――第34章・挑戦権――
フロア10,000―――
コウイチは頭を押さえながら目を開けた。
「……クソ。トラックに轢かれた気分だ。あのデカブツが俺の上に落ちてきたのか?」
「違う」
隣で、ミズキが淡々と言った。
「もっと悪い」
コウイチは跳ね起きる。
「お前、なんでここにいる?」
「あなたと同じ」ミズキは視線を横へやった。「獲物として檻に入れられてる」
鉄格子の向こう――薄暗い牢。
中にはカオルとガクトまでいる。
「四人まとめてかよ」コウイチが舌打ちする。「あの女、度胸ありすぎだろ」
「めっちゃ強く殴られたんだけど!」カオルがうめいた。「入るの嫌だって言っただけなのに!」
「そりゃ殴られるだろ」
「え、ひどくない?」
ガクトが腕を伸ばし、鉄格子を掴む。
「なあ。なんで誰もこの牢、ぶち破ろうとしねぇんだ?」
「格子に印が入ってる」ミズキが答えた。「ジュゲンに悪影響が出る」
「そもそも、あの狩人女は何者なんだよ」コウイチが眉をひそめる。
「本当にトーナメントの一部じゃなくて、ボスが嘘ついてるだけじゃ――」
「トーナメントを乗っ取ってるっぽい!」カオルが言った。
「ってことは、勝てないじゃん! 勝てるの、ユカさんか、アツシか、オマリロ・ニュガワさんだけ!」
「知るか」コウイチが吐き捨てる。「俺は観客席で拍手するために起きたんじゃねぇ」
封印を作ろうと手を上げる。
――だが、何も起きない。
「……は?」
「できることは待つだけ」ミズキが言う。「忍耐は美徳」
「その美徳、ゴミ箱に捨てたい」
そのとき。
背後の扉が、カチリと音を立てて開いた。
冷たい笑みを浮かべた女が入ってくる。
狩人女――“ハントレス”。
「ご機嫌よう、獲物ども」
四人が一斉に立つ。
「テメェ、名乗れや!」ガクトが吠えた。
ハントレスは唇に指を当てる。
「静かに。獲物に発言権はない」
「俺らは獲物じゃねぇ」コウイチが睨む。「さっさと扉開けろ」
「開けたいのは山々だが……お前たちは私を失望させた」
ハントレスは目を細める。
「男どもは心がない。殺意がない。女どもは狩りの技術がない」
「でも私たち、戦わせてもらってない!」カオルが抗議する。
「それでも、今ここにいる」
「……う」
「ほら、証明された」
ハントレスは退屈そうに息を吐いた。
「“カイダンチョウ”には使える強者がいると聞いていた。特別な目的のために、な」
「どうせ悪だくみだろ」コウイチが鼻で笑う。「悪い女の、悪い計画」
「羊の思考ね」ハントレスは小さく笑った。
「まあいい。残りの仲間の誰かが“相応しい”と証明すれば――その者はトーナメントに勝ち、私の加護も得る」
空中にフィードが浮かぶ。
別々のフロアで、狩人たちを迎え撃つアツシ、ユカ、そしてオマリロ・ニュガワ。
「……加護?」ミズキが眉を寄せた。「説明を」
「そのうちわかるわ、小さな獲物」
ハントレスは肩をすくめ、踵を返す。
扉が閉まり、足音が遠ざかった。
牢の空気が、重くなる。
「四人揃えば、あいつも落とせるだろ」ガクトがぼそりと言う。「どう思う?」
コウイチはため息をつき、座り込んだ。
「誰か俺を地獄に送ってくれ……」
◇
フロア5,000―――
「マダム! 数が多すぎます!」
「怯むな! あれらはただのまやかしだ!」
雪のような領域。
ユカと仲間たちは、網で拘束しようとする狩人たちを捌いていた。
「カイダンチョウを取れ! 他は虫けらだ!」
「私を?」ユカは冷笑する。「命を捨てたいのなら、来なさい」
群がる狩人へ、彼女は氷の猛禽を放つ。
「ジュゲン魔法士:霜月雷散の鷲!」
鷲が突っ込み、狩人たちは雪丘へ吹き飛んだ。
「次は?」
そこへ、バルト、バクオウ、シノが駆け寄る。
「ユカ様、あいつら何者っすか!」
「知らない」ユカは短く答えた。「だが、報酬が甘くなる“追加の障害”ということだけは確かね」
狩人の一人が、ユカの前に膝をついた。
「氷のカイダンチョウ。見事なお手並み」
ユカは構える。
「何が目的?」
「最終フロアへ来い。ハントレスがお前に会いたい」
「他を当たりなさい。私は誰の支配下でもない」
