――第7章・ドッコウ団――
――沖縄ダンジョン・第一〇〇〇階。
ザリア、ハン、リカの三人は、そのまま大型ヨットほどのサイズの船の甲板に叩きつけられた。
「うわ、何ここ」ザリアがきょろきょろと見回す。「ダンジョンに、こんな高級ヨットが転がってるわけないでしょ」
「ダンジョンのこと、まだ全然分かってないからね」ハンが言う。「逆に考えると、この船のどこかにシギルが隠されてる可能性は高い」
「キューブがそう言ってたわけ?」
「いや、それは俺の推測」
オマリロは近くのデッキチェアに腰を下ろし、そのまま仰向けに寝転んだ。
三人は同時に彼の方を振り向く。
「サー?」ザリアが声を掛ける。
「体調、大丈夫ですか?」ハンも続ける。
「必要なら、回生しますけど……」リカは脇腹を押さえながら心配そうに言った。「ただ、今日はもうあまり使えないかもですけど」
「船」オマリロが短く言う。「探せ」
「え、私たちだけで?」ザリアが目を瞬く。
オマリロはこくりとうなずいた。
「急げ。敵グループ、まだ問題」
「了解!」
三人が散開していくと、オマリロは目を閉じる。
「……腰。痛い」
ザリアは船室側へ向かい、ベッドルームを片っ端から覗いていく。
どの部屋にも、それらしいものは見当たらない。
枕元に、小さなテディベアが置いてあるのを見つけ、何気なく手に取った。
(懐かし……昔、似たの持ってた気がする。カイタンシャ仕様のぬいぐるみ……ああいうの、もう一回欲しいな)
背後で物音がし、ザリアは慌ててぬいぐるみをベッドに戻した。
振り返ると、皿を持ったリカが立っている。
「えっと、ザリア? 何してるの?」
「わ、私? べ、別に? ……逆に、あんた何その皿」
「お腹ペコペコで」リカはしれっと答えた。「食堂には何もなかったけど、キッチンはめっちゃ充実しててさ。美味しそうなものだらけ」
「で、それを持ってきた理由は?」
「回生の回復食」リカが胸を張る。「忘れてないよね? 回生しすぎると、体力も寿命もがっつり削れるんだよ?」
「はいはい、何回も聞いた」ザリアは肩をすくめた。「じゃあせっかくだし、ここ一緒に探して――」
背後のドアが、ガチャンと大きな音を立てて閉まった。
「えっ」リカが皿を落としそうになって振り向く。「ハン? 今の悪ふざけなら笑えないよ!」
ザリアがドアノブを回すが、びくともしない。
「固まってる……? は? こんな高級ヨットでドアが閉じ込め仕様とか、どんな趣味」
「ハン!」リカが叫ぶが、返事はない。「……っ、もしかして、ハンじゃない?」
ザリアが槍を呼び出そうとするが、手は空を切るだけだった。
「ジュゲンが……反応しない。最悪。やっぱこの船、丸ごと檻ってことか」
その時、目の前にホログラム画面が浮かび上がる。
映ったのは、日向ユウトとドッコウ団の面々。腹を抱えて笑っていた。
「見ろよ二人とも」とユウト。「いいねぇ、その顔。無力で困り果てた女って、一番いい絵だわ」
「やっぱりお前か、アホ」ザリアが即座に吐き捨てる。「アホな作戦立てるアホはお前ぐらい」
「アホはお前だよ」ユウトはニヤリと笑う。「このスキルの名は――呪具顕現牢。俺が“物”にかけたジュゲンは、全部“檻”になるのさ」
「丁寧な説明ありがとう」リカが言う。「じゃあ解除して?」
「やだね」ユウトは即答した。「俺たちは残りのシギル回収して、さっさと先へ進む。そっちはその部屋で一生閉じ込められてな。じいさんにもよろしく伝えといて。もう寿命ギリギリだろ、あいつ」
ホログラムが消え、ザリアは唇を噛む。
「次会ったとき、あいつの喉元に槍ぶち込んで――」
警告音が鳴り響く。
[敵性反応を検知。防衛機構を起動します]
ベッドや壁がガコンと変形し、無数のレーザー砲口が露出する。
二人に照準が向いた。
「今って、叫んで助けを求めるタイミングかな?」リカが小声で言う。
「普通は“違う”だけど、今は“正解”!」
二人は同時に、ハンとオマリロの名を叫びながら、飛び交うレーザーを必死で避け始めた。
――その頃。
ハンは操舵室で計器類を見ながら、キューブを使って周囲をスキャンしていた。
「ここもハズレ……かな。念のため、もう一度――」
