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――第39章・島――

夜明け、竹芝駅――


 天川リカ、竹野ザリア、葉山レイが、人でごった返す竹芝駅に入ってきた。三人とも背中にバッグを背負っている。


「ここ?」レイが首を傾げる。


 リカは頷いた。

「夜明けって言ってたけど……早すぎ? それとも遅すぎ……?」


「両方じゃない?」ザリアが肩をすくめる。

「クランの連中ってそういうノリだし」


 そこへハン・ジスが、床をガラガラ鳴らしながらスーツケースを引きずって現れた。


「来た」


「起きてたんだ、寝坊助」ザリアがからかう。


 ハンは視線すら向けない。

「……どこだよ、あいつ」


「分かんない」リカが言う。

「もう三周は見たけど、見当たらない」


「くだらね」ハンが小さく吐き捨てる。

「……キューブ。スキャン」


 キューブをかざすと、周囲を走査し――すぐに通知音が鳴った。


【解決策:1件】


「お、何て?」レイが身を乗り出す。


「……後ろ」


 三人が振り向く。

 そこには、ソレンが座ってソーダを啜っていた。


「よくできた」

「君がハンだな?」


「そう」


「感覚が一番鋭い」ソレンは淡々と言う。

「コウビシャの才能――というところか」


「へえ」


 ソレンは立ち上がった。


「だが、気づくのが遅い」

 そして三人へ指を向ける。

「君たち少女は……やることが山ほどある」


 ソレンは彼らの横を通り過ぎる。


「来い」

「シコウキ島へフェリーで向かう」


「島って、あるの?」ザリアが眉を上げる。


「ある」

「本土の沖合、かなり離れている」

「到着まで時間がかかる。腹は満たしてきたか?」


「大丈夫」ザリアが頷く。

「案内して」


 ソレンに続き、四人は私用フェリーに乗り込んだ。

 船は日本の沿岸を離れ、外洋へ向かって走り出す。


「忠告しておく」ソレンが言う。

「ここでは“公平”は美徳ではない」

「折れるか、伸びるか――それが我らの流儀だ」


「じゃあ、手取り足取りは無しってことね」リカが言う。


 ソレンは小さく笑った。

「面白い娘だ」


 船は二時間以上、水面を切って進む。

 やがて――巨大な島影が見えた。

 そこには、変形する建造物と、技術都市のような高層ビル群がそびえていた。


 フェリーが桟橋に着く。


「ようこそ、シコウキ島へ」


 ソレンが降りる。

「来い。鍛錬が待っている」


 四人も後に続き、島のゲートをくぐった。

 街では、白と灰の上品な衣装をまとった島民が、道路を掃除し、車を磨いている。


 島の中央には、巨大な邸宅のような建物。

 その周囲を遠巻きに、三つの塔が囲んでいた。


「あれが我らの家だ」ソレンが指差す。

「そして道場でもある」


 歩くほどに視線が刺さる。

 屋敷へ近づいたところで、白装束の侍たちが行く手を塞いだ。


「ソレン様」

「そちらの……旅人は?」


「本土からだ」ソレンが答える。

「身体は弱いが、成長の意志はある」


「失礼だな」ザリアが小声で言う。


「でも事実」リカがささやき返す。


 侍たちは一礼した。

「どうぞ」


 二人が扉を開ける。

 中は巨大な道場だった。

 七本の柱が立ち並び、すべて淡い水色に発光している。


 中央で、白髪交じりの女性が座禅を組み、瞑想していた。


「愛しい人よ」ソレンが声をかける。

「息子を連れて戻った」


 女性はゆっくり立ち上がり、髪を払う。

 ソレンがスマホを差し出すと、画面のソウシンがぱっと明るくなる。


『ママ!』


「……ソウシン」


 女性はスマホを手に取った。

「なんて……奇妙な“器”なの」

「どうしてこうなった?」


『ダンジョンで負けた!』


「……負けた?」


『うん! でも今は友だちと旅してる!』


 女性の視線が四人へ移る。

 ハン以外が、ぎこちなく手を振った。


「……友だち」


「オマリロの弟子たちだ」ソレンが紹介する。

「竹野ザリア、天川リカ、葉山レイ、ハン・ジス」


 女性は穏やかに微笑む。

「こんにちは、子どもたち」

「私はソラ・シコウキ」

「見ての通り、こちらが夫。これが息子」


「はい」ザリアが即答する。


 リカが肘で小突いた。

「本日はお世話になります」


「まずは息子を人間の姿に戻す」ソレンが言った。


「ええ」ソラが頷く。

「セリカ」


 長い白髪の若い女性が入ってきて、二人に礼をする。


「はい、母上」


「これ」

「弟を奥へ。ジュゲン反転術を使う」


 セリカは頷き、ソウシンのスマホを受け取ると、裾を翻して去った。


「反転術って何?」ザリアが訊く。

