――第28章・王の神殿――
フロア1,321―――
ハンは、ザンとオマリロが互いに放つ凶悪な攻撃の応酬を見つめていた。踏み出そうとした瞬間、頭が急に重くなる。
「うっ……」
オマリロは腕を再生させるが、ザンはライフル弾を追加で浴びせ、狩人たちが包囲した。
オマリロは弓を一閃させ、矢の雨を降らせる。狩人たちはあっさり押し返された。
「弱いカイタンシャ」
ザンが爆弾を投げる。だがオマリロは刃で弾き返した。
「お前、カイダンチョウじゃない」
「失礼だな」ザンが笑う。「見下してんのか?」
ハンがよろけながらオマリロの横へ寄る。
「……ぼ、僕、平気――」
「少年、よくない」
「だ、大丈夫です! 罠でこいつを――!」
ハンはキューブを掲げた。だがザンがライフル弾でそれを撃ち抜き、消し飛ばした。
「父と息子みたいだな」ザンが嘲る。「泣ける話だ」
「……まあ、泣くのは俺じゃねえけど」
再び二人がぶつかろうとした瞬間、地面から鎖の奔流が噴き上がった。オマリロの表情が一気に険しくなる。
「少年、下が――!」
ドンッ。
オマリロは鎖の波を受け止め、同時にハンを引き寄せた。
その下から、輪郭の揺らぐ影の女がせり上がってくる。オマリロが視線を向けた、その瞬間――ザンが片膝をついた。
「お嬢様」
「帰る時間よ、ザン」
女の手に、像がある。ハンの目が見開かれた。
「先生! あの人、像を――!」
ハンは駆け出す。キューブを再形成しながら。
オマリロが止めようとする。
「少年、ダメ」
だがハンは聞かない。像に手を伸ばした瞬間、女がこちらを向いた。紫の瞳に、好奇の光。
「面白い」
棘付きの鎖が唸りを上げて飛んでくる。だがオマリロはそれを掴み、握り潰した。
女が動きを止める。オマリロとハンを見比べ――小さく息を吐いた。
「……なるほど」
紫の瞳が燃え上がる。
「あなたが新しく連れている“仲間”がこれ。伝説のカイタンシャも落ちたものね。……どこまで堕ちたの」
オマリロが目を細めた。
次の瞬間、鎖が揺れ、女とザンは消える。
「また会いましょう……マスター・ニュガワ」
〈依頼:失敗〉
ハンは地面を見つめたまま、声が震えた。
「……そんな……失敗のはず……像は女の子たちが……」
「それに先生……あの人……先生のこと、知って――」
オマリロはコーヒーを一口すする。
「答えは言わない方がいい、少年」
「……わかりました。でも、これからどうします?」
また頭がぐらりと回り、ハンは膝をついた。
「ぐっ……!」
拳で地面を叩く。
「くそ……!」
オマリロが背に手を置く。
「合流。次のフロア。休む」
「休む? 先生、勝たないと――!」
そのとき、ソウシンが車で駆けつけた。後部座席には、憔悴したザリア、リカ、レイ。降りた瞬間、レイがザリアを支えてオマリロの元へ連れていき、リカが続く。
「……先生……」ザリアが嗚咽する。
「少女」
ザリアは足を引きずり、オマリロの胸に顔を埋めて泣き出した。
「ごめんなさい……私……負けた……先生に……!」
〈7位:シンカイダン ポイント:200→0 ティア2依頼:失敗 ポイントが減算されました〉
リカが涙を拭う。
「私もごめんなさい……頑張ったけど……私、戦えない……」
「像、逃がした……私が弱いから……私、ここにいる資格ない……」
レイは目を逸らした。
「……オマリロさん。私たちに怒ってる?」
三人の視線が集まる。オマリロの表情は読み取れない。
だが彼は腕を回し、三人を抱き寄せた。
「希望は残る。泣くな。次のフロア。繰り返す。超える。勝つ」
ザリアが鼻をすする。
「……怒ってないの?」
「怒らない。後退は起きる。後退への対応が全て」
「でも最下位……」リカが小声で言う。「生中継で……先生の名を……」
「テレビ……」オマリロは淡々と言う。「頭から消せ。やることがある」
「少女たち、証明する。失敗は許す」
