表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/42

――第4章・ナイトストーカーのささやき――

――沖縄ダンジョン・第三階。


リカ、ハン、ザリアの三人は、オマリロの後について階段を下り、第三階へ向かっていた。


「サー、ちょっと休憩ってできます?」リカが尋ねる。「まだ何千階も残ってますし、足がもう限界かも……」


「ダンジョンに休憩ポイントってあるんですか?」ハンも聞く。


「ある」オマリロが答える。「十階ごと」


「ってことは、あと六階!」ザリアが宣言する。「はいはい、足動かして!」


「うぇぇ……」ハンとリカは同時にうめいた。


オマリロはもうとっくに階段を下りきっていた。

三人が追いついたとき、そこは霧と靄に満ちた広間で、大理石の柱が点々と立ち並んでいた。


「サー」ザリアが尋ねる。「どう動けばいい?」


オマリロは手を上げた。

「待て。部屋が“案内”する」


三人が足を止めた瞬間、頭上にバーが現れる。


〈規則:目を閉じろ。ペナルティ:目を開けると、鮮明な幻覚を見せられる。十秒後に開始〉


「目ぇ閉じたままで、どうやって進めってのよ……」リカが不安そうに言う。「襲われたらどうするの?」


「襲ってきたら、逆にぶっ飛ばす」ザリアが言い切る。


「お前、ほんと脳筋……」ハンがため息をつく。「ニュガワさん、どうします?」


オマリロは目を閉じた。

「目。閉じろ」


三人は一瞬だけためらったが、すぐに覚悟を決めて目を閉じた。


〈開始〉


「真っ暗……!」リカが叫ぶ。「二人ともどこ!」


「左!」ザリアが返す。


「右!」ハンも言う。


「前だ」オマリロが命じる。「目は閉じたまま」


「了解、サー!」


オマリロは一歩前に踏み出す。

「私の後ろ。足音、追え」


三人は彼の足音に集中し、そのリズムを必死でなぞる。

霧の中からは、ささやき声が絶えず響いてくるが、彼らは歯を食いしばり、拳を握りしめて歩き続けた。


「そろそろゴールですか?」ザリアが聞く。


「まだ」オマリロは即答する。「進む」


一歩、また一歩――。

オマリロはやがて、足先に何かが触れるのを感じた。


〈チェックポイント:有効。フェイズ2:開始〉


「フェイズ2って、今度は何が来るんだ……」ハンがつぶやく。


〈エネミー:レベル50・ナイトストーカー。エネミー効果:姿を見られると、対象を深い眠りに落とす。全ナイトストーカー撃破で効果解除〉


「ナイトストーカーねえ」ザリアが言う。「なんか、ダメな昔話のタイトルみたい」


「ママが昔、話してたよ」リカがぽつりと言う。「“お父さんの頭がおかしいのは、あいつらのせい”だって」


オマリロの耳がぴくりと動く。

「近い。体勢、崩すな」


低い音が陰から響いてきた。蛇のような、湿った音。


「シュー……」


「私の後ろに来い!」


三人は慌ててオマリロの背中を探り当てる。

そのとき、一体の何かが空気を裂いて飛びかかってきた。


「今の、絶対ヘビじゃないよね?」リカが震える。


音がさらに近づき、オマリロは杖を振り抜いた。

見えない何かを、そのままぶっ飛ばす。


