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第104話【コモンス王国⑩】《王都の会談と「勝利の設計図」》

1. 救国の技師への謝辞


王都コモンス。

その最も深部にある、王宮最高会議室。

歴史の重みを感じさせる磨き抜かれた黒檀の長机を、王国の重鎮たちが囲んでいた。


俺が足を踏み入れると、まず立ち上がったのは、鋼の威厳を纏ったアストリア大将軍だった。


「智也殿、よくぞ参られた。貴殿がフィアレル領から送り続けてくれた『規格化された武具』……あれこそが、前線の絶望を繋ぎ止める最後の鎖となった。武人を代表し、礼を言う」


続いて、銀髪を整えた老紳士――王国宰相が、深く一礼する。


「武具だけではありません。フィアレル領から届く莫大な食糧と、滞りない物流網。我々がお願いした供出量以上の物資を、一度の遅滞もなく届けてくれましたな。おかげで、前線の士気の維持にどれほど貢献したことか。……感謝に堪えぬ」


(……都内の中小メーカーで、無理難題を納期通りに納めた後に受ける『本当の感謝』に似てるな。……少し、肩の荷が下りる思いだ)


俺は少し照れくささを感じながらも、丁寧に会釈を返した。


「西方のカナク将軍も、貴殿に会いたがっておられましたぞ。『あの帝国兵どもを転ばせた、まきびしの考案者に酒を奢らせろ』と、伝令がうるさくてかなわん」


アストリア将軍の豪快な笑い声に、室内を支配していた硬い緊張がわずかに和らぐ。



2. 戦略局の数字:静かなる軍靴の音


アストリア将軍の豪快な笑い声が止み、会議室には張り詰めた緊張感に代わって、一つの目的を共有するプロフェッショナルたちの熱気が流れ始めた。


「それでは、陛下、ならびに諸卿。現在の戦況について、戦略局より報告いたします」


戦略局の西方担当官、バルカスが規律正しく立ち上がった。彼は鳥人族の斥候がもたらした書状を広げ、首脳陣へ向けて冷静に言葉を紡ぐ。


「現在、ボンヌ公国に集結中の帝国軍はおよそ五万。ここからアイゼル砦へ向けて、前回の十倍近い規模の隊が、極めて組織的に進軍を開始しております。物量によって、砦という『機能』を物理的に圧し潰しに来ていると見て間違いありません」


バルカスが指し示した地図の一点――帝国側のボンヌ公国に、全員の視線が集中した。


「五万……前回の十倍近くか」


ガルドが背後で低く唸った。かつての死闘を知る彼にとっても、その数字は「異常」と呼べる質量だった。だが、バルカスは淡々と報告を続ける。


「対するアイゼル砦の守備隊は現在二千。周辺領から三千の増援を送る予定ですが、五万の軍勢を正面から受け止めるには、あまりに心許ない数字であることは明白です」


バルカスは地図の西側、カナク将軍が守る広大な国境地帯へ指を動かした。


「不可解なのは西方です。現時点では目立った動員が確認されておりません。温存か、あるいは別の意図か……。いずれにせよ、現状の優先順位は、火力が集中しているアイゼルにあると判断します」


「帝国軍五万に対し、こちらは五千……」


戦略局の計数官も、数字を裏付けるように静かに補足する。


(……普通なら、この時点で『詰み』だ。でも、ここにいる連中は誰も絶望して固まっていない。次の一手をどう打つか、その一点だけを見ている。いい雰囲気だ)




3. アイゼル砦と「最大スループット」


「智也殿、率直に伺いたい」


アストリア大将軍が、信頼を込めた鋭い眼光で俺を見据えた。


「貴殿は、このアイゼル砦の備え、そして西方の対策について、どのようにお考えか。……武人としての勘ではなく、貴殿の『ロジック』による見解を聞きたいのだ」


俺は地図を見下ろし、一度小さく頷いてから口を開いた。


「まず、アイゼル砦についてですが……アストリア将軍もご存知かと思いますが、たとえ五万の軍勢が押し寄せたとしても、物理的に『同時に攻めかかれる人数』には限界があります」


