――第24章・氷は氷を砕く――
――カタコンベ通路。――
ソウカイダンの隊員たちは、それぞれ任された通路を進みながら、部屋を一つずつ確認していた。
探索が進むたびに、頭上のメーターがじわじわと伸びていく。
〈探索進行度:21%→36%→45%→57%〉
そのうちの一組が、ひときわ空気の淀んだ区画へ足を踏み入れた。
鼻をつくような、死の匂い。
「うげっ、なにこの匂い。誰か悪ふざけでスティンクボムでも投げた?」
「スティンクボムってレベルじゃないでしょ、これ」
部屋の中には、死体がいくつも転がっていた。
どの顔も、恐怖に歪んだまま固まっている。
「……たぶん、さっきの依頼人のパーティーだね。正確には……“残骸”だけど」
一人がスマホを取り出し、何枚か写真を撮る。
「証拠は押さえたし、ユカさんに報告しよ。どこにいるか知らないけど」
彼らは部屋を出て、さらに暗い通路の奥へと進んでいった。
その背後では、光る黒い手が、床の死体をずるずると引きずっていく。
〈探索進行度:57%→66%〉
◇
ドゴォン。ドゴォン。ドゴォン。
暴風のような氷の嵐の中で、名取ユカは次々と襲いかかる“自分の分身”を、容赦ない氷の一撃で押し返していた。
ルイは、彼女が氷の鷲と蜘蛛脚を切り替えながら戦う様子を、愉快そうに眺めている。
「ジュゲン魔法士:《雪雲忘却・乱舞》!」
背から生えた氷の脚はさらに太く伸び、ドリルのように回転しながらクローンたちを貫き、砕き散らす。
しかし砕けた氷は、すぐに元の形を取り戻し、立ち上がってきた。
「何度壊しても無駄だよ」ルイは肩をすくめる。「あれは氷だ。砕いても、また凍るだけ」
「氷ね」ユカは短く応じる。「なら、砕ける」
ルイが指を鳴らした。
「ジュゲン魔法士:《暴吹雪の奔流》」
クローンたちが一斉に手を掲げ、掌から無数の氷槍を打ち出す。
ユカは全身の神経を総動員して、それらを捌いていく。
「ジュゲン魔法士:《霜月礼讃の鷲》!」
氷の鷲と蜘蛛脚を組み合わせ、氷槍を弾き、折り、削ぎ落としながら、ギリギリのところで致命傷を避ける。
腕や頬に、細かな傷が刻まれていく。
「他には?」ユカは荒い息を整えながら問う。「もう手札は尽きた?」
「まさか」ルイは首を鳴らした。「まだ序盤さ」
彼がその場でくるりと回転すると、周囲に雪が巻き上がり、激しい吹雪が渦を巻き始めた。
〈警告:ルイの大技発動中。
“ジュゲン魔法士”を連続使用して、技を阻止せよ〉
「大技、ね」ユカは目を細める。「なら――止めるだけ」
部屋の温度が一気に下がる中、ユカはためらわず氷の鷲を乱射する。
「ジュゲン魔法士:《霜月礼讃の鷲・霰嵐》!」
群れを成した氷鷲が吹雪に突っ込み、渦の中へと飛び込んでいく。
〈妨害進行度:10%→50%→80%〉
ドガァンッ。
吹雪の渦が破裂し、氷塊が四方八方に飛び散った。
その中心には、蜘蛛のような氷の体躯と同化したルイの姿。いくつものクローンを取り込んだ、異形のシルエット――。
「ここで終わりにしてあげるよ、氷の魔女」
ユカは凍りついた唇から血を拭いながら、口角だけを上げた。
「そう? これだけやられても、まだ喋れるってことは――」
「私は、かなり強いってことね」
背中から氷脚が一斉に飛び出し、ユカの体を持ち上げる。
「さっさと終わらせるわ。首位が待っているから」
ルイは、その笑みを見て目を細める。
「この女は……」
◇
一方その頃、三人の子どもたちも、それぞれの“自分自身”と戦っていた。
「ジュゲン闘士:《暗鎖巨刃》」
バルトは巨大化した大剣を振るい、コピーのバルトに斬りかかる。
刃は壁を叩き、石片を大量に撒き散らした。
コピーはひょいと宙返りしてかわし、自分の剣を膨らませる。
「ジュゲン闘士:《暗鎖巨刃》」
背後から振り下ろされる一撃。
バルトはぎりぎりで身を引き、刃が目の前をかすめていった。
「今、死にかけた」
「だな」