「捕食者」オマリロが言う。「人を脅かすための存在」


オマリロはそのまま前へ押し進む。

「ここ、長居は不可」


「了解、サー!」ザリアが叫ぶ。


彼女は走ろうとして、目の前の柱にまともにぶつかり、そのままひっくり返った。


「うわ、顔面はやめて……」


「ザリア……」


「え?」ザリアが固まる。「今の誰?」


「わたしよ、ママ……」


「は? いやいやいや、そんな安い手口に――」


「目を開けて、ザリア。目を開けなさい、わたしの娘」


ザリアは必死で目を閉じ続けようとしたが、誰かの手が頬をなでた瞬間、反射的に目を開けてしまった。


「ちょ、あんたママじゃ――!」


「アハハハハハ!」


〈パーティメンバー一名、効果の対象となりました〉


ハンとリカは息を呑む。


「えっ」リカが声を上げる。


「誰だ?」ハンが言う。「リカじゃないし、俺でもない……!」


「ザリア」オマリロが短く言った。


「ザリア!」リカが叫ぶ。「どこにいるの!」


「リカ、目を開けるな!」ハンが制する。「俺たちまで巻き込まれたらマズい!」


「でも、このままじゃザリアが――!」


遠くから、声がささやいてくる。


「リカ……ハン……」


「お断りだ、この悪夢ども!」


オマリロは後方へ跳び、杖でナイトストーカーの群れをまとめて叩き落とした。

視界を使わず、気配だけでザリアの位置を割り出すと、その体を抱き上げる。


「震えてる」オマリロが言う。「効果、強い」


「わたしが治してみますか?」リカが提案する。


「ダメ。危険。まず周囲を片付ける。全部倒す。それからザリアを治す」


オマリロはザリアを片手に抱え、もう片方の手で鎧と剣を作り出した。


「ジュゲン闘士:カースドヘックスアーマー。私が少女守る。お前たち、影から奴らを引きずり出せ。私のところへ連れてこい」


「了解っス」ハンが答える。「でも、数えきれないくらいいそうですけど」


「多い」


ザリアはうわごとのようにうめき、ぎゅっと目を閉じ続けている。オマリロはそれを確認した。

「少女、状態よくない。急げ」


――五年前。


「ダメよ、ザリア。カイタンシャになるなんて。危険すぎる」


「ママ、真面目に言ってる? うち、そんなヤワじゃないし! 狩りもできるし、フロア探索だって、なんでも――」


「ダメだって言ってるの」


まだ幼い竹野ザリアは、千葉の郊外にある一軒家のダイニングテーブルで腕を組んでいた。

母親のジアは、娘と同じ褐色の肌と髪を持ち、険しい顔で彼女を睨んでいる。


「ニューヨークから連れてきたのはね」ジアが言う。「あんたに新しい人生を歩ませるためなの。マンハッタンの問題も、人間関係も、全部から離れさせたくて」


「それがさあ、ここにはカイタンシャ本部があるわけよ!」ザリアが食い気味に言う。「お願い、ママ。うちも志願したいの! ズリはカイタンシャだったんだよ? レベル900まで行ったんだよ?」


「ダメだって言ってるでしょ!」ジアは声を荒げた。「カイタンシャになったからこそ、あの子は死んだの。あんなの、無謀で、馬鹿で、中途半端な決断よ! 私は、子どもを一人も残せない母親になんてなりたくない!」


