――第42章・回復攻撃――
地下の隠れ家――
カゲトウと数名のハンターが大広間へ入ると、コハクが玉座に足を組んで座っていた。かかとが床を小気味よく鳴らされる。
「ニュガワと、あの子の痕跡は?」
カゲトウは首を振った。
「ありません。ハントレス様」
コハクが立ち上がり、苛立ちを露わにする。
「なぜ? この狩り場は広くない。そう遠くへは行けないはずよ!」
彼女は猫のように鋭い爪を眺めた。
「……あの子は、凄まじい気配を持っている。特別な“ペット”になれるわ。――それに、ニュガワ……」
腕を伸ばし、壁を爪で薙ぐ。深い傷が走った。
「彼は私のものよ。彼と私の子どもを想像してみなさい。無敵になるわ!」
震える声で、ハンターの一人が口を挟む。
「……失礼ですが。ニュガワは結婚など望まないかと。調べましたが、彼は孤独を好む男です」
コハクがゆっくり歩み寄る。空気が一変した。男は反射的に頭を垂れる。コハクはその頭にかかとを乗せ、押しつけた。
「教えて。獲物は喋るの?」
「い、いえ……!」
「なら、どうして意見を言うの?」
コハクは男の首を掴む。
「私はすぐに彼の姓を名乗る。彼は私と共にダンジョンを支配するのよ!」
――ぐしゃり。
骨が軋む音と共に首が折れ、コハクは死体を放り捨て、踏み越えた。
「残りの映像を持って来て。私の未来の伴侶の“本当の力”を見たいの」
ハンターたちは青ざめて頷き、慌てて退室した。
(私を倒せたら――)コハクは心の中で笑う。(そこから新しい時代の始まりよ……オマリロ・ニュガワ。あなたが、新たな王になる)
彼女の笑い声が、長い廊下にいつまでも反響した。
◇
シコウキ島――
天川リカは白いドレスとヒールのまま、道場のようなシミュレーション空間に座り込んでいた。正面にはシコウキ・ソラが静かに座る。
「……あの、先生。私は何をすればいいんですか?」
「ハンとザリアは戦闘訓練ね。けれど、あなたは戦闘向きではない。だから“あなたに必要な強さ”を伸ばすわ」
「どうやって?」
「まず知っておきなさい。あなたの力は感情と繋がっている。誰か、あるいは場所への結びつきが深いほど、力は強くなる。――質問よ。あなたが最も強く繋がっている相手は二人、誰?」
リカは少し考えて、すぐ答えた。
「簡単です。ザリアと、ニュガワ先生。ハンもかなり大きいですけど、あいつたまに性格悪いんで。……それでも好きですけど」
「理由は?」
「ザリアとは親友で、先生に会う前から、いろんな家に転がり込んで生きてきたんです。で、ニュガワ先生は……今はもう憧れで。家族に見捨てられてから、大人で本気で大事に思えるの、先生くらいで」
ソラはしばらく黙った。
「……興味深いわね」
「それで、なんで道場なんです?」
「あなたの力を限界の外へ押し出す。心が折れかけるはずよ。支えになるものを考えておきなさい。……今なら辞退してもいい」
リカは首を振った。
「やりません。強くなりたいです」
「なら準備して。相棒を入れる」
「相棒……?」
ソラが頷く。
「私の息子よ」
手を叩くと、灰色の髪と瞳の少年が走り込んできて、リカに抱きついた。
「リカおともだち!」
「ソウシン!?」
少年は元気よく頷く。
「うん!」
リカはぎこちなく抱き返し、すぐ不安そうに言う。
「……人の姿になってるの、嬉しいけど。ここ危なくない? ソウシンに何かあったら――」
「見た目ほど脆くないわ」ソラが淡々と言う。「ただし、無謀」
「それ、めちゃ分かります」リカはため息をついた。「ザリアとセットで暴走するタイプです」
「あなたたちは、ある“貨物”を護衛して目的地まで運ぶ。あなたは回生者。ソウシンと貨物、どちらが傷ついても治せる。理解した?」
「え、ここで?」
「半分正解。……さあ、来なさい」
ソラが距離を取ると、空間が歪み――二人は地下鉄のホームに立っていた。横には巨大な箱。
〈貨物HP:100%〉
「……これ、どうやって動かすの!?」
ソウシンが手を挙げた。
「ぼく、できる!」
「えっ? 車とかを乗っ取るだけじゃ……」
「ちがうよ。なんでも“動くもの”にできる! みてて!」
ソウシンが箱に触れる。
「ジュゲン操運者:伝送――第三ギア!」
次の瞬間、箱の底から四輪が飛び出し、前後に座席が現れた。
「うわ……いつ覚えたの!?」
「ママが教えた!」
リカは頭を掻く。
「ごめん、見くびってた……ソウシン、才能ヤバい」
