――第35章・石の憤怒――
フロア1,400―――
狩人たちが狂ったようにオマリロへ襲いかかる。
だが、彼は難なく捌いた。弓で射抜き、剣で弾き、あまりにも簡単に“数”を無力化していく。
子どもたちが駆け出した。
「先生!」ザリアが叫ぶ。「気をつけて! こいつら、先生を狙って――!」
「男ども、無関係」
オマリロは背中越しに一人をはたき飛ばす。
狩人は屋根に叩きつけられ、沈黙した。
リカが駆け寄る。
「先生、大丈夫ですか?」
「心配不要。問題ない」
ハンが周囲を見回す。
「……何が起きてるんだよ、これ」
その瞬間。
空中にUIフィードが浮かび上がった。
『――全員、最終フロアに来い。
来なければ、お前たちの大切なカイダンチョウを――バラバラにしてやる』
振り向くと、フィードの中にはハントレス――コハクがいた。
檻の前。中にはコウイチたち。
そして隅では、ユカが壁にもたれたまま意識を失っている。
アツシの姿だけが、映っていない。
(……何だよ、それ……)ザリアの喉が乾く。
「最後の獲物」コハクが愉快そうに笑う。
「オマリロ・ニュガワ」
「女、知らん」オマリロが返す。「消えろ」
彼がUIを斬る。
だが、消えない。
「いい反抗心だ。好きだよ」
「でもルールを決めるのはお前じゃない、獲物」
「フロア10,000へ来い。来なければ……仲間は引き裂かれる」
フィードが消えた。
同時に、足元からゲートがせり上がる。
「先生……」リカが震える。「本当に……行くんですか?」
「これしか終わらせ方ない」
オマリロはゲートを見下ろした。
「来い。近くにいろ」
子どもたちは頷き、彼の背を追う。
ゲートをくぐった瞬間――背後でそれは崩れ落ちた。
◇
外―――
マリンは千代田の現場へ駆けつけた。
観衆の中心で、ハヤテがダンジョン配信を見つめている。
「局長!」
反応がない。
マリンは腕を掴んだ。
「局長!」
「……ん? ああ、マリンか。今トーナメントが――」
「外もです。侵入されました」
マリンの声が硬い。
「ニュガワさんが狙われてます。白髪の少年がジュンペイたちを襲い、重要ファイルを奪いました。ニュガワ関連です」
「……何だって?」
「本部に戻ってください。すぐに」
「だが、ここで監視しないと――危険になったら止めなきゃ」
「もう危険です」
「……そうだ。でもニュガワがいる」
マリンは額を押さえた。
「時間を無駄にしてる場合じゃないです」
ハヤテは手を上げる。
「無駄にはしない。ほら……今、山場だ」
フィードが切り替わる。
ゲートを抜けたオマリロたちが――
――闘技場へ出た。
◇
フロア10,000―――
ゲートの先。
太鼓が鳴り、狼の遠吠えを真似た歓声がうねる。
並んだ狩人たちが道を作り、オマリロが通るたびに肩を揺らして笑った。
「先生……」ハンが低く言う。「俺、こういうこと言うのあんま好きじゃないけど、さすがにヤバい。別の手――」
オマリロは玉座を見上げる。そこにいるコハクは、陶酔した笑みで見返していた。
「他の道なし、少年」
闘技場の中央へ進むと、狩人たちが一斉に静まり返る。
「オマリロ・ニュガワ」
コハクの声が響く。
「弱い友を見て、正直がっかりした。だが……お前は違うよな?」
「女、話せ」
オマリロの声は冷たい。
「女、何が欲しい」
コハクは首を鳴らした。
「伴侶だ」
子どもたちが凍りつく。
オマリロだけが、静かに瞬きした。
「……ふむ」
「ニュガワさんを旦那に!?」リカが叫ぶ。
「ありえない!」ザリアが即座に否定する。「先生は渡さない!」
「私はずっと一人で狩ってきた」コハクが言う。
「力で部下を背負い続けた。もう飽きた」
「対等な“強者”が欲しい。ダンジョンをすべて支配するために」
「ニュガワが相応しいなら――ニュガワだ」
「盲目の女」オマリロが言う。「伴侶、不要」
「それは、これからわかる」
コハクは笑みを深めた。
「他は期待外れだった。だが一人だけ例外がいた」
「お前の相手だ」
「信じろ、獲物。あいつはずっと……お前を待っていた」
別のゲートが開く。
そこから現れたのは――アツシ。
隣にはノノカとユズハ。
「先生……」レイがオマリロの袖を引く。「あの人、怖い……!」
