――第21章・月光のきらめき――
ピラミッド通路――
ザリア、ハン、リカの三人は、妙に静まり返った通路をこそこそ進んでいた。
「なあ、気のせい? さっきまで私ら追い回してた連中、キレイさっぱり消えてない?」ザリアが首をかしげる。
「ううん、完全にいなくなってるね」リカが答える。「あのクモにビビって逃げたとか?」
ハンがふと立ち止まった。
「いや……様子がおかしい……静かすぎる……」
二人が同時に振り向く。
「どうしたの?」ザリアが尋ねる。
ハンの目が見開かれた。
「違う……撤退してねえ……もっと“デカい獲物”狙いに行ってる! ニュガワさんを探さないと!」
ハンは急に駆け出し、ぽかんとするリカとザリアが慌てて後を追う。
――
別の場所。
オマリロとレイ、そしてドワーフたちが、じわじわ距離を詰めてくる盗賊の群れを見つめていた。
先頭に立つ男は、どこか愉快そうな表情を浮かべている。
「こりゃあ見ものだな」男が笑う。「このダンジョンがカイタンシャの大会会場になってるって話は聞いてたが、まさか“最強”まで、わざわざ俺の足元に来てくれるとは。遅れてきた誕生日プレゼントってとこか」
レイはオマリロの両肩に手を置き、その男をじっと見た。
「オマリロさんのお友達?」
「違う」オマリロは即答する。「有り得ない」
「あいつが私たちを捕まえた男よ!」スナコの母親が指を突きつける。「あまり近づいちゃダメ! 人間じゃない!」
男は棍棒を地面に落とし、大きく伸びをした。
「おいおい、そんなに悪く言うなよ。ビジネスはビジネスだろ?」
「お前、ドワーフじゃない」オマリロがすぐに見抜く。
「まあな」
男は仮面を外した。炭のように黒い肌に、エルフ特有の整った顔立ち。
「俺はサギャミ・エルフってやつだ。人間どもに分かりやすく言うなら――“ダークエルフ”ってところかな」
彼の合図で、部下たちも次々に仮面を外す。同じような肌と耳を持った顔がずらりと並んだ。
「エルフ?」レイが目を丸くする。「もう絶滅したと思ってたのに!」
男はレイを指さした。
「そこのお嬢ちゃん……ずいぶん妙な気配だな。どこで拾ってきた?」
「場所」オマリロが短く答える。
「ははっ、口が重いねえ。まあいい。言葉より先に、身体で話そうか」
黒い瘴気が男の身体を包み、全身を鎧のように覆う。
「その子は貰う。ついでに、お前もな」
振り返り、兵たちに命じる。
「ドワーフどもは押さえておけ。ニュガワと、その人形は俺がやる」
〈ボス:影呪王族 レベル:4万5000〉
「レベル高っ!」レイが嬉しそうに笑う。
オウゾクは棍棒を拾い上げる。
〈規則:オウゾクを討伐せよ〉
スナコの両親が慌ててオマリロの腕を引っ張る。
「待ってください!」父親が悲鳴を上げる。「命懸けにする価値なんてありません! あいつは狂ってる!」
瞬きする間もなく、オウゾクの姿がかき消え、次の瞬間にはオマリロの目の前に立っていた。
棍棒が振り下ろされる。
ドゴォンッ。
オマリロはその一撃を前腕一本で受け止め、棍棒を弾き返した。
「非力な男だ」オマリロが淡々と評する。
「自分の腕、よく見ろよ」オウゾクがニヤリと笑う。
見下ろすと、オマリロの腕は灰色に枯れ、ピクリとも動かなくなっていた。
〈領域効果:枯死の力 説明:オウゾクの棍棒による攻撃がヒットした部位は、接触面から“枯れ”状態になる〉
「さあ、もう一回試してみな?」
オマリロはちらりと腕を見ただけで、すぐに視線をオウゾクへ戻す。
「腕一本で十分」
誰も目で追えない速度で、オマリロが踏み込んだ。
生きているほうの腕でオウゾクの頭をつかみ、そのまま地面に叩きつける。
〈ボスHP:100%→69%〉
「なっ……!?」
すぐさま、オウゾクを空中へ放り投げ、天井に叩きつけた。
〈ボスHP:69%→44%〉
「ありゃ……本当に老人なのか……?」スナコの父親が息を呑む。
「すごい……」母親も見惚れていた。「あの人、一体何者なの……?」
