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――第37章・アビス――

ドォン。ドォン。ドォン。


 空間そのものが軋み、崩れそうになるほどの衝撃。

 二人のカイダンチョウは凄惨な勢いで激突し続け、竹野ザリアと天川リカは必死にしがみついた。


「ニュガワァァァ!」


 砂原アツシが咆哮し、複数のメイスを振り下ろす。

 オマリロ・ニュガワはそれらを紙でも裂くように切り落とした。


〈ロードアウト:黄金竜 起動〉


 オマリロがアツシの肩へ降り立つ。


「黄金竜斬――」


 一閃。

 アツシの右肩が、そこに繋がる残りの腕ごと切断され、消し飛ぶ。


「……そんな……」


 アツシの目が燃え上がる。


「ふざけるなァァァ!!」


 怒りの一撃。

 拳がオマリロと二人の少女を弾き飛ばし、宙へ投げた。

 オマリロは二人を抱え、着地させる。


 その直後、アツシが突進してくる。


「アツシ、やめろ!」ノノカが叫んだ。


 だが止まらない。

 アツシは残る力のすべてを叩き込み、何度も何度も振り回す。

 オマリロは冷静に刃で受け、後退しながら捌く。


「黄金竜の盾――」


 アツシの蹴りが来る。

 オマリロが黄金の盾を形成し、衝撃を受け止める。

 盾の表面に波紋が走った。


「なんという膂力……!」コハク・クロツキが息を呑む。

「やはり、あなたこそ……!」


 上方の席で、ハン・ジスと葉山レイが呆然と見下ろしていた。


「……やば」ハンが声を失う。

「全盛期の先生……あれが男だ。俺も、ああなりたい……!」


「わあ!」レイが身を乗り出す。

「降りて一緒に戦おうよ!」


「正気か!?」


 一方、ユズハも目を逸らせずにいた。


「……黄金でできた戦士みたい……」


 牢の中。

 他のカイダンチョウたちも、フィード越しにその激戦を見ていた。


「……あの爺さん……」神代コウイチが低く呟く。


「いいぞ! 殴り合えぇ!」深山ガクトが拳を握る。


「ほらね!」月島カオルが身を乗り出す。

「だから言ったじゃん、ニュガワさんは伝説だって! なんで誰も私の話聞かないの!」


「本当にそうだな」西園寺ミズキが淡々と頷く。

「尊敬される理由がある」


 名取ユカは唇を噛み、画面を睨んだ。

「外では戦っているのに、私たちはここで閉じ込められている……」

「上の戦士に比べ、私たちは餌にすぎないのか?」


 ユカは鉄格子を拳で叩いた。


「よく見ておけ」

「あれが……頂点だ」


 ダンジョンの外でも、観客は画面に釘付けだった。

 オマリロとアツシの衝突は、さらに速度を増していく。


「うわ……! 伝説のカイダンチョウが石のカイダンチョウを押してる!」

「ずっと最強だったんだ! しかも今は全盛期だぞ!」

「あり得ない……本当に現実か!?」


 橘ハヤテと綾瀬マリンも言葉を失い、画面を見つめる。

 オマリロが掌でアツシの腕を押し返し、止めていた。


「調子に乗るなぁ!」アツシが吠える。

「お前の時代は終わったんだ!」


「そうかもしれん」オマリロが答える。

「だが――まだいる」


 オマリロが腕を上げて受ける。

 アツシの拳が突き刺さり、オマリロが滑るように後退する。


「……見せてもらう」


「いいだろう」オマリロが低く言う。

「見せてやる」


 ザリアとリカが見守る中、オマリロが宙へ浮き上がる。

 その体が、突如として変質した。


「ジュゲン変性者:天禅の金竜――!」


ドォン――!


