――第32章・狩人の獲物――
〈侵入を検知――フロアレベル:1,322〉
WHOOSH。
〈侵入を検知――フロアレベル:1,378〉
BOOM。
〈侵入を検知――フロアレベル:1,399〉
BANG。
「そして――シンカイダン、これで二位に浮上!」
〈侵入を検知――フロアレベル:1,400〉
シンカイダンが着地したのは巨大なメトロポリスだった。車が空を飛び、ネオンが街を点滅させている。
「うわ……」竹野ザリアが目を丸くした。「2099年のゲームみたいじゃん」
「テック天国だ……!」ハン・ジスがぽかんとする。
「配信者コンベとかありそう」天川リカが言った。「行きてぇ」
葉山レイが鼻歌を口ずさんだ、その時。
車のエンジン音が唸り、全員がびくっと振り向く。
「ブロロロロ!」
ハンが車を睨む。
「マジで……それ、連れてきたのかよ……」
「やっほー!」とソウシンが明るく挨拶した。「ボク、ソウシン!」
「はいはい聞いたよ。もう百五十回くらい」
リカがハンの脇腹を小突く。
「ね。連れてっていいって約束したんだから、優しくしてよ」
「誰が約束したんだよ。俺は一言も――」
「どこに行くの、フレンズ?」ソウシンが割り込む。
視線が一斉にオマリロ・ニュガワへ向いた。
オマリロは黙って歩き出している。
「先生、どうします?」リカが追う。
「何か手伝えること、あります?」ハンも続いた。
「何でも言って!」ザリアが胸を張る。
「私も!」レイが挙手する。
だがオマリロは歩みを止めない。
子供たちは顔を見合わせた。
「あ……」ザリアの肩が落ちる。「まだ怒ってるんだ……」
「怒ってるっていうか」ハンが言い直す。「失望、だろ。あの人にとって、俺らみたいな雑魚を抱えるのは負担だ」
「何かできたらいいのに……」リカが小さく言う。「全部、私たちのせいで……先生、もう一緒に委託をやらせてくれない……」
「元気づけたら?」レイが提案した。
「どうやって?」ザリアが首を傾げる。
レイは近くのファストフード店を指差した。
「ごはん! ごはん嫌いな人いない!」
リカがポケットを探る。
「私、あんまり持ってない……」
「俺も」ハンも苦い顔をする。
「何とかなるって!」ザリアが押し切った。「先生、ちょっと寄り道していい?」
オマリロが足を止める。
「一回だけ! すぐ終わるから! お願い!」
リカも横に滑り込む。
「先生は何もしなくていいです! ほんとに!」
レイは背中に飛び乗った。
「お願い、お願い! さくらんぼ乗せで! オマリロ先生!」
オマリロはしばらく沈黙し――やがて言った。
「……女、しつこい。いい」
ハンが目を細める。
「女って……どんな能力持ってんだよ……」
背後でソウシンがエンジンを煽る。
「うわっ! やめろって!」
「ハンフレンド、ドライブする?」
「しない! 絶対しない!」
ザリアが店を指差す。
「ほら先生、あそこ! ついてきて!」
三人がオマリロを急かし、ハンも渋々ついていく。
ソウシンは店の入口へ車で突っ込もうとし、ハンが慌てて止めた。
「待て待て。ここ車入れねぇから」
「わかってる! 出して!」
「出す……?」
「スマホ! 新ボディ!」
「……勘弁してくれ」
ハンはしぶしぶスマホを車から抜き取り、ソウシンを“持って”店へ入った。
〈侵入を検知:バッキーの灼熱ビュッフェ〉
店内にはハーフリングが大量にいた。給仕もハーフリング、客もハーフリング。みんな飯を食って、笑って、騒いでいる。
入るなり、身なりのいいハーフリングが丁寧にお辞儀をした。
「ようこそ、狩人様! ご用件は?」
リカがオマリロの肩を抱く。
「先生に休憩してほしいだけ!」
「うんうん!」ザリアも頷く。
「素晴らしい! バッキーの店ならお好みにぴったりの品をご用意できます! ではまず、バッキーワインはいかが――」
白い高級瓶をオマリロの顔の前に差し出した瞬間、オマリロが杖で弾き飛ばした。
「安ビール」
「なっ……! それ、めちゃ高いんですけど!?」
子供たちが一斉に真っ赤になる。
「え、えっと!」ザリアが慌てて割り込む。「空いてる席、ある?」
「そ、そう!」リカも続く。「メニュー見よう、うん!」
ハーフリングは少しむっとしつつ、奥のブースを指した。