「続き」
「だな」
二本の大剣がぶつかり、鈍い金属音が響く。
その一方、シノはというと――自分のコピーにタックルをかまし、思い切り髪を引っ張っていた。
「品のないガキね!」コピーが悲鳴を上げる。「髪を引っ張るとか、何歳児よ!」
「わたしだよ!」
コピーはシノの腹を蹴り飛ばし、距離を取ると指先を構える。
「ジュゲン滅者:《指先滅鍵》!」
シノは全身を転がして回避し、背後の柱がベクトルに触れた瞬間、跡形もなく消し飛んだ。
(落ち着け、シノ)
(あれは“自分の技”。クールダウンも、自分と同じ。三十秒は再使用できないはず)
「なら――」
シノはすぐさま指先を弾き、虚空を指した。
「受けてみなさい! ジュゲン滅者:《指先滅鍵》!」
コピーは余裕の笑みで横に避ける。
「馬鹿じゃないの? 当たりもしない技に、いちいち防御なんてしてられないわ」
「誰が“撃った”なんて言った?」
シノは続けざまに指を弾いた。
ピッ。
今度こそ、ベクトルがコピーの胸を直撃する。
「なっ――?」
「“技名を言った=発動”だと思った?」シノは肩をすくめる。「あいにく、私はそういう素直なタイプじゃないの」
コピーは絶叫を上げ、そのまま霧散した。
〈敵撃破:+1〉
シノは髪をかきあげ、息をつく。
「やっと消えた……。自分そっくりの悪口を聞かされ続けるとか、地獄でしょ」
その横では、バクオウとコピーのバクオウが、まだ延々とぶつかり合っていた。
獣牛同士の角が何度も衝突し、肉が裂ける音が響く。
「ふんっ!」
「らぁっ!」
シノはそっと一歩下がった。
「……あれは巻き込まれたら死ぬやつ」
バクオウは相手を壁に叩きつけるが、コピー牛はすぐに立ち上がり、後ろ足で顔面を蹴りつけてきた。
二頭の獣牛は、のたうち回りながら主導権を取り合う。
「うおおおお!」
最後の一押し、バクオウは角に全力で力を込め、相手の腹を突き上げるように貫いた。
呻き声を上げたコピー牛は、そのまま体をねじらせ、肉の破片となって弾け飛ぶ。
〈敵撃破:+1〉
バクオウが人間の姿に戻る。
「……あっ、頭ガンガンする……」
シノはその背中を軽く叩いた。
「大丈夫。生きてる時点で合格」
二人がそちらを見やると、バルトはまだ、相変わらずマイペースな剣戟を続けていた。
「なあ、ペース上げてくれない?」シノが叫ぶ。
「姉ちゃんが、急げって」バルトがそのまま復唱する。
「了解」コピーもあっさりうなずいた。
二人は、ほんの少しだけ速度を上げる。
刃がぶつかり合う音も、ほんの少しだけ増える。
バルトの剣が、相手の肩をかすめた。
「斬った」
「おう」
シノは両手を天に向けて投げ出す。
「もう見てられない!」
彼女はさっさと指を弾き、コピーのバルトを消し飛ばした。
〈敵撃破:+1〉
「……いなくなった」バルトはポツリと言う。
「見りゃ分かるでしょ」シノはため息をついた。「男ってほんと、肝心なとこで鈍いんだから」
◇
広間の中央では、ユカとルイが壁を駆け回りながらぶつかり合っていた。
吹き散る氷片一つ一つが、触れたものを切り裂くほどに鋭い。
〈ボスHP:???→???〉
「まだ一度も、あんたのHPが見えない」ユカは冷ややかに言う。「本当、何者?」
ルイは蜘蛛脚でユカを叩き落とす。
「察しはついてるだろう。俺は、ただのレイドボスじゃない」
「それは、最初から分かってる」
「俺は“ムジンシャ・エリート”の一員」ルイは胸を張る。「ダンジョンに仕える“選ばれた守護者”さ。この迷宮の主が、お前たちカイタンシャ――特にニュガワが来ると聞いてな。雷神の件のあとじゃ、警戒して当然だろ?」
「それで、三百四十一階層なんかで待機?」
「待ってただけだ」ルイはあっさり答える。「“手ごたえのある客”を、な」
ちょうどその台詞に合わせるように、氷脚が横薙ぎに振るわれる。
だがユカは、氷の鷲で飛び上がってそれを越え、逆にルイの顔面へ蹴りを叩き込んだ。
