――第30章・獅子丸――
フロア1,931―――
アツシ、ノノカ、ユズハは階段を降りていった。松明の火が、一段ごとに揺らめく。ユズハは手を差し出し、淡い緑の光を灯す。
「何してんの」ノノカが訊く。
「自分に祝福をかけてるの。神殿って、下に行くほど怖くなるから」
「私らは?」
「……ごめん。エルフにしか効かない」
「だろうね」
やがて巨大な石扉に辿り着く。扉には蛇の彫刻。
〈神殿の心臓部・入口〉
「心臓部……」アツシが呟く。「いい所に来たらしいな」
〈進行にはパーティ全員が必要〉
扉に手形のスロットが三つ光り、1、2、3の表示が浮かぶ。
「私たち、どれが誰?」ユズハが首を傾げる。
「私が最後に入ったし」ノノカが肩をすくめる。「じゃ、私が3」
「ってことは私が2?」ユズハが気づく。「アツシが先頭だったから」
アツシは自分の手を見てから、1のスロットへ置いた。ユズハとノノカも続く。扉が軋み、重く唸り――
〈通行許可〉
扉が剥がれるように開き、内陣が現れた。玉座の上、巨大な黒い宝箱が宙に浮いている。
「ジュゲン王の秘宝!」ユズハが息を呑む。「あれだ! あとは取るだけ――!」
「待て」アツシが制す。「聖なる戦利品が、こんなに無防備なはずがない。しかも危険が見えない」
「あ……そ、そうだよね」ユズハが赤くなる。「任せて!」
「……?」
ユズハが前へ出る。手首から緑の蔓が伸びた。
「ジュゲン魔法士:野生の狩人の守護鹿――カクタ」
緑毛の大鹿が召喚され、ユズハはその頭を撫でる。
「行って、カクタ。罠、嗅いできて!」
鹿は頭を下げ、周囲を丹念に嗅ぎ回る。数分後、ユズハのそばへ戻り、身を寄せて鳴いた。
「……何もない? 本当に? 助かったぁ」
「それ、分かんの?」ノノカが口を挟む。
「当然! 私のペットだもん。鳴き声で考えてること全部わかるの」
「面白い術だな」アツシが言う。「他に何ができる?」
アツシは宝箱へ向き直る。
「安全が確認できたなら、残りはこの箱を取るしかない」
腕を石に変え、宝箱へ手を伸ばす――
〈エラー:条件未達〉
「……何?」
部屋が揺れ、正面の壁の中央に、光る眼が二つ浮かんだ。
〈何者だ〉
「神殿、怒らせたんじゃないっすか、隊長」ノノカが言う。
「黙れ」アツシが低く言う。「誰が喋っている」
〈それは重要ではない。貴様らはこの宝を望むのか〉
「望む」アツシが即答する。「手に入れるまで出ない」
〈ならば、この神殿の守護者と相まみえよ〉
「守護者とは誰だ」
〈――我だ〉
壁が粉砕され、巨大な獅子が現れた。灰のような肌、灰色の鬣、緑の眼。喉の奥から低い唸りが漏れる。
「ここへ踏み込み、生きて帰った者はいない。貴様らが初めだとでも?」
「統計は俺に効かない」アツシが言い切る。「俺は“そいつら”じゃない」
「なら、試すとしよう。来い、愚かな定命の者ども。宝を得たければ――勝ち取れ」
〈ボス:ジュゲン神殿の守護者――獅子丸 ドメイン効果:???〉
「戦闘か」アツシが肩を回す。「なら望み通り――」
「違う、定命」獅子丸が言った。「これは戦いではない」
光が三人を包む。
「――虐殺だ」
〈フェーズ1:開始〉
閃光。空間が反転し、ユズハは一人になっていた。暗い洞窟の中心、崩れかけの橋の上。
「わっ……どこ、ここ?」
橋の端が巨大な爪で抉られ、もう片方の爪が続く。下から獅子の頭がせり上がり、ユズハを見据えた。
「ひっ……!」
〈ルール:獅子丸を倒せ Lv65,000〉
「エルフか」獅子丸が舌なめずりするように言う。「貴様らを喰らうのは久しい。どれほどのものか見せろ」
彼の横にトーテムが二本出現し、頭上のUIはどちらも0%。
〈トーテムをチャージし、獅子丸へATKダメージを与えよ〉
「どうやってチャージすんの!?」ユズハが叫ぶ。「説明書つけてよ、ダンジョンって!」
獅子丸が爪を振るい、ユズハはよろめいて橋の端へ追い込まれる。
「痛っ! 待って、肌弱いんだけど!」
獅子丸が掴みに来る。ユズハは転がって避ける。
「ジュゲン魔法士:持続の叡智のエルフ梟!」
フクロウが三羽出現し、翼から棘のような荊を放った。
〈ボスHP:100%→98%〉
「よし! そのまま当てて!」
棘の一本が弾かれ、トーテムに当たって緑に光る。
〈トーテム1ゲージ:5%〉
「え、魔法で溜まるの!? 最高!」
「愚かな娘め」
〈《不安定な猛攻》発動中〉
天井から石の棘が降り注ぎ、フクロウを破壊し、ユズハの肩も掠めた。
「いった! ずるい!」
獅子丸の一撃で橋が真っ二つになる。
(やばい、やばい! エルフがライオンの攻撃耐えられるわけない!)
