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第105話《不落の工廠(こうしょう)と五千人の胃袋》― 多段式・重力濾過塔―

1. 500メートル上空の「鉄の白図」


王都コモンスを離れ、俺たちはレオン率いる飛竜の背に揺られていた。

高度は約500メートル。

この高さは、地上の細かな起伏や街道のうねりが、設計図を広げたように鮮明に見える絶妙なラインだ。


(……絶景だが、エンジニアの目で見ると、これは巨大な『白図』にしか見えないな)


俺は手元のメモ帳を広げ、風に煽られないよう強く握りしめながらペンを走らせる。


王都コモンスからフィアレル領、そして西方の砦群を結ぶ「鉄の三角形」。


その一辺、王都―フィアレル間だけでも、推定距離は約800キロメートル。


「……800キロか。東京から広島を越えるレベルだな」


俺は独り言をこぼしながら、計算尺をカチカチとスライドさせる。

一メートルあたりのレール重量を25キロと仮定し、安定した物流のための複線(上下線)を敷くとなると……。


800,000メートル × 2 × 25キログラム。

計算結果は、40,000,000キログラム。

つまり、一辺だけで4万トンもの鋼材が必要になる計算だ。


(……おいおい、大仕事どころじゃないぞ。国家予算が溶けるどころか、大陸中の鉄を集めても足りるかどうか。高炉の数を今の10倍に増やさないと話にならないな)


冷や汗が背中を伝う。

国家規模のインフラ整備という重圧が、薄い上空の空気と共に肺を締め付ける。


「……智也くん、何してるの? せっかくの景色なのに、ずっと数字とにらめっこして」


隣を飛ぶ飛竜から、エルナが風に髪をなびかせて声をかけてくる。

彼女は高い所が平気なようで、飛竜から身を乗り出すようにして下界を楽しんでいる。


「いや、レールの必要重量を計算してたんだ。800キロの延伸となると、鉄の量が尋常じゃないなと思ってな」


「えへへ、大丈夫! メギド鉱山の採掘量と高炉の稼働率を最大まで引き上げれば、私の試算では三期(一年半)で揃えられるよ。智也くんの図面があれば、数字は必ずついてくるんだから」


エルナは頼もしく笑う。

物流と計数の天才である彼女がそう言うのなら、不可能ではないのかもしれない。

だが、その時。後ろを飛ぶ飛竜から、すべてを台無しにするような情けない悲鳴が響いた。


「ひ、ひぎぃっ……! だ、出てる、俺の魂が口から出てるって……!」


ライオン獣人の巨漢、ガルドだ。

地上ではモンスターをなぎ倒す無敵の戦士だが、どうやら「高い所」は彼のステータス外だったらしい。

巨体を小さく丸め、飛竜の首に必死にしがみついている。


「……ガルド、いい加減にしなさい。」


隣に乗っている黒豹獣人のラナが、呆れ顔でガルドの背中をトントンと叩いている。

彼女は優雅な所作で下界を指し示しているが、ガルドは首を激しく横に振るばかりだ。


「む、無理だ……! 俺は地上で土を固めてるのが一番なんだよぉ……!」


そんな騒がしい一行の中、俺の背中にそっと温かい感触が重なった。


「……大丈夫。できるよ、トモヤなら」


後ろに同乗しているリュミアが、俺の腰をぎゅっと抱きしめ、耳元で静かに囁いた。

彼女の体温と、無条件の信頼。

その確信に満ちた声に、俺の強張っていた肩の力がふっと抜けた。


「……そうだな。やるしかないよな。まずは、目の前のアイゼルを守り抜くことからだ」


俺は前を向き、視線の先にそびえ立つ、灰色の巨壁――アイゼル砦を見据えた。




2. ミラージュ将軍と「事務の奔流」


アイゼル砦に到着して早々、俺は司令室の光景に絶句した。


「……智也。……よく、……来た」


無口な巨象、ミラージュ将軍が、書類の山に埋もれてペンを走らせていた。


将軍は本来、事務処理能力が非常に高い。


普段なら兵の配属や、数カ月分の兵糧管理など、涼しい顔でこなす御仁だ。


だが、今は状況が違う。


「将軍、さすがにこの書類の量は……」


「……二千なら、……整った。……だが、……三千を超え、……さらに、……増える。……情報が、……溢れる」


(……そりゃそうだ。兵数が一気に5,000人規模まで膨れ上がろうとしているんだ)


組織の規模が2倍になれば、必要なコミュニケーションや事務コストは4倍、8倍と指数関数的に増大する。

情報の入力過負荷で、将軍という優秀なCPUが熱暴走しかけているのだ。


「将軍、すぐに『標準フォーマット』の帳簿と、蟻人族の事務官を補助に付けましょう。彼らは組織運営のプロです。将軍は判断だけに専念してください。事務処理も、立派な『工程管理』ですから」


