成』を維持する負担を脳から切り離し、かつ発生した熱を物理的に逃がしてやれば、制限は消えます」




6.リックの超精密パーツとビトルの組み上げ


「(……理屈は固まった。あとは、ハードウェアだ)」


私は、作業机の上に並べられた銀色のパーツを手に取った。


栗鼠人族のリックに、私の設計図通りに削り出してもらった超精密部品だ。


「お兄ちゃん、これ本当にすごいよ……。リックさんの削り出し、誤差が髪の毛一本分もない。これなら僕の魔導回路と完璧に噛み合う!」


ビトルがピンセットを手に、サークレット状のデバイスを組み上げ始める。


【工学ハック:放熱サークレット(脳用ヒートシンク)】


それは、ミスリル製の極薄フィンを幾層にも重ねた、見た目にも美しい冠だった。


術者のこめかみにある「魔力伝導点」に直接触れるように設計されており、脳内の熱をミスリルの高い熱伝導率で吸い上げ、大気中へ逃がす。


「ビトル、こめかみの端子部分の絶縁はどうだ?」


「バッチリだよ! 蜜蜂人族のワックスでコーティングしたから、魔力の逆流ノイズも防げる。」



7.アリアの「覚醒」


「……できたよ! 智也お兄ちゃん、アリアお姉ちゃん!」


ビトルが差し出したのは、銀色に輝くサークレットだった。


アリアは「なによ、こんな玩具みたいなもの……」と毒づきながらも、私の指示に従ってそれを装着した。


「カチリ」と、サークレットがアリアの頭に固定される。


「……っ。な、なによこれ。頭が……すごく、ひんやりするわ」


「サークレットが脳の熱を吸い上げ始めてるんだ。


私は実験用の厚い石壁を指差した。


「(……さあ、見せてくれ。工学が魔法を御す瞬間を)」


アリアが、戸惑いながらも指先を壁に向けた。


彼女が指輪にわずかな魔力を込めた、その瞬間。


――シュドッ!!


これまでの「ドォン!」という大爆発ではない。


空気を切り裂くような、鋭く、高い音が響いた。


親指ほどの大きさの、しかし太陽のように輝く高密度の火球が、銃弾のような速度で放たれたのだ。


「え……?」


アリアが目を見開く。だが、私の指示は止まらない。


「続けろ、アリア! 指を動かすリズムで連射するんだ!」


「……わ、わかったわよ! シュドッ、シュドッ、シュドッ、シュドッ!!」


実験室に、まるで工場の機械音のような連続音が鳴り響いた。


一発、二発……十発。


アリアの指先から、正確なリズムで火球が吐き出され、石壁を次々と粉砕していく。


「あはっ……! すごい、智也! 全然、頭が重くならないわ! どこまでも、透き通った感覚で魔法が撃てる!」


アリアの顔が驚きから歓喜に変わり、やがてそれは狂喜に近いものになった。


サークレットの放熱フィンが、マナの熱を吸い上げて陽炎かげろうのように揺れている。


百発。


アリアが最後の一撃を放ち終えたとき、実験室の防壁は真っ赤に熱を帯び、ドロドロに溶け落ちていた。


それでもアリアは、肩で息をすることもなく、涼しい顔で立っていた。


魔法使いが「一日一回」の奇跡を放って倒れる時代。


その常識が、今、物理的に粉砕されたのだ。




8.戦略的分析:英雄から「砲兵」へ


「……智也。あんた、とんでもないものを産み落としたね」


デネブさんが、溶けた防壁を見つめながらポツリと漏らした。


その瞳には、知的好奇心を超えた、ある種の戦慄が宿っている。


「これまでは、一人の英雄が戦場をひっくり返すのを待つのが戦略だった。だが、このデバイスを普及させれば……」


「ええ。特別な才能のない、平均的な魔導師たちが、二十四時間交代制で火力を投射し続ける『精密な砲兵部隊』に変わります」


私は、熱を逃がし終えたサークレットを手に取った。


「帝国が十万の兵を並べようと、こちらの『スループット(時間あたりの処理量)』がそれを上回れば、敵は一歩も前に進めません。魔法はもはや奇跡ではなく、管理可能なエネルギー供給システム(インフラ)なんです」


デネブさんは、私の非情なまでの合理性に、小さく溜息をついた。


「戦場から『情緒』を奪うつもりかい? これはもう、ただの虐殺の道具システムだよ、智也」


「(……分かっている。でも、仕組みで勝たなきゃ、この国の人たちは死ぬんだ)」


少数民族の精密加工、ビトルの魔導工学、アリアの魔力量、そして私の設計思想。


これらが重なり、王国の未来を切り拓く「圧倒的な火力」が、ここから誕生した。



【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


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