(トーテム優先! 今すぐ!)
ユズハは両手を重ねる。
「ジュゲン魔法士:エルフ王朝の加護!」
緑の葉が頭上に浮かぶ。
〈《祝福》発動:ATK被ダメージ80%軽減〉
エルフの弓兵が三体出現し、獅子丸へ矢を放つ。ユズハはトーテムを指した。
「そっちも! 当てて!」
二体がトーテムへ向けて矢の雨を浴びせる。
〈トーテム1ゲージ:5%→20%→40%〉
〈トーテム2ゲージ:0%→15%→35%〉
獅子丸が噛みつこうとするが、最後の弓兵が矢で顔面を撃ち抜いた。
〈ボスHP:98%→92%〉
「カクタ、行って!」
ユズハは鹿に跨る。獅子丸が再び棘を降らせるが、弓兵が空中で撃ち落とした。
「ありがと、私の特技!」
〈トーテム1ゲージ:満タン〉
トーテムが爆ぜ、獅子丸の胸を撃ち抜く。
〈ボスHP:92%→50%〉
「いいぞ!」
獅子丸は体勢を立て直す。
「忌々しいエルフの魔法め……だが貴様はここで喰われる!」
「カクタ! 次、2本目!」
獅子丸の目が光り、橋が激しく揺れる。ユズハは鹿から投げ出され、カクタはそのまま奈落へ落ちた。
「カクタ――!」
ユズハは獅子丸を睨む。
「このクソライオン! 私の動物に手出しすんな!」
「次は貴様だ」
爪が迫るが、矢がその動きを止めた。
〈ボスHP:50%→47%〉
「樹上暮らしめが!」
ユズハは弓兵へ手を伸ばす。
「力、貸して! 私がやる!」
三体の弓兵が合体し、巨大なエルフの牡鹿へ――さらに光がユズハを包む。手に弓が形作られ、ユズハはトーテムへ狙いを定めた。獅子丸が噛みつきに来る。
(魔法、頼む……失敗したら、マジでキレる!)
矢を番える。
「ジュゲン魔法士:エルフ王朝の加護――ネイチャーズ・フューリー!」
緑の一矢が放たれ、トーテムを貫いた。
〈トーテムゲージ:満タン〉
爆発的なエネルギーが獅子丸を直撃する。
「ぐ……エルフに……やられるとは……だが……次は……もっと従順な奴を――」
獅子丸は奈落へ落ち、闇に消えた。
次の瞬間、アツシがユズハの隣へ着地する。
「エルフ」アツシが呼ぶ。「無事か」
「う、うん! ライオン消えた!」
「見ていた」アツシが言う。「大した魔法だ。なぜ今まで使わなかった」
「消耗が激しいの! 早めに使い切りたくなかったし! あと、私には名前がある! ユズハ!」
アツシは彼女を値踏みするように見る。
「……使い道はありそうだな、ユズハ」
「え? どういう意味?」
「今はいい。ノノカを探す」
◇
「もしもーし。アツシ? ユズハ? ……はいはい。相変わらずだな」
ノノカは岩を蹴りながら歩いた。彼女のいる場所は、海の上に浮かぶ無数の島。いくつかが発光している。
(娘扱いしといて、二分で消えやがる)
(人間ってほんと終わってる)
そのとき、隣の島へ獅子丸が落下し、ゆっくり頭を持ち上げた。
「……ふむ。次の獲物か」
不気味な笑みが浮かぶ。
「来い、娘」
〈フェーズ2:獅子丸を倒せ〉
「は?」ノノカが飛び退く。「どっから湧いた――」
獅子丸が口を開く。凄まじいエネルギーの奔流が放たれ、ノノカの足場の島が砕け散った。
ノノカは咄嗟に蔓に掴まり、別の島へよじ登る。
「質問に答えろって!」
〈ドメイン効果:《獅子の突撃》
獅子丸は口からエネルギー砲を放つ。現在HPに応じた継続ATKダメージ〉
「私が地獄担当かよ」ノノカが呟く。「先に倒した奴の方が楽だっただろ、絶対」