踏み出した足に、カチッと嫌な感触が走った。
「やば」
床板が跳ね上がり、ワイヤーが一斉に飛び出してきて、ハンの身体をぐるぐるに拘束する。
「誰だよ! ヨットのブリッジに罠仕掛ける変態! ダンジョンの趣味悪すぎ!」
その前に、ホログラムが浮かび上がる。
日向ユウトが腕を組んでいた。
「ダンジョンじゃなくて俺」ユウトが勝ち誇った声を出す。「さて問題。誰でしょう?」
「お前以外ありえないでしょ」ハンはため息をつく。「で? これも何かの“作戦”ってわけ?」
「おー、理解早いじゃん」ユウトは口角を上げる。「俺たちより先に進まれちゃ困るからさ。海の旅、存分に楽しんでくれよ?」
「海の旅って――」
操舵輪がガタンと動き、船がビーチから離れ始めた。
ユウトのホログラムが消える直前、最後の一言が残る。
「三人隔離完了。残るは、じいさん一人」
――ラウンジ。
船が動き始めた瞬間、オマリロは片目を開けた。
「ふむ」
ヨットが大きく揺れ、オマリロはデッキチェアから転げ落ちる。
腰を押さえながら立ち上がり、周囲を見回した。
「出てこい」
空間が揺らぎ、白鷺リオが姿を現す。退屈そうにあくびを噛み殺した。
「見えたの? ……一応こっち、透明化してたんだけど」
オマリロは視線だけで彼を一瞥する。
「パーティに危害。私のパーティ。理由、話せ」
「ちょっと足止めしろってさ」リオは耳をほじる。「ユウトとアイリがシギル集めてる。その間、あんたらは沖へご招待」
オマリロはリオの全身を値踏みするように見て、首を鳴らした。
「話、終わり。今すぐ解放。しないなら――」
「悪いけど、行かせないよ」
オマリロが杖をくるりと回し、そのままリオの頭めがけて一閃。
ギリギリでリオが身を捻って避けた。
「ちょっ、先に“いくよ”ぐらい言えないの!?」
リオの体から、黒いエネルギーがふつふつと湧き上がる。
「ジュゲン操運者:カモフラージュ」
リオの輪郭が薄れ、やがて完全に消えた。
「ほらね、“今ここにいるけど――」
声だけが響く。
「――もういない”」
オマリロは目を閉じる。
部屋の音が、すうっと遠のいていく。
「ふん」
杖を振り上げ、目の前で横薙ぎに振り払う。
鈍い衝撃音がした。
「うわっ、痛っ! 何その動体視力。透視でも付いてんの?」
椅子が飛んできたが、オマリロは半歩ずれてかわす。
「小細工。くだらん。姿、見せろ」
もう一度杖を振るが、今度は僅かに空を切る。
「ははっ、さすがに反応がワンテンポ遅くなってきてない?」
オマリロは低く構え、壁一面に響くリオの笑い声を聞き分ける。
「ジュゲン――薄く、感じるはずだろ?」リオの声が響く。「それ、ユウトの仕事ね」
「味方巻き込みは、無し」
「その通り。誰に効かせるかは、アイツ次第。でも、おかしいんだよなぁ」
「この部屋、ジュゲンを完全キャンセルしてるはずなのに――アンタだけ、ほとんど落ちてない」
「口数、多い」
「いや、さすがに気になるでしょ。どうなってんの、それ」
オマリロの耳がピクリと動き、杖を真下に叩きつける。
鈍い“ゴキッ”という音。
「痛っ! ちょ、マジでコブできるから!」
オマリロは杖を回転させ、続けざまに叩き込もうとするが、再び空振り。
代わりにテーブルが飛んできて、彼は難なくそれをかわした。
船の速度がさらに上がる。
〈警告:ビーチゾーン外へ離脱すると、全シギルを喪失し、“ペナルティ”が発生します〉
「っと」リオが息をつく。「そろそろ時間切れ。こっちの役目は達成って感じかな」
リオはカモフラージュを解除し、姿を現した。
「アンタ、思ってた以上にヤバいわ。次やる時は、ちゃんと本気出す」
そう言い残し、今度こそ完全に姿を消す。
「消えたか」オマリロは杖を握り直す。「急ぐ。子らを助ける」
近くの鍵付きの扉に杖を叩きつけると、扉が吹き飛び、階段が現れた。
「操舵室。少年」
オマリロは一気に階段を駆け上がり、ブリッジへ向かう。
――ブリッジ。
ハンはワイヤーを相手に格闘していた。
「くそ……あのユウト、マジで仕掛けだけは一丁前だな」
身を捩っても、ワイヤーはびくとも動かない。
「ニュガワさんと女子二人に早く伝えないと……今さら足引っかけてる場合じゃ――いてっ」
