――第26章・覚醒――
フロア1,321―――
ザリア、リカ、そしてレイは、凍える川から体を引き上げ、全身ずぶ濡れになった。
「最高……」リカがうめく。「せっかくのカールが台無し……」
「カールはいいから、他のみんなは?」ザリアが焦った声を出す。
レイは川べりに引っかかった車両を指さした。
「あそこにいると思う!」
三人が車両へ向かって駆け出そうとした瞬間、狩人たちが突如周囲を取り囲み、武器を構えた。
「はいはい、悪党が目の前、と……」ザリアがため息をつく。
「待って……」リカが目を凝らす。「こいつら、あの船で私たちを閉じ込めた奴らと同じ服!」
「ドッコ……なんとか、だっけ」ザリアが思い出そうとする。「ほら、あいつらの――」
「ドッコウ団だ」誰かが訂正した。
「それそれ」
背後でエンジン音が唸り、バンが動き出す。荷台には、鎖で固定された像。
「ちょっと!」リカが叫ぶ。「それ、私たちのじゃん!」
「いや、正確には――」ザリアが言いかける。
「今は私たちのよ、ザリア!」
リカが追いかけようとするが、狩人たちが進路を塞ぐ。
〈経路A:追跡〉
〈経路B:残って戦闘〉
「何を迷うの?」リカがUIを睨む。「賞品が逃げてくんだよ!」
「でも先生とハンがまだあっちに――」ザリアが食い下がる。「困ってたらどうする?」
「隊長を疑うの?」リカが鋭く返す。「像を取り返せなかったら、先生に何言われると思う?」
ザリアは一瞬だけ考え――舌打ちした。
「……分かった分かった。行くわよ」
ザリアはUIに向かって言い放つ。
「経路A。今すぐ!」
〈確定。パーティーの進路を再設定します〉
狩人たちが飛びかかってきた、その瞬間――三人の姿が消えた。
〈※一時車両を付与します〉
次に目を開けると、三人は金属光沢のあるハイテクなスポーツカーの車内にいた。運転席にはザリア。
「うわ……」ザリアが目を丸くする。「ママ、こんなの一回も買ってくれなかったんだけど!」
「感想はいいから」リカが即答する。「踏めるなら踏んで! 追うよ!」
「え、どれがペダル?」
リカは深いため息をついた。
「交代。私がやる」
ザリアは肩をすくめて席を替わる。リカはシート周りを必死に探す。
「……は? ハンドルもないし、ペダルもないんだけど!」
「だから言ったじゃん!」
レイが前方を指さす。
「バン、行っちゃった。えへへ!」
リカはダッシュボードを叩いた。
「動け! このポンコツ!」
まるで返事をするように、車が唸り声を上げて起動し、バンを追って猛加速した。
「おお!」ザリアが歓声を上げる。「動かしたじゃん! そのまま踏め踏め!」
「いや、私なにもして――」
ガクン、と車体が跳ね、三人は右側ドアに叩きつけられる。リカはザリアにぶつかった。
「痛っ!」
ザリアは頭をさすりながら叫ぶ。
「運転してないなら、誰が運転してんの!? レイ、魔法とか――」
レイは両手を上げる。
「してないよ!」
前方のバンがこちらに気づき、ドッコウ団が爆弾を投げ始める。だが車は、信じられない精度でそれらを全て回避した。
「何が起きてんの……?」ザリアが眉をひそめる。
運転席に置きっぱなしだったリカのスマホが、突然点灯した。
『当ててみて?』
「ひいいっ!」
リカは反射でザリアに抱きつく。
「幽霊! 幽霊だ!」
画面には、にこにこの顔文字。
『いたいた! 友だち! ザリアとリカ、友だち!』
「名前まで知ってる!」リカが震える。
ザリアは目を細めた。
「待って、これ――」
『正解! ぼくだよ! 君たちの親友、ソウシン!』
リカは姿勢を正す。
「ソウシン……? まだ私のスマホにいたの!? ちょっと待って、私のメッセージ見てないよね?」
『見たよ!』
「それは忘れて」ザリアが強引に切り替える。「てか、どうやってこの車を運転してるのよ!」
『簡単! ジュゲン操運者が使えるんだ! 見てて!』
車が震え、さらに速度を上げた。
『ジュゲン操運者:自律車両変形!』
「うおお!」レイが拳を上げる。「速い! バレルロールして!」
『いいよ!』
車は段差を飛び、回転しながら爆弾の雨をすり抜け、タイヤから完璧に着地した。
「……今の、現実?」リカが呆然。
「現実だね」ザリアも呆然。
リカは運転席に戻り、スマホをダッシュボードに置く。
「いい? ソウシン。私たちを殺さない前提で、ちゃんと大人みたいな運転を――」
ドンッ。
車がオーバードライブに入り、ドッコウ団のバンと並走した。
「見て!」ザリアが指さす。「ユウトと、あのムカつく二人!」
