第115話《黄金の外交と、魔法の「出力」》
1. 狂った計算機たちの遠足
王都コモンスから海路を経て、中立国・自由都市連合の港へと降り立った一行は、現在、連合の首都へと向かう豪華な馬車の中にいた。
「――閣下、聞いておられますかな! くれぐれも、くれぐれも『余計なこと』は口になさらないでくださいよ!」
王国のベテラン外交官、ドミニクは、悲鳴に近い声を上げていた。
額の汗をハンカチで何度も拭い、窓の外と目の前の面々を交互に見ている。
彼の視線の先にいるのは、王国の財政を司る「計算狂」オルソン財務官。
その隣で身を乗り出している甥のコルソン。
そして、穏やかな笑みを浮かべながら「血も涙もない帳簿」を抱えるエルナだ。
「自由都市連合の連中は、商人の集まりです。言葉の端々に罠を仕掛け、こちらの譲歩を引き出そうとする猛獣だ。失言一つで、鉄道計画の予算が数百万ゴールド吹き飛びますぞ!」
必死の訴え。
だが、オルソンは窓の外を流れる景色を眺めたまま、上の空でぶつぶつと呟いていた。
「……ふむ。あの街灯の配置間隔。夜間の視認性と魔石の消費効率を考えれば、あと三・五%は間引けるな。いや、反射板の角度を十五度変える方が……」
「オルソン閣下!」
「分かっていますよ、ドミニク殿。外交でしょう? 数字が合えば、人は動く。ただそれだけのことだ。……それより、さっきからコルソンが静かすぎるな」
視線を隣に向けると、コルソンは窓に顔を押し付けるようにして、街道沿いの屋台を凝視していた。
そこでは、この都市の名物である「クラーケンの串焼き」――イカ焼きのような香ばしい匂いを漂わせる食べ物が売られている。
「……叔父上、見てください。あの串焼きの『期待値』を」
「ほう、聞こうか」
「一串に三切れ。価格は三銅貨。ですが、あっちの店主の方が、串を刺す角度が垂直に近い。重力による肉汁の流出を最小限に抑えています。……つまり、あっちの店の方が単位重量あたりの栄養価が〇・八%高いはずです」
「……なるほど。だがコルソン、火力の維持コストを見落としているぞ。あっちの店は炭が安い。燃焼温度が低い分、火の通りを均一にするための旋回運動に要する労力を計算に入れれば――」
二人の会話に、エルナが「えへへ」と笑いながら参戦した。
「でも、あの店主さんの仕入れルート、さっきの港で見かけた配送業者さんと同じですよね? 卸値を考えると、利益率は一五%を確保できているはず。……つまり、交渉次第で二銅貨まで下げられますよ」
「「……!!」」
オルソンとコルソンが、同時にエルナを見た。
「素晴らしい。エルナ殿、君の物流視点は相変わらず鋭い。……よし、外交の前に、まずはあの屋台のビジネスモデルを解体しよう」
「賛成です、叔父上! 全屋台の価格調査をして、この都市の物価インデックスを作成しましょう!」
「やめろぉぉぉ! 降りるな! 今は国家の命運を賭けた交渉へ行く途中なんだぞ!」
ドミニク外交官の絶叫が響き渡る中、馬車は無情にも停車した。
三人の「数字の怪影」は、獲物を見つけた猛獣のような目で、中立国の市場へと飛び出していった。
「……こりゃだめだ。王国の未来が、イカ焼きの原価計算に懸かっているなんて……」
ドミニクは膝から崩れ落ち、天を仰いだ。
彼の前途は、智也が敷こうとしている鉄路よりも長く、険しいものになりそうだった。
2. 帳簿の上の戦場
それから数時間後。
自由都市連合の豪華な応接室には、先ほどまでの喧騒が嘘のような、冷徹な沈黙が流れていた。
ドミニクの心配をよそに、席に着いた瞬間のオルソンは、まるで別人のような「氷の財務官」へと変貌していた。
「――よろしいですかな、閣下。これは『輸出』ではなく『安全保障の分担』なのです」
オルソンの眼鏡が、ランプの光を冷徹に反射する。
その隣では、コルソンが猛烈な勢いで算盤を弾き、エルナが羽ペンを滑らせて複数の帳簿を同時に更新していた。
対面に座る連合の外交官は、脂汗を浮かべていた。
「し、しかし……ミスリルの独占供給権を我が国が持つ代わりに、この『高精度時計』のライセンス料を王国の鉄道債券として支払うというのは……。あまりに条件が複雑だ」
