――第40章・ヘビーアタック――
シコウキ島――
竹野ザリアとハン・ジスは、何もない灰色の部屋で並んで座っていた。担当教師の男が、二人の前を行ったり来たりしながら歩いている。
「で、どういう感じ?」ザリアが聞く。「カッコいいジュゲン技でも覚える? モンスターの群れ相手にするとか? あんたと決闘とか?」
若い男は笑った。
「面白い。」
男が指を鳴らし、ザリアを指す。
「立て、女。」
「私?」
「悪かったな。ここに女が二人いると思ってなかった。」
ザリアがゆっくり立ち上がると、男は目の前で足を止めた。
「俺はシコウキ・セイヤ。お前は――戦闘の試練を受ける。」
セイヤは壁へ歩き、ボタンを叩いた。次の瞬間、部屋が歪み、ザリアの周囲の景色が一変する。
ザリアは気づく。自分が、スケートパークの中にいることに。
「えっと……」ザリアが口にする。「何か、間違ってない?」
「何か間違ったのか、妹? それとも、お前のほうが“間違い”か?」
ザリアが振り向くと、そこには褐色の肌の若い女が立っていた。長い髪。ザリアより頭一つ分は背が高い。
「……ジア?」
「その通り。」
その頭上にUIが浮かぶ。
〈目標:竹野ジアを倒せ。〉
さらに下へ、追加が表示される。
〈目的1:パリィを3回成功させろ。〉
〈目的2:蹴りを3回当てろ。〉
〈目的3:ヘビーアタックを3回使え〉
ザリアは後ずさり、瞬きを繰り返した。
「姉ちゃん? ちょ、何だよこれ! あんた……あんた本物――」
どこからともなくセイヤの声が響く。
『そいつは本物の姉じゃない。ダンジョンが作った幻影だ。だが、怯んだら確実に――悲惨に死ぬ。口を動かす暇があるなら殴れ!』
返事をする間もなく、ジアが突っ込み、顔面へ蹴りを叩き込んだ。ザリアは地面を転がる。
(槍……!)
「出ねぇ!」
『当たり前だ。ここは徒手格闘の訓練ステージ。槍に逃げる癖を叩き直す。楽しめ。』
ジアが右の大振りを放つ。ザリアは反射で前腕を立てて受け、衝撃でジアの体勢がわずかに崩れた。
〈パリィ:1/3〉
「ジア……?」ザリアが息を呑む。「それ、姉ちゃん……なの?」
「そうだよ、妹。」ジアが微笑む。「動かないで。見せたいものがある。」
ジアが歩み寄り、ザリアの肩に手を置く。
「妹……」
次の瞬間、膝が腹へ突き刺さった。
「ぐっ――! 何してんだよ!」
「さあ妹。死ぬ寸前までボコらせて。」
ザリアは膝をつきながら顔を上げた。
「姉ちゃんがそんなこと言うわけねぇし……膝? マジで? そもそも姉ちゃんは戦闘タイプじゃねぇ! お前、偽物だろ!」
「偽物でも――お前に勝ち目はない。」ジアが挑発する。「ほら、止まって。」
拳、蹴り、突進。ジアの連打を、ザリアは必死にかわす。視線がUIへ走った。
「パリィ、キック……ヘビーアタック? ヘビーアタックって何だよ!」
『お前が持ってる“重い一撃”だ。火力が出るやつ。やれ。』
ジアが連携を繋ぎ、足を払う。ザリアは肘で受け止める。
〈パリィ:2/3〉
ジアが距離を取り、髪を掴みに来る。ザリアは胸へ蹴りを入れた。
〈キック:1/3〉
ジアが蹴った脚を掴む。ザリアは顔面へ拳を打ち込むが、ジアはそれを掴み取った。
「……子どもみたいな打ち方。」
ジアは一気にザリアをひっくり返し、押さえ込む。
〈訓練歪曲 #1:地面から水位が継続的に上昇する。〉
「は――?」ザリアが息を呑む。
ジアが放り投げる。スケートパークの床に水が湧き、じわじわと足首まで満ちていく。
『どんな状況でも動けないなら、鍛える資格はない。行け。ヘビーアタックで怯ませろ!』
「だから分かんねぇって!」
『なら引きずり出してやる。腕が下手そうだ。脚はどうだ?』
〈訓練歪曲 #2:上半身攻撃はすべて無効化された。〉
「最高……腕、封じかよ。」
水位が膝下まで来たところで、ジアが水をすくってザリアの目へ弾いた。
「うわっ! 汚ね――!」
ジアがジャブ。ザリアは腕を掴んで蹴り返し、ジアを片膝にさせる。
〈パリィ:達成〉
〈キック:2/3〉
