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――第8章・告白するな――

――沖縄ダンジョン・第三〇〇〇階。


 幕が開いた瞬間、強烈なライトがオマリロを照らした。

 客席には、無数の観客の影。誰ひとりとして素顔は見えず、全員が闇に塗りつぶされている。


〈規則:“舞台”を最後まで演じきれ〉


「ご来場、誠にありがとうございます!」


 若い男が高らかに声を上げた。

 タキシードにシルクハット、手にはステッキ。いかにもな“舞台監督”といった格好だ。


「ボクの名は片桐ヨウスケ! 第三千階のステージディレクターで〜す!」


 ヨウスケはスキップでオマリロに近づき、身をかがめて顔を覗き込む。


「ふむふむ。ちっちゃいし、だいぶ年いってるね。おじいちゃん、あんたカイタンシャ?」


 オマリロは無視した。


「ノリ悪ぅ〜。じゃ、そっちのパートナーは?」


 床に転がっていたハンが、頭を押さえながらゆっくり起き上がる。


「ニュガワさん……? ここ、どこですか」


 その名前を聞いた瞬間、ヨウスケの目がキラリと光った。


「ニュガワ? ってことは――オマリロ・ニュガワ!? 伝説のカイタンシャご本人!? なんで最初にそれ言わないのさ!」


 ヨウスケは突然タップダンスを踊り出す。


「皆さ〜ん、聞こえましたか! 伝説のオマリロ・ニュガワが、このステージにご登場です! お芝居どころじゃないね! もう本物の“レジェンド”そのものだよ!」


 音楽が鳴り出し、ヨウスケは舞台を軽快にステップで駆け回る。


「サー」ハンが小声で囁く。「何が起きてるんですか、これ」


「娯楽」オマリロがぼそりと言う。「今の我々は、人形」


 ヨウスケがステージ袖の方へくるりと回り込む。


「さぁさぁ、お待たせしました! 第一幕の開演です! 題して――『伝説の誕生』! 小道具、照明、いってみよー!」


 ライトが落ち、幕が一度閉じる。

 再び開いた時には、若い女の腕に抱かれた赤ん坊のオマリロのホログラムが映し出されていた。


「オマリロ」女が微笑む。「あなたの名前よ。お父さんは“オマリオン”にしたかったみたいだけど」


 赤ん坊はキャッキャと笑う。

 場面が切り替わり、少し成長した少年オマリロが、棒を振り回していた。

 近くでは、スーツ姿の父親がPCに向かい、ひたすらキーボードを叩いている。


「なぁ」父親が言う。「その棒、外で振ってこい」


「パパも遊んでよ!」少年はきっぱり言う。


「無理だ。ダンジョンが世界中に広がってから、俺はその監視担当なんだ」


 少年オマリロは棒をくるくる回しながら、ぽつりと言った。


「ぼく、ダンジョン行きたい」


「ダンジョンは遊び場じゃない」父親の声は真剣だった。「入り組んだ迷宮で、死と隣り合わせの場所だ。仕組みも目的も分からない。出現から、まだ十年しか経ってないんだぞ」


