――第3章・振り返るな、止まるな――
――沖縄ダンジョン・第一階。
〈侵入を検知――フロアレベル:1。参加者をスキャン中……〉
「これ、ダンジョン入るたび毎回やってんの?」ハンが言う。「時間のムダにもほどがあると思うんだけど」
「大阪のときと雰囲気違うね」ザリアが周囲を見回す。「ダンジョンごとに仕様変えてんのか」
今回のフロアは鉱山の立坑だった。
真下はそのまま垂直に落ちており、古びてホコリまみれのはしごが二本、かろうじて壁に張りついている。
〈規則:振り返るな〉
「振り返るな、か」リカが復唱する。「オッケー、これならさすがに失敗しないよ」
オマリロは三人の前に立ち、立坑の中を見下ろした。
「長い落下。トーテムは下」
「下までどうやって降ります?」ザリアが尋ねる。
ハンは手を挙げた。
「必要なら、キューブ使いますよ!」
オマリロは背筋を伸ばした。
「やれ」
ハンが手を前に出すと、ホロキューブが形成される。
「スキャン」
[スキャン中……スキャン完了。解決策を三件検出。最も有効な手段を選択:ジップライン展開]
キューブからハープーンが発射され、壁に突き刺さると、そのまま立坑の奥へとワイヤーが伸びていく。
ロープには取っ手が三つ出現した。
「乗れるの三人までか」ハンが言う。「これじゃどうす――」
「お前たち行け」オマリロが言う。「下で会う」
「いいんですか?」
「いい」
ハン、ザリア、リカはそれぞれ取っ手をつかんだ。
「ちょっと待って、ほんとにこれしか道ない?」リカが泣きつく。
「黙って取っ手つかんで、目つぶっとけって」
「全然フォローになってないから!」
「じゃあ先に行ってるね、のろま共!」
ザリアはそう言うなり、闇の中へとジップラインで滑り降りていった。
続いてハンが飛び込み、リカは深呼吸をする。
「できる……できる……」
一歩踏み出しかけて、すぐに後ずさる。
「やっぱ無理! ムリムリムリ!」
オマリロは落下地点を見やりながら言った。
「高い場所、苦手」
リカはこくこくとうなずく。
「来い。簡単な降り方ある」
「あるんですか?」
オマリロはリカをひょいと抱え上げ、そのまま背中に乗せた。
「ある」
そして予告もなく、崖から飛び降りた。
「ちょ、ちょっと待って待って待って――!」
オマリロは魚雷のように一直線に落下し、岩棚や突き出た針のような岩を軽々とかわしながら、底へ向かって一気に加速する。
(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!)リカは必死にしがみつきながら心の中で叫んだ。
やがて地面が迫る――が、オマリロは難なく両足で着地した。
リカは彼の背中の上でガタガタ震えている。
「着いた」オマリロが告げる。
「……は、はい……」リカはかすれた声で答えた。
ザリアとハンはすでに下で待っていたが、二人とも前を向いたままだ。
「ニュガワさんですか?」
「ああ。前だけ見ろ」
彼らの前には、細い洞窟が一本続いており、レールが敷かれている。
手前にはトロッコが二台、その横にレバーがぽつんと立っていた。
「トーテムはこの先」オマリロが説明する。「二人組で乗れ」
「ペア分け、どうします?」ハンが聞く。
「ニュガワさんと組むの、うちが先約ね!」ザリアが即座に宣言する。
「それはナシ!」リカが言い返す。「レベル一番低いのはあたしなんだから、優先権はこっち!」
ハンが前に出る。
「お二人さん、落ち着いて。じゃあさ、君ら二人で組んで、俺がニュガワさんと――」
「それはイヤ」二人は完璧にハモった。
オマリロはもう先頭のトロッコに乗り込んでいた。
「早く組め。急げ」
「じゃあ、ジャンケンで決めよ」ザリアが提案する。
「どうやって? 振り返っちゃダメなんだよ」ハンが冷静に突っ込む。
「あー、確かに。じゃあ――競走でよくない?」
「それ賛成」リカがうなずく。「じゃあ、三つ数えたらスタートね。一、二――」
「三!」ザリアがかぶせた。「はい、アタシの勝ち!」
ザリアは素早くオマリロの乗るトロッコに飛び乗った。
リカは足を踏み鳴らす。
「ちょっとザリア! それズルでしょ!」
「モタモタしてる方が悪いのよ、リカ!」
リカとハンは後ろのトロッコに乗り込む。