バンの屋根には日向ユウト、そして一ノ瀬アイリと白鷺リオ。ユウトは三人に気づくと顔をしかめた。
「はぁ……またお前らかよ。二回連続とか運悪すぎだろ」
ザリアは窓を下ろす。
「おい、バカ! その像、返してもらう!」
「うるせえよ」ユウトが吐き捨てる。「俺らは口喧嘩しに来たんじゃねえ」
アイリが肩をつつく。
「今、口喧嘩してるけど?」
「今は黙れ、アイリ!」
ザリアはシートから立ち上がり、窓から外へ出ようとする。リカが腕をつかんだ。
「何してんの!」
「走ってるバンの上で戦う準備」ザリアは当然のように言う。「他に案ある?」
「危ないでしょ!」
「私が危険そのものだし」
ザリアはソウシンの車の屋根に軽々と上がった。
「よし、ソウシン! 揺らすなよ!」
『はーい!』
ザリアは手を伸ばす。
「ジュゲン闘士:呪槍――」
〈エラー。エラー。スキルは適用できません〉
「あ、そっか。えーっと……」
ザリアは言い直す。
「ジュゲン闘士:聖士刀(Seishitō)!」
光る刀が彼女の手に形成され、ユウトの目が見開かれた。
「は? 二つ目のスキル解放したのか?」
「違う」ザリアがニヤリ。「新しいの引いただけ。死ね!」
「ぐっ!」
ザリアはバンの屋根へ飛び移り、刀を突き立てて身体を固定する。
「で、誰から来る?」
ユウトはリオを前に押し出した。
「お、おい! やれ!」
リオはため息をつく。
「はいはい」
風が渦を巻くように揺れ、リオの身体が淡く光り始める。
「ジュゲン操運者:迷彩(Camouflage)」
次の瞬間、彼はザリアに体当たりした。
◇
「俺はチンピラじゃねえぞ、ジジイ。先に殴れよ」
ハンは背後から見守りながら、ザンがオマリロの周囲をゆっくり歩き、値踏みするのを感じていた。
「どうした? 歳で鈍ったか? それとも最後の最後で臆病者になったか?」
オマリロは動かない。
「残念だな」ザンが嗤う。「じゃあ、こっちで手早く終わらせる」
黒いエネルギーが閃き、空中に爆弾が出現した。
「ジュゲン滅者:霊脈手榴弾!」
腕を振ると、爆弾がハンとオマリロへ一直線に飛ぶ。
「先生!」ハンが叫ぶ。「危ない!」
「ふん」
金色の光が走り、オマリロは弓で爆弾を次々撃ち落とした。
「へえ」ザンが手を叩く。「悪くねえ。おい、野郎ども!」
部下たちの手に爆弾が配られ、ザンが指を鳴らすと一斉に投げられる。
「ジュゲン闘士:聖刃乱撃!」
刃の雨が空中で迎撃し、連鎖爆発が起きた。
ドン、ドン、ドン。
煙が晴れたとき、オマリロの額に突きつけられていたのは――アサルトライフルだった。
「ジュゲン滅者:殲滅突撃銃!」
弾丸の奔流が放たれるが、オマリロは至近距離でそれらをすべて刀で弾く。
「本気じゃねえか」ザンが目を細める。「動きは遅いのに、全部が“計算”だな!」
ザンが銃で殴りかかる。オマリロは半歩ずらしてかわし、二人は間合いの中で打ち合いを始めた。
ザンの攻撃は鋭い。だがオマリロは、寸分違わず受け流し、合わせ続ける。
「ジュゲン後備者:ヘキサゴン・キューブ!」
トラップワイヤーがザンの身体に絡みつき、ハンがオマリロの横へ駆け寄った。
「先生! 拘束しました! 動けません!」
ザンは楽しそうに笑う。
「お前、面白いな」
その目が黒い光を帯びた。
「ジュゲン滅者:究極生命消滅器」
オマリロの表情が一瞬だけ変わり、ハンを突き飛ばす。
「危ない、少年!」
黒い衝撃波が二人を飲み込み、ハンは木へ叩きつけられ、オマリロは地面を滑った。
オマリロが腕を上げると――肘から先が、そこにはなかった。
「言っただろ」ザンが冷たく言う。「お前の型は古いんだよ、オマリロ・ニュガワ」
ハンはかろうじて目を開けた。
ザンが銃口をオマリロのこめかみに押し当て――そのまま意識が落ちていく。
「……先生……」
◇
???――
〈ハン・ジス。理想じゃないが、取る〉
〈おい。こいつが限界だ。女どもは荒すぎる。騒がしい。読めない〉
〈バレたらどうする。あいつの知能を侮るな〉
〈それはお前の問題だ。健闘を祈る。……バイタルが落ちてる。急げ〉
〈……本当に癇に障る〉
「……もしもし?」
ハンがかすれた声を出す。「誰か、喋ってる……?」
沈黙。
完全な沈黙。
「今、確かに聞こえた」ハンは呟く。「……暗い。古い。二人の人間が会話してる音じゃない」
次の瞬間、記憶が一気に押し寄せ、ハンは頭を抱えて床に崩れた。
「ぐ……っ!」
〈トラウマ。孤独。失敗。哀れで、壊れた少年。……運命とはそういうものだ〉
◇
――数年前。
「ダンジョン探索してるって?」