キューブを呼び出そうとして、彼はハッとする。
「そうだった。ジュゲン、封じられてるんだった」
ハンはワイヤーの素材に触れる。
「鋼合金。太さからして、1.3トンくらいの張力で限界……かな。で、本題は――」
視線を上げると、ワイヤーの固定先が木の壁になっているのが見えた。
「木材。ここが弱点」
ハンは後ろに下がっていき、ワイヤーを目一杯伸ばす。
「ちょっと負荷を掛けて――」
勢いよく前へ駆け出し、体重を乗せて引きちぎる。
板がミシミシと悲鳴を上げた。
「もうちょい! 陸上エース・ハン、行きます!」
再度後ろに下がり、今度は全力疾走からジャンプ。
そのまま身体ごとぶつかるように引くと、木がバキッと割れた。
「よし、きた!」
ワイヤーがほどけ、ハンの腕は真っ赤に擦り切れている。
「……想像以上に痛いんだけど」
息を整えたところで、出入口に立つ人影に気づく。
「ニュガワさん!? いつから見てました?」
「自力で脱出。良い」オマリロは頷いた。「頭、使った」
「えへへ、サーの受け売りです」
「行く。急げ。娘たち危険。時間ない」
「了解です!」
オマリロが廊下を駆け、ハンがその背中を追う。
目指すは船室ブロック。
――船室区画。
ザリアとリカは、タンスを盾にしてレーザーの嵐から身を守っていた。
「ニュガワさん! ハン! 誰でもいいから助けてー!」リカが絶叫する。
「最悪だ……」ザリアは両手で頭を抱える。「こんなんじゃ、ニュガワさんに完全に見下される……! チンピラバイク集団に寝室でハメられたって思われる!」
「そんなことないって!」リカはレーザーをくぐりながら言う。「本当にそうなら、とっくに私たち捨ててる!」
レーザーがザリアの髪をかすめた。
「……落ち着け、ザリア。とりあえずこの部屋を切り抜けて、ハンとニュガワさんを探す。問題は――このジュゲン無し状態で、どうするか」
「ザリアは“闘士”でしょ?」リカが叫ぶ。
「うん、それがどうした」
「闘士は武器を出すだけが全てじゃない! 体のどこか一部が、常時強化されてるはず! それを探すの!」
「あっ――」ザリアの目に光が宿る。「そうだ、完全に忘れてた!」
「早く! まず腕!」
ザリアは右腕でタンスを持ち上げようとするが、ほとんど動かない。
「右腕はハズレ!」
「左は!?」
今度は全力で殴ってみる。
「いったぁああ! 指折れたかと思った! 左もハズレ!」
「足! 足しか残ってない!」
「どっち?」
「どっちでもいいから!」
ザリアは立ち上がり、右脚を振り上げた。
「じゃあ――いっけぇ!」
思い切りタンスを蹴り飛ばす。
タンスはロケットのように飛び出し、レーザー砲の一つに直撃、そのまま粉砕した。
二人は同時に固まる。
「「……え」」
別のレーザーが唸りを上げて発射される。
「ほら! 次も!」リカが指差す。
ザリアは回し蹴りを叩き込み、砲台を土台ごとへし折った。
「なにこれ超楽しいんだけど! 今まで誰か言ってよ! 『お前の脚、バケモンだぞ』って!」
最後の列のレーザーが一斉に火を噴くが、ザリアは壁を蹴りつけ、その衝撃で装置ごとひび割らせて沈黙させた。
「ニュガワさんに見せたい!」ザリアはニヤニヤしながら言う。「絶対ほめられる!」
「うん、きっと!」リカも笑う。「じゃあ次はドア!」
ザリアは勢いよくドロップキックを放ち、ドアを粉砕して廊下へ飛び出した。
ちょうどその先から、オマリロとハンが駆けてくる。
壁の破片が転がる光景に、ハンはぽかんと口を開けた。
「今の、なに?」
「娘、本来の力を使った」オマリロが言う。「賢い娘」
ザリアの顔が真っ赤になる。
「ほ、ほんとですか!? やった……!」
「でもジュゲン封じられてたのに、なんであんな蹴りが――」ハンは理解が追いつかない様子だ。
「闘士の恩恵」オマリロが説明する。「身体能力の一部は、ジュゲンではなく“肉体”そのものに刻まれる」
「ずるい」ハンが小さくぼやく。
リカも部屋から飛び出してくる。
ザリアは自分の脚を見下ろした。
「左もいけるかな」
「待て待て待て!」ハンとリカが慌てて止める。
しかしザリアは構わず、左脚で壁を蹴った。