オマリロは後ろを指さした。
「レバー、引け」
ハンがレバーを引くと、トロッコはゆっくりとレールの上を走り出した。
トンネルの中には等間隔で松明が灯っている。
「ニュガワさん」ザリアが尋ねる。「ルール破ったら、どのダンジョンでも下の階に落とされるんですか?」
オマリロは首を横に振った。
「規則は別。試すものじゃない」
「了解です」
トロッコは緩やかなカーブを曲がり、鉱石がびっしりと埋まった採掘場を通り抜ける。
壁一面に宝石が輝いていた。
「わあ、ひとつだけでも持って帰っていい?」リカが目を輝かせる。
「ダメ」オマリロが即答する。「罠」
「ですよねー……」
トロッコは広い峡谷のような空間を抜けていく。
その途中で、だんだんとスピードが上がり始めた。
「ちょっとまずくない?」ハンが不安げに言う。「またリカがなんか発動させた?」
「今度はあたしじゃないからね!?」
「ゴール近い」オマリロが説明する。
トロッコは真っ暗な洞窟へ飛び込み、視界が真っ黒になる。
再び目が慣れたとき、彼らは溶岩の川のはるか上、宙に浮いたレールの上を走っていた。
「なんでダンジョンって、絶対どっかで溶岩出してくるわけ?」ザリアが文句を言う。
「落ち着け」オマリロが言う。「慌てるな」
しかし、レールがギシギシときしみ始め、ザリア、ハン、リカは思わず後ろを振り返ってしまった。
「今のなに?」リカが不安げに呟く。
〈規則違反を検知。ペナルティを実行〉
トロッコが急停止し、三人の顔は同時に青ざめる。
オマリロだけが沈黙を保っていた。
「すみません……」ザリアが俯く。
「動くな」オマリロが命じる。「微動だにするな」
〈ペナルティ:バックブレイカー・ゴブリン。エネミー効果:直接触れた対象の背骨をへし折る〉
「いやいや、冗談だよね?」ハンが声を震わせる。
だが、彼らの疑いはすぐに打ち砕かれた。
トンネルの奥から、斧や剣、槍を持ったゴブリンの群れがトロッコに乗って突進してくるのが見えたのだ。
「ひぃぃぃ!」リカが悲鳴を上げる。「ニュガワさん、ど、どうすれば!」
「踏ん張れ」オマリロが答える。「絶対に触れられるな」
ハンとリカのすぐ後ろまでトロッコが迫り、ゴブリンが手を伸ばしてくる。
しかしオマリロは二人の襟をつかんで引き寄せ、そのまま両手を打ち鳴らしてゴブリンたちを消し飛ばした。
〈エネミー撃破:+2〉
「ジュゲン操運者:カースドムーブメント」
オマリロがトロッコに手を触れると、再びレールの上を走り出す。
ゴブリン軍団も速度を上げて追ってくる。
「追いつかれます!」ザリアが声を上げる。
「運転は私」オマリロが言う。「お前たち、後ろを抑えろ。近づき過ぎたら私がやる。行け」
「了解!」三人は声を揃える。
ザリアは槍を形成し、すぐ後ろのトロッコの車輪を突き刺した。
飛び散ったゴブリンたちは、そのまま溶岩の川へと落ちていく。
〈エネミー撃破:+4〉
「さっきのボスより全然マシ!」ザリアが叫ぶ。「これならガチでいける!」
ハンはキューブを展開し、後方へ向けて連続でネットを射出した。
絡め取られたゴブリンたちはバランスを崩し、次々と下へ転落していく。
〈エネミー撃破:+8〉
「ほら見ろ、今ので俺の方が稼いだな」ハンがドヤ顔になる。
「はいはい、調子乗んな」ザリアは舌打ちする。
リカはオマリロの方を見た。
「サー、あたしはどうすれば? クラス的に、こういうの向いてないんですけど!」
「待機」オマリロが言う。「触られたら、お前が治せ」
「で、でも、寿命削れちゃいます!」
「なら触られるな」
「……はい!」
その瞬間、一体のゴブリンがトロッコの前方に飛び乗り、リカを押し倒した。
その手がオマリロへと伸びるが――彼は軽く手の甲で打ち払う。
「悪いゴブリン」
「サー!」リカが叫ぶ。「後ろ!」
直後、ゴブリンの群れがオマリロに飛びかかり、彼をトロッコの外へ引きずり出した。
「やばっ!」リカが息を呑む。「ちょっと、あの人集中狙いされてる!」
ザリアはまた一台のトロッコをまとめて槍で薙ぎ払う。
「助けないと!」
群がるゴブリンたちは、オマリロを溶岩へと引きずり落とそうとしている。
ザリアは槍をトロッコに突き立て、ブレーキ代わりにした。
「ハン、キューブで届く!?」
