――第31章・神殿の秘宝――
フロア1,931―――
神殿の屋上。
轟音が何度も弾け、砂原アツシと獅子丸の激突が続いていた。
「RAHHH!」
「HYAHHH!」
石の拳が炸裂し、獅子丸が吹き飛ぶ。だが獅子丸は即座に立て直し、アツシの周囲を高速で駆け回った。ほんの一瞬だけ止まり――飛びかかる。
「グルル……!」
アツシが弾く。獅子丸は軽々と跳ね起きた。
(俊敏……速い)
(黒曜石ゴーレム形態には最悪の組み合わせだ)
獅子丸が空を裂くように爪撃を連打する。斬撃がアツシに叩きつけられ、受け止める腕の石肌に細かなひびが走った。
「新手もあるか! 爪が鋭い猫だな!」
獅子丸が再び駆ける。アツシは視線だけで追う。
(圧を上げる。追えないなら、力でねじ伏せる)
アツシは拳を打ち鳴らした。
「ジュゲン変性者:黒曜石の籠手!」
両手に巨大なガントレットが形成される。アツシが踏み込み、獅子丸の顎へ拳を叩き込む――が、獅子丸はその拳に噛みついた。
「ぐっ……!」
咬合の引きで腕が関節ごと引き抜かれる。だが断面から石が盛り上がり、腕は即座に再生した。アツシはそのまま獅子丸へ連打を浴びせる。
〈ボスHP:100%→90%→80%→70%〉
獅子丸の体から衝撃波が放たれ、アツシが弾き飛ばされた。屋上の瓦が浮き、砕け散る。
「強き意志だ、人間」獅子丸が称える。「だが足りぬ! 我が主の宝は――封じられたままだ!」
アツシは唸り、獅子丸へ突っ込んで蹴りを狙う。だが獅子丸がもう片脚へ頭突きを叩き込み、アツシは仰向けに倒れた。
「デカいが……遅い!」
〈《獅子の災厄》発動まで:3…2…1…〉
獅子丸が駆ける。すれ違いざまの連撃が石肌を削り、欠片が散る。頭部を狙った瞬間、アツシは籠手で受け、獅子丸を地面へ叩きつけた――直後、獅子丸の回転攻撃がアツシの両脚を刈り取る。
BOOM。
アツシの巨体が屋根を突き破り、神殿の内陣――宝があった部屋へ落下した。
(またここか……)
(勝つ。二位は要らない)
獅子丸も降りてくる。
「奇妙な話をしよう。生まれた時、ここが我が最初の家だった」
「そして死ぬ直前まで住んだ場所でもある。長く何かに縛られる苦しみが分かるか?」
獅子丸の爪が伸びる。
「痛みだ。我が務めは宝を守ること。貴様に持ち去らせはせぬ」
アツシはゴーレム形態を解き、人型へ戻る。
「哀れな話だな。だが、同情はない」
「同情など要らぬ。欲しいのは――貴様の死だ」
獅子丸が唸り、突進。アツシは石の腕を形成して押さえ込む。
(今日の変性は、あと二回)
(この獅子にもう一回を切るか――それとも“次”に残すか)
獅子丸がアツシを壁へ叩きつけ、アツシは床へ崩れた。瓦礫が降り、身体を埋める。
獅子丸がゆっくり近づく――そのとき、アツシの耳に、女の声が届いた気がした。
『さあ、あなた。いつも言ってたでしょう? “後で”なんて言って先延ばしにしないの。だって何も保証されないんだから』
「……アヤ? 本当に、お前か?」
美しい灰髪の女が膝をつき、こちらを見上げていた。
『立ちなさい、カイダンチョウ・砂原。ニュガワ卿に追いつきたいなら、働きなさい』
彼女はウインクする。
『できるでしょう?』
さらに瓦礫が落ち、女の像は揺らぎ――消えた。
「……アヤ」
獅子丸が爪を振り上げる。
「それで終わりか、砂原。なら――侵入者が辿る運命を――」
だが瓦礫が、動いた。
獅子丸が一瞬、目を見開く。
「……?」
「ジュゲン変性者:黒曜石の騎闘士!」
轟音。瓦礫が吹き飛び、獅子丸が後退した。黒曜石の腕が一本、二本、三本――次々に這い出す。
「ジュゲン王の名において……何の狂気だ……」
黒曜石の巨体が形成される。下半身は馬体。
「ケンタウロスの戦士……!」獅子丸が悟る。
