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――第6章・戦い、そしてビーチ――

――沖縄ダンジョン・第四階。


〈データ不整合。計測不能〉


ザリア、ハン、リカの三人が見守る中、赤い警告灯に染まっていた空間が、再び白い部屋の形に戻っていく。


〈レベル:99,999。エラー。エラー〉


「どうしたんです、ニュガワさん?」ザリアが首をかしげる。「強すぎて、部屋がバグってるとか?」


「ふむ」オマリロは短く答える。「部屋。壊れた」


突然、赤色灯がぱたりと止んだ。


〈エラー修正完了。対戦相手を選定中〉


「早っ」ハンが目を丸くする。「この人の相手なんて、誰を持ってくる気だよ」


〈決定。レベル:??? ドメインボス:不滅の竜の娘・ミチコ・ドラゴンスベイン〉


部屋全体が闇に塗り替わる。

オマリロの足元には浮遊する石の足場が現れ、その中央には雷の柱が立ち上がっていた。


「な、何これ……」ザリアが息を呑む。「空気が一気に変わった」


雷光が閃き、黒と赤の着物をまとい、赤く光る瞳をした少女が柱から現れる。軽やかに着地すると、まっすぐオマリロを見据えた。


「オマリロ・ニュガワ」彼女は名を呼ぶ。「やっぱり――伝説は本当だった」


彼の周りをゆっくり回りながら、その眼差しで値踏みするように見つめる。

「父に付き添っていたとき、妙な“気配”を感じたの。あれは、あなたね」


「父。ダンジョンボス」


ミチコはぱちぱちと手を叩いた。

「話が早くて助かる。そう――わたしの父、ムハイリュウ・ライゼンは、このダンジョンの支配者」

「長女として、あなたなんかに辿り着かせるわけにはいかない」


「娘。道塞ぐなら――どかすだけ」


ミチコはくすりと笑った。

「やっぱ、そう来ると思った。じゃあ――“伝説のカイタンシャ”がどこまでやれるのか、見せてもらおうかしら」


彼女が手を伸ばすと、稲妻をまとった巨大なメイスが出現する。


〈目標:ミチコ・ドラゴンスベインを撃破せよ。開始〉


ドンッ。


ミチコがメイスを地面へ叩きつけ、稲妻が足場全体を走る。


〈ドメイン効果:雷怒の憤激。ミチコ・ドラゴンスベインの攻撃のたび、75%の確率で雷撃が発生し、ダメージが1000%に増幅される〉


「気をつけて、ニュガワさん!」ザリアが叫ぶ。


ミチコは俊敏な動きで何度もメイスを振り回すが、オマリロは年齢を感じさせない身のこなしで、その全てを紙一重で避けていく。


「その歳で、その動き?」ミチコが笑う。「なかなか軽いじゃない、おじいちゃん」


「ジュゲン魔法士:天翼弓テンヨクキュウ


オマリロの手に黄金の弓が形成され、無数の光の矢がミチコへと放たれる。

ミチコはメイスで弾き落とすものの、いくつかはその身を貫いた。


〈ボスHP:100%→60%〉


「……痛っ。今のはちょっと効いたわね」

「もう一発はごめんだから」


ほんの一瞬で、メイスの先端がオマリロの頭上に迫る。


「遅い」


オマリロはメイスを片手で掴み、そのまま跳び退る。

二人の間に雷が降り注ぐ中、再び弓を構えようとした瞬間――

ミチコはすでに上空へ回り込み、オマリロは今度は剣を呼び出して受け止め、そのついでに顔面へ強烈な蹴りを叩き込んだ。


〈ボスHP:60%→25%〉


「完全に遊ばれてない?」ハンが絶句する。「しかも、相手のレベル表示すらないのに」


リカは脇腹を押さえながら、咳き込む。

「やっぱ……すごい……」


足場の上で、二人は目にも留まらぬ速度で打ち合う。

ミチコの一撃一撃は雷を伴い、足場そのものを削り取っていくが、オマリロは片手を背に回したまま、それら全てを避け続ける。

何度も稲妻が落ちるが、彼の体はかすりもしない。

そして、抜けた一瞬に剣を振り抜き、ミチコの体を斬り裂いた。


〈ボスHP:25%→0%〉


ミチコは地に膝をつき、荒い息を吐く。

「父の言う通り……簡単にはいかない、か……」


「娘、弱い。退け」


ミチコは顎の血を拭ってから、笑った。

「ここで終わり――なわけないでしょ」


