――第22章・氷の女王――
〈階層:1〉
「さあ皆! ちゃっちゃとこのコミッション片付けるわよ!」
月島カオルとコウカイダンの面々は草原を全力疾走していた。追いかけているのは、一匹の逃亡ウサギ。
〈コミッション:逃亡ウサギ《ランナウェイ・バニー》を捕獲せよ〉
カオルは大きく跳び上がり、両手でウサギをガシッとつかむ。暴れる体をがっちりとホールド。
「こら、悪いウサギ! ちゃんとご主人のところに帰るの!」
ローブ姿の老ゴブリンのところへ歩み寄り、ウサギを差し出す。
「はい、マダム。反抗期ウサちゃん、一匹お届け完了です!」
老婆は大事そうにペットを抱きしめた。
「ありがとうねえ、お嬢ちゃん! あなたがいなきゃどうなってたことか」
〈コミッション達成。次の階層へ転送します〉
ゲートが開くと同時に、スコアボードが目の前に浮かび上がる。
〈第2位:コウカイダン ポイント:70〉
「ふむふむ」カオルは顎に指を当てて考える。「悪くない出だしね! でも、まだまだ伸びるわよ!」
〈階層:17〉
「さっさと終わらせるぞ。山は勝手に登れねえ」
神代コウイチとエイカイダンは、石の山を巨大な“家”ごと引きずり上げていた。
コウイチだけが屋根の上に座り、サイコロを放ってはキャッチしている。下では部下たちがゼェゼェ言いながらロープを引っ張っていた。
〈コミッション:“家”を元の位置に戻せ〉
「隊長……」一人が泣き言を漏らす。「せめて、ちょっとは手伝ってくれても……」
コウイチはサイコロをキャッチし、じろりとそのハンターをにらむ。
「今、リーダーに文句言ったか?」
「い、いえ! 言ってません!」
ハンターたちは一斉にスピードを上げ、ついに山の頂上へ到達した。そこには背の高いコウノトリが待っていた。
「感謝する、旅の者たち」コウノトリは礼を言う。「私はどうも家をなくしがちでね。人間からするとおかしく見えるらしい」
「喋る鳥よりはマシだろ」コウイチはそっけなく返す。「じゃあな」
〈コミッション達成。次の階層へ転送します〉
ゲートが開く。
〈第4位:エイカイダン ポイント:50〉
「はあ……カオルにまで負けてんのか。そろそろイカサマ始めるかね。こんなクソ競争」
コウイチはダルそうにゲートへ歩き、消えていった。
〈階層:58〉
西園寺ミズキとセイカイダンは道場の中にいた。
空手着姿のカッパが、見事な型を披露している。
「さあ!」カッパは胸を張る。「この中でワシに勝てる者はおるか!」
〈コミッション:先生カッパを撃破せよ〉
ミズキは静かに立ち上がる。その立ち居振る舞いは、相変わらず品がある。
「私が行きます」
「おお? ずいぶん若く見えるが。本当に大丈夫か?」
彼女はこくりとうなずき、正面に立つ。先生カッパは構えを取った。
「よし。知らないぞ? 本気で行くからな!」
振り抜かれた拳が、彼女の額めがけて飛んでくる――が、ミズキの視界の中では、その動きはスローモーションだった。
「ジュゲン操運者:呪送」
宣言とともに、彼女の身体は勝手に最適解で動き始める。
次々と放たれる拳や蹴りを、ミズキは紙一重でかわし続けた。
やがて先生カッパの動きが完全に鈍ったところで、ミズキは鋭い回し蹴りを顔面に叩き込む。
ドゴンッ。
カッパは飛ばされ、そのまま武器棚に頭から突っ込んだ。
「い、いってえ! 腰が……! わ、分かった! お前さんの勝ちだ! でも次は負けんぞ!」
「申し訳ありません」ミズキは丁寧に一礼する。「再戦はお断りします。急いでおりますので」
〈コミッション達成。次の階層へ転送します〉
カッパはよろよろと立ち上がる。
「ま、待て! せめて連絡先くらい――!」
ミズキはスマホを取り出し、背後へふわっと投げる。カッパは反射的にキャッチした。
「そういう意味じゃなーい!」
スコアボードが目の前に浮かぶ。
〈第3位:セイカイダン ポイント:60〉
「この程度では話にならないわ。行きますよ、皆さん」
ミズキはためらいなくゲートへ飛び込んだ。
〈階層:164〉
「うおおおおおっ!」
酒場の中。
レッカイダンの面々が見守る中、深山ガクトが巨大オークと腕相撲をしていた。
テーブルはきしみ、互いの腕はびくともしない。