「うん! 昨日、ジュゲン%が50に行った!」
キヨシは得意げに言う。「“固定”って言ってた奴ら、嘘だったな!」
「でも……危険じゃないのか?」
「人生、危険だらけだろ」キヨシは笑った。「危険だからやらない、って話でもない」
「例を挙げろ」
「車の運転。飛行機。外歩いてたら流れ弾だってある」
キヨシは肩をすくめる。「リスク取らなきゃ強さは手に入らない。賢いだけじゃ、強くなれないんだよ」
「……下等生物の思考だな」
ハンの部屋。
宿題をしているハンの横で、キヨシは手のひらサイズのホロ・キューブを浮かせて遊んでいた。
「これ、マジで便利」キヨシが自慢する。「生きたダンジョン百科事典が手元にあるようなもんだぜ」
「それでも死亡リスクは高い」ハンは淡々と言う。「事実として」
「相変わらず悲観的だな」キヨシは手を振った。
「明日の放課後、板橋ダンジョン一緒に行かね?」
「俺は外で待つ」ハンは肩をすくめる。
「俺のジュゲンスキルは《永久呪縛》だけだ。中に入る理由がない」
キヨシは立ち上がった。
「使いどころはあるかもしれないだろ」
「あるかもな」ハンは認めた。「ただし、一回しか使えない」
◇
――数日後。
板橋ダンジョンのゲート前で、キヨシがハンの肩に手を置いた。
「やっぱ中入らない?」
「入らない。危険すぎる」
「そっか」キヨシは笑い、キューブを掲げる。
「もし俺に何かあったら、これお前にやるよ。怖がりが少しはマシになるかもな」
「大げさ」ハンは目を細める。「詰んだら安全階層に戻れ。お前はレベル3,500だ。無茶はするな」
「了解!」キヨシは親指を立てた。「じゃ、向こうでな」
彼はゲートをくぐり、扉が閉じる。
「すぐ戻るだろ」ハンは思った。
「フロア1万なんて、行けるわけがない」
だが――何時間経っても戻らない。
ハンは次第に不安になり、周囲をうろつき始めた。
「いつもより奥まで行っただけだよな?」
「レベル3,500で、下層なんて無理だ」
そのとき、ゲートがせり上がり――赤く染まった。
「赤……?」ハンが息を呑む。「何の意味だ……?」
ゲートの向こうから、悲鳴が聞こえた気がした。
「くそ……キヨシ!」
ハンは歯を食いしばり、ゲートへ飛び込む。
〈侵入を検知――フロアレベル:10,000〉
ハンは顔から落ち、起き上がった瞬間、地獄を見た。
血まみれの死体。燃え盛る炎。流れる溶岩。
彼が落ちたのは玉座の間の中心。
そこにキヨシが倒れ、血を流していた。
「キヨシ!」ハンが駆け寄る。「何があった!? なんで最終階層に――!」
「経路……」キヨシはかすれた声で言う。
「出たんだ……一気にクリアできるって……チャンスが……」
「バカか! お前、レベル1万じゃないだろ!」
「でも……助けが必要な人がいた……」
キヨシは笑うように息を吐く。「ほとんど失敗したけど……何人かは逃がせた……」
ハンは彼を抱え上げようとする。
「今すぐ出るぞ! ゲートが――」
「ハン……走れ」キヨシが止める。「レイドボスが来る……二人とも裂かれる……」
「置いていけるか!」
「ぐおおおおお!」
部屋の外から、凄まじい咆哮と地響き。
「時間がない……」キヨシは震える手で言う。「俺のスキル……持っていけ……」
「嫌だ。お前のスキルだろ!」
キヨシはシャツを持ち上げ、裂けた腹を見せた。
「もう俺には使えない……お前の頭なら、もっと上手く使える」
「でも――!」
足音が近づく。
キヨシはハンの腕を掴んだ。
「……頼む……取れ……ハン……」
ハンは目を閉じ、涙を落とす。
「……わ、分かった」
震える手で友の腕を握り、唱える。
「ジュゲン後備者:永久呪縛」
黒いエネルギーが二人を包み、ハンの身体に強烈な力が流れ込んだ。
「……いけた、気がする」
その瞬間、獣が扉を破って飛び込んでくる。
「――肉ぅ!!」
突進してくる獣。
そして、時間が止まったように――二つの経路が現れた。
〈経路A:ハンを救う〉
〈経路B:自分を救う〉
ハンが反応するより早く、キヨシが口を開いた。
「……A」
「やめ――何して――!」
〈確定〉
見えない力がハンをゲートの方へ引きずり、キヨシは親指を立てる。
次の瞬間、獣の鉤爪がキヨシを掴み上げ――彼は二度と戻らなかった。
◇
――フロア1,321。
ザンが銃口をオマリロのこめかみに押しつける中、ハンはゆっくり目を開けた。
〈目覚めろ、ハン。目覚めろ〉
誰も気づかない。
ハンの瞳が、一瞬だけ紫に光ったことを。
――ほんの、一瞬だけ。
——