雷柱がまばゆく光り、同時にミチコの身体も光を帯びる。

「あなたの力は充分見えた。そのうえで――今度はわたしの“本気”を見せる」


ドゴォンッ。


黒と赤のエネルギーが爆発し、オマリロは思わず剣を地面に突き立てて踏ん張る。


「な、何してるんだ、ニュガワさん……?」ハンが不安げに呟く。


オマリロは片手を上げた。

「下がれ。危険」


ミチコはふわりと宙へ舞い上がり、背中から翼が生える。

赤黒い鎧が全身を覆い、竜を思わせる仮面が顔を隠した。

メイスは巨大な紅のクレイモアへと変形し、振り下ろした一撃で足場に亀裂を走らせる。


〈警告。警告。ルームの安定性が失われています〉


壁が砕け、床もひび割れていく。

ザリアたちが足元を見下ろした瞬間――床全体が崩落し、彼らは奈落へと落ちていった。


〈第九九九階に転送中〉


ザリアが目を開けると、オマリロに抱えられていた。

そっと地面に降ろされ、横にはハンとリカも寝かされる。


「サー、今の……何が……」


「娘」


ミチコ――いや、先ほどとは違う姿の彼女が、ゆっくりと降りてくる。

闇の中で、彼女の姿が床全体を照らした。

そこは、魔法陣の刻まれた閉ざされた闘技場だった。


〈フロア規則:ドメインボス“不滅の竜のライリュウヒ”を撃破せよ〉


翼をひと振りすると、その風圧だけでザリア、リカ、ハンは吹き飛ばされる。


〈ボスインスタンス発動:ボスHP+500%〉


巨大な大剣が、自動でオマリロへと飛びかかる。

彼は自らの剣で受け止めた。


「さあ、楽しもうか」ライリュウヒが笑う。「“真の姿”を見せるのは、何十年ぶりかしら。――不屈のアンイールディング・サンダー


闘技場全体を埋め尽くすほどの雷が落ちるが、オマリロは全てを紙一重でかわし、弓を呼び出して光の矢を撃ち込む。

ライリュウヒは翼の風で軌道をねじ曲げ、矢を逸らしてみせた。


「もっと見せて――あなたの“全力”を」


彼女の大剣はさらに巨大化し、まるで戦槌のように床を叩きつける。

雷撃が連続してほとばしる。


〈ドメイン効果:“不屈の継承者”形態の間、ジュゲン闘士以外のすべてのジュゲンは無効化〉


「ジュゲンキャンセル……?」ハンの顔が青ざめる。「そんなのアリかよ」


ライリュウヒの手に赤い光球が形成され、それが床へと押し込まれる。

赤い竜の幻影が彼女の周囲に立ち上る。


〈不屈の継承者・ライリュウヒ、完全覚醒。現在有効ジュゲン:ジュゲン闘士のみ〉


ライリュウヒは口から雷光を吐き出し、オマリロはその一撃が子どもたちへ飛ばないよう、剣で弾き飛ばした。


「キューブが……!」ハンが叫ぶ。「反応しない!」


「私の回生も……」リカが息を呑む。「力が出ない……」


ザリアは槍を呼び出す。

「うちは平気。サー、手伝わせて!」


彼女が飛び出そうとした瞬間、見えない壁が前に立ちふさがる。


「戦闘は不可だろ」ハンが指摘する。「これ、まだニュガワさんの“試験”中だよ」


「でも、攻撃だけはこっち来るとか、理不尽すぎない?」


「知らないよ! そもそも、この階にいる時点でバグだし!」


「砕け散れ!」


ライリュウヒは宙高く舞い上がり、全身を雷球で包む。

そこからあらゆる方向へ雷撃が放たれた。

オマリロは跳躍し、その雷球そのものを斬り裂く。


〈ボスHP:500%→200%〉


竜の咆哮が轟き、巨大な爪が振り下ろされる。

オマリロはバク転でかわすと、顎へ向けて強烈なアッパーを叩き込む。


「不安定。そこが弱点」


竜の幻影はよろめき、壁に叩きつけられ、弾けてライリュウヒ本体が再出現した。


〈ボスHP:200%→75%〉


ライリュウヒは再び闘技場の中央へ瞬間移動し、クレイモアを戦槌のように振り下ろす。

オマリロはその衝撃をかわしながら距離を取った。


「うちらのジュゲン、戻ってる!」ハンが歓声を上げる。


「よっしゃ! トドメ刺しちゃってください、ニュガワさん!」ザリアも拳を突き上げた。


ライリュウヒは腕をゆっくり円を描くように動かす。


〈ライリュウヒの“必殺スキル”を回避するには、ジュゲン操運者の力を用いよ〉