 オマリロのいた場所に、巨大な黄金の竜が顕現し、地面へ着弾する。

 重い衝撃が闘技場を揺らした。


「……この力……」ノノカが後ずさる。


 アツシは踏みとどまり、最後の力でメイスを一つ生成する。


「これが最後なら……終わらせるぞ、竜!」


 二人が同時に突っ込んだ。

 黄金竜がアツシへ飛びつき、爪で切り裂き――そのまま空へ連れ上げ、地面へ叩き落とす。

 アツシは立ち上がり、メイスで竜の顔を何度も殴りつけるが、黄金竜は怯まない。


「オオオオオッ!」


 黄金竜が大きく口を開く。

 アツシが構える、その瞬間。


「アツシ!」ノノカが叫ぶ。

「避け――!」


ドォン!!


 黄金の光線が噴き出し、アツシのゴーレム形態を粉砕した。

 アツシの本体が転がり出る。


「ぐっ……俺は……まだ……終わらん……」


 歯を食いしばり、どうにか立つ。

 竜が睨む。


「来い、ニュガワ」


〈残り時間:0:00〉


「そこまで!」コハクが命じた。

「戦いは終了よ!」


 コハクが上から降り、二人を見下ろす。


「期待したほどではないわね」

「三十分で、決着すらつけられない?」


「俺たちに命令するな」アツシが吐き捨てる。

「どけ、女。さもなくば――俺の怒りを受けろ」


 コハクは軽く手を振っただけだった。

 アツシはノノカの方へ弾き飛ばされ、抱え止められる。


「ちょっ……何すんだよ!」ノノカが叫ぶ。


「次はあなた」コハクが視線を移す。


 黄金竜が解除され、オマリロが膝をつく。


「……消耗、激しい……」


「力はある」コハクが冷たく言う。

「でも、私が欲しい“殺意”がない」

「まだ手加減している。やめなさい」

「さもなくば――ここで死ぬわ」


 ザリアとリカが即座にオマリロの前へ出た。


「離れろ、婆!」ザリアが噛みつく。

「そうだ!」リカも叫ぶ。

「私たちが相手です!」


「子猫」


 ザリアが槍を形成する。

「子猫って言ったな、この――!」


 槍を振る。

 コハクは片手で掴み、へし折った。


「あなた、自分が何者だと思ってるの?」


 ザリアが蹴る。

 コハクは受け、次の瞬間にはザリアとリカを床へ叩きつけていた。


「……あなたたちは、何もない」


 オマリロがコハクの腕を掴む。

 だがコハクは軽く回り込み、刃をオマリロの首へ添えた。


「それでも迷うのね」

「どうする、ニュガワ?」


 刃が喉元へ食い込む。


「迷うな」

「私を斬れ」


 そのとき――ハンの頭がぐるりと回り、怒りが噴き上がった。

 ハン・ジスが上から飛び降りる。


「おい、クソ女!」

「先生と女の子に触るな!」


 キューブからワイヤーを射出し、ハンは床へ着地した。

 コハクが面白そうに眺める。


「……ふうん? あなたは誰?」


〈……いいぞ、ハン……〉


 ハンは思いがけない力でコハクを押し返し、コハクが僅かに目を見開く。


「下がれって言っただろ!」


「……面白い」コハクが口角を上げる。


「ハン!」ザリアが叫ぶ。

「危ない! そいつヤバい!」


 ハンが右、左、蹴りを叩き込む。

 コハクは軽々と受け流す。

 だがハンが頭突きを叩き込み、鼻血が走った。


「……ふむ」

 コハクは血を指で拭う。

「愉快」


 コハクが拳を引く。

 だが殴り下ろす前に、オマリロがその拳を掴んだ。


「少年に手を出すな」


 コハクが刃で刺しに来る。

 オマリロは目にも止まらぬ速度で弾き飛ばし、押し返した。


「……へえ」


 コハクは頭蓋骨を取り出し、低く囁く。


〈――破壊せよ〉


〈規則:コハクの敵を全て“破壊”せよ〉


 空間が激しく揺れ、天井と床がひび割れていく。


「先生!」リカが叫ぶ。

「ここ、全部崩れる!」


 闇から魔物が湧き、唸り声と牙が広がった。

 コハクはナイフを握り直し、オマリロを見据える。


「どうするの?」