ミラージュ将軍が、書類の隙間から深く感謝するような重い眼差しを向けてきた。

戦う前に、まずこの「紙の山」という敵を片付ける必要がありそうだ。




3. 続々と集う「部品エキスパート」たち


「智也! 待たせたな!」


翌朝、砦の飛行場に次々と飛竜が舞い降りてきた。


乗っていたのは、ドワーフの鍛冶屋グレンと、機械組立担当のハック。


そして、キラキラした目でこちらを見るドワーフの少年、ビトルだ。


「馬車で職人たちも続々と向かわせてるぜ。それから荒野の地下街から、蟻人族も大量にくるってよ。あいつら『大型建設の匂いがする』って鼻息荒くしてたぞ」


グレンが豪快に笑いながら、俺の肩を叩く。


蟻人族――構造計算と大規模同時施工のスペシャリストたち。


彼らが来るなら、五千人規模の宿舎建設も「ライン生産」に乗せられる。


「智也お兄ちゃん! 宿舎の設計、もうできてるんだよね?」


「ああ。夏だからな。一番の課題は『水』と『衛生』だ。ビトル、お前に頼みたい装置がある」


俺は地面に棒で簡易的な図面を描いた。


5,000人が夏場の酷暑で健康を保つための最優先事項は、清浄な水の確保だ。


泥水を飲めば、帝国軍が来る前に疫病で全滅する。


「魔石式の攪拌機アクチュエーターを使った、『多段式・重力濾過塔ウォータータワー』を作るぞ」




4. 工学ハック:五千人のための「動脈」


俺の設計図を見て、蟻人族のフォルムが即座に構造計算を始める。


「理解した。その構造なら、蟻人族100名で三日以内に10基の建設が可能。効率的だ」


「助かる。カモノハシ族に水源の確保を、ビトルには濾過の流量を調整するバルブを頼む。これで5,000人が、魔法なしで冷たくて安全な水を飲めるようになる」


「任せて! 僕のバルブで、一番おいしい水を届けるよ!」


ビトルが元気よく走り出す。

殺伐とした砦が、ドリルの回転音とハンマーの響きで、活気ある「巨大な工廠」へと書き換えられていく。


蟻人族の同時施工により、規格化された「プレハブ宿舎」がパズルを組むように次々と建ち並び、高台には巨大な濾過塔がその威容を現し始めた。




5. 鉄と油の合間に漂う「スープの湯気」


夕暮れ時、砦の広場では巨大な「圧力釜」が白い湯気を上げていた。


智也が設計し、グレンが叩き出した、鋼鉄製の超高圧調理器だ。


「智也、この釜……マジで魔法かよ。ガチガチに硬くて、普段なら数時間煮込んでもゴムみたいな老齢の干し肉が、数分でとろとろの絶品に化けやがった!」


グレンが熱々のスープを口にし、豪快に笑う。


調理時間の短縮は、燃料の節約だけでなく、兵士の休息時間の確保に直結する。


効率的なカロリー摂取。これこそが、兵の士気を支える最も重要な工学だ。


「智也くん、今日のスープは私が栄養計算したんだよ! ビタミンもミネラルもバッチリ。数字通りにスパイスを配合したから、完璧なはず!」


エルナが智也の隣を陣取り、自慢げにスプーンを差し出す。


「はい、智也くん。あーんして?」


「え、あ、いや……自分で食えるから……」


俺が返事に窮していると、後ろから冷たい、いや、静かだが重圧のある気配がした。


「……トモヤ。野菜、足りてない。こっちも、食べて」


リュミアが、どこから持ってきたのか山盛りの温野菜が入った皿を差し出す。


エルナの計算され尽くしたスープと、リュミアの愛情(?)が詰まった温野菜。


俺の目の前で、静かな火花が散っているような気がして、思わず喉を鳴らす。


「お兄ちゃん、どっちも食べないと怒られるよ?」


ビトルがスープをフーフーしながら、ニヤニヤと俺を突っついてきた。


「あはは……みんな、ありがとう。……おいしいよ、本当に」


俺は苦笑いしながら、夕陽に染まるアイゼル砦を見上げた。


プレハブ宿舎のボルトが黄金色に反射し、濾過塔からは清らかな水の音が絶え間なく聞こえる。


(……この温かい『湯気』を、俺は守る。そのために、この砦を完璧な『工廠』に造り替えてやる)


懐の判断の棒が、静かに、だが確信を持って「吉」の方へと傾いていた。


帝国の五万が来る前に、俺たちはこの「仕組み」を完成させてみせる。

【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


~もしよろしければ、ブックマークや評価で応援いただけると、執筆の励みになります!~


!!!皆様のおかげで、チラッとですがランキング入りしました。本当にありがとうございます。


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