「でも、行かなきゃ分からない」


 父親は長く黙り込む。


「……それは、そうだな。だが、どう答えていいか、今は分からん」


 オマリロは棒を空高く投げ、難なくキャッチしてみせる。


「ぼく、世界一のダンジョンハンターになる! 本物のレジェンド!」


「“カイタンシャ”って言うんだ」父親が訂正する。「階層を渡り歩く者たちだ。そしてジュゲン発現率が二十パーセント以上なきゃ、挑戦権すらない」


「どうやって測るの?」


「十四歳になったら、病院で全員検査を受ける。その時に分かる」


 場面が切り替わる。六年後、病院。

 椅子に座る少年オマリロ。その頭にはケーブルがいくつも繋がれている。

 母親と父親が両脇に立ち、不安そうに見守っていた。


「ジュゲンスキャンを始めます」医師が告げる。「動かないように」


 赤いボタンが押され、ケーブルが光り始める。

 瞬間、室内の照明が明滅し、オマリロの瞳がどす黒い紫に輝いた。


「な、何が起きてるの?」母親が叫ぶ。


「息子は大丈夫なのか!」父親も慌てる。


 医師は急いでボタンを切り、機器を停止させた。

 そして、モニターに映った数字を見た瞬間、目を見開く。


「ジュゲン発現率……一万パーセント……!」


 両親が息を呑む。

 オマリロだけは、嬉しそうに目を輝かせた。


「それって……カイタンシャになれるってこと?」


 医師は深く息を吐く。


「なれるどころか――今までの記録の十倍だ。もしかすると君は、史上最強のカイタンシャになるかもしれない」


 場面は一気に加速する。

 若きオマリロが、ゴブリン、悪魔、ゴーレムの群れを次々と薙ぎ払っていく。


「ジュゲン闘士!」

「ジュゲン魔法士!」

「ジュゲン拘備者!」

「ジュゲン操運者!」

「ジュゲン滅者!」


 号令とともに、敵軍は一瞬で消し飛んだ。

 オマリロは第五〇〇階、一〇〇〇階、五〇〇〇階……そして、一万階へと降りていく。

 そこには巨大なキメラが待ち構えていた。


「ジュゲン変性者――天全の金竜テンゼン・ノ・キンリュウ


 その身体は黄金の巨大な竜へと変貌し、ボスを遥かに上回る巨体となる。

 口から放たれた黄金のブレスが、数秒でキメラを塵に変えた。

 残ったのは、ひとつのトーテム。


〈トーテムシール獲得。全一万階層、踏破確認〉


 人の姿に戻ったオマリロが、トーテムを手に取る。


「ダンジョン一五七、完了。残り三一〇」


 ホログラムが消え、観客席から大きな拍手が沸き起こる。


「素晴らしいステージだったでしょう!」ヨウスケが叫ぶ。「全盛期の神様を、その目で見せられるなんて……ボク、感動で倒れるかも!」


 ハンはオマリロとステージを交互に見た。


「サー……ドラゴンになれるんですか?」


 オマリロはこくりと頷く。


「ですよね……」ハンは乾いた笑いを漏らした。「サー、まだまだ隠し球いっぱいですよね」


「ふん」


 ヨウスケが二人の前まで軽やかに歩み寄る。


「さぁ、ここからが本番!」彼はステッキをくるくる回した。「今度はあなたと、その新しいお友達にも、“第二幕”に出演してもらいます!」


 ライトが一気に血のような赤に染まる。


「第二幕――『伝説の死』」


 ――沖縄ダンジョン・第二〇五一階。


 ザリアとリカは、無骨なコンクリートの部屋に投げ出された。

 隅にはぼんやりした蛍光灯。

 中央には石のテーブル、その両側に金属製の椅子が二脚。


〈規則:告白するな〉


「告白するな……?」リカが首をひねる。「何を、って話なんだけど」


「少なくとも、指名手配犯とかじゃないしね、うちら」ザリアが肩をすくめる。「きっと別の意味」


 その時、ドアが開き、書類の束を抱えた警官が入ってきた。

 彼は椅子にどかりと座ると、紙をめくりながら口を開く。


「ふむ。天川リカ、竹野ザリア……と。そこのザリア」警官は顎で示した。「座れ」


 ザリアは足を組んで腰掛ける。


「で? 何の用?」


「ジュゲン闘士。レベル51。無登録カイタンシャ」警官は淡々と読み上げる。「罪状――違法フロア探索多数、不法侵入の常習、三名を病院送り、四校からの退学処分。自称“オマリロ・ニュガワ狂信的ファン”」