「折れるのはお前だ」オークが言う。
「絶対折れねえ!」ガクトが吠える。「仲間のためにな!」
ガクトは頭突きをテーブルに叩き込み、その衝撃でオークの集中を切らせた。
その隙に一気に腕をねじ伏せる。
「勝ちだ!」
「ズルしたな!?」
「ダンジョン様は文句言ってねえけど?」
〈コミッション達成。次の階層へ転送します〉
「なんだとぉぉ!」
ガクトは立ち上がる。
「ってことで、俺たちはこれで失礼する。まだ追いかけなきゃいけねえライバルがいるんでな」
〈第5位:レッカイダン ポイント:40〉
「40ポイント? ズルしたせいか?」
オークはガクトを指さして笑った。
「ハハハ! その順位から巻き返せるもんならやってみろよ、負け犬!」
「覚えとけよ!」ガクトが怒鳴る。「今は5位でも、次のシーズンから無双してやるからな!」
そのまま全力でゲートに突っ込んでいった。
――
階層341――
〈第7位:ソウカイダン ポイント:0〉
その表示を、鋭い氷の刃が切り裂いた。
「第7位、ですって?」
ランキングを映すUIの前に、名取ユカが立っていた。
全身から冷気の波が押し寄せ、周囲の空気を凍らせていく。
振り返った彼女の瞳は、氷そのもののように冷たかった。
「動きなさい。この茶番、決して許されない」
「は、はいっ!」ソウカイダンのメンバーたちは一斉に背筋を伸ばす。
ユカはあたりを見渡した。そこは広大な雪山地帯。
吹き荒れる烈風。その頂には一つの城塞がそびえ立っている。
城塞からはウェイポイントの光柱が天へ伸びていた。
〈ウェイポイント:700メートル〉
「なるほど」ユカは思案する。「あそこが“依頼”の発生源ね」
淡い青色の光が彼女の瞳に灯る。
「ジュゲン魔法士:《霜月礼讃の鷲》《シモツキ・ライサン・ノ・ワシ》」
巨大な氷のワシが、ユカと部下たちの足元に形成される。
ワシはそのまま翼を広げ、城塞めがけて一気に飛翔した。
城の真上に差し掛かると、氷のワシは霧のように消え去り、彼らは正門へ続く通路に着地した。
「何か見つけたら即座に攻撃。迷う者から死ぬと思いなさい」
「了解です、隊長!」
ユカは前を行く。足元を通るたびに床に霜が広がっていく。
やがて突き当たり、大きな扉が一つ。
「ここね」
彼女が軽く押すと、扉は軋みながら開いた。
そこは大広間。壁には無数の武器や旗が飾られている。
中央にはコートを羽織った老人が立っていた。
「おお……」男は目を細める。「待っていたよ。カイタンシャだね?」
ユカはうなずく。
「そうです。あなたが依頼主と見てよろしい?」
「そうとも。長いこと待たされてしまってね。このホールも、しばらくは空っぽのままだった」
「状況を簡潔に」ユカが命じる。
「数週間前のことだ」老人はゆっくり語り始める。「この城の地下にある地下墓地を、仲間と一緒に探索しに行った。だが誰一人戻ってこない。夜になれば、この城の中で、囁き声や呻き声が聞こえるんだ……どうか、様子を見てきてはくれないかね?」
「調査しましょう」ユカは即答する。「その代わり、見合った報酬を期待します」
「もちろんだとも。感謝するよ」
ユカはくるりと背を向ける。
「ハンターたち。行くわよ」
一行は城塞を出て、再び山の外へ。
すぐに新しいウェイポイントが発生し、山の麓を指し示した。
〈ウェイポイント:1200メートル〉
「ふん。場所は分かりやすいわね」
ユカは無言で崖の縁へ歩き出し、そのまま跳躍した。
部下たちは思わず悲鳴を上げる。
「隊長!?」
まばゆい光が走り、彼らの目の前にまたあの氷のワシが出現した。
その背に、風を切るようなユカの声が響く。
「乗りなさい。ぐずぐずするほど、得点は他へ傾く」
ソウカイダンのメンバーたちは慌ててワシの背に飛び乗った。
ワシは急降下しながら滑空し、ウェイポイントの目の前で静かに着地する。
目の前には鉄の両開き扉が一対。その上には看板が掲げられていた。
【死者たちの棲み家】
〈コミッション受注:地下墓地を“探索”せよ〉
氷の一閃で扉は粉々になり、雪の粒となって崩れ落ちた。
ユカとハンターたちは静かに内部へ足を踏み入れる。
「油断は捨てなさい」