「子どもも連れてきたか」アツシが笑う。
「いい。見届けさせてやる。俺が、お前をどうするか」
ハンが息を呑む。
「……アツシ・スナハラ。トップのカイダンチョウ」
「強さは示した」コハクが愉快そうに言う。
「だが、足りるかな?」
「横の子たち誰?」ザリアが眉を寄せる。
「先生、知ってます?」
「知らん」
ノノカがアツシの耳元で呟く。
「この人?」
「そうだ」
ユズハはオマリロをじろじろ見る。
「ちっさ! 年寄り! なんか……めっちゃ弱そう!」
「侮るな」アツシが低く言う。
「全盛じゃない。それでもお前らが今まで当たった中で、一番厄介だ」
「覚悟はあるか?」
ノノカは頷いた。
「もう限界越えてるでしょ。私も戦う」
「え、えっと……」ユズハが目を泳がせる。
「頑張る! でも……報酬、ちゃんと出る?」
ノノカが肘で小突く。
「痛っ」
空気が変わる。
コハクがオマリロへ告げた。
「伝説のカイダンチョウ」
「お前は二人まで連れていい。二人だけだ」
子どもたちは顔を見合わせ、オマリロを見上げる。
オマリロは全員を見渡した。
「子ども危険。誰、前に出る」
全員が手を挙げる。
「……」
「私が行く!」ザリアが言う。「お願いします!」
「私も!」リカが続く。
「戦えないけど……役に立ちたい!」
「俺も!」ハンが言う。
「先生、失敗しない!」
「私も行けますか?」レイが小さく手を挙げる。
「僕も! 僕も!」スマホの中でソウシンが騒ぐ。
ザリアとリカが目を合わせた。
「……私たち二人でいい?」ザリアが言う。
「取り返したい。あの失敗」
「はい」リカが頷く。
「足手まといじゃないって見せたい」
オマリロが二人を見る。
「……二人、覚悟ある?」
二人は強く頷いた。
「なら、来い」
ハンがため息をつく。
「……先生を殺すなよ」
「縁起でもない!」リカが睨む。「座ってて」
ハンとレイは観客席へ。
リカとザリアはオマリロの左右へ並んだ。
「子猫みたいだな」コハクが笑う。
「だが面白い。配置につけ、戦士ども!」
アツシ側も前へ出る。
コハクは玉座に座り、指を鳴らした。
「今回は制限時間をつける」
「狩人は迅速で、決断が早い」
「三〇分だ」
〈残り時間:30:00〉
「狩れ。情けは要らない」
リカがオマリロの腕に触れ、ザリアも同じく近づく。
「先生……いけますか?」ザリアが聞く。
「ちょっと……緊張します」リカが言う。
「強く立て。近くにいろ。恐れるな」
「はい!」二人が返す。
アツシが命令した。
「女二人を捌け。男は俺がやる」
ノノカとユズハが頷く。
「始めろ!」コハクが叫ぶ。
〈開始〉
次の瞬間――アツシがザリアへ突っ込んだ。
殴打が来る。
だがオマリロがザリアを突き飛ばし、代わりに拳を受ける。
BOOM。
「先生!!」リカとザリアが叫ぶ。
「相変わらずだ!」アツシが笑う。
「守り癖は死んでない。老いてもな! さあ、沈め!」
アツシが追撃。
オマリロは杖で砂煙を払うと、片腕で拳を掴んだ。
「石、砕ける」
オマリロの指が締まる。
アツシの石腕が砕け散った。
「この石は砕けねぇ!」
アツシの腕は再形成される。
アツシは吠え、連打。
だがオマリロは軽く躱し続ける。
そのとき、蔓がカーテンのように伸び、リカとザリアを絡め取った。
「ちょっと!」ザリアが暴れる。「外せ、これ!」
ユズハがノノカへ振り向く。
「はい! 今だよ、ノノカ!」
「ザリア、脚!」リカが叫ぶ。「脚で壊して!」
ザリアが膝を突き上げるが、蔓はわずかにひびが入るだけ。
ノノカが一瞬で詰め、二人を突き飛ばした。
蔓がさらに裂ける。
「……ふーん」ノノカが肩をすくめる。
「こいつらが“兵”? 拍子抜け」
遠くでオマリロは戦いながら、二人に目を向けた。
「……女たち」
弓が現れ、放たれた矢が蔓を裂いた。
二人は解放される。
「ありがとうございます、先生!」ザリアが叫ぶ。
リカが歯を食いしばる。
「また助けられた……! 私たちがやらなきゃ!」
ザリアが槍を形成する。
ノノカが薄く笑った。
「かわいいピッチフォーク」
「その口、縫ってやる」
ザリアが槍を振るう。
ノノカは腕で受け止め、余裕で躱し――蹴りで槍を弾いた。
「遅い」