オウゾクは床に叩き落とされ、膝をつく。
「へっ……やっぱりな……」彼は自嘲気味に笑った。「お前の首に“シジル百億枚分”の賞金が懸かってるって話、伊達じゃなかったか……」
首を鳴らすと、ポケットから一枚の紋章を取り出す。
「本当はチートなんて嫌いなんだがな。勝つためなら、使うしかねえ」
紋章が宙に浮く。
〈紋章能力:フレンジー 説明:HPが50%未満のとき、攻撃力・防御力・速度が175%上昇する〉
金色のオーラがオウゾクの身体を駆け巡る。
「よし。これで、やっと土俵ってとこか」
言い終わる頃には、もうオマリロの背後に回り込んでいた。
「ジュゲン魔法士:月光の護光!」
月光の盾がオマリロを包み、オウゾクの一撃を受け止めるが、大きくひびが入る。
「そうだったな」オウゾクがため息をつく。「忘れてたぜ。お嬢ちゃんの存在」
「私も戦う!」レイが手を挙げる。
「いや、やめときな」オウゾクは肩をすくめる。「……と言いつつ、どれだけやれるか興味もあるがな」
背後では、盗賊たちがドワーフたちを押さえつけていた。
「やめろ!」
オウゾクがレイへ突っ込む。レイはスッと手を上げた。
「ジュゲン魔法士:月の迷幻華!」
掌から放たれた月光のビームがジグザグに走り、オウゾクの腕を撃ち抜く。
〈ボスHP:44%→39%〉
「悪くないな」オウゾクが口角を上げる。「そこそこ高レベルってとこか」
彼は別の紋章を取り出した。
〈紋章能力:インスタント・リカバリー 説明:最大HPの60%を即時回復〉
握り潰す。
〈ボスHP:39%→99%〉
「ちっ、あとちょっとだったのに」
レイはぱちぱちと拍手をする。
「わあ! もう一回!」
オウゾクは体をひねり、棍棒を構えたままレイめがけて投げつけた。
「ジュゲン魔法士:無尽の夜の三日月!」
レイの両腕から二つの月の紋が生まれ、上段にすくい上げる動きで棍棒をはじき返す。
弧を描いた棍棒は、オウゾクの手元に見事に戻った。
「はいキャッチ」
こんどはさらに速い一撃で、棍棒がレイを襲う――が、その前にオマリロが前に出て肩で受け止めた。
「少女、よく持ちこたえた」オマリロが告げる。「多くの者より、ずっと上」
「それ、褒めてくれてる!?」レイの顔がぱっと明るくなる。「やった!」
オウゾクは再び棍棒を投げつける。レイの頬すれすれを掠め――オマリロのもう片方の腕に命中した。
その腕も、灰色に枯れてぶらりと垂れる。
「ふむ」オマリロが分析するように呟く。「少し不便」
「両腕使えなきゃ、もう何もできねえだろ」オウゾクがあざ笑う。「大人しく諦めな」
オマリロは微動だにしない。
「少女。盾」
「はーい!」
レイが再び月光の盾を展開する。その外側で、無数の光の刃が形を取っていく。
「今度は何だ?」オウゾクが目を細める。
「授業だ」オマリロが答える。
「は?」
「ジュゲン闘士:聖刃乱撃!」
黄金の刃が一斉にオウゾクへ襲いかかる。何本かは棍棒で弾くが、残りが容赦なく鎧を削っていく。
〈ボスHP:99%→72%→61%〉
「やめろ!」
オウゾクは棍棒を振り上げ、レイの盾を叩き割った。
「わっ! 割れちゃった!」
「もう一度」
オマリロはオウゾクの棍棒を蹴り上げて軌道を外す。その隙に、レイが新たな盾を展開。
オウゾクは今度はアッパー気味の一撃を叩き込み、盾には太いヒビが入る。
「すごい!」レイが叫ぶ。「全然持たないよ!」
「盾の強さは、持ち主の強さ」オマリロは簡潔に告げる。「少女折れれば、盾折れる。折れるな。守り切れ」
レイはぎゅっと唇をかみ、集中を高める。
月光の盾の亀裂が、じわじわと修復されていく――が、オウゾクの蹴りがそれを再び粉砕した。
「いつまで小娘の陰に隠れてやがる、ジジイ!」
オマリロは高く跳び、蹴りでオウゾクを押し返す。しかしオウゾクはその足をつかみ、逆に投げ飛ばした。
「もう茶番は終わりだ。賞金は俺のもんだ。お前も連れて帰る。――連中もな!」
周囲の盗賊たちが動きを止め、視線を集中させる。