地下墓地の中は暗く、陰鬱な空気に満ちていた。
壁には無数の髑髏が並び、通路は枝分かれして奥へ奥へと続いている。
〈探索進行度:0%〉
「進捗ゲージね」ユカは表示を一瞥する。「最善手は分散行動。サミャク三人組、あなたたちは私と来なさい」
砂色の髪をした三つ子――二人の少年と一人の少女が前へ出る。
バルト・サミャク、バクオウ・サミャク、シノ・サミャク。三人は同時に丁寧な一礼をした。
「残りは五人一組で通路を割り振ること。異常がなければ、三十分後ここに再集合」
号令とともに部隊は散り、それぞれ違う通路へ消えていく。
最後の一本のトンネルへ、ユカと三人だけが取り残された。
「あなたたちはまだ新入り。でも甘やかすつもりは一切ないわ」ユカは冷たく告げる。「よく見て、よく学びなさい。一度のミスが死を招く」
「了解です、隊長!」
こうして彼らはトンネルの奥へと進んでいった。
――地下墓地・通路――
三人――バルト、バクオウ、シノはユカのすぐ後ろにつき、周囲を警戒しながら進んでいた。
頭上の天井が、時折ぼんやりと光を放っている。
「あ、あの、ユカさん……」バクオウが不安そうに口を開いた。「ここ、おばけとか出ませんよね……?」
「真面目にしなさい」シノがすぐにつっこむ。「お化けなんていないでしょ」
「いるって! 新聞の記事で読んだもん!」
シノは隣のバルトをつんつん突いた。バルトは耳をほじりながら、どこか他人事のような顔をしている。
「ねえバルト、ゴーストなんていないって言ってやってよ」
「ん? ああ。まあ、いないんじゃね」
シノは額を押さえる。
そのとき、ユカがゆっくりと振り返った。
「……」
言葉にせずとも伝わる“氷の視線”に、三人は反射的に背筋を伸ばした。
「ご、ごめんなさいユカさん!」
ユカは右手に小さな氷のワシを形成する。
子どもたちが身構えたちょうどその時、そのワシは彼らの頭上へ向けて投げられた。
ドゴンッ。
〈敵撃破:+15〉
「い、いまの何……?」バクオウが目を丸くする。
「あなたたちの稚拙なおしゃべりが、敵を呼び寄せた」ユカは淡々と言う。「これが最初の授業」
天井から、骸骨のような怪物たちが次々と落ちてきた。
手には剣や薙刀のような武器を握っている。
〈敵:過去の残骸
敵効果:コアを破壊しない限り、スケルトンはすべて復活し、サイズと武器が強化される〉
「コア?」シノが首をかしげる。「どこがコアなんですか?」
「“狙うべき一点”のことよ」ユカは言う。
一体のスケルトンが腕を伸ばし、ユカを掴もうとする。
ユカは振り向きもせずその腕を取り、床に叩きつけ、かかとで頭蓋を踏み砕いた。
〈敵撃破:+1〉
「立ち尽くさないで。攻撃しなさい」
新たなスケルトンたちが天井から雨のように降り注ぎ、三人を包囲する。
「いつも通り」シノが指を鳴らす。「さっさと片付けるよ!」
「う、うん!」バクオウは肩をすくめる。
「はいはい」バルトは眠そうにあくびをした。
スケルトンの一体がシノに剣を振り下ろす。
彼女は顔の前に手を上げ、指を弾いた。
「ジュゲン滅者:指先滅鍵!」
指先から放たれた“消去のベクトル”が走り、骸骨の身体を一瞬で消し飛ばす。
〈敵撃破:+1〉
「じゃ、あとはよろしく、兄ちゃんたち」
バルトは、二体のスケルトンが突き出してきた槍の下をくぐり抜ける。
両手を組み、そこから巨大な大剣を形作った。
「ジュゲン闘士:裂断殲滅の崇剣」
剣が生まれるだけで、周囲のスケルトンたちが一歩退く。
バルトはそのまま大きく横薙ぎに振り抜き、一帯の骸骨をまとめて叩き斬った。
〈敵撃破:+2〉
別の場所では、三体のスケルトンがバクオウを隅に追い詰めていた。
「ま、待って! まだ心の準備が――!」
スケルトンたちは容赦なく顔や腕に手を伸ばしてくる。
「ほんとにもう……」シノが呆れる。「しっかりしてよバクオウ!」
「えっと……ジュゲン変性者:荒野憤怒の獣牛!」
バクオウの身体が黒い獣へと変わり、巨大な野牛へと変貌する。
彼は低く唸り、三体のスケルトンをまとめて角で貫き、そのまま蹴散らした。
〈敵撃破:+3〉
「やるじゃん」シノが歓声を上げる。「ユカさん、これでこの通路はクリアですよね?」