ジアが唸り、回し蹴りでザリアの顎を撃ち抜いた。鈍い亀裂の感触。
「っっ、クソ! 顎が!」
「泣いて川でも作れ。」
ザリアは片手で体勢を支え、ジアの顔を蹴り抜く。
〈キック:達成〉
『よし、次はヘビーだ。重い力で叩け。カイタンシャとして戦うなら、いざって時に引き出せる“重い一撃”がいる。追い詰められた時、師匠が一番よく使うのは何だ?』
ザリアは必死に思考を回した。
「んー……具体的なの見たことねぇ! あの人、全部がヤバい!」
『愚か。まだ分かってないな。師匠の“重さ”は腕から出る。だが――お前は脚だ。お前の脚は、お前の身体で一番火力が出る。そこがヘビーになる。』
「……あっ!」
『そうだ。集中しろ。いつでも出せる“必殺”を形にしろ。溺れる前にな。』
ザリアが気づく。水位は、もう胸まで来ていた。
「やべっ! 分かった、分かった!」
ジアがタックルで弾き飛ばす。ザリアが蹴ろうとするが、水が抵抗になって脚が遅い。ジアはあっさり捌いた。
(こんな水の中じゃ蹴りが……)
『馬鹿か。ダンジョンは不確定だ。地面に依存する技は死ぬ。どこでも、いつでも、どんな状況でも成立する“身体”の技を作れ。足場が信用できないなら――自分の身体を信じろ。』
ザリアが下がる。ジアが目元の水を拭った。さらに波が押し上がり、首元まで来る。
「もうパンチも無理だし……じゃあ何を蹴れってんだよ……!」
ジアが迫る。ザリアは目を閉じた。
(泣くな。ニュガワ先生は泣き虫嫌い。求めてるのは“仕事”。姉ちゃんの顔した偽物でも――蹴り潰せってことなら、蹴り潰す。)
ザリアは水の中へ頭まで沈め、片手で地面を探り、しゃがみ込む。
「地面で蹴れないなら……空中だ!」
爆発的に前へ跳ねる。水面を裂きながら、ザリアは側転し、脚を交互に振り下ろす。
「天界蹴り!」
連続の蹴りがジアの頭へ叩き落とされ、ジアが水中へ沈んだ。
〈ヘビーアタック:1/3〉
『……ふん。やるじゃないか。』
ジアが体勢を戻し、泳いで迫る。ザリアは再び跳び、もう一発、側転蹴りを叩き込んだ。
〈ヘビーアタック:2/3〉
水位がさらに上がり、ついに二人の身体が完全に沈む。
(このままじゃジアは私を水中で……ヘビーを出しても、水しか蹴れねぇ。溺れさせられる。)
波が天井近くまで迫る中、ジアは周囲を見回した。
「もう沈んだか。……情けない。」
その瞬間――水面が爆ぜる。
水の底から、円盤みたいに回転する影が突き上がってきた。
「天界――蹴りぃ!」
回転の一撃が波を二つに割り、その下に隠れていたジアを露わにする。さらにもう一回転。逆脚がジアの頭蓋へ叩き込まれ、地面へ突き刺すように沈めた。
ドォンッ。
波が引いた瞬間、“ジア”の姿が掻き消えた。
〈目標:達成〉
スケートパークの床が消え、灰色の部屋に戻る。セイヤとハン・ジスがそこにいた。
「合格。」セイヤが手を叩く。「意外とな。」
「意外? 今の何だよ!」
「俺たちが作った訓練システム。お前みたいなゼロを、ヒーローに変えるためのやつだ。ほら、報酬。」
目の前にシジルが出現した。
「うわ。こんなの、普通に持ってんのかよ……」
「黙って取れ。」
ザリアはシジルを握り潰した。身体が光を帯びる。
〈レベルアップ! +1000レベル。新レベル:3055〉
「よっしゃ。完全にノってきた!」
セイヤは額を押さえた。
「呆れる。……休憩だ。次はお前の友達の番。」
セイヤが部屋を出ていく。ザリアはハンの横に座った。
「な? 今のヤバくね? 私、あの女ボコしたわ!」
「……ん? ああ。おめでと。すげぇじゃん。」
ザリアは自分の脚を見下ろす。
「いやー、殴り合い慣れてねぇけど、脚って最高だな。ニュガワ先生に言わなきゃ。いや、今言うわ!」
スマホを取り出して打ち始めるザリアを横目に、ハンは灰色の壁を見つめていた。壁が――笑っているように見える。
(先生……たぶん、俺は――殺されるべきだ。)
その頃――
屋敷の屋上で、オマリロ・ニュガワはザリアのメッセージを確認していた。
[先生! 超ヤバい新技できました! 直接見せたい! あとで話せます?]
