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第100話【ラグナ帝国③】《光の影、鉄の檻》

1. 黄金の残響と、這い寄る羽音


ラグナ帝都の象徴、国教『光の太陽』の総本山。その天井は天を突くほどに高く、贅を尽くしたステンドグラスから降り注ぐ陽光が、大理石の床に万華鏡のような極彩色の模様を描き出している。


だが、その神々しい美しさは、そこに立つ皇太子ユリウスにとって、ひどく胃の腑を逆撫でする「腐臭」を孕んだものでしかなかった。


(……この空気、死臭を香油で誤魔化しているだけだ)


ユリウスは無表情のまま、一点を見据えていた。今日は王国侵攻への「出陣の儀礼」。帝国の威信を神の権威というメッキで塗り固めるための、吐き気を催すような茶番だ。


周囲には、豪奢な礼装に身を包んだ貴族たちが居並び、陶酔した表情で祈りを捧げている。だが、彼らが崇めているのは神でも救いでもない。その背後にある剥き出しの「権力」と、教会から滴り落ちる「利権」という名の甘い汁であることは明白だった。


祭壇の中央には、教皇グレゴリオ三世が立っていた。皇帝の礼装すら霞むほどに豪華絢爛な法衣には、無数の希少な魔宝石が、まるで寄生虫のように縫い付けられている。教皇が一歩動くたびに、宝石同士が触れ合い、硬く冷たい、耳障りな音を立てる。


「……おお、帝国の希望よ。神の御加護をその剣に。不浄なる獣人どもを、光の炎で焼き払いなされ」


教皇の声は朗々と響き、狂信的な信徒たちの熱狂を煽る。だがユリウスには、それが腐敗した肉に群がる無数の蝿が立てる、不吉な羽音のようにしか聞こえなかった。




2. 「強奪」という名の聖戦


教皇が吐き出す『不浄』という言葉を鼓膜に受けながら、ユリウスはこの大陸の忌まわしい血の歴史を反芻していた。


(……不浄、か。笑わせるな。この国で最も汚れているのは、この祭壇の上だろう)


もともと、この大陸の肥沃な土地や命を育む資源は、自然の理を尊ぶ獣人たちの守備範囲だった。それを人間族が、冷徹な「組織力」と、毒すらも富に変える非道な「錬金術」によって強引に剥ぎ取ったのが、帝国の始まりだ。


獣人たちが『守護者』として寄り添ってきた山々や水源を、人間は『開発』という名の無慈悲な搾取によって切り開き、今の急速な発展を築き上げた。その「強奪」を神聖化するために、国教『光の太陽』は、歪んだ選民思想を教義の核に据えたのだ。


――獣人は野蛮な劣等種であり、資源を無駄に眠らせる愚か者である。 ――人間こそが知恵を持つ主であり、万物を正しく「有効活用」できる選ばれし支配者である。


「獣人を辺境の泥土へと追いやり、その命を啜って資源を吸い上げる。それが神の御心だと宣うわけだ」


ユリウスは内心で、黄金の祭壇を冷ややかに射抜いた。大聖堂を彩る金箔も、教皇が身に纏う魔石も、かつて獣人たちが「自然の宝」として慈しんでいたものを、錬金術の酸で無理やり剥ぎ取り、加工して死物に変えたものに過ぎない。


「神の加護」という美しい言葉は、血塗られた強奪の歴史を覆い隠すための、あまりに厚く、醜い化粧でしかなかった。




3. 神への献身という名の首輪


(……信仰、か。笑わせるな。これは単なる『搾取の仕組み』の独占だ)


ユリウスは、精錬されたばかりの、冷たい光を放つ『 聖鉄』を見つめた。教会がここまで強大になった理由は、人々の救いなどではない。


その正体は、信仰という名の首輪を嵌めて行われる無償労働と、それによって生み出される、人道を排した圧倒的な利益率だ。


教団は「神への献身」という呪文一つで、税を払えぬ下層民や、捕らえられた獣人奴隷たちを、光の届かぬ地下へと沈めてきた。人権も、安全も、未来もそこには存在しない。彼らの命は、設備の一部……それも、摩耗すれば安価に取り替え可能な「消耗品」として、冷徹な算盤そろばんに弾かれている。


こうして、理を完全に無視した環境で、極限までコストを削ぎ落として精製された『聖鉄』と『魔石』。素材そのものの質が、錬金術や魔物の家畜化によって高められているのは事実だ。だが、教会の真の恐ろしさは、それを「命の安売り」によって生成し、市場へ独占的に売りさばいてきた点にある。


