――第27章・真夜中の追跡――
フロア1,321―――
バンは蛇行し、ザリアとリオは屋根の上で揉み合っていた。ユウトとアイリはそれを見守る。
「やれ、リオ! ぶっ飛ばせ!」ユウトが叫ぶ。
リオはザリアをバンの縁へ押しやった。ザリアは落ちかけながらも、刀を側面に突き立て、必死にしがみつく。
「リカ! ちょっと助けて!」
「だから言ったでしょ! 車から飛び出すなって!」
ソウシンが車を左右に振り、バンの側面へ体当たりする。ザリアが振り落とされかけた。
「ガキ! それは助けになってない!」
レイが助手席へ滑り込む。
「えへへ! 私、行く!」
「レイ、待――!」
レイは窓を下ろし、後部座席から跳び出してバンの屋根に着地した。ユウトとアイリが即座に振り向く。
「誰だお前!」ユウトが怒鳴る。
「レイ! はじめまして!」
「レイ……」ザリアが低く呟く。「そいつら、いい奴じゃないから」
「あっ、そうなんだ! 了解!」
「で、お願い……私を引き上げて」
レイがザリアに向かった瞬間、何かの“ぼやけた影”がレイに突っ込んできて、よろけさせた。
「あっ!」
「透明のクソ野郎に気をつけろ! あいつ、厄介だ!」
さらにドッコウ団の狩人が屋根へ登ってくる。レイがザリアを引っ張り上げた。
「……で、増えた」
「手が足りてる?」リカが叫ぶ。
「まあ……必要なら言う!」ザリアが叫び返す。「よし、レイ! 左の奴らは任せた! 私は右!」
「任せて!」
狩人たちがザリアに飛びかかるが、彼女は刀の峰で叩き落として屋根から蹴り落とす。背後から腕を回されるが、頭を後ろに叩きつけて鼻をへし折った。
「いってぇ、この――!」
ザリアは腕を掴んで投げ捨てる。
「レイ、そっちは?」
振り向くと、狩人たちは床に転がり、レイは親指を立てていた。
「うん!」
「……へえ」ザリアが感心する。「やるじゃん」
リオが突然現れ、ザリアに組みつく。
「悪いけど、ここで降りてもらう」
「どけよ、幽霊もどき!」
レイがリオへ手を向ける。
「大丈夫、ザリア! 私が――」
リオが消えた。
「あっ」レイが首を傾げる。「私、魔法士じゃなかった! えへへ、忘れてた!」
ユウトが小型バイクを形成し、それが鎖のようにザリアとレイへ絡みついた。
「ほら。これで動けねえだろ」
ザリアは拘束を引きちぎろうともがく。
「これで止まると思ってんの? 今の私、別格なんだけど!」
「俺もな。お前だけが特別じゃない」
ユウトは偽のライセンスを掲げる。
「レベル5,000」
アイリが目を細める。
「自慢きっしょ」
「今は黙れ、アイリ……」
「私だけ拘束できても、レイは無理!」ザリアが叫ぶ。「レイ! 壊せ!」
「うん! ジュゲン魔法士:月の冥幻火!」
何も起きない。
「……あ、能力ないんだった。えへへ!」
リオが現れて二人をまとめて押し落とした。
「チップは置いてけよ」
「ぎゃあああ!」
リカは二人が遠ざかっていくのを見て叫ぶ。
「二人とも! 掴まって! ソウシン、車を反転!」
「ダメ!」ザリアの声が飛ぶ。「あんたが言ったでしょ! 像! 像を取れ!」
「私が!? 戦闘要員じゃないんだけど! 正気!?」
だが、もう二人は視界から消えた。
ソウシンはバンの追跡を続ける。
「ほんと……いつもそう」リカが悪態をつく。「責任ぜんぶ私に投げる!」
「友だちリカ! バン、逃げてる!」
狩人の一人がバンへ手を当てた。
「ジュゲン操運者:加速移動!」
バンが一気に加速する。リカは指をさした。
「よし、もう暴走していい! オーバードライブ!」
「了解、友だち!」
車が跳ねるように加速し、リカの首がのけぞった。
「うぐっ! 速すぎ――!」
狩人が熊罠を次々投げ、ソウシンはそれを避けるために暴れる。
ユウトは後方へ降り、像の鎖を掴んだ。
「近づくな! 壊すぞ!」
「壊させない! 寄せて、ソウシン!」
ソウシンがバンの真後ろへ張りつき、リカは深呼吸して自分に言い聞かせた。
「落とすな……お願い……落とすな……私、まだ若い……」
「大丈夫、友だち!」