「あちらへ。あと――ワイン、もうこぼさないでくださいね」
「……努力します」ハンが返した。
空いているブースへ移動する。
リカとザリアが同じ側、向かいにレイとハン。
オマリロはどこか遠い目で、彼らを見ていた。
「先生、こっち座る?」ザリアが誘う。
「いや、こっちだ」ハンが言った。「あいつら……“生き物”から離れて」
「は?」ザリアが睨む。
オマリロは両側を見比べ、瞳に一瞬だけ“既視感”が差した。
「……禁死カイダン……」
「先生、今なんて?」ザリアが聞き返す。
「気にするな。詰めろ、女」
オマリロがザリアとリカの間に座った。
ザリアは顔がぱっと明るくなり、リカは必死に平静を装う。
「じゃ、じゃあ!」リカが仕切り直す。「何食べる?」
その瞬間、どこからともなく派手なハーフリングが現れ、メニューを二冊掲げた。
「やあ人間たち! バッキーだ! 見ての通り、ここは俺の店!」
「見りゃわかる」ハンがぼそっと言う。
バッキーがメニューを渡す。
ザリアは自分のメニューをオマリロに見せた。
「先生これ! やばくない? 全部うまそう!」
「女、好きなの選べ」
「先生も食べなよ!」
「要らん」
「先生、食事は必要です」ハンが言う。
「先生の分、私が選んでいい?」リカが身を乗り出す。「えっと……上品なの……」
そして分厚いステーキ写真を見せた。
「これ、どう?」
「女がそれを望むなら」
ザリアがバッキーに見せる。
「じゃあこれ五つ! お願い!」
「バッキーステーキ五人前! 最高! すぐ出す!」
「待て!」ハンが抗議しかける。
リカが指を唇に当てた。
「しーっ」
バッキーは去り――一分も経たずに戻ってきた。トレーが五つ。
「おお!」レイが目を輝かせる。「早い!」
「当然!」バッキーが胸を張る。「うちはどんな客にも対応する。飲み物もな!」
別の店員が、泡立つ液体のグラスを配った。
リカがつつく。
「これ何?」
「特製スパークリングソーダです。どうぞ」
「毒」オマリロが即答した。
ザリアは肩をすくめて一気飲みした。
リカが額を押さえる。
「ちょっと……せめて一口で確認しなよ!」
「今のが一口だ」
ハンは自分のステーキを開け、レイへ差し出す。
「匂い嗅いで。新鮮か?」
「うん。平気そう!」
ハンが一口。
「……うま。普通に当たりだわ」
子供たちが食べ進める一方、オマリロは黙ったまま、考え込むように座っている。
「ねぇ」ザリアが小声で言う。「これ、効いてなくない?」
「別のことする?」リカが提案した。「ゲームとか。『私は一度も〜したことがない』とか、『21の質問』とか!」
ザリアが身を乗り出す。
「先生に質問! 私たちの中で一番好きな子は誰!」
全員が期待で目を輝かせる。
オマリロはゆっくり目を開け――短く言った。
「食え」
「あぁ〜……」一斉に落胆の声。
「じゃ、私ってことだね!」ザリアが勝手に結論づける。
リカがオマリロの皿を持ち上げた。
「先生、これ食べないの?」
オマリロが立ち上がり、リカが驚いて皿を止める。
「すぐ戻る。散歩」
「あ……うん」
オマリロは店を出ていった。
「……いらないんだ、私たち」ザリアが呟く。
「……必要ないよね」リカが涙を拭う。「私たちができることなんて、先生なら十倍できる。……荷物だよ」
「落ち着け」ハンが言う。「多分、色々あるだけだ。もし本当に要らないなら、とっくにセーブ地点で捨ててる」
「先生に認めてもらう方法、ないかな?」レイが小さく聞いた。
全員が首を振った。
「わかんない」ザリアが言う。「私たち、弱いし……先生みたいになれない」
リカは窓の外を見た。オマリロが剣を形作り、それをじっと眺めている。
「完璧だよ……先生は」
「なのに私は、家出みたいなもんで……お荷物」
リカが自分を指差す。
「見てよ。親にすら要らないって思われてる」
「……親がいるだけマシ」ザリアがぽつりと言う。「私、母さんを死なせた。父さんは……捨てた」
「俺は」ハンが肩をすくめる。「親に否定されてる。ニュガワ先生しか頼れない。放っておいたら医者とか外科医とか……そういうクソみたいな道に押し込まれる」
リカがレイを見る。
「レイは? 親いる?」
「……覚えてない」レイが答えた。「……ずっと……昔」
「何歳なの?」ザリアが聞く。
「それもわかんない」