「えへへ! 行っていい?」
「うん。お願い、箱は壊さないでね!」
ソウシンが前の席へ飛び乗り、リカは後ろへ。
「伝送――第二ギア!」
箱がレールの上を発光し、猛スピードで滑り出した。リカは危うく振り落とされる。
「ちょ、待って! ヒール滑る! スピード出しすぎ!」
「うぇええええ!」
〈目標:貨物を目的地へ届けろ〉
〈目的1:貨物HPを70%以上に保て〉
〈目的2:10分以内に完了せよ〉
〈目的3:回復攻撃を2回使用せよ〉
「回復攻撃……?」リカが眉を寄せる。
地下鉄の空間に、ソラの声が響いた。
『回生者の紋章には、“癒やし”と同時に“損傷”を与えられるものがある。吸収――サイフォンよ。必要な場面で分かる。警戒しなさい』
「はい、ママ!」ソウシンが元気に返事する。
「ねえソウシン、ギアって何が変わるの?」
「第二は速くなる! 第三はなんでも動かせる! 第一は――」
ソウシンが箱に触れる。
「伝送――第一ギア!」
速度が落ちた、その瞬間――後方からバイクのエンジン音。銃を持った人狼が数体、追い上げてくる。
「え、先生……これもテスト!?」
『もちろん。二人で対応しなさい』
銃声。貨物が撃たれる。
〈貨物HP:100%→88%〉
(思ったより削れる……!)リカは歯を食いしばり、立ち上がる。
「ソウシン、運転続けて! いい?」
「うん!」
リカは箱に触れ、体がびくりと震えた。
「ジュゲン回生者:禁忌治癒」
彼女はふらつきながら立ち直る。
「……寿命、どれだけ持ってかれたんだよ」
『心配はいらない』ソラの声が淡々と返す。『第二スキルの解放とレベル上昇で、代償は軽くなった。……ただし“無料”ではない。別の形で支払うことになる』
「それどういう――」
言い終える前に、弾がリカの顔を掠めた。
「いっ……! くそ、毛玉野郎! 顔やったな!」
リカは自分を治癒する。人狼たちが次々狙いを定める。
「よしソウシン、お願い。高ギア入れて!」
「おけ! ジュゲン操運者:伝送――第二ギア!」
箱が加速し、人狼たちもアクセルを開けた。
リカは両手を重ねる。
「……強化、必要」
瞳が淡く光る。
「ジュゲン回生者:治癒の印!」
〈紋章生成:耐久強化。味方全員は致死までの耐久が50%増加する〉
「便利だけど、今欲しいのこれじゃない……! もう、いい!」
リカは紋章を握り潰し、衝撃波を放つ。
〈紋章発動〉
人狼ライダーたちが一瞬よろけた。
ソウシンが腕を見て喜ぶ。
「わあ! 元気でた!」
「よし。絶対後ろ見ないで。手でも足でもいいから、アクセル固定。分かった?」
「うん!」
リカはふとソウシンを見つめ、胸の奥がちくりとした。
(……弟みたい。昔の――)
首を振って切り替える。
(集中。貨物守って、ソウシン撃たせない)
人狼が貨物に飛び乗り、リカを押し倒した。
「うわっ、キモ! 降りろ! 菌つく!」
「黙れ女! 箱は俺たちのもんだ!」
「寝言は寝て言え!」
リカはヒールで顔面を蹴り、血を噴かせる。人狼が唸り、リカの脚に噛みついた。
「痛っ……! やめろ! 狂犬病とかいらん!」
「リカおともだち、大丈夫?」
「平気! 運転続けて、最高!」
人狼がリカを持ち上げ、トンネル壁に叩きつける。
「弱い! 弱い! 弱い! なぜダンジョンにいる!」
「……自分で選んだから!」
リカは膝を入れて引き剥がし、紋章を作る。
〈紋章生成:活力。味方全員は現在HPに応じて攻撃力が上昇する〉
「よし。これなら――」
治癒で自分を戻し、拳を叩き込む。人狼は落下し、後方のライダー数体を巻き込んで転倒した。
「二回目……! でも一日五回は無理――」
さらに増援が来る。
「最悪。ザリアたちに後で絶対――」
前列三体が一斉に発砲。
〈貨物HP:88%→66%〉
「やばっ……! 70切ったら――」
〈貨物HPが70%未満。ミッション失敗まで5秒……4秒……〉
リカはよろめきながら貨物へ飛びつき、治癒を流し込む。
〈貨物HP:66%→98%〉
「はぁ……」
片膝をつく。
「気持ち悪……ペース配分しないと……」
その時、人狼がバイクの上に立ち、ソウシンの頭へ照準を合わせた。
「やばい! ソウシン、危――」
銃声。リカは反射で前腕を出し、弾を受けた。腕が裂ける。
「痛っ!!」
ソウシンが振り返り、リカが治癒しているのを見る。
「リカおともだち!」
リカは親指を立てた。
「大丈夫……運転……うっ……」