俺は卓上の図面を指でなぞる。


「砦自体の横幅は約30メートル。両サイドの斜面も守備隊が配置されていますが、人がよじ登れる限界まで含めても、攻撃側がまともに展開できる有効な幅は、せいぜい100メートルといったところです」


俺は懐から計算尺を取り出し、カチカチと音を立ててスライドさせた。


「兵士一人が武器を振るうのに必要な幅を1.2メートルと仮定すると、最前列に並べる敵兵はせいぜい80人から90人。一度に刃を交えられるのは数百人が限界でしょう」


アストリア将軍が、工学的な数値の裏付けに目を見開く。


俺はそのまま言葉を続けた。


「つまり、工学的に言えばアイゼル砦は、どんなに巨大な入力(敵軍)があっても、一度に処理できる量……『最大スループット』が一定に抑えられる『安全弁』のような構造なんです。残りの数万人は、ただ後ろで順番を待つことしかできない。そこを叩きます」




4. 鉄の三角形と「血管」の防衛


俺は視線をアイゼルから、西方の広大な荒野へと移した。


「一方で、西方はアイゼルと違い、守るべき戦線が広すぎます。どこから来るか分からない敵に対し、兵を散らして配置するのは最悪の定石です。そこを補うのが、物流による『神速のローテーション』です」


俺は一度言葉を切り、会議室を見渡した。


「アストリア大将軍。皆さんが見ているのは『戦場の勝敗』ですよね。でも、私が見ているのは『処理装置の稼働率』です」


「処理装置……だと?」


アストリア将軍が眉をひそめる。


「はい。敵が攻めてくる時間を『リードタイム(供給の停滞)』として捉え、城郭での防衛を『破砕工程』と定義します。こちらがやるべきことは、敵の攻撃を最小のコストで受け流し、彼らの『リソース(資源)』が尽きるまで、この装置を回し続けることだけです」


俺はエルナに合図を送った。彼女は待ってましたと言わんばかりに、計算書を広げて答える。


「例えば帝国軍十万で来たとします。彼らの維持に必要な食糧は一日あたり約百トン。ですが、彼らの『輸送効率』は、前回の敗戦から全く改善されていません。理由は、彼らが『略奪』と『人力』を前提にしているからです」


「彼らは前進すればするほど、供給の停滞――『リードタイム』は指数関数的に増大します。一方で、我が国には『仕組み』があります」


俺は地図上に、王都コモンス、フィアレル、そして西方の砦群を結ぶ『太い三角形』を力強く描き込んだ。


「現在、フィアレルから王都までは、すでに馬車鉄道と勾配管理された舗装路が整備済みです。この鉄路を西方の砦群まで延伸させてください。この三角形の物流網があれば、我々は少ない兵力を必要な場所へ瞬時にスライドさせ、常に『局地的な数的優位』を作り出せます」


アストリア将軍が、地図上の三角形を食い入るように見つめた。


「アイゼルで敵の足を止め、その間に鉄道を使って西方の火消しに回る……。戦場を、時間と空間で制御するというのか」


(……算数と物理法則が味方している限り、このラインは絶対に決壊しない)


「勝つための一線は、城壁の上だけではありません。補給路という名の『血管』の中にも引く。……それが、俺の提示する防衛プランです」


軍師キャンベルが、眼鏡の奥で瞳を怪しく光らせた。

彼は、俺の言葉に宿る「冷徹な暴力」を理解した最初の一人だった。


「智也殿……君は、戦争を『物流の管理』に変えてしまうつもりか。一秒の停滞が彼らを飢えさせ、一本のネジの不足が彼らの剣を折る……」


俺の言葉が終わると同時に、会議室を包んでいた重苦しい空気は、何かの『公式』を解き明かした後のような、静かな熱気へと変わっていった。

【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


~もしよろしければ、ブックマークや評価で応援いただけると、執筆の励みになります!~


!!!皆様のおかげで、チラッとですがランキング入りしました。本当にありがとうございます。


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