「やってみる!」
その瞬間、頭上から二体のゴブリンが落ちてきて、ザリアとハンの背中に触れた。
「いったぁ!」
「クソッ!」
二人は同時に悲鳴を上げ、背中を押さえてうずくまる。
リカは口元を押さえた。
「やばいやばいやばい! 二人とも待ってて! 今行くから!」
そこへ、また一体のゴブリンがリカの前に降ってくる。
「かわいい子ちゃん」ゴブリンがにやりと笑う。「中身もかわいいのか、見せてみな?」
リカはごくりと唾を飲み込み、拳を握りしめた。
「うっさい、どっか行け!」
彼女の蹴りがゴブリンの顔面にクリーンヒットし、そのまま後ろの二体へと巻き込み、三体まとめてレールから落とした。
トロッコの上が片付いたところで、リカはザリアとハンに手を当てる。
「ジュゲン回生者:禁忌治癒」
二人は同時に上体を起こした。
「助かった」ザリアが礼を言う。
「マジでありがとう」ハンも続ける。「今ので寿命一年は減った気がするけど」
「九ヶ月くらいかな」リカがさらっと答える。「それより、ニュガワさんを!」
「だよな!」
ハンはレールの先へ向けてジップラインを打ち込み、トロッコごとオマリロの方へ引き寄せる。
彼の身体にはゴブリンがびっしりと群がり、必死に引きずり降ろそうとしていた。
距離が詰まったタイミングを見計らい、ザリアは前方のゴブリンをまとめて槍で叩き落とした。
「サー、聞こえます!?」
返事はない。
ハンのキューブがネットを放ち、さらに数十体のゴブリンを抱きかかえるように絡め取り、そのまま下へ落とす。
〈エネミー撃破:+25〉
「もう少し!」ザリアが叫ぶ。
彼女は槍を伸ばし、かろうじてオマリロの姿を視界に捉えた。
「サー! 槍につかまって!」
オマリロは槍へ手を伸ばす――が、その瞬間、ゴブリンの群れに引きずられて下へと落ちていった。
「サー!」
「ジュゲン滅者:オブリタレイト」
手を打ち鳴らす音が響き、次の瞬間、周囲のゴブリンは全て消し飛んだ。
オマリロは軽々とトロッコへ飛び戻る。
「よくやった」彼は短く告げる。「自分で持ちこたえた」
「え、え?」ザリアが目を瞬かせる。「今のって……」
「試験」オマリロがあっさりと言う。「危機でどう動くか。合格」
彼はリカの方を見た。
「お前も」
「は、はい! あ、ありがとうございます……」リカは頬を染める。「でも、なんでサーの背中は無事なんですか?」
「秘密」オマリロは肩をすくめる。「年寄りの特権」
「今の、もしかしてジョーク……?」
「違う」
〈チャレンジ完了。フロアを復元〉
トロッコは何事もなかったかのように再び走り出し、溶岩の上を渡って最後の洞窟へと入っていく。
その突き当たり、岩壁にトーテムが埋まっていた。
「トーテム」オマリロが指さす。「取れ」
そしてリカを指名した。
「お前」
「分かりましたけど、これって何に使うんです?」
「魔術」オマリロが答える。「回生者が持つと一番いい」
リカがトーテムに触れると、それは黒と金のシギルに変わった。
彼女はそれをポケットに仕舞う。
「もう振り返ってもいいですか?」
「まだダメ。次の階」
〈トーテムシール取得。レベル2許可を付与〉
彼らの目の前で門が開き、下へ続く石階段が現れる。
「はー……さっきのよりはマシだったかも」ザリアが息を吐く。
四人が降りていくと、次のフロアは城の回廊のような造りになっていた。
壁も床も、調度品に至るまで豪奢な城そのものだ。
「これはまた新しいタイプだね」ザリアが言う。
〈規則:止まるな〉
「最初に出た“立ち止まるな”とほぼ同じやつだ」ハンが思い出すように言う。
〈ドメインボス:堕ちた刃の継承者・クロヤ。移動を止めたまま捕縛されると、永続的な麻痺が残る〉
「またボス!?」ザリアが叫んだ。
〈開始まで、3……2……1……〉
背後で影が立ち上がる。
黒い馬にまたがった騎士――巨大なランスを構え、その足元から黒い靄が迫り出してくる。
「走れ」騎士は低い声で告げた。
〈開始〉
「行け!」オマリロが命じる。
三人は一斉に走り出し、クロヤも黒い影を従えて追いかけてくる。
振り返った道は、瞬く間に闇に飲み込まれていった。
いくつかの曲がり角を抜けた先で、行き止まりに突き当たる。
背後ではクロヤの馬の蹄音が迫っていた。