「必殺スキル……?」リカがごくりと唾を飲む。「聞き慣れないワード出てきたんだけど……」


オマリロの視線が鋭くなる。

天へ向かって、巨大な雷の柱が立ち上った。


「サンダーストーム!」


雷のエネルギーが暴発する寸前、オマリロはジュゲン操運者の力で視界から消え去る。

雷が闘技場を丸ごと焼き払い、跡形もなく粉砕した。


ライリュウヒが再び標的を探すと、オマリロはすでに子どもたちを安全地帯へ移動させていた。

彼女が攻撃に移ろうとしたときには、オマリロはもう弓を構えている。


「ジュゲン魔法士:天翼弓」


巨大な黄金の矢が放たれ、ライリュウヒの胸を貫く。


〈ボスHP:75%→0%〉


彼女の身体はビリビリと震え、亀裂が走る。

「やっぱり……あなたは、一段……上の存在……」


〈ボス撃破。チャレンジ達成〉


「父は……」ライリュウヒはかすれ声で言う。「あなたの進行を止めるために、わたしを遣わした。――この“家”を、ダンジョンたちを守るために」

「“ジ・エンドレス”は……あなたを消そうとしている。あなたという存在を恐れて」


オマリロは、僅かに眉をひそめた。


地獄ヘルに辿り着いたら――“ヘルズフロア”で、また会いましょう……オマリロ・ニュガワ」


彼女はそう告げると、霧のように消え去る。

代わりに、ひとつのトーテムが空中に現れた。

バリアが消え、子どもたちもオマリロのもとへ駆け寄る。


「サー、マジでバチクソかっこよかったっす!」ザリアが興奮気味に言う。「全然衰えてないじゃん!」


「汗一つかいてませんよね」ハンも感嘆する。「ああいうのを見ると、自分との差がつらい……」


「そりゃそうでしょ」リカが肩をすくめる。「ハンはハンだし。ニュガワさんは“伝説”なんだから」


オマリロはトーテムに触れ、それをシギルへと変え、リカに渡した。

「持て。次は第一〇〇〇階。油断禁物。試験、もっと厳しい」


三人は同時にうなずき、リカがシギルを受け取る。


〈トーテムシール取得。レベル1000許可を付与〉


床が割れ、下へ続く階段が姿を現す。

オマリロが先に下りていき、汗ばむ額を拭いながら、三人もそれに続いた。


――沖縄ダンジョン・第一〇〇〇階。


足元の感覚が変わり、四人は砂の感触を覚える。

見渡せば、どこまでも続くビーチ。

ザリアが目を丸くした。


「サー? ここ、本当にダンジョンです?」


オマリロはうなずく。


「バカンスに来た気分なんですけど」リカが言う。


「いや、どう考えても罠だろ」ハンが警戒する。「どうします、ニュガワさん?」


オマリロは静かに波を眺める。

「ルール。探せ」


〈規則:オオダヤス・ビーチパズルを攻略せよ〉


「パズル?」ハンの目が光る。「一番得意なやつ! 言ってくださいサー、速攻で解いてみせますよ!」


「オタク、スイッチオン」ザリアが小声でリカに囁く。


オマリロの耳が、微かな音を捉えた。

「我々だけではない。気ぃ抜くな」


三人は即座に戦闘態勢へ入るが、聞こえてきたのはゆっくりとした拍手の音だった。


「いやいや? 一番警戒心高いのが、おじいちゃんっていうのが一番の驚きなんだけど」


三人のティーンが砂浜の向こうから歩いてくる。

男二人と女一人。どれも、使い古したカイタンシャ装備を身にまとっている。

一番背の高い、長髪の日本人男子がサングラスを外した。


「まさか“あんたレベル”の男が、ガキ三人も連れて歩いてるとはね」


「誰っスか、あんた」ザリアが睨む。「ついでに、その口ぶり。ニュガワさんをヨボヨボ扱いとか、頭湧いてる?」


「日向ユウト」男は顎をしゃくって名乗る。「レベル1500のカイタンシャ。で、こいつらが俺の落ちこぼれ仲間――白鷺リオと一ノ瀬アイリ」


「変わった名前ですね」リカがぼそっと漏らす。


「そっちは? アンナとか、そういう感じ?」


「リカです! 天川リカ!」


「私はザリア。苗字は言わない」


「ハン。ジス」


アイリは露骨に目を細めた。

「そのわりに、人の名前はバカにするのね」


「何か文句ある?」ザリアの声が低くなる。