リカはスマホを見た。
「ソウシンは? 親いるの?」
「いるよ!」ソウシンが明るく言う。「海の向こうで待ってる!」
「え?」
「いつかフレンズ連れて、会いに行く!」
「海の向こうって……海?」ハンが眉をひそめる。
「うん!」
ハンがはっとする。
「……こいつ、元は人間だったのか?」
「“こいつ”って言わないで」リカが小声で釘を刺す。「“物”扱い、嫌いなんだって」
「そうだよ!」ソウシンが元気よく肯定した。「ボクの身体、待ってる!」
「身体……?」
「それより見て!」ソウシンが言った。「オマリロフレンド、新しい友達できた!」
子供たちは外へ目を向ける。
狩人用のコートと仮面の集団が、オマリロを遠巻きに監視していた。装備にはシジルが光っている。
「……やばい」ザリアが呟く。「行こ」
全員が慌てて立ち上がり、店を飛び出す。
ちょうどバッキーが戻ってきた。
「おい! どこ行くんだ! まだ会計が――! デザートも食ってねぇ!」
「ごめん!」リカが叫ぶ。「仕事!」
外。
スナイパーライフルの照準が、オマリロの頭へ吸い付いた。
「ボス、ターゲットにロック。指示を」
女の声が返す。
『連れて来い。生け捕りで』
「了解」
オマリロは剣を眺め続ける。まるで気づいていない。
別の狩人がネットガンを構えた。
「いい獲物だ」
発射。
だがオマリロは見もせず斬り捨てた。
「出てこい」
次の瞬間、屋上から仮面の狩人が次々と降り、通りを埋め尽くす。
「……ふむ。ドッコウ団でも、ダンジョンの魔物でもない。誰だ」
背後からもう一発。
ネットが飛ぶ。
オマリロはまた見ずに切る。
「真の狩人は起源を晒さない」狩人の一人が言った。
「俺たちはずっとお前を研究してきた、ニュガワ。このダンジョンは俺たちの住処だ。ボスがこのダンプのレイドボスを殺してからな」
オマリロの目が細くなる。
「……ボス?」
「会う時が来れば会えるさ。狩人! 仕掛けろ!」
群れがオマリロへ殺到する。
スナイパーは無線に指をかけた。
「ボス。これは直に見た方がいい」
『待て、狩人』女の声が言う。『私には他の獲物もいる』
◇
フロア566―――
「何でこんなに遅れてんだよ」神代コウイチが苛立つ。
「お前ら、ライブで負け犬に映りたいのか?」
タイマーが走る中、部下たちは作物の束を回収していた。
〈残り時間:0:45〉
「あと一分もねぇぞ、ボケ。動け。落としたら終わりだ」
慌ただしく拾い集める最中、狩人の集団が出現した。
「は?」
「カイダンチョウ・神代」狩人が告げる。「お前は獲物に選ばれた」
指を鳴らす。
狩人がシジルをコウイチの足元へ投げた。
〈転移:起動〉
「チッ――!」
反撃する間もなく、コウイチの身体が震え、引きずられるように消えた。
◇
フロア10,000―――
コウイチは埃っぽい独房に叩き落とされた。上では戦闘音が響いている。
「……最高だな」コウイチが吐き捨てる。「ディレクターがゲームに新しい余興でも入れたか?」
独房がエレベーターのように上昇し始めた。
「今度は何だよ……」
停止。
目の前に広がっていたのは闘技場だった。観客席は狩人で埋まり、咆哮と歓声が渦を巻く。
上段、毛皮の玉座に巨大な女が座っていた。熊のコート。
「来たな、カイダンチョウ」女が笑う。「出せ」
鉄格子が上がり、コウイチが檻から出る。観客がさらに沸く。
「何だこの委託」コウイチが周囲を見回す。「ドラゴンでも出してほしいのか?」
「もっといい」女が声を弾ませる。「もう一匹の獲物を放て!」
反対側の門が開く。
挑戦者が出る――その瞬間、コウイチは息を呑んだ。
「……嘘だろ」
橙の残像が跳び込み、地面を蹴る。
「深山……ガクト?」
深山ガクトが手を振った。
「よ、コウイチ! この変な女に巻き込まれたの、そっちもか?」
女が立ち上がり、両腕を広げる。
「どちらのカイダンチョウが私に挑むに値するか、見せてもらおう」
「殺し合え。さもなくば、二人とも終わりだ!」
頭上にUIが浮かぶ。
〈新委託:残るのは“1人”だけ……〉
「……最悪」コウイチが低く言う。「ライブでお前をぶっ飛ばす羽目かよ」
ガクトが笑い、頭部に角付きヘルメットが形成される。
「言うじゃねぇか! 来いよ、兵士!」
―――