「またそれ?」ザリアがうんざりしたように言う。「ズリはちゃんと言ってた。頑張り続ければ、うちにもチャンスあるって」


「悪いけど、人生はそんな甘くないの」


ジアはため息をつき、コンロの方へ向き直る。

「こっちの学校に通うっていう選択肢はどう? それが一番いいと思うんだけど」


「最悪。外出てくる」


「相変わらず反抗期ね」ジアは首を振る。「もうすぐ出来上がるから、夕飯の時間になったら呼ぶわよ」


「はーい」


ザリアは玄関のドアを開け、外へ出ていった。

ジアは小さくつぶやく。

「何があれば、あの子は分かってくれるのか……」


家の外で、ザリアは自転車に飛び乗り、近所の道を勢いよく走り出した。

風が髪を叩き、彼女はウィリーを決める。


「トラックスタ―・ザリア、通りまーす!」


車をかいくぐりながらペダルを踏み続け、やがてスケートパークの前でブレーキをかけた。


「今日も貸し切りね」彼女は笑う。「ラッキー」


そのままパークに入り、ランプを駆け上がり、レールをグラインドする。


「さて、今日も練習」


彼女は自転車から飛び降り、パークの中央で構えを取った。

「ジュゲン闘士:カースドスピア」


黒い雷光が体から弾け、紫がかった黒の槍が手の中に形成される。


「よっしゃ! 今日も成功!」


槍をくるくると回しながら、彼女はにやりと笑う。

「ママ、こんなの知ったらブチ切れるんだろうな」


そのまま突きのフォームをいくつか試していたとき、遠くのベンチに一人の男が座っているのに気づいた。


「えっとー、すみませーん、おじさん?」ザリアが声をかける。「大丈夫? なんか、ずっと黙って座ってますけど」


男はゆっくりと顔を上げた。

床まで届くロングコートを羽織り、フードが顔をすっぽりと隠している。


「わざわざ口に出すとは、目の良い子どもだな」


「見えてることを言っただけだし」


男は立ち上がった。

ザリアがもう一言しゃべる前に、その姿は目の前へと移動していた。


「え、はやっ――」


「ジュゲン闘士、か」男はつぶやく。「かなり珍しい。カイタンシャか?」


「違う」ザリアは答える。「でも、目指してる」


男はしばし黙り、空気が重くなる。

やがて、その口調が変わった。


「そうか。なら、はっきりと教えてやろう」


男の手の中に、黒いプラズマが灯る。


「俺は、すべてのカイタンシャを殺す」


ザリアは後ずさり、槍を取り落とした。

「あんた……カイタンシャなの?」


「違う。もう違う」男は静かに告げる。「ジュゲン堕落:シジル・オブ・コラプティングタイド」


彼の頭上にシギルが浮かび上がり、黒い液体の波が何層にも押し寄せる。


「怯えるな」男は穏やかな声で言う。「お前には、なかなかの素質を感じる。俺の配下となり、カイタンシャを殺す者になれ」


「絶対イヤだ、クソ野郎!」


男は楽しそうに笑う。

「お前の姉も、同じことを言った」


「ズリを知ってるの?」


フードの奥で、紫の光がぎらりと光る。

「もちろんだ。俺が殺した」


そう言うと、男の隣に数歳年上と思しき少女の影が現れ、ザリアへと手を伸ばした。


「ザリア……逃げて……」


「な、なにこれ……」ザリアは息を呑む。


男が拳を握ると、影は霧のように消えた。

一歩前へ踏み出し、黒い水の波がザリアの足元まで迫る。


「さあ、選べ――」


波は一気に彼女の足首を飲み込み、ぐんぐんとせり上がっていく。


「俺に従うか……」


「……それとも死ぬか」


ザリアは震えながらも、槍を再形成して構え直した。

「……化け物が!」


彼女の一太刀が男の胸を裂く。

飛び散った液体は、紫色だった。


「紫……血? 人間じゃない……」


「その通りだ」男はあっさり認める。「ジュゲン堕落:アンホーリースパイク・オブ・ディスペア」


地面から闇の槍が伸び、ザリアの足とふくらはぎを串刺しにし、その場に縫いつける。

さらにもう一列、槍がじわじわと迫ってくる。


「従わぬというのなら、そのまま串刺しで終わるがいい」


ザリアは必死にもがくが、足は一歩も動かない。


「ジュゲン魔法士:イグニッション!」


ボンッ。


男のコートに、青白い炎が燃え移った。

炎は一瞬で全身に広がり、焼け焦げた匂いがあたりに立ち込める。


ザリアは、ふわりと抱きとめられた。


「大丈夫? どこか痛いところは?」


「……ママ?」


そこにいたのは、黒と白のカイタンシャ装備を身につけたジアだった。


「なんでそんな格好してるの……?」


「ザリア」ジアは低い声で言う。「立てるなら、今すぐここから離れなさい。全速力で。安全圏まで走ったら、そのまま家に戻るの。そこで待ってて。あとから必ず行くから」


「でも、ママ――!」


男は胸に手を当てた。

「ジュゲン堕落:シフティングソウル」


炎も、焼け焦げた跡も、すべてかき消える。

背中から三つのシギルが立ち上がり、その光で母娘の視界が白く染まる。


「強いカイタンシャだな」男はジアを見据える。「なるほど、娘にあれほどの反応が出るわけだ」


「娘から離れろ」ジアが命じる。


「いいとも、一つ条件をのめば」


ジアの目が細くなる。

「条件?」