三人は彼の胸に縋りついた。
「……ありがとうございます、先生!」
ハンが走る車を指さす。
「……えっと、あれ……何ですか?」
リカのスマホに、ソウシンの顔が映る。
「こんにちは、友だち! ソウシン! リカとザリアと、月の子の友だち!」
「……え?」
◇
一方――フロア1,931。
「シンカイダンが最下位に転落! 二度目の依頼、失敗です!」
アツシは更新されたスコアボードを見て鼻で笑った。
「ニュガワが失敗? 冗談だろ」
遠くの神殿へ目を向ける。
「この隙を使うぞ。前進だ!」
「了解!」
ナラク・カイダンの面々が後ろに続き、アツシは藪をかき分け、木々を抜け、茶色い神殿の前へ辿り着いた。そこに、ジャングル装備のヘーゼル色の髪の少女が立ち、分析している。
「うーん」少女が言う。「うん、無理! まだ危ない!」
「……少女」
少女はびくっとして振り返る。アツシが近づいていた。
「やだ、驚かさないでください!」
「このフロアの依頼主か?」
一拍置いて、少女は頷く。
「あ、それ! はい! 助けがほしくて!」
「だが、お前は人間――ここに住んでるのか?」
少女は耳を指さした。尖っている。
「エルフです。見た目が人間寄りなだけ」
「妙だな……」
少女は神殿へ向き直る。
「中に入りたいんです。扉をくぐった瞬間、火の罠で焼け死にかけました」
「“ジュゲン王の秘宝”を探す間、護衛してほしい」
「儲かりそうだ」アツシが言う。「受けよう」
〈依頼受注:『ジュゲン王の神殿』を攻略せよ ティア:3〉
「あ、でも一つだけ!」少女が手を叩く。「同行できるのは二人までです。ごめん、神殿のルール!」
近くの看板を指さす。
〈規則:同時入場は3名まで。ジュゲン闘士/ジュゲン滅者/ジュゲン後備者は入場不可。制限時間2時間。クリアできなければ永遠に内部へ閉じ込められる〉
「単純だな」アツシは淡々と言う。「ルールに従う。ノノカ!」
黒髪をポニーテールに編み、ポケットに手を入れた少女が前へ出る。
「……なに」
「お前は俺と来い。高リスクの試験だ」
「はいはい」
アツシはエルフに目を戻す。
「お前の名は?」
「ユズハ・ヤスモリ!」少女が元気に答える。「でも名字はいらないです、えへへ!」
「分かった。ユズハ、ノノカ。入るぞ。時間を無駄にすればニュガワに追いつかれる」
「ニュガワ?」ユズハが首を傾げる。
「ライバル扱いしてる男」ノノカが肩をすくめる。「私は見たことない」
「私語は終わり」
アツシが入口へ向かうと、足元の圧力板が沈んだ。
〈人数確認:3名 入場許可〉
扉が上へ滑り、蔦に覆われた暗い回廊が現れる。アツシは部下へ振り返る。
「ここで待て。長引かせない」
三人が入ると、扉が背後で叩きつけられるように閉まった。
神殿内部―――
「エルフ」アツシが言う。「能力は?」
「ユズハです」ユズハがむっとする。「で、私たちもジュゲン使えます」
「そうか。クラスは?」
「魔法士。自然系」
「お前らしい」
「それ、褒めてます? けなしてます?」
アツシが急に足を止める。目の前に広い部屋。宙に八つのルーンが浮かび、先の通路を塞いでいた。
「次が封鎖されている。最初のパズルだな」
「ルーンのパズル?」ユズハが覗き込む。「なんて書いて――」
「どうでもいい」ノノカがため息をつく。
各ルーンの上にUIが浮かぶ。
〈生命のジュゲン〉
赤子の誕生の絵。
〈死のジュゲン〉
墓の前の家族の絵。
〈希望のジュゲン〉
鬼に立ち向かう狩人の絵。
〈恐怖のジュゲン〉
悪魔から逃げる子供たちの絵。
〈繁栄のジュゲン〉
富に浸る男の絵。
〈幸福のジュゲン〉
手を繋ぎ笑う男女の絵。
〈復讐のジュゲン〉
仮面の人物が男の写真を刺す絵。
〈苦難のジュゲン〉
施しを乞うローブの乞食の絵。
「どれかに対応してるはずだ」アツシは考える。
〈パズルを完成させよ〉
壁が引っ込み、ルーン型の穴が八つ現れた。穴ごとに下の刻印が違う。