「余計な荷物は後回しだ。まずはニュガワが最優先。ネラジリア様が望んでる」
「妙な名前……」オマリロの瞳が一瞬だけ鋭さを増す。
盗賊たちは素早く円陣を組み、網やライフル、槍を構えた。
レイは慌ててオマリロの前に飛び出す。
「はいストップ! オマリロさんから離れて!」
「退け、小娘」オウゾクが命じる。「後で一緒にぶち込んでやる」
「……どいて」レイの声が低くなる。
「聞こえなかったか? さっさと――」
その瞬間、レイの脳裏に何かが閃いた。
炎。崩壊。悲鳴。
どくん、と心臓が跳ねる。
「どけって言ってるでしょ――!」
野性じみた叫びと共に、レイは一気に爆発するような衝撃波を放つ。
盗賊たちはまとめて吹き飛び、オウゾクもその上に叩きつけられた。
「耳が……! あいつ、頭おかしいぞ! 撃ち殺せ!」
〈レイ……〉
レイは無表情のまま、ゆっくりと前へ歩み出る。
放たれる弾丸は、まるで彼女をすり抜けていくかのようだった。
〈レイ……〉
頭の中が、白いもやで覆われていく。
「効いてません!」
「網を使え!」
複数の網がレイに絡みつく――が、それすらも彼女の体をすり抜けて地面へ落ちていく。
数歩進んだところで、レイはもうオウゾクの目の前にいた。
「うるさすぎるんだよ……」
月光の砲撃を放とうと、彼女が腕を上げる。そこでオウゾクは咄嗟に紋章を取り出した。
「チッ!」
〈紋章能力:ディフレクション〉
放たれた光線は弾かれ、別方向へと跳ねる。その瞬間、オウゾクは棍棒を構え直した。
「そのツラに鉄塊叩き込んでやるよ、魔女が!」
“魔女”――その一言が、レイを現実へと引き戻した。
棍棒が迫っていることに気づき、彼女は目を瞬かせる。
「え……? わわっ!」
オマリロが飛び込み、レイを抱き寄せる。その背中に棍棒が直撃した。
ドガァンッ。
オマリロは背中を押さえながら、ゆっくり立ち上がる。
「少女、集中切らした」
「わ、分かんない……今の、何だったのか……」
「少女、普通じゃない」
レイは頭を抱える。
「わ、たし……普通じゃ、ない……?」
「違う。だが関係ない。少女は道をこじ開ける。歩みを止めない。少女は“盾”だ」
「ほざいてろよ」オウゾクが鼻で笑う。「その盾の“ご主人様”は、ひざまずいたままだけどな」
ドワーフたちは不安げに見守る。
「まさか……」スナコの父親が青ざめる。「負けたのか……?」
オウゾクは棍棒を振りかぶる。
「さあ、おねんねの時間だ、化け物ども!」
「ジュゲン魔法士:月光の護光!」
棍棒は盾に弾かれ、わずかにひびが入る。
その瞬間を待っていたように、オマリロが目を閉じる。
「ジュゲン魔法士:天翼弓!」
巨大な黄金の弓がオウゾクの頭上に現れ、無数の光の矢を彼とその部下たちへ降り注がせた。
〈敵討伐数:+25〉
〈ボスHP:61%→3%〉
「なんだこれは……」オウゾクがうめく。「身体はボロボロのはずなのに……次から次へと奥の手を……どっちが本物の怪物なんだ……あのジジイか、その娘か……」
オウゾクは獣のように咆哮し、無理やり立ち上がる。
「どうせ死ぬなら、一人ぐらい道連れにしてやる……!」
二人へ向かって突進――が、不意にその動きが止まった。
「ジュゲン闘士:呪槍!」
槍が横合いから飛来し、オウゾクの側頭部を貫く。そのまま彼は床に倒れ込んだ。
〈ボスHP:3%→0%〉
竹野ザリア、ハン・ジス、天川リカが駆け込んでくる。
「よっしゃー!」ザリアがガッツポーズを取る。「仕留めた! このザリア・タケノを崇めろ! エリート戦士様だぞ!」
オウゾクは頭から槍を引き抜く。
「まだだ……まだ、やれる……!」
世界が、ふっと止まった。
闇のような女のシルエットが彼の前に立ち、背中で手を組んでいる。
「――巫女様……?」
「負けたのよ、オウゾク」女は静かに告げる。「帰還の時間だわ。ジ・エンドレスがお待ちよ」
「でも――!」