リカは窓から這い出し、ボンネットへ滑る。
「手を放して、ユウト」
「何してんだよ、リカ。聞こえなかったのか?」
「私のものを取り返す!」
リカはバンの荷台へ跳び移り、像へ手を伸ばす。ユウトが叩き落とした。
「お前、回復役だろ! 引っ込め!」
リカの頭に電球が灯る。
「あ、そうだ。――だからこそ!」
手を伸ばす。
「ジュゲン魔法士:気手裏剣乱舞!」
手裏剣が飛び、ユウトの肉を裂いて像が落ちる。
「なっ――!? なんでそのスキルが!」
「やり方はいろいろ」
アイリが荷台へ降りた。冷えた目。
「降りて。私が相手する」
「いけるのか?」
「うん。行け」
ユウトは頷き、車両から離れる。リカが追おうとした瞬間、アイリが床へ押しつけた。
「ダメ。回復役はここ」
「情報更新してない?」リカが言い返す。
「ジュゲン魔法士:気手裏剣乱舞!」
手裏剣がアイリに突き刺さる――のに、彼女は眉一つ動かさない。
「ジュゲン回生者:継続痛覚無効化」
手裏剣がカランと落ち、アイリは血を拭う。
「最悪」リカは内心で舌打ちする。「回復役なのに、汚い戦い方するタイプ……」
アイリは指を鳴らす。
「ストレス発散、しよ」
胸へ蹴りが飛ぶ。リカは受け止め、その足に噛みついた。
「噛んだ?」アイリが引く。「何歳?」
「最後の手段は歯!」
リカはさらに手裏剣を投げる。アイリは前腕で受け止めた。
「カイタンシャって、ほんとガキ。くだらない」
アイリは前腕の手裏剣を引き抜き、そのままリカの肩へ投げ返す。リカが顔をしかめた。
「っ……痛っ!」
周囲に狩人たちが集まり、武器を向ける。
「で、当然のようにファンクラブ連れてくるのね!」リカが吐き捨てる。
「お前ら、なんで四人だけで来たんだ」リカが睨む。「ダンジョンで毎回、軍隊連れてくる癖に」
狩人が髪を掴んで引きずる。リカは蹴り返そうとするが、ソウシンが車をバンの真後ろへ寄せたのが見えた。
「ソウシン!」リカが叫ぶ。「私と友だちだよね?」
「うん!」
「じゃあ、このバンに全力で突っ込め! 壊れるまで止まるな!」
AIの顔が満面の笑みになる。
「やったー! 友だち!」
アイリが振り向く。
「何を――」
車が下がり、全速で突っ込んだ。衝撃で全員が転がる。
「じゃあね、負け犬!」リカが叫ぶ。
リカはバンから飛び降り、ソウシンは何度も体当たりしてバンを横転させていく。
「友だち! できた!」
「うん、うん……できた……」リカはふらつきながら言う。「ナイス……友だち……」
そして彼女は崩れ落ち、意識を失った。
ソウシンは車を横につける。
「友だちリカ、ねむい! だいじょうぶ! ソウシン、おうちに連れてく!」
ドアが開き、シートベルトが伸びてリカを絡め取り、車内へ引きずり込む。そのまま走り去った。
アイリは転がる車体から這い出す。
「……ユウト、逃げ切っててよ」
◇
一方――。
ユウトは木々の間を這い、像を引きずっていた。
「くそアイリ。くそリカ。くそザリア。くそ月女。くそ生きてる車……!」
丸太に腰を下ろして息をつく。
「なんで毎回、俺が重労働なんだよ……」
「独り言、多いね。癖?」
ユウトが跳ね起きる。背後にザリア。刀を突きつけていた。
「はい。像、返して」
「欲しけりゃ奪え。ドッコウ団流でな」
「望むところ」
ユウトは背中から鉄の棒を抜く。ザリアが笑った。
「かわいい棒。じゃ、食らえドッコ――!」
ザリアが胸を斬るが、ユウトは刀を弾き飛ばした。
「ふん。振り方すら分かってねえだろ」
「当たり前! 私は槍使いだし!」
ザリアは転がって避け、落ちた刀を拾う。
「でも鉄は鉄!」
彼女は柄尻でユウトの顔面を殴る。ユウトは血のついた唇を拭い、唸った。
「ジュゲン後備者:呪縛顕現檻!」
巨大な金属の小屋が出現し、ザリアを閉じ込める。
「ずるいぞ、このクソ――!」
「出られるもんなら出てみろ。じゃあな」
「細い猫がそんな遠く行けるわけ――」
ザリアは壁を蹴った。痛みが太腿に突き上げる。
「っ……脚、元に戻ってる……」
拳を握る。
「なら、これ!」
殴った瞬間、手を抱えた。
