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第114話《変才と帳簿小娘の黄金共鳴》

1. 王宮の怒号と「鉄の三角形」


王宮の大会議室。

普段は歴史の重みを感じさせる静謐な空間が、今は市場の喧騒よりも騒々しい。


正面の玉座には国王陛下。

その傍らにはヴァレリア皇太子。

そして円卓を囲むのは、財務省の官僚、戦略局の幹部、そして王国の土地と利権を握る貴族院の重鎮たち、総勢数十名。


その中心、議長席に座っているのは、ボサボサの鳥の巣頭を掻きむしる財務官オルソンだ。

俺とエルナ、そしてガルドとラナも、技術顧問チームとしてその隅に控えていた。


(……この空気、都内のゼネコンの予算会議より一万倍きついな)


俺は胃のあたりを軽く押さえながら、大理石の床に広げられた巨大な地図を見つめた。


そこには、王都コモンズを起点とした「総延長 2,500km」の馬車鉄道網の計画図が、血管のように張り巡らされている。


「……正気か、オルソン閣下!」


沈黙を破ったのは、最前列に陣取った老貴族だった。

彼は顔を真っ赤にして立ち上がり、杖で床を激しく叩いた。


「馬車鉄道だと? 聞いたこともない愚策だ! 鉄の道を敷くだけで、どれほどの鋼が必要だと思っている! 国庫を食いつぶし、民を飢えさせるつもりか!」


「左様! そもそも 2,500km もの工事など、何十年かかると思っている!」


別の若手貴族も追従する。


「農村から馬を根こそぎ連れていけば、秋の収穫はどうなる! 兵を運ぶ前に、我々は飢え死にするぞ!」


猛烈な反対の嵐。


それは、未知の技術に対する恐怖と、自分たちの既得権益が侵されることへの拒絶反応だった。


「(……まあ、そうなるよな)」


俺は内心で苦笑した。


エンジニアがどれほど完璧な図面を引いても、それを実現するための「意思決定」という工程には、常にこういうドロドロとした感情が付きまとう。


だが、今日の俺には最強の「盾」がいた。




2. 狂乱の暗算、論破の嵐


「……ヒ、ヒヒッ。……笑わせるな、無能ども」


オルソンが、ボサボサの頭を上げた。


彼の指は、ピアノを弾くような速度でデスクを叩いている。


その目は血走り、焦点は目の前の貴族ではなく、脳内に浮かぶ膨大な「数字の洪水」に向けられていた。


「黙って聞け。……指が止まらんのだ、数字が溢れて止まらんのだよ!」


オルソンが叫ぶと同時に、隣に控えていた副財務官のコルソンが、スッと背筋を伸ばした。


彼は叔父とは対照的に、彫刻のように整った顔立ちをしたハンサムな青年だ。


だが、その瞳に宿る光は、オルソンと同じ「数字の狂気」に満ちていた。


「叔父上、データの同期、完了しています。……開始ブレイクしましょう」


コルソンの声は、冷徹な刃のように会議室の喧騒を切り裂いた。


「いいか! 総延長 2,500km! 標準軌!」オルソンがまくし立てる。


「これに必要な鋼材は 32,000トン だ! メギド鉱山を拡張し、採掘人数を 5倍 に増やせば、一年以内に供給できる計算だ!」


「さらに防腐処理を施した枕木は 420万本!」


コルソンが、紙も見ずに補足する。


「これには 15平方キロメートル の森林伐採が必要だが、間伐材や中心部のみを使う。必要人員は 1,200人! 運用馬は 4,000頭!建設ピーク時の動員人員は 9,800人! 運用開始後の維持人員は 4,900人 だ!」


「諸君、よく聞けぇ!」


オルソンが立ち上がり、地図の上に身を乗り出した。


「この鉄道が完成すれば、王国の物流コストは現在の 1/9 に圧縮される!


金額にして年間 28,000,000ゴールド の直接削減だ!」


貴族たちが、あまりの数字の具体性に言葉を失い始める。


「年貢の集積における遅延ロスも激減し、キャッシュフローが改善!15,500,000ゴールド の追加税収が見込める!さらに智也殿の種芋と鉄製農具が全国へ即日届くことで、農業生産性は 13% 向上!これによる経済波及効果は 12,500,000ゴールド!」


「鉄の安定供給により国内職人の生産性も 15% アップ!6,200,000ゴールド のプラスだ!」


コルソンが、流れるような動作でエルナの持つ帳簿と視線を合わせ、頷く。


「合計、年間 62,200,000ゴールド の経済効果!