咆哮とともに仮面が顔を覆い、巨大な石槌が現れた。戦士は一瞬だけ地を見下ろし、次の瞬間、獅子丸へ視線を刺す。
容赦なく石槌を叩きつけると、獅子丸は反射で回避する。
「簡単には狩れぬようだな」獅子丸が言う。「こんなジュゲン、見たことがない!」
アツシは突進し、跳躍して獅子丸のいた場所へ着地。部屋が震える。
激突が続く中、ノノカとユズハが通路から部屋へ入ってきた。入った瞬間、飛来した岩が二人をかすめた。
「うわっ!」ユズハが息を呑む。「な、何これ!」
ノノカが目を細める。
「……アツシ?」
獅子丸が壁へ叩きつけられ、アツシが跳ぶ。仮面が一瞬だけ開き、顔が覗いた。
「外にいろ!」
BOOM。
獅子丸が首へ飛びつき、アツシを引き倒し、顔面を床へ叩きつける。ノノカが動こうとした瞬間、ホログラムの壁が前に展開し、進路を遮った。
「はぁ!?」
「これ、アツシの戦いだよ」ユズハが言う。「私たち、入れない」
再び衝突。岩が落ち、二人の頭上を掠める。
「じゃあ、なんでこっちも危ないのさ!」
「知らない! ダンジョンは公平じゃない! “越えさせない”ために難しくしてるんでしょ!」
ノノカは両手を上げる。
「せめてバフ――」
〈エラー:ジュゲン無効〉
「……バフすら無理かよ。耐えろ、アツシ!」
アツシが前脚で獅子丸を蹴り飛ばす。
〈ボスHP:70%→60%〉
獅子丸がその脚へ噛みつき、折り砕いた。アツシが崩れ、石槌で身体を支える。
(再生が追いつかない。動いてる間は――守りと回復を同時に回せない)
〈《獅子の災厄》発動〉
獅子丸が突進し、アツシを壁へ叩きつける。石槌が床へ落ちた。
「いけ、アツシ!」ノノカが叫ぶ。「私に何て言った!?」
アツシはゆっくり首を傾け、ノノカを見る。
「……ノノカ」
獅子丸が壁へ押しつけ、顎で石を削り取っていく。
「俺は……最強になると言った」
ゴーレムの瞳に怒りが灯る。アツシは石槌を掴み直し、獅子丸の顔面へ叩き込んだ。
〈ボスHP:60%→40%〉
獅子丸がよろめく。アツシは間髪入れず、肩から突進して壁へ叩きつけた。
〈ボスHP:40%→20%〉
「やってる!」ユズハが声を上げる。
「当然だ」ノノカが頷く。「決めろ、アツシ!」
獅子丸が大口を開けて飛びかかる。アツシはその顎を掴んだ。
「命、使い切ったな――猫!」
最後の一撃。拳が突き抜け、獅子丸が壁の上部へ吹き飛ばされる。壁が崩落し、獅子丸は瓦礫の下へ埋もれた。
〈ボスHP:20%→0%〉
部屋が明るくなる。
〈チャレンジ達成〉
アツシはゴーレム形態を解き、ノノカとユズハが駆け寄る。
「やった!」ノノカが笑う。「……すごかった」
「本当に!」ユズハも手を叩く。
アツシは片膝をつき、ノノカが支えた。
「大したことはない……立てない。見せたくない姿だ」
「バカ言うな」
BOOM。
瓦礫が衝撃波で弾け、獅子丸が立ち上がった。三人が一斉に構える。
「俺の後ろに下がれ」アツシが命じる。「今すぐ」
獅子丸は近づく――が、攻撃せず、頭を下げた。
「祝福しよう、人間ども」獅子丸が告げる。「貴様らはジュゲン王の秘宝に値する」
宝箱が降下し、アツシの腕へ収まる。
〈所有者:砂原アツシ〉
「開けていい?」ユズハが目を輝かせる。
「よい」獅子丸が答える。「だが満月の夜に限る。それがジュゲン王が初めて生まれた夜だ」
「ジュゲン王とは何者だ」アツシが問う。
「我らが主」獅子丸が言う。「ダンジョンを創りし者。俺は生前、忠実な守り手だった。今はこの宝を守る――そして、貴様らが勝ち取った」
「これからどうなる」
部屋が揺れ、UIが出現する。
〈脱出まで:10:00〉
「残り十分だ」獅子丸が警告した。「急げ。さもなくば――俺と共に永遠にここに残る」