「反応速度は褒めてあげるわ」
ルイの体から、鋭い氷柱が一斉に射出される。
そのうち二本が、ユカの腕と足に突き刺さった。
「でも、結局あんたは“人間”」
ユカは眉一つ動かさず、その氷柱を引き抜いた。
「ジュゲン魔法士:《氷河葬滅》」
足元から氷と雪の山が盛り上がり、そこから放たれる鋭い波が、ルイの氷の鎧を容赦なく削っていく。
「訂正しよう」ルイは笑う。「普通の人間、ではないな」
氷の波が続く中、ユカはそのまま氷山を駆け上がり、ルイの背中に飛び乗る。
かかと落としのように踏みつけ、装甲をへこませると、ルイは新たな氷脚を生やして彼女の体を拘束した。
「さあ、氷の女王」ルイが口角を吊り上げる。「永遠の冬を、じっくり味わえ」
そう言いかけた瞬間――ルイの目が、赤く点滅した。
ぴたり、と動きが止まる。
次の瞬間、氷脚が溶け落ち、巨大な氷の躯体も崩れ始めた。
ユカは床へと着地し、ルイはふわりと足から降り立つ。
「……ああ、そうか。そういうことか」
ルイは何かに納得したようにうなずき、ユカの方へ視線を戻した。
「悪いな、ナトリ。別件が入った。“もっと厄介なやつ”が、主様の嫌う場所に近づいてるらしい」
「ふざけないで」ユカは言う。「こっちは、まだ決着がついてない」
「分かってるさ。だが、優先順位ってやつがある」
ルイはユカの血まみれの姿を一瞥する。
「見ての通り、実質こっちの勝ちだしね。ここは、引き分けってことにしておいてやるよ」
彼は数歩あとずさり、体を震わせると、紅い光に包まれて消えた。
「またな、氷の魔女!」
ルイが完全に姿を消した瞬間、頭上のUIが更新される。
〈チャレンジ中断。
探索進行度:66%→100%〉
シノ、バルト、バクオウがユカのもとへ駆け寄る。
「ユカさん?」シノがおそるおそる問う。「これって……勝ち、ですよね?」
ユカは浮いた血をぬぐい落としながら、淡々と答えた。
「これは“勝ち”じゃない。ただ――あのまま続いていれば、私が死んでいたのも事実」
「じゃ、依頼の方は……?」シノが首をかしげる。
その時、ソウカイダンの他の隊員たちが大広間へ駆け込んできた。
一人がユカへ走り寄り、スマホを掲げる。
「ユカさん! パーティーを発見しました! 全員死亡です! ほら、写真で証拠が――って、ユカさん!?」
ユカは小さくため息をついた。
「……ええ。どうやら“そういうこと”のようね」
◇
カタコンベを出たソウカイダンは、ユカの氷のワシに乗って再び山頂の城へ戻った。
入口では、先ほどの老人が、相変わらず一人で彼らを待っていた。
「報せを持って戻ったと見えるが?」
「いい報せではないわ」ユカはきっぱり言う。「あなたの仲間は全滅。下層で、非常に危険なカワリビトに虐殺されていた」
老人は、ユカの傷だらけの体をじっと見つめた。
「そうか……わずかでも望みがあると思っていたが……浅はかだったようだな。しかし、カイダンチョウをここまで傷つけるとは、相当な怪物だったのだろう」
「ところで」ユカは目を細める。「奴、自分のことを“ムジンシャ・エリート”と名乗っていた。何者か、心当たりは?」
老人は長い沈黙のあと、静かに答えた。
「“主”の器たちだよ。その直属の部下。人間の言葉で言うなら――“将軍”だ」
「その“主”とは?」
「知ろうとしない方がいい」
老人はそれだけ告げると、一歩下がり、影の中へ消えた。
〈依頼達成。
次の階層へ移動します〉
UIが表示され、シノがそれを指さす。
「ユカさん、見てください!」
〈1位:ソウカイダン ポイント:350〉
「まるっきり無駄骨、というわけでもなかったようね」ユカは小さくうなずく。「よかった。意味なき流血は、空気を汚すだけだから」
転送ゲートが開く。
「行くわよ。まだ動けるうちに、この差を広げる」
◇
外――
『ただいまの依頼達成により、名取ユカ率いるソウカイダンが、一気に首位へ!