初期投資 98,000,000ゴールド は、わずか 3年 で完全回収だ!

以後はすべて純利益として国庫に転がり込む!」


オルソンが、鼻先が触れそうなほどの勢いで、反対していた老貴族を睨みつけた。


「だがなぁ……これは経済の問題ではないんだよ、この老いさらばばめ!

これは安全保障だ! 帝国の人口は我が国の 2倍! 穀物生産量も 2倍! 兵も 2倍 だ!

そんな相手とまともに殴り合って勝てるわけがないだろうが!」


オルソンは、血の滲むような声で叫んだ。


「勝てる唯一の道は、鉄道による 『スピード』 しかないんだよ!敵が百歩歩く間に、我々が千歩歩く!

一人の兵を十箇所で使い回す! それがこの 『鉄の三角形』 の正体だ!

……文句があるなら、俺より精度の高い逆算バックキャストを持ってこい!

できないなら、黙って財布の紐を俺に預けろ!」


会議室は、水を打ったような静寂に包まれた。

オルソンとコルソン。

この「数字の変人親子」が吐き出した具体的数値の暴力の前に、感情論だけで反対していた貴族たちは、ただただ圧倒されるしかなかった。




3. ミスリル貿易という「燃料」


「……だが、閣下」


戦略局の幹部が、おそるおそる手を挙げた。


「理屈は分かりました。しかし、目の前の 98,000,000ゴールド が無い。


国庫を空にすれば、工事中に帝国が攻めてきた時、兵に給金を払えなくなります」


「ヒ、ヒヒッ。……だからこそのメギド鉱山だよ」


オルソンが、エルナを自分のすぐ隣に引き寄せた。


相変わらず距離感がバグっている。


エルナの肩を抱くようにして、彼女が持つ「貿易戦略書」を広げた。


「メギドから出る金銀、そして智也殿がハックした高純度ミスリル。これを中立国へ独占輸出する。……そのための新体制を構築済みだ」


オルソンが指を弾くと、コルソンが淀みなく人員配置を読み上げた。


「総必要人員は 430人。

貿易事務・契約・会計の専門チームに 150人。

輸送・護衛の精鋭に 200人。

倉庫管理と中立国との価格交渉に 80人 だ。

オルソン閣下とエルナさんを中心としたこのチームが、すべての貿易ルートを規格化フォーマットし、事務コストを極限まで削ぎ落とす」


「これで初期投資の大部分は、一年以内に賄える。

……いいか、諸君。金は『貯める』ものではない。

鋼のレールという『未来』に変えるための、ただのエネルギーなんだよ」


オルソンの言葉には、狂気の中に、この国を心から救おうとする「実務家」の矜持が宿っていた。




4. 国王の決断と黄金の承認


ヴァレリア皇太子が、静かに国王陛下を見上げた。


陛下は、深く、深く息を吐き、広げられた地図を愛おしそうに撫でた。


「……智也殿の知恵、オルソン閣下の算盤、そしてエルナ殿の正確な記帳。

これらが一つになった時、この国は初めて『一つの命』として動き出す気がするな」


陛下は、ゆっくりと立ち上がった。


「メギド鉱山の大規模開発、およびミスリル精錬品の対中立国独占輸出を……正式に許可する。

オルソン財務官。……王国すべての金を、そなたの『鋼の道』のために注ぎ込んでください」


「ははっ……! ありがたき幸せ!」


オルソンが床に膝をつき、鳥の巣頭を畳みかけた。


その瞬間、会議室には、どよめきを上書きするような激しい拍手が沸き起こった。


それは、不可能だと思われていた「救国」というパズルが、初めて一つの形になった瞬間だった。




5. 深夜の狂気、距離感のバグ


その夜。王宮の一角にある、救国開発特別区の仮設指揮所。


智也がふと部屋を覗くと、そこには異常な光景が広がっていた。


「小娘よ! この第 4 四半期の期待利回りの減衰曲線……!ああ、なんて淫らな角度なんだ! もっと近くで見せてくれ!」


オルソンが、エルナの肩を抱き寄せ、ほとんど顔をくっつけるような距離で帳簿を覗き込んでいる。


ただのセクハラにしか見えないが、彼の目は、エルナの肢体ではなく、帳簿に記された「複利計算」の美しさにのみ興奮していた。


「えへへ、オルソン閣下。そこはメギドの精錬ロスを 0.5% 圧縮した結果なんです。


……あ、コルソンさん、こっちの関数はどう思います?」


エルナはエルナで、全く動じない。


むしろ、オルソンの腕の中に収まったまま、反対側から顔を近づけてくるコルソンに、おっとりと微笑みかけている。


「……素晴らしい、エルナさん。君の描く数字の筆致は、まるで黄金比を具現化したようだ。叔父上、この部分の微分係数を最大化すれば、資金回収はあと 2ヶ月 早められます」