「逃げ場はない」騎士が言う。
リカがオマリロの腕を引っ張る。
「サー!? 完全に行き止まりなんですけど!」
オマリロは両手を打ち鳴らし、目の前の壁を消し飛ばした。
その先には、続きの回廊が現れる。
「偽壁。走れ」
四人は再び全力で走り出し、クロヤの馬も同じ速度で追い縋ってくる。
「やはり噂は本当か」クロヤが呟いた。「病床から戻った、オマリロ・ニュガワ――」
壁から伸びた影の手がオマリロに掴みかかろうとするが、彼は杖でそれをはたき落とす。
「下がれ」
回廊の両側から次々と影の手が伸び、三人は跳んだり、身をかがめたり、スライディングでかわし続ける。
「何処まで逃げ続けるつもりだ、老人」クロヤが言う。「お前の残り時間は、そう長くない」
床から突き出た手がオマリロの足首をつかむが、彼は拳一つでそれを霧散させた。
やがて、彼らは玉座の間に飛び込み、重厚な扉が背後で閉じられた。
「トーテム!」ザリアが指さす。
玉座の真上に、トーテムがふわりと浮かんでいる。
ザリアは駆け寄って手を伸ばすが、黒いバリアに弾き飛ばされた。
「わっ!」
リカが慌てて彼女を起こす。
「ザリア! 大丈夫!?」
「うん……ってか、あれなに?」
オマリロは前に出てトーテムを見上げた。
「フロア、まだ終わってない」
〈フロア・フェイズ1:完了。フェイズ2を開始します〉
壁にかかっていた旗がゆっくりと巻き上がり、その奥に細い通路がいくつも姿を現す。
〈規則:レベル20の呪騎士を300体撃破せよ。ペナルティ:三秒以上動きを止めるたび、敵レベルが上昇〉
「きたよ」ハンがうんざりした声を出す。「ルールにペナルティのおまけ付き。最高だな」
〈開始〉
通路から、長剣や弓、モーニングスターを構えた騎士たちがなだれ込んでくる。
一体の騎士がザリアへ斬りかかるが、彼女は槍であっさり貫いた。
「とにかく動き続ければいいんでしょ!」ザリアが叫ぶ。「余裕!」
彼女はその勢いのまま、続けざまに五体を仕留める。
〈残り騎士数:294体〉
ハンのキューブは二本のテーザー線を射出し、騎士の列を感電させてなぎ倒す。
〈残り騎士数:286体〉
リカはシギルを掲げかけたが、オマリロが腕を押さえた。
「ダメ。温存。後で必要になる」
「分かりました」
彼女はシギルをポケットに戻す。
その間に、騎士たちの大群が四人を取り囲んだ。
〈ペナルティ発動。騎士レベル:+20〉
「あたし、止まり過ぎた!」リカが顔を青くする。「ごめん二人とも!」
「気にしなさんな」ザリアが笑い飛ばす。「レベル40になったって、まだ軽い相手だし!」
……と言いつつ、さっきより数撃多く突かなければ倒れないことに、内心舌打ちした。
〈残り騎士数:271体〉
(シギルは温存、ね。ニュガワさんがそう言うなら、従うしかない)
(ってことは、あたしは基本ベンチ……)
オマリロは騎士たちの攻撃をすべて紙一重でかわし、杖の一振りごとにまとめて吹き飛ばしていく。
〈残り騎士数:150体〉
数分も経たないうちに、その数はあっという間に減っていき――
ついに、残り一体となった。
「最後はうちがやる!」ザリアが叫ぶ。
彼女は跳び上がり、槍を騎士の胸へと突き立てた。
〈残り騎士数:0体〉
「やった……!」ハンが安堵の息を吐く。「本当にやりきった……」
トーテムを覆っていたバリアが消え、リカがそれをつかむ。
〈トーテムシール取得。レベル3許可を付与〉
床が変形し、第三階へと続く階段が姿を現した。
「下へ」オマリロが言う。「進む」
――玉座の間・外。
クロヤは閉ざされた扉を拳で叩きつけた。
「チッ……逃がしたか。だが、お前たちを見失しなうことはない」
そのとき、別の門がゆらりと開く。
そこから現れたのは、頭の先から足の先まで、影のような鎧に覆われた男だった。
「なんだ……?」
男は首を鳴らす。
「沖縄、ね。狙ってた場所とは違うが――伝説のカイタンシャがいるなら、悪くない」
彼はクロヤに目を向けた。
「なあ、ひとつ聞くが。ここで、“ある男”を見かけなかったか」
紫色の光が、兜の奥でぎらりと光る。
「――オマリロ・ニュガワ、という名の男を」
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