「あるけど。それが?」アイリが挑発的に言う。「なに、何かしてくれるわけ?」


リオは耳をほじりながら、退屈そうにため息をつく。

「もうなんでもいいよ。さっさと進まね? ここ、何時間も足止め食らってんだし」


「何時間も?」ハンが聞き返す。「このビーチパズルで?」


リオはこくりとうなずく。

「パズル舐めてた。こんなに詰むとは思わなかった」


「そういうわけ」ユウトが付け足す。「さっきからあのボードウォークの店を片っ端から当たってる。ヒントでも何でもいいから、ここから出るための何かを探してな」


「アホ三人組か」ザリアが小さく呟く。


「今なんて?」


「え? 別に。何も」


オマリロは遠くのビーチシティのボードウォークへ目を向ける。

「行く。パズル、解く」


ハン、リカ、ザリアは、向こうの三人を一瞥してからオマリロについていく。


「いいね」ユウトが口角を上げた。「そっちの負け犬三人とご老体には、存分に働いてもらおうか」


「誰が負け犬ですか」リカが鼻を鳴らす。


「お。今の、勝負って受け取っていい?」

ユウトは指を鳴らす。

「じゃあ、こうしようぜ。どっちが先に“答え”まで行きつくか、競争だ。敗けた方は、ここに取り残され」


「望むところっスよ、ちょんまげ男」ザリアが睨み返す。


「その減らず口、あとで後悔させてやるよ、クソガキ」


ユウトが片手を掲げる。

「ドッコウ団、散開」


三人の姿が一瞬で消える。

リカは鼻をつまんだ。

「何あれ。ドッコウ団? そんなディビジョン、聞いたことないですけど」


「独立組織」オマリロが言う。「非公式のならず者」


「やっぱり」


ボードウォークへ上がった一行は、まず一軒のピザ屋の前で足を止める。

ハンはすぐにキューブを取り出した。


「周辺の手がかりをスキャン」


「そのヘボキューブに、そんな機能あったんだ?」ザリアが茶々を入れる。


「当たり前だろ。解決策をスキャンって、そういう意味だよ。罠を捏造してるわけじゃないんだって」


「いや、絶対ちょっとは捏造してる」


「頭痛くなるわ……」ハンは額を押さえた。


[スキャン中……]

[有効な手がかり:0件]


「ここはハズレっぽいな。次は――」


オマリロが手を上げて止める。

「戻る。ビーチへ。ボードウォーク、囮」


「囮……ですか?」ハンが聞き返す。「これだけデカいのに?」


「目くらまし」


オマリロは大きく跳躍し、そのまま砂浜へと戻る。

ハンたちも慌てて後を追った。

追いつくと、オマリロは砂浜の一角――妙に浮いた位置に転がる貝殻をじっと見つめている。

そこを指さした。


「少年。今」


ハンはキューブを出し、貝殻をスキャンする。


[有効な手がかり:1件を検出]


「一発ヒット!」


ザリアは槍でその下を掘り起こす。

案の定、トーテムが姿を現し、リカがそれを掴んだ。


〈トーテムシギルを一個取得。第一〇〇一階へ進むには、あと四個集めよ。全体で残り九個〉


「余裕であいつらより先行けるって」ザリアが胸を張る。「あと四つ見つけりゃ勝ち」


ハンは遠くの海上に浮かぶボートを指さした。

「あの船、怪しくない? かなり怪しい。絶対何かあるでしょ。ただ、どうやって辿り着くか……」


オマリロは杖で砂をトンと叩いた。

「近くに来い」


「あ、そうか」


数度杖を打ち付けると、四人の姿はふっとかき消える。

影の中から、さっきのドッコウ団が姿を現した。

ユウトはリモコンを手に、不敵に笑う。


「見事に食いついたな。あの船に乗り込んだところで、こっちがスイッチひとつで沖まで流してやる。そうすりゃ、このビーチは俺たちの独占だ」


アイリはシギルを四つ取り出す。

「こっちはもう四個確保済み。あと一個なら、先に見つけられる」


ユウトはボタンを押した。

「老害が気づく前にな。これで、俺たちの勝ちだ」


ボートのエンジンが唸りを上げ、ゆっくりと動き出す。


「ゲームセットだ」


――

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