「聞いたことない」


「ソウンシャの派生だ」ソレンが説明する。

「ダンジョン効果の“逆転”が可能になる」

「全ジュゲンクラスに派生はある」

「そして変性者と同じく、システム・ロードアウト――お前たちが見た“ロードアウト”も扱える」


 ソラが自分の前の床を軽く叩いた。


「座りなさい、子どもたち」


 四人が正座すると、ソレンが手を振る。


「ジュゲン・コウビシャ:標的走査」


 子どもたちの頭上にUIが浮かんだ。


〈竹野ザリア レベル:2,055〉

〈天川リカ レベル:3,051〉

〈ハン・ジス レベル:2,053〉

〈葉山レイ レベル:47,000〉


 ソレンが眉を上げる。

「……あの少女は突出している」

「他の三人より、はるかに」


 レイは月の紋章を作り、元気よく頷いた。

「うん!」


 ザリアがリカの数字を見て目を見開く。

「リカ、レベル上がってる?」


「え、たぶん……?」

「新しいスキル解放しただけだけど」


「スキル解放がレベルを押し上げる」ソラが言う。

「身体がその力を保持するために“適応”するの」


「じゃあ私、リカより弱いってこと?」ザリアが固まる。

「何それ」


「全員が火力担当じゃないのよ、親友」リカがわざとらしく言う。

「誰かは後部座席」


「は?」


「その通りだ」ソレンが言い切った。

「ダンジョンでは役割がある」


 七本の柱がより強く灯り、柱面に各ジュゲンクラス名と、下の文字が浮かび上がる。


【ジュゲン闘士――戦闘役割:DPS/サブDPS】

【ジュゲン魔法士――戦闘役割:防御/DPS】

【ジュゲン操運者――戦闘役割:機動/バッファー】

【ジュゲン回生者――戦闘役割:回復/バッファー】

【ジュゲン後備者――戦闘役割:支援/オフフィールド】

【ジュゲン滅者――戦闘役割:サブDPS/DPS】

【ジュゲン変性者――戦闘役割:DPS/防御】


「質問は?」ソラが尋ねる。


「一つ」ザリアが手を挙げる。

「“DPS”って何?」


「秒間ダメージ」ソラが即答する。

「簡単に言えば、チームの主火力」

「闘士と変性者はメインDPSに向く」

「魔法士と滅者はサブDPSに向く」


「サブって?」


「副攻撃」

「主火力より専門的で、精密」

「もちろん、どのクラスも攻撃はできる」

「ただ、期待される役割があるという話」


 リカが別の言葉に反応した。

「バッファーって……私、強化できるの?」


「一種の強化だ」ソレンが頷く。

「お前が一時的に、オマリロの“全盛”を戻したのと同じ」


 ソラが手を叩いた。


「最後に警告する」

「この鍛錬は、失敗すれば危険――時に致命的」

「それでも参加する?」


 全員が頷く。

 ただハンだけは目を閉じていた。

 ザリアが肘で突く。


「おい」


「……ああ」ハンが眠たげに言う。

「どうでもいい」


「よろしい」ソラが淡々と言う。

「では分ける」


「分ける?」リカが聞き返す。


「実力別」


 ソラが指示する。

「レイは第三柱へ。ソレンが見る。スキル解放が三つある」

「リカは第二柱へ。私が見る」

「残り二人は――」


 影から、尖った髪の若い男が現れ、両親へ一礼した。

 そしてザリアとハンを見る。


「お前らは俺だ」

「第一柱へ来い、チビども」


「全員、健闘を」ソラが言う。

「最善を尽くしなさい」


    ◇


 一方――


 オマリロは丘の上で、燃えるような朝日を眺めていた。


「太陽、眩しい」


 背後で足音。

 振り向くと、ノノカが警戒しながら近づいてくる。


「少女」


「オマリロ・ニュガワ、で合ってる?」


「少女、何の用」


「“父”にここへ来いって言われた」

「あなたに鍛えてもらえ、って」


「……サンハラ」


 ノノカが隣に座る。

「そう」

「父が最強だと思ってた」

「でも……あなたを見た」


 オマリロはほとんど反応せず、太陽を見続ける。


(静かで、落ち着いてる)

(でも戦ってる時――生の力が漏れてた)

(アツシも、あの狩人女も、一瞬で殺せたはず)

(言い方は慎重に……)


「で」ノノカは探るように言う。

「何を教えてくれるの?」


「何も」

 オマリロは立ち上がる。

「お前に、何も」


 崖を下り始めると、ノノカが追う。


「待って!」

「私、あなたの弟子たちより上だし!」

「バフもできる!」

「役に立つでしょ!?」


 オマリロは近くのコーヒー店を指差した。


「行け。コーヒーを買え」


「コーヒー?」

「それで“祝福”もらえるの?」


「コーヒー」


「……はいはい」


 ノノカは丘を下り、店へ向かう。

(老体の必需品ってやつ? コーヒー。ちっ)