皇帝の国庫すら凌ぐ教会の富。それは、地下で磨り潰され、音もなく消えていった無数の命を換金した、血の結晶そのものだった。




4. 黄金の椅子と、切り分けられる地図


儀式という名の「分配式」が終わり、ユリウスが案内されたのは、大聖堂の最深部に位置する「華美な会議室」だった。


そこは、先ほどまでの聖なる静寂とは無縁の、欲望が濃縮された空間だった。壁には金糸で織られた巨大なタペストリーが掛けられ、円卓を囲むのは教皇グレゴリオ三世と、帝国の軍事・経済を牛耳る有力貴族たち――カシウス侯爵を含めた、数名の「勝負師」たちだ。


「……さあ、殿下。ようやく本題ですな」


教皇が合図を送ると、円卓の中央に一枚の巨大なコモンス王国の詳細な領土地図が広げられた。まだ征服してもいない土地が、すでに色とりどりの線で、まるで解体される家畜のように細かく区切られている。


「アイゼル砦が落ちれば、その背後に広がるフィアレル領は、我が教団の直轄地として『浄化』させていただく手はずになっております」


教皇が、魔宝石のついた指でフィアレル領をなぞる。その動作は、獲物の喉元を確認する肉食獣のようだった。


「あそこには『黒油』が大量に湧くと聞きます。それを神の聖なる火として管理すれば、無知な民草への教化も捗るというもの。……もちろん、精錬に使う『労働力』は、現地の獣人どもをそのまま流用すればよろしい」




5. 命の算盤、欲望の配分


ユリウスは無言で、彼らが地図を突き、利益を分配し合う様子を眺めていた。そこには「平和」も「統治」も、ましてや「正義」など一片も存在しない。あるのは、略奪した資産をいかに効率よく食いつぶし、自らの利益にするかという、醜悪な計算だけだ。


「私は西の港湾都市を頂きたい」 一人の肥満体質の伯爵が、脂ぎった手で地図を叩く。その振動で、卓上のワインが血のように揺れた。


「あそこの物流網を握れば、王都から流れ出る貴金属を独占できる。王国が貯め込んだ富を、一気に帝国へ吸い上げるのです。……いや、まずはインフレさせてから買い叩くのも一興ですな」


「ククク、閣下も悪趣味ですな。だが、それが最も『合理的』だ」


カシウス侯爵が、楽しげに笑い声を上げた。彼らの会話の中では、王国の民が飢えることも、街が焼かれることも、単なる「経費」や「付随的損害」として処理されていく。


智也という男が、一粒のジャガイモ、一キロの鋼鉄の質を上げるために、仲間達とどれほどの試行錯誤と祈りにも似た努力を重ねてきたか。この者たちは、それを「ただ奪えば手に入るもの」と考えている。


(……この者たちは、自分たちが何を壊そうとしているのか、理解すらしていない。仕組みとは、信頼と敬意の上に成り立つものだということを)


会議室に群がる「蝿」たちは、地図の上に広がる豊かな文明を、解体されるのを待つ肉塊としてしか見ていなかった。




6. ユリウスの沈黙


「殿下、何かご懸念でも?」 教皇が、目を細めてユリウスを覗き込んできた。その視線は、獲物を値踏みする老獪な蛇のそれだ。


ユリウスは、ゆっくりと顔を上げた。その瞳は、大聖堂の偽りのステンドグラスよりも鮮やかで、そして地下の深淵よりも深い、静かな拒絶の色をしていた。


「……いえ。分配案については、異論ありません。勝者が敗者から全てを奪い、磨り潰す。それは、我が帝国の誇るべき『理』ですから」


ユリウスは、完璧な礼法で応じた。皮肉は一切含ませず、ただ事実を淡々と述べる。


(……奪うがいい。だが、奪った瞬間に、その『仕組み』は死ぬ)


磨り潰すことしか知らない者たちが、この「理」に支えられた王国を奪ったとしても、手に入るのは動かなくなったガラクタと、消えない呪いだけだ。


「出陣の許可を。……アイゼルを落とし、皆さんの望む『果実』を届けてまいりましょう。……それがどのような味であれ」


ユリウスは背を向け、部屋を出た。黄金の聖堂の裏側に積み上げられた「鉄の檻」と「死体の山」。その重みが、今、帝国の天秤をゆっくりと、だが確実に壊そうとしていることに、狂奔する貴族たちはまだ気づいていなかった。

【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


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!!!皆様のおかげで、チラッとですがランキング入りしました。本当にありがとうございます。


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