獅子丸は笑い、後退しながら壁へ溶けていく。
「やばっ!」ユズハが叫ぶ。「タイマー忘れてた!」
「ここに居続けられない」アツシが言う。「走れ!」
ノノカがアツシを支え、三人は崩れ落ちる神殿の中を駆ける。
ニンフの部屋、橋、そしてルーンの部屋――次々に抜け、出口が見えてきた。だが閉まり始めている。
「見えた! 間に合う!」
〈残り時間:1:50〉
入口へ飛び込む――しかし外へ出ても、足元は空。神殿はまだ空中に浮いていた。
「落ちてない!」ユズハが焦る。「ボス倒したのに!」
ノノカが振り返る。UIはまだ刻んでいる。
「この“上”から降りないと安全じゃない。アツシ、どうする?」
「もう一度変性すれば」アツシが言う。「二人を地面へ運べる。今日は残り一回だが、届く」
〈残り時間:0:30〉
「でも、戦いたい相手がいるんでしょ?」
アツシは一瞬、沈黙した。
「賢い者が言った。何も保証されない」
「ここで落ちれば、戦いも何もない」
「……!」
〈残り時間:0:20〉
「俺の背に乗れ」アツシが命じる。「今すぐ。二人とも」
二人は顔を見合わせる。
「……了解」ノノカが折れた。
ノノカとユズハが必死にしがみついた瞬間、アツシは神殿から跳んだ。タイマーがゼロへ向かう。
「ジュゲン変性者:黒曜石ゴーレム!」
石の両手の掌に二人が収まり、巨体が地面へ激突する。
THUD。
ユズハは目をぎゅっと閉じた。
「……生きてる?」
アツシは二人を下ろす。周囲のナラク・カイダンが駆け寄った。
「隊長!」
「ノノカ!」
「戻った!」
「クリアしたのか!?」
ノノカが箱を掲げる。
「……した」
歓声。
「一位が見えてきた!」
ノノカはアツシを見る。
「……隊長、これからどうするの?」
石の仮面が割れ、アツシの顔が覗いた。
「この形態は――着くまで維持する」
「そんなに長く持たないんじゃ――」
「持つ」アツシが遮る。強く。
ノノカは黙って頷く。ユズハは二人を見比べ、宝箱を指した。
「で……私の宝、もらえる?」
アツシは膝をついた。
「もっといい案がある。俺たちに同行しろ」
「同行……?」
「ナラク・カイダンだ」アツシが言う。「お前のジュゲンは優秀だ。召喚役が欲しい」
「私が?」
「同行すれば、もっと稼げる。邪魔は一人だけ――老人が一人」
「お前がいれば戦力になる。どうする?」
ユズハはうろうろ歩き、頬に指を当てる。
「お宝は好き……うーん……」
止まる。
「……いいよ! でも危なくなったら逃げるからね!」
アツシは小さく笑う。
「心配するな。あの老人は……昔ほど毒はない。歓迎する」
新たなUIが表示された。
〈委託達成。次のフロアへ転移します〉
スコアボードが更新される。
〈1位:ナラク・カイダン ポイント:400〉
ゲートが地面からせり上がった。
「動け、兵ども。動くぞ」
◇
その頃、フロア1,321―――
少女たちが泣きながら抱きつく中、オマリロ・ニュガワはスコアボードの更新を見ていた。フロア全体へ実況の声が響く。
「ナラク・カイダンがソウカイダンを50ポイント差で抜き、首位に! 残り時間も刻一刻と減っています!」
オマリロの目が細くなる。
「……砂原」
竹野ザリアが一歩引き、彼の険しい表情に気づく。
「……先生?」
オマリロは川へ向かって歩き出した。
「来い」
互いに目を合わせ、全員が後を追う。
オマリロは川面を見つめたまま、呟く。
「ジュゲン操運者……」
「先生、何するの?」天川リカが問う。
「すべきことをする」
オマリロが手を叩くと、彼と子供たちの身体が淡く発光した。
「……呪いの移動」
次の瞬間、彼らの姿は掻き消えた。
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