「痛っ、痛っ、痛っ! 腕も脚もダメなら、どこ!?」
膝を見る。
「……膝?」
膝蹴り。乾いた音。
「ぎゃっ! 膝は無理!」
全身を見回し、眉をひそめる。
「……肘で殴れってこと?」
ザリアは構えを取り――肘を叩き込む。
ドンッ。金属が曲がった。
「肘、最強ってことね!」
もう一発。金属が割れ、ザリアは外へ出た。
だが――ユウトはもういない。
「は? あのガリ猫、そんな遠く――」
「走るしかない!」
レイが駆けてきた。手には小さな生き物。
「ザリア! 見て! 見つけた!」
「なにそれ!?」
「赤ちゃんアライグマ! 飼いたい!」
「アライグマじゃない! それ降ろせ!」
レイはそれにキスをする。
「そんな言い方しないで! 意地悪!」
「それより!」ザリアが叫ぶ。「黒髪の変人が像持って逃げた! 追う!」
「おっけー! ミスター・ウィリーも一緒!」
アライグマっぽい何かを頭に乗せ、レイは走る。ザリアは額を押さえながら木々の中へ突っ込んだ。レイもついていく。
「どっち行った?」レイが聞く。
「知らない! 私が閉じ込められてる間に、相当走ったんだろ!」
ザリアは地面の引きずり跡に気づく。
「……忘れてた。あいつ、でかい像を引きずってる」
茂みへ続く跡。
「あっち!」
二人が茂みを押し分けると、ユウトが誰かと電話していた。
「はい、ボス。持ってます。シンカイダンが追ってきてて……隊長が来る前にどこまで――」
「誰と喋ってるの?」レイが小声で聞く。
「隊長?」ザリアが眉を寄せる。「でも先生は向こうで……」
「そうだよ!」レイが頷く。「……もう勝ってるかも!」
「じゃあ、ユウトの“ボス”って誰?」
そのとき、ユウトの頭にその生き物が跳び乗り、髪をかじった。
「ちょっ――!」ザリアは反射で怒鳴りそうになり、慌てて口を押さえる。
「……ごめん」
ユウトが振り向いた。
「来てる、ボス! どうします!?」
電話の向こうから、歪んだ女の声。
〈待て〉
「でも……!」
〈私に口答えするつもり?〉
「い、いえ。ボス……」
「バレてんだよ」ザリアが茂みから出る。「像を渡せ。そうすりゃ手足は残してやる」
「俺の死体を越えていけ!」
「喋ってる暇があるなら、体も残らない!」
ザリアが突っ込む。ユウトは像を盾にする。
「下がれ!」
スマホが地面に落ち、ザリアとユウトは像を奪い合う。
「渡せ!」
「渡すか!」
「私のボスはこれが必要なんだよ!」
「私のボスも必要なんだよ!」ザリアが怒鳴る。「お前のボスに伝えとけ! ――私の黒い尻にキスでもしろって――!」
〈ユウト……〉
ユウトの身体がピクリと固まる。
「はい、ボス……?」
〈分離〉
ユウトは像をザリアの胸へ押しつけ、ザリアがよろける。レイが支えた。
ユウトのスマホが激しく震え始める。
〈ジュゲン堕落:物体瞬間転移交換〉
スマホが消えた。
そこに――巨大な女の影が現れる。輪郭だけが薄く見える。
「ジュゲン……堕落?」ザリアが息を呑む。
ユウトは即座に膝をついた。
「ボス! お嬢様! ここに!」
女は像を掴む。
「……上出来。成果は評価する」
ザリアは震えを抑え、刃を構え直す。
「それ、私たちのだ。こっちはこの依頼をクリアする。邪魔すんな」
斬りかかるが、女は目も向けずに刃を受け止めた。
影の顔に、紫の瞳が浮かび上がる。
「愚かな子」
「勝てる戦いだけが戦いだと思うな。……師に聞けば分かる」
「……何だと――」
女が手を払う。ザリアの身体は木へ吹き飛び、鈍い衝撃音と共に叩きつけられ、そのまま意識が飛んだ。
「ザリア!」レイが駆け寄る。
女はユウトの頭に手を置き、背から鎖が立ち上がる。
「ジュゲン堕落:呪われた通路の鎖」
鎖が二人を絡め取り――次の瞬間、二人は消えた。
……像も一緒に。
〈像:範囲外。依頼失敗〉
ザリアは薄く目を開け、最後の鎖が消えるのを見た。
「……嘘……だろ……」
「先生……ごめ……」
そして――世界は真っ黒になった。
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