「……は?」ザリアが混乱する。「ソウウンシャだろ! なんでそんな殴り合いできんだよ!」
「全部のクラスは戦える」ノノカが吐き捨てる。
「スポーツと同じ。技術が要る」
「……あんた、無いね」
ザリアが唸り、槍を投げる。
ノノカが掴んだ瞬間――すぐ落とした。
「痛っ。何これ」
「呪い武器。私しか持てない」
「なら――」
ノノカが槍の柄を踏み、跳ね上げて蹴り返す。
ザリアが蹴り返す。
それがユズハの脇をかすめる。
「ちょっと!」ユズハが叫ぶ。「髪に当てないで!」
「援護!」ノノカが言う。
「え、うん!」ユズハが手を掲げる。
「ジュゲン魔法士:エルフ王朝の加護!」
葉の弓兵が大量に出現し、二人へ狙いを定めた。
「エルフ!?」リカが目を見開く。
「どうやってエルフ雇ったの! ずるい!」
矢が飛ぶ。
ザリアがリカを庇い、槍で弾く。
「集中しろ、リカ!」
「ごめん! でも、私……こういうの苦手で……!」
背後から弓兵がリカを掴み、持ち上げる。
リカが肘を入れようとするが、止められる。
ザリアが突き刺し、弓兵を落とした。
「考えろ!」ザリアが叫ぶ。
「リカにしかできないこと!」
「わかんない!」リカが泣きそうになる。
「配信? 回復? 邪魔する? 何、何――!」
ユズハの召喚が走る。
「ジュゲン魔法士:野生の狩人の守護鹿――カクタ!」
巨大な鹿が突進し、二人を壁へ叩きつけた。
ユズハが指を鳴らす。
「うわ、ノノカ! この強化、最高!」
「……言うな」
観客席でハンが歯噛みする。
「リカ……また自信喪失かよ……」
「リカ、大丈夫?」レイが不安そうに聞く。
「このままじゃ負ける」ハンが言う。
「先生は子守りしながら戦えない。あの石の狂犬が相手なら特に」
闘技場の中央では、オマリロとアツシがぶつかり続けていた。
壁を砕き、床を裂き――コハクは歓声を上げる。
「いいぞ! もっとだ! 全力を見せろ!」
壁際で、ザリアがリカを起こす。
「泣くな、相棒!」
ノノカは鼻で笑う。
「弱すぎ」
「黙れ!」ザリアが槍を投げる。
ノノカが弾く。
リカが小さく言った。
「……ザリア、私を置いて……先生を手伝って……私、役立たず……」
「違う!」ザリアが首を振る。
「回復役だろ! 守る役だろ!」
「先生も言ってたじゃん! 戦士じゃなくて守護者だって!」
「だから守れ! 私たちを! チームを!」
リカが涙を拭う。
「……できる、かな」
そのとき。
オマリロが二人の前に着地し、頭に手を置いた。
「涙、不要」
「女、弱者ではない」
「二人とも、だ」
「……本当ですか、先生」リカが聞く。
「使い方、見つけろ」
「自分、見つけろ」
「苦難は強さを連れてくる」
「ここまで来た」
「なら、終わらせろ」
リカが息を吸う。
「……はい。命令通りに」
ザリアが二人を抱きしめる。
「ほら! いける――」
――次の瞬間。
ザリアの目が見開く。
「先生、後ろ!」
背後からアツシの拳。
オマリロが受け止める。
アツシが吠えた。
「ノノカ! 印を出せ!」
「でも、もう限界越えてる!」ノノカが食い下がる。
「死ぬかもしれない! 壊れるかもしれない!」
「今だ、兵士!」
「命令だ!」
ノノカは歯を食いしばり、印を握り潰した。
「ジュゲン操運者:呪いのスキル強化――」
〈全パーティに700%強化付与〉
観客席のハンが凍る。
「……あいつ、やりやがった」
アツシは迷わず拳を合わせる。
「ジュゲン変性者:黒曜石の拳闘士!」
コハクが身を乗り出し、歓喜の笑みを浮かべる。
アツシの身体が膨張し、変形し、石の戦士――黒曜石のケントウシへ。
やがてそれは――ケンタウロスの形へ到達する。
仮面が少しだけ割れ、アツシの声が漏れる。
「さあ――落ちろ、ニュガワ!」
オマリロは二人を背後へ押し、アツシの一撃を待つ。
アツシのメイスが地面を叩いた。
闘技場の床が砕け、崩れ落ちる。
オマリロの足元が沈む。
「先生!」
ザリアとリカが腕を掴む。
「掴んで!」ザリアが叫ぶ。
「私たちがいます!」リカが必死に言う。
だが――
崩落の勢いは止まらない。
アツシが落ちる。
そして、オマリロも――
――その手の中から、滑り落ちた。
深い闇へ。
底の見えない奈落へ。
―――