ハンサムな顔立ちを台無しにするほど血走った目で、コルソンがエルナの指先に自分の指を重ね、ペンを走らせる。


彼は叔父とは違い、エルナという「数字を理解する女性」を明らかに意識し始めていた。


だが、そのアプローチは「君の瞳に映る対数グラフが見たい」という、壊滅的にバグった方向だった。


「(……おい、智也)」


御者台のような椅子に座っていたガルドが、顔を引き攣らせて囁いてきた。


「……あれ、止めた方がよくねぇか?なんか、見てるこっちが恥ずかしくなるっつーか、人間じゃねぇ連中の集まりに見えるんだが」


「……放っておけ、ガルド」


俺は遠い目で、三人の「数字のボルテックス(渦)」を見つめた。


「あいつらは今、数字という麻薬でトリップしてるんだ。物理的なパーソナルスペースなんて、あの中には存在しないんだよ。……多分な」


(……エルナもエルナで、あんなに至近距離で男二人に挟まれて、なんで平気なんだよ……。まあ、あいつにとって、数字の話は最高の娯楽なんだろうけどさ)



6. 鋼路と黄金の両輪


翌朝。俺は拠点にチーム全員を集めた。


寝不足で目を真っ赤にしているが、鼻息だけは荒いオルソンとコルソン。


相変わらずマイペースに帳簿を抱えるエルナ。


そして、彼らを支えるガルド、ラナ、リュミア、少数民族のリーダーたち。


俺は、描き直したばかりの「セントラリア第一工区」の図面を広げた。


「これで、すべてが揃いました」


俺は、一人ひとりの顔を真っ直ぐに見つめた。


「オルソン閣下とエルナが『黄金』の燃料を用意してくれた。

俺と少数民族の仲間たちが、それを『鋼』のレールという形にする。

……鉄道建設と資金調達。この両輪が、今この瞬間から、同時に回り始めます」


「じゃあ、やるか。……この国の運命を、俺たちの手で直すんだ」


「おうっ!!」

ガルドの咆哮が、朝の冷たい空気に響き渡る。

ラナが凛とした姿勢で弓を握り直し、職人たちがそれぞれの持ち場へと駆け出していった。




7. 静かな予感


その日の夜。


大工事の準備で騒がしい拠点を離れ、俺は屋上のテラスにいた。


涼しい夜風が、火照った脳を心地よく冷やしてくれる。


「……トモヤ」


静かな足音とともに、リュミアが隣に並んだ。


彼女は、王都の夜景……灯りが少しずつ増え始めている街並みを、静かに見つめていた。


「……みんな、変わっていくね」


その声は、寂しさではなく、どこか畏怖に近い響きを持っていた。


「……スノウィ村にいた時は、今日を生きるのが精一杯だったのに。

今は、国全体を繋ぐための道を、みんなで造ろうとしている。

トモヤが来てから、世界が……すごく速く、動いている気がするの」


「……ああ。そうかもしれないな」


俺はリュミアの肩にそっと手を置いた。

リュミアの温もりが、加速しすぎる俺の時間を、優しく引き止めてくれる気がした。


「でも、どれだけ速くなっても、俺たちが守りたいものは変わらない。

……リュミアの母さんや、村の仲間たちが、安心して笑える場所を広げたいだけなんだ。

そのための鉄道であり、そのための黄金なんだよ」


「……うん。トモヤなら、できるよ」


リュミアは俺の手に自分の手を重ね、微笑んだ。


(……変わっていく。本当に、大きく変わるぞ、この国は)


俺は夜空の向こう、帝国がある南の空を見つめた。


俺たちの鋼のレールが、いつか彼らの元まで繋がり、戦争ではなく「対等な貿易」という名の絆になる日まで。

俺は、エンジニアとしてのペンを止めるつもりはなかった。


胸の奥で、まだ見ぬ機関車の鼓動が聞こえるような気がした。

【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


~もしよろしければ、ブックマークや評価で応援いただけると、執筆の励みになります!~


!!!皆様のおかげで、チラッとですがランキング入りしました。本当にありがとうございます。



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