船全体が大きく揺れ、三人は盛大に転んだ。
「……ふむ。左も合格」
〈警告:ビーチゾーン外へ離脱中。目的地から400mを越えると、全シギルがリセットされます。現在距離:350m〉
「時間、ない」オマリロが短く言う。「急ぐ」
彼は迷いなく廊下を駆け出した。
「だってさ!」ハンが言う。「急げって!」
三人も続く。
〈距離:220m→150m→90m〉
――ビーチ。
アイリはボードウォークの店を一軒ずつ覗いていた。
「ここもハズレ」彼女はため息をつく。「もうシギル持ってる分だけで次の階行こうよ」
「らしくないな」ユウトが眉をひそめる。「どうした、アイリ」
「時間の問題でしょ」アイリは肩を落とす。「あの人がここまで来るの。失敗したら、ボスのところに“失敗”持って帰るんだよ? あの人、手加減なんてしない」
「だから失敗しなきゃいい」ユウトは笑う。「ほら、俺たちもうシギル七つ集めてるんだぞ」
「最初の計画では五つ集めて即撤退だったじゃん」
「状況に応じてプランを変えるのが、デキる男ってやつ」
「はぁ……ほんと手が掛かる」
「分かった分かった。なら、そろそろ切り上げるか」
その時、リオがひょいと姿を現した。
「時間稼ぎはした。どこまで持つかは知らんけど」
こめかみを押さえながら言う。
「マジで、あのじいさんは怪物」
「やられた?」ユウトが目を剥く。
「正面から殴り合う相手じゃない。アイリの言う通り、オレもそろそろ撤収希望」
「へいへい。じゃあ、封印解いてさっさとズラかるぞ」
三人はビーチに降りる。
そこには巨大な砂の城があり、その中央部分にはシギルがすっぽりはまる穴が五つ並んでいた。
アイリはそれぞれの穴に、慎重にシギルを差し込んでいく。
「運が良ければ、何階かは先行できる」アイリが言う。「もしかしたら、あっちは途中で諦めてくれるかも」
「諦めてくれないと困る」ユウトは舌打ちした。「せっかく考えた、完璧な永遠足止め作戦がパーだ」
「未練がましい」アイリは鼻で笑う。
最後のシギルをはめ込むと、砂の城が震え始める。
〈全5つのシギルを確認。レベル1,001への通行を許可〉
「さ、行こ」アイリは髪を払って言う。「置いてくよ」
二人の男も階段へ向かおうとした、その時。
「どこ行くつもり?」
背筋を凍らせる声が響いた。
振り向くと、槍の穂先が喉元に突きつけられている。
ザリアだ。背後にはオマリロ、ハン、リカの姿。
「出し抜いたはずなのに……どうやって脱出した」ユウトが歯噛みする。
「心配しなくていい」ザリアは低く唸る。「あんたらのせいで、こっちはマジギレ中」
「最低」リカも腕を組む。「人としてもハンターとしても」
「ま、待て待て待て」ユウトは慌てて後ずさる。「これはだな、ちょっとした行き違いで――悪ふざけの範囲っていうか?」
ザリアが一歩近づくたび、三人は一歩ずつ引いていく。
「ふーん。その“行き違い”、全身で味わわせてあげる」
「詰んだな」リオがぼそっと囁く。「どうする」
ユウトは突然笑い出した。
「しゃあない。あんまり使いたくなかった手だけど――」
くるりとアイリの方を向く。
「アイリ! 今だ!」
アイリはポケットから、見慣れないシギルを取り出した。
〈シギル能力:ディスプレイスメント。周囲の存在を、近接階層のいずれかにランダム転移させる〉
「ダメだ、押すな!」ハンが叫ぶ。
アイリがシギルを発動すると、足元に巨大な渦門が開く。
一同は抗う間もなく、そこへ飲み込まれていった。
〈侵入を検知――フロアレベル:3,000〉
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オマリロは目を開けた。
隣には、気を失ったハンが倒れている。
「……ザリア、リカ」ハンがうめき声のように名前を呼んだ。
部屋の照明が一気に点き、周囲の全貌が露わになる。
〈規則:“舞台”を最後まで演じきれ〉
二人が立っていたのは、舞台装置が組まれた巨大な劇場のステージ上だった。
客席には、割れんばかりの歓声を送る観客の影が、ぎっしりと詰まっていた。
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