2位に150ポイント差をつけてのトップです!』
中継を見ていた観客から、どっと歓声が沸き起こる。
「さっすがユカ様!」
「三百四十一階層で、あのレベルの敵って頭おかしくない!?」
「どうでもいい! あの化け物を退けたんだぞ! あのヘタレボス、最後逃げ出してたじゃねえか!」
千代田の現地モニターの前で、橘ハヤテは複雑な表情で画面を見つめていた。
「三百ちょっとの階層で、あの力……。これは、今までのレイドトーナメントとは別物だな」
「ユカが持ちこたえてくれたからよかったが、あと数分長引いていたら、確実に殺されていた……!」
ハヤテは視線を別のモニターへ移す。
「そして――あれほどの怪物ですら、軽々と“優先度を下げる”相手は、一人しかいない」
映し出されているのは、別フロアに到着したばかりのシンカイダン。
その先頭には、オマリロ・ニュガワと、彼に付き従う子どもたちの姿。
◇
――第1,321階層。
オマリロ一行は、上品な雰囲気の博物館に足を踏み入れた。
石でできた案内係が、慌てた様子で駆け寄ってくる。
「やっとおいでになった! カイタンシャの方々ですよね?」
オマリロは軽くうなずいた。「そう」
「助かりました! 館長が、至急お話したいと――この博物館、今まさに存亡の危機なんです!」
「大げさだなあ」ザリアがぼそっと漏らす。
「案内」オマリロが短く告げる。
「こちらです!」
案内係は展示エリアを足早に抜け、奥の部屋へと彼らを通した。
そこでは、立派なタキシードを着込んだ、ふくよかな石の男が椅子に腰かけていた。
「ようこそ、ようこそ!」石の男は大きく手を振る。「ワシはイシモリオ・ガルドレム。イシモリオ館長と呼んでくだされ!」
「なんで全員石でできてるの?」レイがリカに耳打ちする。
「さあ……?」リカは首をかしげる。
「どこかで見たことある気がするな」ハンが顎に手を当てた。「ガーゴイル、ですか?」
「頭の回る坊やだ!」館長は目を輝かせる。「そう! ここは《ガーゴイル博物館》――だったのだがね。つい先日、大切な像を盗まれてしまってな」
「で、その像を取り返してこい、ってこと?」ザリアが言う。
「いかにも!」館長は大きくうなずく。「あれは《ガーゴイル恋の至宝像》。価値にして十億シギル! ほんのひと傷でもつけば、我々は破産だよ!」
「じゅ、十億……?」リカが素っ頓狂な声を上げる。「え、それ絶対取り返すべきじゃん!」
ハンとザリアは同時に額を押さえた。
「泥棒たちは《ミッドナイト・トレイン》に飛び乗ったはずだ」館長は続ける。「急げば、出発前にまだ追いつける!」
「像、取り返す」オマリロは静かに言う。「像、持って戻る」
「おお、ありがたい!」
〈依頼受諾:
《ガーゴイル恋の至宝像》を奪還せよ〉
「ってことは、急がないとですね、先生」ザリアが息を吐く。「あの氷女のカイダン、完全にウチの先を行ってますし!」
「女、問題ない」オマリロは即答する。「まず列車」
博物館の外へ出ると、遠くの線路上を、大きな列車がすでに走り出していた。
〈ウェイポイント:1000m〉
「列車、発車中。走る」
オマリロの合図と同時に、全員が一斉に駆け出した。
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