「へぇ」ザリアは鼻で笑う。「知らない子ですね」


「とぼけても無駄だ。全部分かってる」


 警官がリモコンを押すと、背後の壁に映像が映し出される。

 音楽を聴きながら、廊下を歩く高校生のザリア。

 そこへ、アメフト部らしきごつい男子三人組が歩み寄っていく。


「よぉ、バービー」ひとりが笑う。「ここは俺たちの廊下だ。とっとと失せな」


「私のロッカー、ここなんだけど」ザリアは淡々と言う。「荷物取りに来ただけ」


「知るかよ」


「聞いてもない」ザリアは肩をすくめる。「あんたに“お願い”しに来たんじゃなくて、“言いに”来ただけ」


 彼女はそのまま歩き続ける。


「口の減らない女だな?」


 男はザリアの持っていた本を叩き落とし、床に散らばった冊子を遠くへ蹴り飛ばす。


「さぁ、“いい子”らしく拾えよ」


 背中を平手で叩きながら、いやらしく笑う。


「ほら、腰曲げて見せな」


 取り巻きも、周りの生徒も笑っている。


 ザリアはバッグを肩から外した。


「やだね。あんたが拾いなよ」


 肘鉄が一発。

 男の顔面が鳴り、鼻から血が噴き出す。


「いってぇ!? このアマ、鼻折りやがった!」


 ザリアはそのまま男の腕を取って投げ飛ばし、極めて押さえ込む。


「ぐ、ぐぅ……わかった! わかったから!」


「さ、拾って?」


「お前ら、何突っ立ってんだよ!」男が仲間に怒鳴る。「ぶっ飛ばせ!」


 ひとりが突進してくるが、ザリアは腹に一発蹴りを入れた。

 男はその場で崩れ、血を吐き出す。


「嘘だろ、お前、何食って生きてんだよ……」


 残ったひとりが、倒れた二人とザリアを見比べて固まる。


「で?」ザリアは顎をしゃくる。「来る? 来ない?」


 躊躇した末、男は拳を振りかぶるが、あっさりと掴まれ、関節を極められたうえでロッカーに頭を叩きつけられる。


「誰も本、拾ってないじゃん」ザリアは呆れたようにため息をつく。「じゃ、次は誰の腕折ろうかな」


 三人はよろよろと立ち上がり、そのまま逃げるように廊下の先へ消えていく。


「柔いんだよ、マジで」


 周囲の生徒たちも蜘蛛の子を散らすように離れていき、代わりに校内警備員がスタンガンを構えて走ってきた。


「はい、出た」ザリアはぼそっと呟く。


「動くな、お前!」


 ――その日の放課後。

 校長室。


 デスクの奥に座る女性校長が、深いため息をついた。


「あなたが来てから、この学校での喧嘩件数は十七件。すべてあなた絡み」


「向こうが先にちょっかい出してきた」ザリアはあくまで平然としている。「私のせいじゃない」


「だからといって、骨を折っていい理由にはならないでしょう」


「なるよ」ザリアは即答した。「“腰曲げろ”なんてぬかす男は、先に骨を曲げられとくべき」


 校長はこめかみを押さえ、首を振る。


「残念だけど、これ以上あなたをこの学校には置いておけないわ」


「大げさ」ザリアは目を逸らす。


「保護者を呼びます。これで、あなたの在籍は正式に終了です」


「はいはい。もっとマシな生徒、集めなよ」


 ――しばらくして。

 送迎レーンに、バイクのエンジン音が響く。

 革ジャン姿の若い男がマシンを停め、ヘルメット越しにザリアを見た。


「ライダー」ザリアはぼやく。「遅い」


「乗れ」


 彼女は何も言わず後ろに跨り、二人はそのままオンボロアパートへ帰り着く。

 部屋に入るなり、ライダーはヘルメットを放り投げた。


「また退学?」彼はため息混じりに言う。「お前、あと一校追い出されたら、もう行く学校ないからな」


 ザリアはソファに倒れ込んだ。


「だって、みんなイキってくるんだもん。やられたらやり返す。それ、普通でしょ。カイタンシャってそういうもんじゃないの? 勇敢で、強気で、ビビらない」


「はいはい、ご立派」ライダーは片手を振る。「でもな、“今”のお前はカイタンシャじゃない。ただの十六歳のガキ。しかも今は、母親に頼まれて俺が保護者代理だ」


 ザリアはむすっとして腕を組んだ。


「でも、そろそろ分かってきた。学校って向いてない。私、多分ダンジョン行くべきなんだよね」


「勝手に死ねって話になるが」ライダーは冷たく言う。「十八になるまでは、俺のルールに従え。いいな」