「ふむ。」オマリロが呟く。「成長している。」
砂原ノノカが、黒と金の狩人風ドレス姿で屋上へ上がってきた。汗だくである。
「ねえ、おじさん。私を鍛えるって言ったくせに、消えては探させて……何で?」
「持久力。」オマリロが短く言う。「要。」
ノノカは隣に座る。
「分かってる、強いの。でもさ。男を一撃で消し飛ばすみたいなの、教えてよ。私、もう基礎は固いし。自分で立てる女、好きでしょ?」
「自信過剰。」
ノノカは髪を払った。
「私は“自己理解”って呼ぶ。まあ、鍛え方の邪魔になるなら、あなたの好きな呼び方でいいけど。」
オマリロは命じる。
「一つ目のスキルを見せろ。」
「余裕。」
ノノカは手を掲げた。
「ジュゲン操運者:呪いのスキル強化!」
〈バフ付与。現パーティ全員に200%強化。〉
オマリロの身体に力が巡り、彼は手を握って確かめた。
「力、上がる。」
ノノカは頷いた。
「これ、結構回せる。毎分は無理だけど、一日に3~4回はいける。つまり、あなたの仲間の誰よりも3~4回多く強化できるってこと。」
(分かるよね? 私がどれだけ使えるか。)
オマリロがゆっくり立ち上がり、ノノカへ向き直る。
「俺を殴れ。」
「……は?」
「強く。速く。」
「無理でしょ! 私が殴ったら、半分に切られるかも――」
オマリロは目を閉じた。
「殴れ。見ろ。」
ノノカは深呼吸し、構える。
「……わ、分かった。」
素早いジャブ。だがオマリロは簡単に拳を掴んだ。
「拳、まだ遅い。二つ目のスキル。」
「二つ目? 追跡強化で感覚上げるやつ? 反応は良くなるけど、速度そのものは――」
「使え。目を閉じろ。」
「はいはい。」
ノノカは目を閉じる。
「ジュゲン操運者:追跡強化上昇!」
世界がスローモーションになる。赤い気配が、かすかに迫ってくる。
(そこ!)
横へ避けた――はずが、背中を押され、顔から地面へ転んだ。起き上がると、オマリロがコーヒーを啜って立っている。
「は? 何で!? 追えてたのに!」
オマリロはカップを置いた。
「知っていることに頼りすぎ。知らないことを見ない。」
「……意味分かんないんだけど。説明してくれない?」
「もう一回。」
ノノカは立ち、また目を閉じる。赤い点が四方から迫り、最も近い一つへ蹴りを入れた。鎧が床に落ちる金属音。
次の瞬間、脚の力が抜けた。
「うわっ!」
尻もちをつく。目を開けると、オマリロが宙に浮いていた。
「え? 飛べんの?」
「また決めつけた。」オマリロが言う。「集中。躊躇じゃなく、確信で打て。」
「どうやって!? あなた速すぎて、攻撃なのかどうかも――」
「分かるようになる。」
オマリロは淡々と告げる。
「明日、夜明け。同じ場所。続き。」
手を叩く。オマリロの姿が消えた。
ノノカはため息を吐き、座り込む。
「また消えた。自分勝手すぎ。」
でも――
「……でも、すごいよね。」
(あの人、マジで別格。あの“父親”より、よっぽど。)
ノノカは街を見下ろした。
「……私も、あの人の隊に入りたい。」
その時、雷鳴が落ち――
背後に、鎧の影が一瞬だけ揺らめいた。
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