「その力では、この敵を扱うには不十分。あなたも、部族も、私を失望させた。さあ、影呪王族。地獄が、あなたを呼んでいる」
彼女が優雅に一礼すると、オウゾクの姿は霧のように掻き消えた。
レイが盾を解除する。
「やったー! 勝った!」
三人はすぐにオマリロの元へ駆け寄る。
「ニュガワさん!」ザリアが叫ぶ。
「大丈夫ですか?」ハンも続く。
「腕が……!」リカが顔をしかめる。「急いで、治させてください!」
オマリロの腕と背がみるみるうちに元どおりになり、そのかわりに少しだけ身体が老けたように見えた。
「問題ない。身体はまだ動く。子どもたちも、生きてる」
「う、うん……」ザリアは引きつった笑いを浮かべる。「こっちはただ、クモ一匹ブッ殺しただけだし」
思い出したのか、身体がビクッと震える。
「……きもっ」
ドワーフたちは顔を見合わせた後、一斉に拍手と歓声を上げた。
「やったぞ!」
「自由だ!」
「ヒーローだ! あの人たちは英雄だ!」
スナコの両親がオマリロの前に膝をつく。
「感謝します」父親が深く頭を下げる。
「助けてくださって、本当にありがとうございました」母親も続ける。「あの子は、とんでもなく偉大な戦士に出会ったのね」
「行くぞ」オマリロは称賛を素通りし、立ち上がる。「ここを出る」
「この人たちが両親?」ザリアが口を挟む。「……まあ、ボロボロではあるけど」
「そりゃそうでしょ」リカが肘でつつく。「散々ひどい目に遭ってるんだから。ちょっとは思いやり持ちなよ」
レイがオマリロのそばへ歩み寄る。
「オマリロさん……ジュゲンって、二種類持てることってある?」
オマリロは少しだけ考え、うなずいた。
「珍しいが、ある」
レイは自分の手を見つめる。
「じゃあ、私は……何なんだろう……?」
オマリロはその頭に手を置いた。
「レイは、レイだ」
レイの顔が真っ赤になり、気まずそうに視線をそらした。
――
後刻――。
シンカイダンはドワーフたちを連れ、砂嵐南族の集落まで送り届けた。
入り口では、スナコが今か今かと待ち構えている。
「お母さん! お父さん!」
彼女は飛びつくように両親の胸に飛び込み、ぽろぽろと涙をこぼした。
「大丈夫よ」母親が優しく抱きしめる。「ミスター・ニュガワと仲間たちが助けてくれたの」
スナコはオマリロへと向き直る。
「本当にありがとうございます! これ、受け取ってください!」
彼女は特別な光を放つ紋章を差し出した。
「部族の形見……みたいなものです。もし困った時があったら、ためらわずに使ってください!」
オマリロは紋章を一瞥し、そっとリカへ渡す。
「分かった」
その背後で、ゲートが開いた。
〈依頼達成。次の階層へ転送します〉
スナコと両親が手を振る中、パーティはゲートへと足を踏み入れる。
「本当にありがとうございました!」
「ってことは、これで私たちのポイントも増えたってことよね?」ザリアが問う。
「少なくとも、何かしらの数字は稼いだはずだ」ハンが指さす。「ほら」
空中にスコアボードが表示される。
〈1位:神カイダン《シンカイダン》 ポイント:200〉
〈その他のチーム:0ポイント〉
「うわ、他のディビジョン、ボコボコじゃん!」リカが胸を張る。
「先へ進むぞ」オマリロが命じる。「他も黙ってはいない」
彼がゲートへ入り、全員が続く。最後に、スナコが小さく手を振った。
「また、会えるといいな……」
――
階層1931――。
アツシ・スナハラは、更新されたスコアボードを眺めていた。
「またしても、トップはニュガワか」彼は静かに笑う。「完全に出遅れたな」
彼はディビジョンの仲間たちへと向き直る。
「前進するぞ。目に映るものに惑わされるな。ナラク・カイダンに敵はいない。その事実を、改めて証明する」
隊員たちは雄叫びを上げ、周囲のジャングル地帯を見渡す。
遠くには巨大な寺院がそびえ立ち、その頭上にウェイポイントの光柱が伸びていた。
〈ウェイポイント:1000メートル〉
「好きに暴れろ、ダンジョン」アツシが低く呟く。
――