「りょーかい」


「いい子だ」

「……で、今から俺は、あの親どもに“示談金”払ってくる」


「してやったりじゃん。あいつら、やられて当然」


 ライダーが出ていくと、ザリアはこっそりテレビをつけた。

 ニュース番組のテロップが目に飛び込んでくる。


『ダンジョン難易度、さらに上昇。オマリロ・ニュガワの引退は早すぎたのか?』


 ザリアは思わず笑みをこぼした。


「会ってみたいなぁ……あの人が、私の“目的”かも」


 画面には、軽々とダンジョンを踏破していくオマリロの映像が流れている。


「絶対に会う。絶対に」


 ――現在。


 ザリアは椅子の背にもたれ、鼻で笑った。


「さぁ? 私じゃないし」


「髪型、体つき、態度。どれも一致だ」警官は淡々と言う。「君の前歴は分厚いファイル一冊分。感情の制御もできない“爆弾娘”だ。そんな奴を、ニュガワが気に入ると思うか?」


 ザリアは机を叩いて立ち上がった。


「私は爆弾なんかじゃない! それに、あんたがニュガワさんの何を知ってんのよ! 私がぶっ飛ばすのは、“ぶっ飛ばしていい理由がある奴”だけ! 今も、ひとり増えそうだけど!」


「ザリア!」リカの叫びが飛ぶ。


〈規則違反を検知。ペナルティを執行します〉


「あっ、やべ」


 警官は勝ち誇ったように口角を上げた。


「認めたな。今のは立派な“自白”だ」


〈ペナルティ:竹野ザリアを“拘置室ディテンション”へ送致〉


「何それ、ダサい名前なんだけど」


「すぐ分かるさ」警官は立ち上がる。「じゃあ、ごゆっくり」


 次の瞬間、ドアが開き、武装した警備員たちがなだれ込んできた。

 ザリアは床に押さえつけられ、そのまま部屋の外へ引きずられていく。


「ちょっと! ザリアに触らないで!」リカが叫ぶ。


「さて」警官は、今度はリカに向き直った。「次は君の番だ、天川リカ。君には“弟”の件で、聞きたいことが山ほどある」


 リカの表情が一気にこわばる。


「弟……? 弟なんて、いませんけど?」


 警官がリモコンを押すと、プロジェクターに新たな映像が映った。

 数年前のリカ。ベッドの上で髪をとかしながら、PCに向かって配信している。


 ――三年前。


「やっほ〜、みんな!」リカはベッドの上で足をパタパタさせながら手を振る。「久しぶりの“回生者リカちゃんチャンネル”だよ〜!」


 コメント欄には、ハートや可愛いスタンプが大量に流れ込んでいた。


「えへへ、みんな優し〜」


 その時、ドアがノックされた。


「なに〜?」


 廊下から、母親の声。


「リカ、ちょっといい? お父さんとお母さん、おばあちゃんのお見舞いに行ってくるからね。だいぶ弱ってるの」


「ふーん、分かった」


「それでね、リクのことお願いしてもいい?」


「……はぁ。分かったよ」


「“ちゃんと”お願いね。あの子、目が離せないでしょ? くれぐれも気をつけて」


「分かってるってば、お母さん」リカはあからさまに面倒くさそうに答えた。


「ありがとう、リカ。じゃ、行ってくるわね」


 玄関の音が遠ざかると、リカはすぐに配信画面に視線を戻した。


「さてと。みんな〜、今日は新しい靴コレクションを――」


 再びノック。


「もう、なに!?」


「リク!」幼い声が返ってくる。「お姉ちゃん、開けてよ!」


「やだ!」リカは即答した。「今忙しいの!」


「ママが言ってたよ! お姉ちゃんが一緒に遊んでくれるって!」


「言ってませんー! 勝手に約束しないでくれる!?」


「お願いだよ〜!」


「しつこい!」


 しばらく押し問答をしていると、配信チャットに新しいコメントが流れた。


『リカ様、回生の力見せて〜!』

『どこまで使えるか、実験してほしい!』

『スキル実演、希望!!』


 リカは顎に指を当てた。


「……なるほど」


 そして、ドアの方に向かって声を張る。


「やっぱ入っていいよ、リク」


「ほんと!?」


「うん。ただし、これは二人だけの秘密ね。今から、“ゲーム”するから」


——

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