「えへへ、計算は合ってますよ」
エルナが、ふわりとした微笑みを浮かべながら資料を差し出す。
「この時計がもたらす『時刻の同期』。これが貴国の港湾に導入されれば、荷役の効率化によるGDP押し上げ効果は、向こう三カ年で一・二%。……王国はその『未来の利益』を、今、鉄道レール用の鋼材として買い叩きたいだけなんです」
「……っ! 未来を売れと言うのか!」
外交官が声を荒らげた瞬間。
オルソンが偶然を装って、手元の書類をバラまいた。
「おっと失礼。……ああ、コルソン。そこに挟まっていた『帝国の関税引き上げ予測』のデータは見せてはいけないと言っただろう?」
「……え? あ、ああ! すみません叔父上!」
わざとらしい芝居。
だが、その紙に書かれた「絶望的な数字」を見た外交官の顔色が、一瞬で土色に変わった。
帝国と組めば搾取され、王国と組めば合理的な同盟が得られる。
「……承知した。永代守護契約、ならびに鉄道債券の引き受けに署名しよう」
オルソンがニヤリと笑う。
「(……やった。この調子でいけば、智也くんが欲しがっていた鋼材は全部揃うかも)」
帳簿の上に、王国の勝利が刻まれた瞬間だった。
3. 一日十キロの「動脈」
「――よし、ここの勾配は〇・五%。路盤の締固め、問題なし。次、行こう!」
王都の郊外、かつては何もない荒野だった場所に、鋼の筋が猛烈な勢いで伸びていた。
俺、高瀬智也は、泥にまみれた作業着の袖をまくり、測量機(自作のレベル)を覗き込んでいた。
(……現場は生き物だ。一秒でも止めれば、物流の熱が冷める)
「智也さん! 地質データ、北北西三〇度地点で粘土層にぶつかりました!」
星鼻モグラ族のモグが、鼻先をひくつかせながら叫ぶ。
彼は地面に耳を当てているわけではない。彼の鼻にある数千の触覚受容体が、地中の微かな密度の違いを「音」として捉えているのだ。
「了解。粘土層の厚みは?」
「一・二メートル。その下には硬い岩盤があるよ!」
「なら、地盤改良は不要だ。岩盤まで掘り下げて、砕石を充填しろ。蟻人族の施工ユニット、第一から第三小隊、先行してロックボルトの打ち込み開始!」
俺の指示が飛ぶと、巨大な蟻の頭部を持つ種族――蟻人族たちが、一糸乱れぬ動きで動き出した。
彼らの建築能力は、まさに「工学的」だ。
複雑な計算が必要なトラス構造の概念を、彼らは「群れの本能」として瞬時に理解する。
一人がレールを運び、二人が固定し、四人がバラストを敷き詰める。
その動きには、一ミリの無駄もない。
「ガルド! 路盤の仕上げを頼む!」
「おう! 任せろ、智也!」
ライオン獣人のガルドが、巨大な槌を背負って前に出た。
彼は土魔法の使い手だが、俺が教えたのは「山を崩す力」ではない。「土の隙間を埋める振動」だ。
ガルドが地面に手を突くと、ズズズ……と腹に響くような振動が広がる。
「土よ! 今だけ牙を受け止めろ! ガチガチに固まれぇッ!」
魔法による共振現象。
土粒子同士の摩擦を一時的に殺し、再配置させることで、現代の重機で数週間かかるロードローラーの作業を、わずか数秒で完遂させる。
「路盤密度、設計値クリア。……蟻人族、レール敷設開始!」
俺が叫ぶ。
この「鉄道建設」は、単なる工事ではない。
蟻人族の同時施工、土竜人族の掘削、そしてガルドの魔法。
多種族の異能を「モジュール」として組み込んだ、史上初の超高速土木システムだ。
一日、十キロ。
中世の常識では、一生かかっても終わらない距離を、俺たちは一日で「鋼の道」に変えていく。
「智也殿。……この速さ、もはや奇跡を超えて、一種の恐怖すら感じますわ」
隣で規律を守るラナが、風魔法で舞い上がる埃を抑えながら呟いた。
「奇跡じゃないよ、ラナ。これは『手順』と『同期』の結果だ。速さが、そのまま民の命を救う盾になる。……だから、一分でも早く繋げなきゃいけないんだ」
4. 魔法の「出力」と統計学
「……待ってくれ。今、魔法を撃ったのは誰だ?」
俺は、王国魔法局から派遣されてきた魔導師の一人に歩み寄った。中年の、どこにでもいそうな平凡な男だ。
「は、はい。私、トビアスですが……何か不手際でも?」