「本当に?」狩人は笑う。
「お前も知っているはずだ。彼女はこのダンジョンを掌握している」
「そして私は――彼女の右腕。影刀だ」
「他のカイダンチョウは? トーナメントは続いてるの?」
「もちろん」影刀は頷く。
「仲間は最終フロアにいる。残りも、いずれそこへ」
「私が行けば、どうなる?」
「証明できる。“狩り”に値する存在だとな。勝ちも与えられる」
ユカは一呼吸置く。
「……いいわ。最終フロアへ案内して」
影刀が咳払いする。
「その三人も同行だ」
ユカが振り返る。指されたのは三つ子。
「なぜ?」
「獲物は多いほど楽しい」
「もし傷つけたら――」
「傷つけない。従っている限りは」
ユカは目を閉じ、息を整える。
「行くわよ、ルーキーたち。その他はここで待機」
影刀が転移の印を掲げる。
次の瞬間、四人は消えた。
◇
フロア7,455―――
中世風の町。
ナラク・カイダンは狩人の群れと戦い、アツシは脇腹を押さえつつ後方で耐えていた。
「もう少しだ!」アツシが叫ぶ。
「力が尽きかけても、変性はあと一度――!」
「無理だよ!」ノノカが食い下がる。
「カイタンシャは一日三回以上は危険すぎる!」
「危険の真っ只中だろうが、子ども!」アツシが唸る。
「ここでナラク・カイダンが狩られれば、我々は終わりだ!」
「終わりじゃない!」
ユズハが転がり込むようにしてアツシの背後へ隠れる。
「……あの人たち、友だち?」
「違う」アツシが即答する。「召喚を出せ、エルフ!」
ユズハが手を伸ばすと、弓兵が現れ矢を放つ。
「エルフを押さえろ!」
網が飛び、ユズハが捕まる。
「ちょっと! これ外して!」
助けようとした瞬間、別の網がノノカを捕らえた。
「くそ……! 私のことはいい、先に――!」
次々に仲間が網で縛られ、ボタン一つで電撃が走る。
銃口がアツシへ向けられた。
「石のカイダンチョウよ。最終委託に参加するか?」
アツシは、拘束されていく自分のカイダンを見回す。
「条件がある。挑戦を用意しろ」
狩人が歯を見せて笑った。
「真の捕食者だ。来い、石の者。ハントレスのもとへ」
転移の印が光る。
ナラク・カイダンは狩人と共に、消えた。
◇
フロア10,000―――
牢の中。
コウイチは退屈しのぎにサイコロを壁へ投げていた。
そのとき、上の闘技場のフィードが浮かぶ。
「へぇ」コウイチが目を細める。「上は上で、良い見世物やってんじゃ――」
対峙する二人が現れた瞬間、四人の動きが止まる。
「……嘘でしょ!」カオルが息をのむ。
「ユカ様! アツシ!」ガクトが声を荒げる。
「そんなの、ありかよ!」
「あり得る」ミズキが言う。「戦わされる」
闘技場。
アツシは観客席を見上げ、ユカも同じく見回す。
そして、互いの目が合った。
「……お前も連れて来られたか」アツシが低く言う。
「ええ」ユカは静かに返す。
「この形での対戦は……残念ね」
玉座の上、ハントレスが立ち上がる。
「来たか、戦士たち。顔が迷子だな?」
「黒幕はお前か」アツシが言う。「だが、誰だかは誰も知らない」
ハントレスは外套を脱ぎ捨てた。
白と黒の縞が混じる髪。虎のような瞳。引き締まった身体。虎皮のドレス。
「コハク・クロツキ」
「フロア狩人団(フロア・カリウド団)の長だ」
「聞いたことがない」ユカが遮る。「新しい勢力?」
コハクは肩を揺らして笑う。
「狩人は、獲物に見られるのを嫌うのよ」
首を鳴らす。
「私の話はいい。二人は戦え」
「報酬は――オマリロ・ニュガワと対峙する権利」
フィードにニュガワが映る。
「残るのは一人」
アツシがユカへ向き直る。
「……ふん」
ユカが眉を上げる。
「手加減は期待していないわ」
「ニュガワが懸かってる」アツシが吐き捨てる。「遠慮はない。悪いな、ユカ」
氷がユカの足元からせり上がる。
「望むところよ、アツシ。勝つのは私」
コハクが口角を上げた。
「いいわ。武器を構えろ。始める」
〈開始〉
ユカは初手から氷の鷲を放つ。
アツシは咄嗟に身を沈めた。
(まだ余力がある……)
(俺は……完全変性が出せるのか?)