そこで力が抜け、リカは意識を失った。
人狼たちがなおも撃つ。だがソウシンは自分に触れた。
「ジュゲン操運者:伝送――第二ギア!」
次の瞬間、ソウシンはリカを抱え、地下鉄内を高速で駆け、前列の人狼をバイクごと弾き飛ばし、再び貨物へ戻った。リカは肩に担がれたままぐったりしている。
「リカ、ぼくが守る!」
「ガキを撃て!」
「ボスだ! 道を空けろ!」
群れが割れる。筋骨隆々の巨大な狼がバイクで突っ込んできた。
〈ドメインボス:襲撃狼団隊長――ジェットファング。レベル:58,722〉
〈ドメイン効果:ジェットファングは10秒ごとに《バースト》で速度を上げられる〉
「箱を捨てろ、ガキ」ジェットファングが吠える。「潰されたくなきゃな」
「……潰すってなに?」
「今から教えてやる。狼ども、隊列!」
ジェットファング先頭のV字隊形。銃が並ぶ。
「撃て!」
弾幕が箱を襲う。しかしソウシンは加速し、トンネルを突き抜ける。
〈残り時間:5:12〉
「レースか」ジェットファングが嗤う。「ウォルヴン・バースト!」
〈ウォルヴン・バースト発動〉
バイクが跳ねるように加速し、箱に追いついた。ソウシンが目を丸くする。
「はやい!」
「最速だ。勝てるうちにやめとけ、ガキ!」
ショットガンが火を噴く。
〈貨物HP:100%→72%〉
衝撃でリカがずり落ち、目を覚ました。ソウシンの肩の上だと気づく。
「ソウシン……? 何が――」
「リカが危なかった! 助けた! もうゴール近いけど、でっかい狼が追ってる!」
リカは後ろのジェットファングを見て、青ざめる。
「……私を助けて、あれ相手に生きてるの?」
ソウシンは頷いた。
リカはまだふらつきながら、ソウシンを抱きしめた。
「……ありがとう」
「へへ! ソウシンは助ける!」
「ねえ、ソウシン」リカが小さく言う。「弟って呼んでいい?」
「弟? うん! じゃあ、リカは“お姉ちゃん”?」
リカは頷き、目つきが変わる。
「今度は私がやる。……やり方、分かった」
ジェットファングが照準を上げ、引き金を引く。
「ジュゲン回生者:治癒の印!」
〈紋章生成:吸収。受けたダメージの80%を吸収し、攻撃者へ返す。同時に味方全員のHPを40%回復する〉
〈チャージ:2〉
リカは薄く笑った。
「やっと来た」
弾が当たる。リカは痛みに膝をつきながら、紋章を握り潰した。
〈吸収発動〉
弾が反転し、ジェットファングの胸へ突き刺さる。巨体が揺らいだ。
〈回復攻撃:1/2〉
リカは立ち上がり、傷が閉じていくのを感じる。
「……まだ、ちょい痛いけど」
〈残り時間:1:21〉
ソウシンは蛇行し、ジェットファングが並走して連射する。ソウシンは弾の隙間を縫った。
「ウォルヴン・バースト!」
さらに加速。ジェットファングは背走しながら二人に正面を向けてくる。
「どうする、お姉ちゃん?」
「いける。揺らさないで!」
リカは箱の前へ出る。ジェットファングの背後に、緑の旗――ゴールが見えた。
〈警告:中継地点が近い〉
ジェットファングはリカではなく、箱を狙って撃った。
その瞬間、ソウシンが飛び降り、弾を顔面で受ける――そして反射。
「え――?」
弾が跳ね返り、ジェットファングの顔面に命中。巨体がよろけ、壁に激突して転倒した。
リカは落ちかけたソウシンの腕を掴む。そのまま二人は緑の旗を越え、箱から転げ落ちた。
〈回復攻撃:達成〉
〈残り時間:0:32〉
〈目標達成〉
リカはすぐ起き上がり、ソウシンの体を確かめる。
「ソウシン、大丈夫!?」
ソウシンは両手でグッとサムズアップ。
空間が戻り、道場。ソラが拍手していた。
「よくやったわ。支援職同士で、あの致命的なギャングを退け、貨物も守った。――これを」
ソラは二人にレベルアップの紋章を手渡す。
「ありがとうございます、ソラ先生」
「ありがと、ママ!」
「……続きは後で。体力は温存しなさい。次はもっと厳しい」
ソラは去っていった。
ソウシンが首を傾げる。
「ねえ、なんで“お姉ちゃん”って呼ばせたの? お姉ちゃんリカ」
「別に」リカは口元に笑みを浮かべる。「ソウシン。二回目って、信じる?」
「うん! なんで?」
リカは紋章を握り潰し、ソウシンの頭を軽く撫でた。
「……私が信じるから」
〈レベルアップ!:+1,000レベル〉
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