獅子丸が再び砲撃。外れ、背後の発光島に命中し、反射して獅子丸へ返った。
〈ボスHP:100%→66%〉
獅子丸がよろめく。
〈獅子丸の《突撃》を発光島へ誘導し、反射でカウンターせよ〉
残りの発光島がさらに強く光った。
「それならできる」ノノカが安堵する。「釣ってやるよ」
首元に手を当てる。
「ジュゲン操運者:呪いのスキル強化!」
〈バフ付与:現在のパーティメンバーに200%バフ〉
獅子丸が跳び、ノノカの島へ着地するが、ノノカは発光島へ滑り込むように移動して踏みとどまる。
「こっちだ、ライオン!」
「舐めるな、娘!」
砲撃。ノノカは次の島へ跳ぶ。ビームが島を破壊し、反射して獅子丸の肩を抉った。
〈ボスHP:66%→33%〉
獅子丸が肩を鳴らす。
「前の娘より骨がある。どこまで耐えられるか見せろ」
〈《獅子の突撃》効果上昇〉
獅子丸が上空へ砲撃し、ビームが分裂して無数に降り注ぐ。ノノカは避けるが、一発が胸を撃ち抜き、吹き飛ばされて島の縁へ――
「クソ!」
両手で縁を掴み、必死に耐える。
「腕、仕事しろ……!」
唸り声とともに引き上げた瞬間、目の前に獅子丸が待ち構えていた。
「もう手が尽きたか」
獅子丸が砲撃を溜める。ノノカは笑った。
「まだ」
ノノカは足元を指すように視線を落とす。
「ここ、光ってんだろ」
獅子丸が気づいたときには遅い。島が発光している。
「……しまっ――」
BOOM。
砲撃が島を砕き、ノノカは逃げ、反射が獅子丸を奈落へ叩き落とした。
〈ボスHP:33%→0%〉
ノノカは座り込み、荒く息を吐く。
「ノノカ、1。デカい悪ライオン、0」
奈落を見下ろす。
「アツシとユズハ、どこだよ。まあ……死んでないだろ。たぶん」
◇
下方――
アツシは落下感を覚え、神殿の屋根へ着地した。
そこに獅子丸がいた。今度は人型に近い姿。
「何の遊戯だ」アツシが睨む。「エルフが倒したはずだ」
「些末な勝利だ」獅子丸が言う。「仲間を試しただけ」
「だが今――真の試練に値するのは貴様だ。カイダンチョウ、砂原アツシ。Lv83,000。見事。エリートの一部に並ぶ」
「……エリート?」
「気にするな」獅子丸が言い捨てる。「来い、カイダンチョウ。俺と向き合え」
〈フェーズ3:獅子丸――覚醒形態を倒せ Lv84,000〉
獅子丸の身体が膨張し、変質し、純白の半透明の獣――白いエネルギーの塊へ変わった。四つ足でアツシの周囲を巡り、獲物を量る。
「ジュゲン王に仕えて以来、この姿は解いていない」
「生きているうちに楽しめ。残り時間をな」
〈ドメイン効果:《獅子の災厄》
攻撃されない場合、獅子丸は15秒ごとに高速ダッシュを行う〉
「宝が欲しいなら」獅子丸が嘲る。「見せろ」
獅子丸が爪を地面へ叩きつける。神殿が軋み、空へ持ち上がり、空が暗転した。
外で待つナラク・カイダンの面々が見上げる。
「何が起きてる?」
「分からねえ」
「隊長とノノカ、大丈夫なのか?」
空中。アツシは一度だけ下を見てから、獅子丸へ向き直り、拳を打ち鳴らす。
「いい試練だ」アツシが言った。
「この先の試練への準備になる。試すと言ったな――なら試せ」
獅子丸が迫る。だが突風が吹き、巨体が押し戻される。
「ジュゲン変性者:黒曜石ゴーレム!」
BOOM。
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