 買い終えて戻る。


「ほら。コーヒー」

「で、教えて――」


 そこにいたのは――オマリロではない。

 黄金の鎧に包まれた人物が座っていた。


「……は?」


 近づいた瞬間、ノノカは止まる。


「待って、あなた――」


 黄金の人物が剣を抜き、袋ごと斬り裂いた。


「うわっ! 何すんの!?」


 次の一撃が首をかすめる。

 ノノカは後退する。


「誰だお前」

「ジジイはどこだ」


 黄金の人物は答えず、ノノカを蹴り落とす。

 転がり、踏ん張って立つ。


「……ふざけんな」


 ノノカは構える。


「ジュゲン操運者:呪いのスキル強化!」


〈バフ付与:200% 対象:現在パーティメンバー〉


 心臓が速く打つ。

(アツシは言ってた)

(まず殴れ。質問は後)


 拳を叩き込むが、相手は前腕で受けた。

 蹴りも入れる。

 しかし、ほとんど揺れない。


「……鉄かよ」


 相手は脚を掴み、投げ飛ばす。

 さらに斬撃が肩を裂いた。


「っ……痛!」

「今の、後悔させる」


 足で押さえつけられ、刃が振り下ろされる。

 ノノカの鼓動がさらに加速する。

 怒りが沸騰した。


(軽々しく使うな、って言われた)

(でもこれは“軽い”状況じゃない)


 目を閉じ、全力で押し込む。

 額に血管が浮いた。


「ジュゲン操運者:人間性投棄!」


 咆哮。

 黒と灰の装甲が全身を覆い、黒いヘルメットが顔を隠す。


〈人間性:破棄〉

〈バフ残り時間:1:30〉


 歪んだ声が漏れる。


「……九十秒で、お前を沈める」


 剣が振られる。

 肘で受け止め、拳で刃を叩き――亀裂を走らせた。


「――グルル……!」


 相手の裏拳で地面に叩きつけられ、腹を蹴られる。

 襟元を掴まれ、頭突きが顔面に刺さる。


 それでもノノカは掴み返し、腕を地面に叩きつけた。

 そして相手の剣を奪い、ヘルメットへ突き立てる。


 黄金の人物が震え――動かなくなる。


〈残り時間:0:16〉


 ノノカが崩れ落ちる。

 装甲が砕け散り――その前に、コーヒーを啜るオマリロが立っていた。


「少女、強い」


「うわっ!」ノノカが跳ね起きる。

「いつ来た!?」


「見ていた」

「少女、珍しい力」


「さっきの? ただの技よ」

「人間の限界を超えるための……」

「長く使えば、正気が飛ぶし、戻れなくなるけど」


 そして、オマリロの手のコーヒーを見る。


「……待って」

「これ、テストだった?」


 オマリロが頷く。


 地面の黄金の人物が、ゆっくり砂のように崩れていく。


「……それ、あなたの?」


「少女、鋭い」


 オマリロが指を鳴らす。

 黄金の装甲を纏った影が、さらに複数現れた。


「ジュゲン魔法士:天上の黄金分身」


「……えぐ」ノノカが息を呑む。

「どんだけ隠してんの」


 オマリロが丘を上がっていく。

 ノノカは慌てて追った。


「待って! じゃあ、合格?」


「悪くない」


「ってことは……」


「少女、弟子になる」

「見せてもらう」


「よし!」

「じゃあ、いつから?」


「今」

「来い」


 指を鳴らす。

 二人の姿が消えた。


    ◇


 その頃――ヘルズフロア。


「警戒すべきだ。あの狩人は、作戦上の脅威となる」


「怖じ気づいたのか?」

「我らはいつも通り、“より大きな敵”として対処する」


「ニュガワは?」

「依然として障害だ」


 暗い会議室。

 紅い空の下、影の人物たちが集っていた。

 扉が開き、ルイが入ってくる。


「やあ、親愛なる皆」


 中央の影が言う。

「ルイ。ニュガワを止めるはずだったな。どうした」


「狩人が先に手を出した」

「だが問題ない」

「二人まとめて処理する手がある」


「……言え」


「鹿児島ダンジョンだ」ルイが言った。

「我らの主が眠る場所」


「良案だ」

「だが、確実に引き寄せられるのか?」


「引き寄せる」

「ダンジョン審判を起動する」

「そうすれば、二人とも――相応の結末に辿り着く」


 中央に赤い球が浮かび、全員の身体が淡く光った。


「ならば、そうしよう」


 次の瞬間、全員が消えた。


―――

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