ユカの背後から飛び立った氷のワシが、十数体ものスケルトンを纏めてさらい上げる。
〈敵撃破:+36〉
「いいえ」ユカは即座に否定した。「まだよ」
〈敵復活:+40〉
「えぇぇ……」シノが肩を落とす。「結構頑張ったと思ったのに」
「だから言ったでしょう」ユカが諭すように言う。「“コア”。力任せでは倒せない敵もいる」
バルトはスケルトンの首をはね、頭蓋骨を持ち上げる。
「これがコア?」
シノはその頭蓋骨を弾き飛ばした。
「違うに決まってるでしょ! いちいち頭拾わないで!」
「じゃあ、お前が拾えば?」
シノは額を押さえる。
その間にも壁から新たな骸骨の群れがにじみ出てきて、ユカはそれらを冷気で吹き飛ばした。
「言い争いは目的への邪魔でしかない」ユカは冷ややかに告げる。「あなたたちはさっきから、ずっと“答え”を見ているのに、理解しようとしない」
三人は動きを止め、同時に顔を上げる。
そこには巨大な袋のようなものが天井に張り付き、そこからスケルトンが次々と吐き出されていた。
「どんな危険な部屋にも、案外単純な“急所”がある」ユカは続ける。「ハンターなら、それを見抜けるようになりなさい」
「あれがコア……?」バクオウが息を飲む。
倒れたスケルトンたちの身体が、みるみる巨大化していく。
武器も同様に長く太くなり、一体のスケルトンがユカを掴もうとするが、彼女は逆に飛び越え、瞬時に凍らせて粉砕した。
「狙いなさい」ユカが命令する。
シノは指先を構えるが、その前に一体のスケルトンがサックの前に飛び込み、身を挺して攻撃を受け止め、自ら消え去った。
すぐに別のスケルトンたちがサックの周囲を取り囲む。
「え……コアを守ってる?」シノが眉をひそめる。
「死にたくないのかも?」バクオウがボソッと言う。
「馬鹿言わないで」バルトがあくび混じりに突っ込む。「どうせ全部死んでるだろ。骨だぞ骨」
一体の“グラディエーター”風のスケルトンがバルトを後ろから羽交い締めにする。
バルトは剣を傾け、そのまま胸部を串刺しにした。
「ほらな」彼は指さす。「骨と歯しかねえ」
スケルトンは背後で再生し、シノが指を弾いて消し飛ばす。
「ほんっとにあんたって単細胞よね」
ユカは氷で次々とスケルトンを凍らせながら、三人がサックを見上げる様子を観察していた。
「やつらがそこまでしてコアを守るってんなら――」シノが顎に手を当てる。「こっちも“まとめてふっ飛ばす”攻撃で行くしかないかも。バクオウ、あんたの脚力を借りるよ。あたしとバルトが背中に乗るから、そのまま天井まで突っ込んで。そこでジュゲンで同時攻撃」
「なんで俺が天井に頭ぶつける役なんだよ」バクオウが不満そうに言う。
「でかい獣牛だからでしょ、このバカ力」
「牛じゃねえ、バイソンだ!」
「似たようなもん!」
バクオウは深く腰を落とし、角の向きをサックに合わせる。
予想通り、スケルトンたちが次々と飛び出し、盾のように壁を作った。
「いっけえええ!」
彼は踏み込み、一気に突進。スケルトンの壁に角が突き刺さる。
バルトは大剣を振り回し、盾となっている骸骨たちをまとめて両断した。
道が開けた瞬間、シノが指を弾く。
「3、2、1――はい、ドーン!」
指先滅鍵のベクトルがサックに直撃し、それは激しく震え、内側から破裂して、ついには跡形もなく消滅した。
残っていた全スケルトンも、同時に霧のように消える。
〈敵撃破:+112〉
「はい勝ち~。一掃完了。どうよ?」シノが胸を張る。
着地したバクオウが人間の姿に戻り、三人はユカの前に整列して頭を下げる。
「今の戦い、合格……ですか?」シノが恐る恐る尋ねる。
「いいえ」ユカは氷のような声で返した。「ただの前菜よ」
〈探索進行度:21%〉
「周囲をもっとしっかり見なさい」彼女は警告する。「あんたたちがもたもた戦っている間、私は一つの事実に気づいたわ」
その背後で、影のような何かが動き、すぐに闇の中へ消える。
「この場所にいるのは私たちだけじゃない」ユカがゆっくりと視線を通路の奥へ向ける。「“何か”が、こちらを狩っている」
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