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第10話《鍛冶屋グレンと、森の実を粉にする設計図》

1. 灰汁の匂いと、二人分の山

夕闇が迫る土間で、俺とリュミアは向かい合って座っていた 。俺たちの間には、今日一日で集めたどんぐりの袋が置かれている 。


「……よし、まずは俺たちの分だけで試作しよう 。いきなり村全員分なんて、腕がいくつあっても足りないからな 。」


(村中の分を一気にやるのは無理だ。腕も時間も足りない 。俺の設計以前に、体力が詰まる 。)


俺がどんぐりを手に取ると、リュミアが尻尾をぱたぱたと揺らした 。


「トモヤの腕が壊れたら、誰が図面を描くの? ……かまどの火を絶やすわけにはいかない 。」


彼女なりの気遣いだろう 。俺たちは黙々と石を使って殻を割り、中身を小山にしていった 。次に、鍋に灰と水を入れて火にかける 。立ち上るのは、鼻をつくような独特の灰汁あくの匂いだ 。


「これが“灰汁抜き”? 」


「ああ。この『苦味』を水に溶かして追い出すんだ 。時間はかかるが、大事な工程だよ 。」


リュミアは熱心に鍋の中を見つめていた 。彼女の母親の健康を救うため、彼女はこの『新しい食料』に強い希望を抱いている 。


2. 焼けた『食べ物』と、設計の穴

数時間後、灰汁を抜いて焙煎し、石臼で挽いた粉を練って焼き上げた 。目の前にあるのは、お世辞にも美味そうとは言えない、色の黒い平たいパンだ 。


「……見た目は、泥の塊みたいね 。」


「味も期待はするなよ。……いただきます 。」


俺が先にかじる 。ざらりとした粉っぽさと、かすかなエグみが残っている 。だが、腹を満たすためのエネルギーとしては十分だ 。リュミアも恐る恐る口にし、しばらく噛みしめてから言った 。


「…………美味しくはない 。でも、これがあれば、あの怖い冬を越せる 。」


数日後、ガルド、ラナ、フィリオを集めて試食会を行った 。



ガルド: 「腹が空いて倒れるより、ずっといい 。」



ラナ: 「正直に申し上げますと、決して芳しくはございませんわ 。ですが、“増やせる食料”としては筋が通りますわ 。」



フィリオ: 「“食べられるかどうか”で言えば、十分に“食べられる”範囲ですね 。子どもはスープに崩すと負担が少ないでしょう 。」


評価は概ね肯定的だったが、俺は土間の隅にある小さな手回し石臼を見つめ、溜息を吐いた 。


「……今の道具じゃ、一軒分を挽くのが精一杯だ 。村人300人分を賄うには、この石臼じゃ話にならない 。」


3. 夕暮れの土間と、「足りない」の共有

後片付けをしながら、リュミアがポツリと漏らした 。


「……トモヤ。今の石臼、ずっと回してたら、みんなの腕が動かなくなる 。」


「ああ。一冬分の粉を作るには今の数百倍の効率が要る 。人手も道具も、今の延長線上じゃ『壁』にぶつかるんだ 。」


俺は木片を取り出し、新しい石臼の構想を線にしていく 。


「……だから、もっと大きな石を重く作って、効率よく挽けるやつが要る 。年寄りでも子どもでも、座って回せばそれなりに挽ける……そんな臼だ 。」


リュミアが俺の手元を覗き込む 。


「順番を決めておけば、すぐ分かるわ 。まず、描いて。あなたの頭の中の臼 。」


4. 夜の線と、ガルドの一言

深夜、俺は作業小屋で図面を仕上げていた 。二枚の巨大な円石、そしてそれを支える鉄の軸受け 。


「入るぞ 。」


ガルドが小屋に入ってきて、図面を見て目を見開いた 。


「……また、よく分からん丸だな 。石臼か、だがこれ……随分と大きくないか? 」


「ああ。村にあるやつよりもずっと大きく作るつもりだ 。家で使う道具じゃない。村全員の食料を効率よく粉にするための『設備』だよ 。」


ガルドは腕を組んだ 。


「つまり、その辺にある石臼の何倍もの大きさを作るっていうのか! なるほど……それだけの質量があれば、一度に挽ける量も桁違いだろうな 。」


納得した様子のガルドだったが、すぐに現実的な問題を指摘した 。


「……智也、軸と金具は俺たちの手じゃ作れないが、心当たりがある 。谷にドワーフのグレン爺の工房があるんだ 。あの偏屈なドワーフなら、これを作れるかもしれんぞ 。」


(……ドワーフ!? 異世界の代名詞、伝説の鍛冶屋種族がついに来たー! )


俺は内心で小躍りした 。転生してからずっと、その存在を期待していたのだ 。


5. 炉の赤と、グレン爺

翌朝、俺たちは谷の底へと向かった 。岩肌をくり抜いたような場所に、その鍛冶場はあった 。


(……うわ、本物だ。これぞファンタジーの鍛冶屋キター! まさに異世界だな、と全身の肌が泡立つような興奮を覚える 。)


「グレン爺。いるか 」


ガルドの呼びかけに応え、炉の向こうから、ずんぐりとした影が現れた 。


目の前に立ったのは、俺が想像していた通りの「ドワーフ」だった 。背は低いが肩幅は俺の倍近くあり、太い腕は鋼のように引き締まっている 。灰色の髭を束ね、煤で汚れた前掛けをしたその姿は、いかにも頑固そうな職人のオーラを放っていた 。


「その声はガルドか。朝っぱらから何だ 」


地鳴りのような低い声 。グレン爺は、じろりと俺を値踏みするように眺めた 。


「高瀬智也です。突然すみません 。」


俺は丁寧に頭を下げてから、設計図を広げた 。


「石臼です 。どんぐりや雑穀を、もっと楽に粉に挽くための道具を造りたいんです 。」


グレンは図面を一瞥し、鼻を鳴らした 。


「ふん。鉄の方はやってやるが、これだけの『石』はどうするつもりだ 。俺は鉄を打つ職人だ 。石を削る道具は貸してやるが、石工の真似事まではせんぞ 。」


「サラ! 親父を呼んでこい 」


グレンが紹介してくれたのは、石工のサラとその父親だった 。


「石の方は任せてくれ、グレン爺 」


ガルドが一歩前に出て、石工たちと話し始めた 。族長の息子としての立場と信頼関係があるガルドなら、話は早い 。


「石の切り出しと加工の手配は俺がつける 。智也、お前はグレン爺と金具の打ち合わせに集中してくれ 。」


ガルドの頼もしい言葉に、俺は力強く頷いた 。 本物のドワーフと、磨き抜かれた職人の技 。


(……ああ、本当に、俺は異世界で新しい仕組みを造ろうとしているんだ 。)


熱気と鉄の匂いの中で、俺の心は静かな高揚感に包まれていた 。

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