表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

112/134

第112話《鋼路の鼓動と黄金の算盤》 ※コモンス王国編 開始

1.雪の里からの新天地


スノウィ村での短い、けれど濃密な休息が終わった。


夏の終わりの乾いた風が吹き抜ける中、俺たちは村をあとにする。


「……じゃあ、行くか」


俺の言葉に、リュミアが短く「うん」と頷く。


村の入口では、族長やリュミアの母、そして少数民族の代表たちが手を振っていた。


今回の旅は、これまでとは規模が違う。


ガルド、ラナ、エルナ、リュミアといったいつものメンバーに加え、グレンやハック、ビトルといった技術陣。


さらにはレオン率いる飛竜輸送隊の精鋭と、各少数民族のリーダーたち。


「コモンス王国の存亡」を賭けた、国家規模の技術移転だ。


飛竜や馬車鉄道を駆使し、数日の旅を経て、俺たちは王国首都コモンスへ降り立った。


眼前に広がるのは、歴史を感じさせる重厚な石造りの街並み。


だが、その活気はどこか「停滞」を孕んでいた。


「智也殿、ここが新たな戦場ですわね」


ラナが鋭い視線で、王宮のすぐ隣にある広大な空き地を見据える。


そこは、ヴァレリア王女が俺たちのために用意してくれた、戦略局直轄の「救国開発特別区」だ。


「よし、荷解き(デカント)を始めるぞ!


まずは製図室と、精密旋盤を据え付けるための定盤じょうばんの設置だ。


勾配は 1/1000 以内の精度で水平を出せ!」


俺の指示で、蟻人族のフォルムたちが統率の取れた動きで資材を運び込む。


土竜人族のドルグたちが地盤を叩き、瞬く間に「指揮所」としての骨組みが出来上がっていく。


瓦礫の山だった空き地が、工学の香りが漂う「拠点」へと変貌し始めた。




2.皇太子への鉄路宣言


拠点設営の合間を縫って、俺は王宮へと向かった。


謁見の間には、竜人族のヴァレリア皇太子、そして温和な面持ちの国王陛下が待っていた。


俺は持ち込んだ特大の紙を、大理石の床に力強く広げた。


そこには、王都コモンス、フィアレル、そして西方の砦群を結ぶ、太い「三角形」が描かれている。


「陛下。私が作ろうとしているのは、武器ではなく、この国の『血管』です」


俺は地図上の三点を指し、ゆっくりと繋いで見せる。


「これまでの戦争は、遠くの火事にバケツで水を運ぶようなものでした。

火の元に着く頃には水はこぼれ、兵は疲れ果てています。

ですが、この鉄の道……『鉄道』を敷けば、それは強固な水路になります。


必要な時に、必要なだけの助けを、瞬時に届ける。

これが、私の提案する新しい国の守る形です」


俺の声が、静まり返った広間に響く。


国王陛下は、地図をじっと見つめ、静かに問いかけた。


「……それは、兵を強くするのではなく、国を『速く』するということかな?」


「その通りです、陛下。

速さは、命を救う力になります。

一ヶ月かかった行軍を三日に短縮できれば、兵の食糧は十分の一で済み、その分を民に還元できます。


帝国が大きな力で押し潰そうとしても、私たちは『速さ』でそれを受け流し、

一人の兵を十人分に働かせることで、犠牲を最小限に抑えるのです。

これは、戦うための道具ではありません。誰も飢えさせず、誰も見捨てないための仕組みです」


陛下は、俺の言葉を一つひとつ噛み締めるように目を閉じられた。


(……算数や物理の正解を求めているんじゃない。

この仕組みが、本当に民を幸せにするかどうか。王様はそこを見ているんだ)