「逃げる? それとも戦う?」


 オマリロが弓を形成する。

 だが瓦礫が落ち、ザリアが潰されかけた。


「先生! 決断は支持するけど、リカの言う通り!」


 オマリロが手を上げる。


「動くな」


 パン、と掌を打つ音。

 ハン、リカ、ザリアの姿が消えた。


「……何をした?」コハクが眉を寄せる。


「呪詛移動」


 コハクのナイフが肥大化する。


「卑怯者!」


 突っ込む。

 だがオマリロはもう一度、掌を打った。


 次の瞬間――オマリロ、アツシ、ノノカ、レイ、ユズハまでもが消える。

 闘技場はさらに崩壊していく。


「……ッ!」

「逃がすかぁぁぁ!!」


 カゲトウがコハクの隣に着地した。


「ボス。囚人も消えました。どうします」


 コハクは頭蓋骨を投げ捨て、踏み砕いた。


「狩る」

「ニュガワと……あの少年を」

「国中を探せ。地球の裏側まででもいい」

「絶対に逃がすな」


「承知」


 そして――闘技場は完全に崩れ落ちた。

 崩壊の直前、ルイが陰から密かに見ていた。


「ふむ。遅かったか」

「まあいい。次がある」

「この“狩人”……実に興味深い」


 ルイは手を振り、消えた。


    ◇


千代田、日本―――


 全カイタンシャがダンジョンゲートの外へ投げ出され、背後のゲートは崩れ落ちた。


〈トーナメント:終了〉


 橘ハヤテが駆け寄る。

「全員戻った! 生きてる! よかった……本当によかった!」


 神代コウイチが頭の後ろを掻く。

「ギリギリな。サイコな狩人が乱入するなんて聞いてねえ」


「意図してない!」ハヤテが慌てる。

「まだ中にいるのか?」


「知らねえ」


「確認する」


 ハヤテがフィードを操作する。

 だが――狩人も首領も、跡形もなく消えていた。


「……逃げた」

「どこへ……?」


「残念だが」名取ユカが低く言う。

「私たちは近いうちに思い知る」


「強かった!」深山ガクトが尻をさすりながら言う。

「尻が割れるかと思った!」


「日本を襲うほど馬鹿じゃない」ハヤテが言い切る。

「カイダンチョウが揃っている。特に――あなたがいる」


 ハヤテはオマリロを見る。

「七十歳ぐらい若返っただろ、今の!」


 観客がどっと押し寄せ、写真を撮り始める。

 月島カオルはこっそり一枚、撮った。


「何してる」西園寺ミズキが睨む。


「当然でしょ」カオルが真顔で言う。

「地球上で一番イケてる男を撮ってる」


「……最低」


「何が? 事実でしょ」


「……後で送れ」


 リカ、ザリア、レイがオマリロの腕にしがみつき、目を輝かせる。

 オマリロはハヤテへ淡々と問う。


「勝者。誰だ」


「あ、そうだ。彼女、ポイント渡さずに消えたんだよな」

「スコアボードを確認して……」


〈第7位:エイカイダン〉


「ふざけんな」神代コウイチが即ツッコミする。


〈第6位:コウカイダン〉


「最下位じゃないだけマシ!」月島カオルが言い張る。


〈第5位:セイカイダン〉


「不満だ」西園寺ミズキが短く言う。


〈第4位:レツカイダン〉


「よし!」深山ガクトが叫ぶ。

「トップ4だ!」


〈第3位:ソウカイダン〉


「……ふん」名取ユカが眉をひそめる。


「大丈夫っすか、ユカさん?」シノ・サミャクが小声で聞く。


「状況を読んでから、自分で答えろ」


「……はい」


〈第2位:――〉


 全員が息を止めた。


〈神カイダン〉


「二位……」竹野ザリアが呆然とする。

「嘘でしょ……」


〈第1位:ナラク・カイダン〉


 ノノカが、まだ砂原アツシを支えながらニヤリと笑う。

「ほらね。勝った!」

「最後の勝利すら要らなかった!」


 ノノカは神カイダンへ顎をしゃくる。

「ざまあ」


「だが真の勝利は取れていない」アツシが低く言う。

「この結果では足りん。……だが、道にはなる」