「“最強のカイタンシャ”を、ここに連れてこい」


ジアは息を呑んだ。

「あいつを狙ってるの……?」


「時間はそう長くない」


「ふざけないで。仲間を裏切るくらいなら、その時計ごとぶっ壊してやる!」


男は軽く手を振った。

それだけで、ジアの胸に深い傷が刻まれ、彼女はよろめいて倒れ込んだ。


「ママ!」


ジアは震える手でザリアに触れた。

「走って……ザリア……スキルを……使って……ニュガワを……探しなさい……オマリロ……ニュガワ……」


「誰なの、それ……ママ、しっかりして!」


しかし男の放った黒い水が、ジアの体をのみ込んでいく。


「まずは母。それから、その“種”だ」


ザリアは涙を浮かべながら後ずさりし、そのまま踵を返して駆け出した。

男も追おうとしたが、その体がぐらりと揺らぐ。


「……時間切れか。構わん。娘の命はくれてやろう。代わりに――」


男は紫の光に包まれながら、不気味に笑った。


「伝説の命を取りに行く」


そう告げると、彼はふっと消えた。


少し離れた茂みの陰で、今の光景を見ていた現在のザリアは、ぶつぶつと呟く。


「違う……もう終わったこと……」

「もう過去の話……全部、過去の――」


背後から、母の姿をした幻が現れ、肩に手を置いた。


「本当に? あんたが“唯一の失敗作”だから、そう思い込みたいだけじゃないの?」


ザリアはその腕を払いのけた。

「……あんた、ママじゃない。近寄ったらぶっ殺す」


その姿はぐにゃりと歪み、ナイトストーカーの姿へと変わる。

ザリアは即座に槍を呼び出し、その胸を貫いた。


「……ここからどうやって出れば……」ザリアは息を切らす。「ニュガワさん、絶対怒るじゃん……」


――ダンジョン内部。


〈全ナイトストーカーを撃破し、効果対象のメンバーを治療せよ〉


ハンはキューブのネットで影の中からナイトストーカーを引きずり出し、オマリロがその一体一体を剣で斬り刻んでいく。


〈残りストーカー数:47体〉


「あと少し」オマリロが言う。「続けろ」


リカはシギルを手に掲げ、大袈裟に振り回した。

「ねえストーカーのみなさーん! こっちにおいで! キラッキラのシギルだよー、取りに来なよー!」


その言葉に答えるかのように、シギルが光を放つ。

数体のストーカーが音もなく近づいてくるのを感じ、リカはじりじりと下がった。


「そのまま、こっちおいで……」


オマリロが一閃でまとめて斬り捨てる。

ハンもさらに数体を引きずり出し、それらも同じように切り刻まれていった。


〈残りストーカー数:21体〉


「ニュガワさん!」リカが叫ぶ。「なんか、あいつらキレてません!?」


ナイトストーカーたちは巨体化し、赤黒い瞳が光を帯びる。


〈エネミーインスタンス:防御力+80%〉


「ここからは私」オマリロが宣言する。「お前たち、少女を守れ。目は閉じたまま」


オマリロはザリアの体をリカへと預けた。

リカは目を閉じたまま、彼女をしっかりと抱きとめる。


ナイトストーカーたちは、オマリロが一歩踏み出したのを感じて動きを止めた。


「もういい。私の仲間を戻せ」


「オマリロ……」一体が低く囁く。「過去を、忘れたか……?」


「過去」オマリロは短く答える。「本来、警告としてあるもの」


彼は低く構え、片手を前に突き出した。


「ジュゲン後備者:フォービドゥンプリズン」


足元に巨大なポータルが開き、その圧にナイトストーカーたちは震え上がる。

リカとハンは、目を閉じたままでも伝わってくる異様な気配に、ごくりと喉を鳴らした。


「ニュガワさん、ジュゲンクラス何個持ってるんですか……?」ハンが聞く。


「全部」オマリロがあっさり告げる。「さあ、送還だ」


逃げ出そうとしたナイトストーカーたちは、次々とポータルに吸い込まれ、そのまま闇の中へ消えていった。


〈残りストーカー数:0体〉


「目、開けてもいい?」リカが恐る恐る聞く。


「この階を出てから」オマリロが答える。


「はーい……でも、さっきの技、いつか教えてほしいです!」


「無理だ。お前はクラス一つだけ」


「ですよねー……」


彼らが前へ進むと、霧の中に一軒の石造りの小さな家がぽつんと建っていた。

オマリロはドアをもぎ取り、中へと入る。

中を手探りで探ったリカの手が、浮かぶトーテムに触れた。


〈トーテムシール取得。レベル4許可を付与〉


「階を出れば、少女は元通り」オマリロが言う。「ついてこい」


足元に階段が現れ、下へと続いている。

オマリロが先に降りる。


「ねえ、ハン」リカが小声で話しかける。「カイタンシャって、思ってたより悪くないかも」


「どの辺でそう思った? 世界最強のじいちゃんの弟子になったところか? それとも、死にかけてはギリギリで生還するのを繰り返してるところか?」


「両方」リカは笑った。


「まあ、数字的にはそう言うと思ってた」


「はいはい、理系くん。さ、下りよ。ザリアも早く楽にしてあげないと」


二人はザリアを支えながら階段を降り、階層が閉じていく。


〈フロア4:侵入〉


――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