「いえ、不手際じゃありません。失礼しました。……トビアスさん、先ほどから一時間おきに、もう五回も土砂の圧密魔法を使っていますね?」
トビアスは、不思議そうに首を傾げた。
「ええ、まあ。少し疲れましたが、まだいけますよ。鉄道が繋がれば、私の故郷にもジャガイモが届くと聞きましたから」
俺は目を見開いた。
(……おかしい。ガルドやラナは、これほど短時間での連続使用は避けるはずだ)
事前のヒアリングでは、一般的な魔導師の魔力量は、この規模の魔法なら一日一回が限界だと聞いていた。スノウィ村でも、魔法は神聖な「一回きり」の行使として扱われていたはずだ。
「トビアスさん。普通、魔法使いは一日一回、多くても二回撃てば、魔力欠乏で倒れるって聞いてるけど……。あなたみたいな人は、ほかにもいるのですか?」
俺が問いかけると、トビアスは謙遜するように頭を掻いた。
「ああ、村では私だけでしたが、ただ、王国の魔法局にはもっとすごい人がたくさんいますよ。私などは、これでも下っ端の方でして。局の精鋭なら、もっと複雑なのを何度も繰り返します」
俺は絶句した。
エンジニアとして、この「変数」は見過ごせない。
「ガルド、ラナ、ちょっといいか」
俺は作業の手を止め、二人を呼び寄せた。
「あのトビアスさん、今日だけで五回も魔法を使ってる。……二人は、魔法を複数回使えるのか?」
俺の問いに、ガルドは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……無理だ。二度使おうとすると、頭の中に焼けた鉄を流し込まれたような痛みが走る。そのまま無理をすれば、頭が焼き切れて死ぬってのが、俺たちの村の常識だ」
ラナも、真剣な面持ちで頷く。
「左様ですわ。一度の行使で精神の『芯』が熱を持ちますの。二度目を試みようとすれば、猛烈な拒絶反応が起きます。……あれを五回も平然と行うなど、魔導士としての構造が違うのではないかと疑うほどですわ」
(スノウィ村では一日一回。無理をすれば頭が焼き切れる。だが、王国魔法局の人間は複数回使える……)
これは個人の才能の差で片付けていい問題じゃない。
もし魔法という現象が、一種のエネルギー代謝や、脳内の電気信号の制御だとしたら、その「冷却効率」や「導電性」を上げている物理的な要因があるはずだ。
「……出身地、あるいは食事か。これが解明できれば、王国の出力を底上げできるかもしれない」
5. 鋼の軌跡、王都へのカウントダウン
夕暮れ時。
完成したばかりの十二キロのレールが、夕陽を浴びて黄金色に輝いていた。
「智也さん、今日の進捗まとめました!」
象人族のパドが、中立国から持ち帰ったばかりの新しい計算尺を手に駆け寄ってきた。
「鉄道工事は驚異の速度で進んでいます。蟻人族の施工ユニットと、ガルドさんや魔法局の方々の地盤硬化を組み合わせれば……今のペースは一日十キロ。安定していますね」
「一日十キロか……」
俺は泥だらけの計算尺を手に、王都までの距離を頭の中で弾いた。
「セントラリアから王都コモンスまでは、直線距離でおよそ八百キロ。起伏や迂回を考えても一千キロといったところか。」
「今の速度を維持できれば……」
パドが指先で計算尺をスライドさせる。
「……約三ヶ月。あと約三か月で、このレールは王都に届きますよ、智也さん!」
「三ヶ月か……。半年もかからないのか」
俺はその数字の重みを噛み締めた。
かつて、馬車で一ヶ月以上かかっていた距離が、3日で結ばれる。
物流、軍事、そして人の想い。すべてがこの鋼の道の上で加速していく。
「速さが、命を救う。……エルナ、オルソン閣下たちのおかげで鋼材の目処も立った。このまま、止まらずに行こう」
「はい! 数字は嘘をつきません。智也さんの作る『仕組み』が、この国を一つにするんですね」
俺は、地平線の彼方、王都へと向かって伸びるレールの光を見つめた。
エンジニアの休息はまだ先だが、その表情には確かな達成感が浮かんでいた。
【読者の皆様へ】
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