長い沈黙の後、陛下は静かに目を開き、微笑まれた。


「……智也殿。そなたの語る『理』には、慈しみがある。

よかろう。その血管が、我が国の隅々まで血を通わせる日を信じて、すべてを預けよう」


陛下からの温かい言葉を受け、俺は改めて身の引き締まる思いだった。


隣に控えていたヴァレリア皇太子が、俺を見て満足げに頷く。


(……よし。これで、トップの承認は完璧だ。


二人の静かな、けれど確かな承認。


それが、異世界における「鉄道時代」の幕開けを告げるファンファーレとなった。



3.測量と土木の始動


王宮からの帰路、俺たちはすぐに実地へと飛び出した。


まずはフィアレル領の西方セントラリアから、王都コモンスをつなげる第一期ルートの測量だ。


「オウル長老、気流と湿度の変化を頼みます。

パド、地下の岩盤の『硬度分布』を振動で読み取ってくれ!」


梟人族の少女が風を読み、象人族のパドが地面に耳を当てて微かな震えを解釈する。

俺はセオドライト(経緯儀)に近い機能を魔石ガバナーで模した自作の測量機を覗き込み、座標を刻んでいく。


「ルート確定。……フォルム、掘削開始ブレイクアウトだ!」


蟻人族の同時施工ユニットが、一斉にくわと魔法を振るう。


土竜人族が地中を泳ぐように掘り進め、その後に蟻人族がトラス構造の補強材を叩き込んでいく。


「ゴゴゴ……」という、地面が低く唸るような重低音が、王都の郊外に響き渡る。


(……この音だ。物理が、世界を書き換えていく音だ)


俺の横で、ラナが弓を構え、不測の事態に備えて周囲を警戒している。


ガルドは魔法で地盤を固めながら、「智也! この土、案外素直だぜ!」と豪快に笑った。


リュミアは現場の兵士たちに経口補水液を配り歩き、精神的な潤いを与えている。


すべてが順調。……そう見えた。




4.鉄の渇望と資金の壁


拠点の指揮所に戻った俺を待っていたのは、深刻な顔をしたエルナだった。


「智也くん。……ちょっと、これを見てほしいの」


広げられた帳簿には、赤い文字が躍っていた。


俺は図面から計算した「必要資源リスト」と照らし合わせる。


「第一期工事だけで、鋼材が 42,000トン。


枕木用の防腐処理木材が 120,000本。


そして、これに伴う人件費と資材調達費の合計……。


9,800,000ゴールド……?」


俺は自分の出した数字に、思わずこめかみを押さえた。


スノウィ村やフィアレル領で扱っていた単位とは、桁が二つも三つも違う。


「ええ。王国の今の予算じゃ、資材を半分も買い揃えられないわ。


それに、急激な鉄の買い占めは、国内の農具や武器の価格を吊り上げちゃう。


……智也くん。数字は嘘をつかないわ。このままだと、レールを一本敷く前に、王国の経済がパンクする」


エルナの指摘は、工学的にも経済学的にも完璧な「詰み」を指していた。


現場の熱気とは裏腹に、指揮所に重苦しい沈黙が流れる。


(……技術があっても、燃料かねがなきゃエンジンは回らない、か)


(……九百八十万ゴールド、か)


目の前の帳簿に記された数字を、俺はもう一度凝視した。


現世では億単位のプロジェクト予算を見たことはあるが、この世界の貨幣価値、ましてや「王国一国を救うための予算」となると、その重みが喉の奥にせり上がってくる。


「智也くん。フィアレル領の時は、メギド鉱山の銀を帝国に売って外貨を稼いだけれど……」


エルナが、いつにも増して真剣な顔で俺の顔を覗き込む。


彼女の指が、帳簿の「支出予定」という赤いインクの列をなぞった。


「今回は規模が違うわ。銀を売るだけじゃ、レールの材料代を払った瞬間に国庫が空になる。


……それに、戦争を前提にした急な増産は、市場の『均衡バランス』を壊しちゃう」


(……さすがエルナだ。ただの記帳係じゃない。

市場の流動性まで考慮した、立派な経済官の視点だな)


「ああ。単純な輸出入の差益じゃ追いつかない。

もっと……国家予算そのものをハックするような、高度な『錬金術ファイナンス』が必要だ」


俺たちが頭を抱えていると、指揮所に涼やかな声が響いた。


「智也殿。……その行き詰まった顔、もしや設計図よりも『金』の計算で苦労されていますか?」


振り返ると、戦略局のヒルダが、数人の部下を連れてこちらを伺っていた。


アイゼル砦での共闘を経て、彼女は俺の工学的な思考に深い理解を示している。


「ヒルダさん。……実は、工学的な正解は出ているんですが、それを実現するための資金の壁が、想像以上に高くて」


俺が鉄鋼需要と予算の試算表を見せると、ヒルダは眼鏡の奥の瞳をわずかに見開いた。


「……九百八十万。確かに、今の王国の余剰金では不可能ですわね。


うーん難しい問題ですが、、、この国には、数字の悪魔に愛された男が一人だけいます」


「数字の悪魔……?」


「財務官、オルソン閣下です。

……ただ、非常に、その……癖の強い方でして。


ヒルダの表情は、どこか「猛獣」の檻を紹介するような、複雑な色を帯びていた。



【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


~もしよろしければ、ブックマークや評価で応援いただけると、執筆の励みになります!~


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