ユカが地面を踏む。
さらに四羽の鷲が立ち上がり、急降下。
「ちっ――!」
BOOM。
煙が晴れると、アツシは石の腕二本で受け止めていた。
「これが限界だ……」アツシが唸る。「だが、足りる」
ユカが滑るように接近し、手を地面へ叩きつける。
「ジュゲン魔法士:雪雲武脚!」
背から氷の脚が形成され、連打がアツシへ襲いかかる。
アツシは腕で受け止めるが、石が軋む。
(腕が持たない。打開策が要る――)
アツシは氷脚を掴み、引き寄せる。
「正面から来るのが、そんなに怖いか?」
拳がユカを弾き飛ばす。
だがユカは宙返りで着地し、即座に構え直した。
「近いのがいい?」
ユカの氷脚がアツシの攻撃を弾き、跳ね上がった彼女の蹴りが顔面に入る。
「いい、いい!」コハクが手を叩く。
「さっきの二人より、よほど本気だ!」
殴打と蹴撃の応酬。
アツシの重い拳、ユカの鋭い脚。
ユカが掌を地面へ押し当てる。
「ジュゲン魔法士:氷牙層滅!」
巨大な氷丘がせり上がり、氷の波が噴き出す。
アツシの石肌に亀裂が走り、肩が裂ける。
「女の氷は石を鈍らせるぞ、アツシ!」コハクが煽る。「どうする?」
アツシは地面を叩き、氷を砕いた。
(頑固……)ユカが内心で舌打ちする。
(まだ本気じゃない。……回りくどいのは終わり)
ユカが踏み込む。
氷の衝撃波が走り、アツシを壁へ叩きつけた。
BOOM。
立ち上がるアツシの耳に、観客席から声が届く。
「アツシさん!」
「ミスター! こっち!」
ユズハとノノカが見える。心配そうな顔。
ユズハが印を掲げた。
「これ使って!」
アツシの目が鋭くなる。
「ダメだ! 取っておけ!」
「でも、もう限界――!」ノノカが叫ぶ。
「取っておけと言った!」
反対側では、ユカのルーキーたちが声を張り上げる。
「いけます、ユカ様!」シノが叫ぶ。
「ぶっ飛ばせー!」バクオウが続く。
「……帰りたい」バルトがぼやく。「ちょっと……疲れた」
ユカが氷から降り、アツシも石片を払い落とす。
「相変わらずね」ユカが言う。
「お前もな」アツシが返す。「上に居続けると性格は変わらんらしい」
二人が構える。
そのときコハクが頭蓋骨を掲げた。
「規則を変えようか」
空間が歪み、足元が雲へ変わる。
雷が四方に落ち、空気が震える。
「どうやって……」アツシが眉を寄せる。
「このダンジョンを掌握してる」ユカが言った。「厄介ね」
「なら」アツシは口角を上げる。「さっさと終わらせる」
〈ドメイン効果:轟雷拳
説明:近接攻撃を命中させるたび、落雷が発生し追加ダメージを与える〉
「ちょうどいい」アツシが笑う。
雄叫びとともに突進。
ユカは翻り、氷で腕を削る。
アツシが弾き、拳がユカの頬を捉えた。
BOOM。
落雷。
ユカは氷の鷲で辛うじて受けるが、髪が焦げる。
ユカは焼けた一房を摘み――目が冷える。
「……今ので、怒った」
「いい」アツシが言う。「来い」
ユカは鷲で上昇し、氷脚を伸ばして雲の縁へ連打を叩き込む。
「二重運用かよ!」アツシが叫ぶ。「ほんとに狂って――!」
氷脚がアツシを打ち、雲の縁へ追い込む。
同時に雷が落ち、アツシの腕が軋む。
「アツシ、気をつけて!」ノノカの声。
痺れが走る。
アツシは歯を食いしばり、立つ。
(あと少し……)
(もっと……もっと要る。こいつに勝つには――)
ユカが頭上をかすめ、落としに来る。
コハクの声が響いた。
「さあ、どちらが“欲しい”?」
ユカの氷が降り注ぎ、アツシの胸と肩に石が広がっていく。
熱い痛み。視界が揺れる。
ユカが再び掠め、足を掛ける。
アツシが崩れかけた。
「違う……!」アツシが吠える。
「俺が一番だ! ユカ! 降りて来て戦え!」
ユカがもう一度、真上から落ちる。
その瞬間、アツシが腕を伸ばした。
「ジュゲン変性者:黒曜石ゴーレム!」
腕がゴーレムの側面へ膨れ上がり――
氷の鷲を貫き、ユカを叩き落とす。
BOOM。
雷鳴が重なり、ユカは地面へ落ち、意識を失った。
アツシも膝をつく。
「……いい勝負だった、ユカ」
「……本当に、いい勝負だ」
「勝者が決まった!」コハクが宣言する。
「アツシ!」
名を呼ばれた瞬間、アツシの意識も途切れた。
「ニュガワ……待ってろ……」
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