〈時の終わり、そして魂のゆくえ……〉
〈世界に光をもたらす、伝説の誕生……〉
〈絶望の奴隷、弱き者の弱き心……〉
〈すべてに立ち向かう、英雄の意志……〉
〈スラムの貧困、そして染み込んだ無強化……〉
〈悲しみの涙、残された追悼……〉
〈昔の敵の赦しの抱き……〉
〈すべての鎖を軽く打ち砕き、何があっても勝つ力……〉
「また意味不明」ノノカが言う。
「意味不明ではない」アツシが訂正する。「謎かけだ。八つのルーン、八つの穴。対応させる」
アツシは生命のルーンを掴み、二番目に入れた。
「当てろ」
「なるほど!」ユズハが頷く。「頭いい!」
ユズハは死と希望を掴み、死を一番、希望を四番へ。
ノノカは恐怖と繁栄を拾う。
「……ふむ」
恐怖を三番、繁栄を最後へ置いた。
アツシは復讐と苦難を拾い、苦難を五番へ入れ、復讐だけを手に残した。
「妙だな。これだけ綺麗に当たらん」
「とりあえず入れてみたら?」ユズハが言う。
アツシが復讐を入れた瞬間――衝撃波が爆ぜ、二人が後ろへ吹き飛び、アツシもよろけた。
〈7/8が不正解 残り挑戦回数:1〉
「えっ!?」ユズハが息を呑む。「最後のが違った? ここ、イカサマ?」
ノノカが止まり、周囲を見渡す。もう一度、文字を読む。
「……復讐だけ、残ってる」
「何が言いたい」アツシが問う。
「正解の場所に入れるんじゃなくて、逆にしたら?」
アツシの目が光る。
「……なるほど。悪くない」
ノノカは恐怖を四番へ、苦難を最後へ入れる。
アツシは生命と死を掴み、一番と二番へ。
「変な解き方」ユズハが言いつつも、「でも、やるしかないか!」
ユズハは繁栄を五番、幸福を六番へ。
「希望は――」ノノカが希望を拾い、三番へ置いた。
「これでどうだ」
〈8/8が正解 通行を許可……〉
扉が開き、次の部屋へ進める。そこは巨大な橋だった。
「もうパズルやめてほしい」ノノカがぼやく。
背後の入口が閉じた。
〈走れ〉
三人が見上げた瞬間、巨大な金属球が落ちてきて、橋を転がりながら追ってくる。
「動け!」アツシが命じた。
三人は全力疾走。球は追いつきそうな速度で迫る。
「ジュゲンで止められないの?」ユズハが叫ぶ。
アツシは腕を石に変え、金属球を殴った。
〈エラー:ジュゲン無効 ペナルティ:サイズ増加〉
「ジュゲンは逆効果だ! 走れ!」
球は橋を破壊し始める。
ノノカが手を伸ばす。
「アツシ、エルフ、掴まれ」
ノノカの身体が黄色く発光する。
「ジュゲン操運者:呪いのスキル強化!」
〈全メンバーに200%バフ〉
「いい仕事だ」アツシが言う。「離すな」
「何のため――?」ユズハが聞き返す前に、アツシが拳を合わせた。
「ジュゲン変性者:黒曜石ゴーレム!」
アツシの身体が黒い巨躯のゴーレムへ変わり、二人を腕に抱えたまま橋を爆走する。
一歩ごとに橋が裂ける。
「ゴ、ゴーレムになれるの!?」ユズハが叫ぶ。
「そりゃトップのカイダンチョウだし」ノノカが淡々と言う。
前方の橋が崩れかけた。
「やばっ、間に合わ――!」ユズハの声が裏返る。
アツシはさらに加速し、膝を沈め――跳んだ。
反対側へ着地した瞬間、金属球は奈落へ落下していく。
ユズハが背中から滑り降りる。
「はぁ……助かった」
アツシは元に戻った。
「ここからが本番だ。ダンジョンは深いほど厳しくなる」
次の入口が開き――嫌な光景が現れた。
「予想通りだ」
天井には、逆さ吊りの死体が並ぶ。首をロープで結ばれ、床には槍のような棘。
部屋の中央、浮遊する台座の上に、ぼろ布のワンピースの少女が座っていた。
「……あら?」少女が首を傾げる。「また狩人?」
少女はゆっくり降りてくる。肌が淡い緑へ変わっていった。
「ようこそ」
手を突き出した瞬間、背後の扉が閉じる。
「ゲームしましょう?」
「とっても楽しいやつ」
部屋が暗く沈む。
〈逃げろ〉
―――