「ヒバコ・ミスティックは、今回もアツシのカイダンへ!」ハヤテが宣言した。

「おめでとう、ナラク・カイダン!」


 拍手が起こる。

 オマリロと神カイダンの面々は、その音を遠くに聞いていた。


「贈呈式は明日の夜に行う!」ハヤテが続ける。

「全員出席してくれ! それから拡散も忘れずに!」


 綾瀬マリンがオマリロへ一瞥し、ハヤテと急いで離れる。


「ハヤテさん」マリンが囁く。

「優先事項に戻るべきです」


「分かってる」

「……少しだけ時間をくれ」


 ファン対応や撤収が進む中、神カイダンの面々はオマリロの前へ並び、頭を下げた。


「すみません、先生」ザリアが震える声で言う。

「私たち、失敗しました」


「先生を弱く見せた」リカが涙を堪える。

「……私が、弱く見せた」


「埋め合わせする!」レイが勢いよく言う。

「指切りげんまん!」


 ハンは自分の手を見つめていた。

「先生……俺、自分が分からない」

「……少し、距離を置きたい」


 オマリロは茶を一口啜るだけだった。


「一時間後、全員帰宅」


「先生、待っ――!」


 パン、と掌を鳴らす。

 オマリロの姿が消えた。


「また置いていった……」リカがうなだれる。


「まあ、今日の先生は若くて超イケてて助けてくれたし、許す」ザリアが肩をすくめる。


「……確かに」


「女ども……」ハンが呟く。


〈ハン……〉


「……またかよ」


〈ハン……〉


 ハンは頭を叩いた。

「……お前ら、後で合流する」


「どこ行くの?」レイが首を傾げる。


「風に当たってくる」


 歩き出すハンのポケットで、ソウシンがぶるんと震えた。

「わあ! ソウシンも行く!」


「リカ、スマホ!」


 ハンがリカにスマホを投げる。


「やあ、リカ!」ソウシンが元気に言う。


「……うん、ソウシン」リカが弱く返した。


 ザリアが近くの店を指差す。

「とりあえずご飯行こ。先生の分も買って帰ろ」


「……そうしよう」


 少女たちは疲労と後悔を顔に残したまま、店へ向かった。


    ◇


〈アビス・ダンジョン――フロア10,000〉


 シオン・アラカネは暗い大聖堂の回廊を進み、玉座の間へ辿り着いた。

 影に包まれた男が、そこで本を読んでいる。


〈規則:名前を口にするな〉


「ツイホウ・オウ卿」シオンが頭を下げる。


「……来たか。破滅の伝令よ」

 男は静かに顔を上げた。

「任務はどうだった?」


「成功です」


 シオンはファイルを投げ渡し、続けて――ジュンペイを床へ突き倒した。


「ついでに、この男も」

「カイタンシャの関係者です」


「ほう?」

 男の声に愉悦が混じる。

「それは良い収穫だ」


 ジュンペイが立ち上がる。

「ここはどこだ! お前ら誰だ! 答えろ!」


 男は唇に指を当てた。


「……シッ」

「規則を読めないのか」

「名前を口にするな」


 影から一歩、男が出る。

 黒い鎧に身を包み、腐食したような黒い瞳。


 その横で、桃色に光る眼を持つ影装束の女が、像を差し出した。


「我が主」


「よくやった、鎖の伝令よ」

 男は像を受け取る。

「二人とも褒美に値する」


 男はシオンへ向き直った。


「破滅の伝令」

「頼みがある」


「命令を」


「オマリロ・ニュガワは、いずれこちらへ辿り着く」

「奴の道を止めろ」


「承りました」


 シオンは鎧を深化させ、門が開く。

 彼はその中へ消えた。


 残されたジュンペイが後ずさる。


「やめろ……やめろ……!」


 男は穏やかに言った。


「さあ、エージェント」

「アビスの力を見たいか?」


「い、いや――!」


 男が指を鳴らす。

 闇の奔流が玉座の間を満たし、ジュンペイを飲み込み、世界の輪郭が消える。


―――

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