――第20章・盗賊のピラミッド――
???――
「三人捕まえましたぜ、ボス。多分、部族の連中目当てっすね」
「上出来だ。とっとと捕虜部屋にぶち込んどけ」
ザリアが瞬きを繰り返すが、周りは真っ暗だった。
「え、ちょ、なにこれ? おーい? 誰か? 誰だよ電気消したの」
「痛っ……ザリア、耳元で叫ぶなよ……」ハンがうめく。
「おっと。コレでどうだァ!」
「うるさいってば! やめろ女!」
「ちょっと二人とも!」リカが割って入る。「怖いんだけど! 余計に!」
鎖がグイッと引かれ、三人まとめて床に倒れ込んだ。
「だまって歩けや。薄汚い人間どもが」
「は? ちょっと待って。今、薄汚いって言った?」リカがピタリと止まる。
「やっちゃえ、リカ!」ザリアが煽る。
「女ども、頼むから黙っててくれ……」ハンが泣きそうな声を出す。「俺たち、もう地面に伏せてるんだって……!」
さらに鎖が引かれ、三人はそのままどこかへ引きずられていく。
「いって、いって、いって! あばらがああ!」
「どこに連れてくつもり?」リカが叫ぶ。「何が目的なの!」
「見りゃ分かんねえか?」声の主が答える。「カイタンシャだろ、お前ら。ここで売り飛ばしゃ大金だ。最高の日になるぜ」
扉が開き、三人はそのまま中へと放り込まれた。
――
「オマリロさん、これは?」
「棒」
「じゃあ、これは?」
「石」
「じゃあ、これ!」
オマリロの足が止まる。
「カニ」
パチン。
「いった! 挟んできた! すごーい!」
オマリロとレイは、ハンターたちのタイヤ痕を辿りながら進んでいた。空はいつの間にか夜へと変わっていく。
「時間、妙だ」オマリロが呟く。「ここは他と違う」
レイはカニを放り投げたりキャッチしたりしながら歩く。
「他のみんな、大丈夫かな?」
「子どもたち、問題ない。強い。必ず助ける」
〈ウェイポイント:950メートル〉
二人が道を進んでいくと、オマリロはふと足を止め、近くの砂丘のほうを一瞬だけ振り返った。小さくうなり、また歩き出す。
砂丘の上から、双眼鏡だけがそっと覗いていた。
「あのジジイ、やっぱ厄介だな。報告入れとくか」
その影も、すぐに砂の闇へと消えた。
オマリロとレイは歩き続ける。やがてレイが大きなあくびをして、その場にぱたりと倒れ、砂の上で丸くなった。
オマリロは立ち止まる。
「少女、眠いか」
「ん……」レイは猫のように返事をする。「ずーっと寝てなかったから……ちょっとお昼寝したい……」
オマリロは背中を向け、腰を落とした。
「眠れ。運んでいく」
レイは両手を伸ばし、大きくあくびをしながら彼の背に体を預ける。
「ありがと……オマリロさん……」
オマリロはレイを肩に担ぎ直し、再びウェイポイントへと歩き出した。
光の柱はどんどん近づき、その発生源がはっきりと見えてくる。
〈ウェイポイント:100メートル〉
「ふむ。予想外だ」
二人の前に現れたのは、ピラミッド型の家屋が立ち並ぶ巨大な居住区だった。周囲は木製の柵で囲まれ、あちこちに見張り塔が建っている。
街中には川が流れ、入口には巨大なサソリたちが門番のように構えていた。
〈目標:砂丘北拠点に潜入せよ〉
レイが頭を持ち上げる。
「わあ……きれい……金と翡翠みたいな色だね。なんか、昔の家を思い出す……」
「盗みで作った街だ」オマリロが低く言う。「部族は密輸屋」
レイはオマリロの肩からひらりと降りる。
「じゃあ、堂々と『こんにちは~』って入ればいいのかな?」
オマリロが手をかざす。
「だめだ。子どもたち危険。賢く動く」
オマリロはレイの腕をつかむ。
「ジュゲン操運者:呪縛移動」
一瞬で、二人は木の柵の真横、入口から数メートルの位置に転移した。門番のサソリたちは、微動だにしない。
「すっごーい!」レイが声を上げる。「もう一回やって!」
オマリロはすぐにレイの口を手でふさぎ、そのまま空中へと跳ぶ。近くのサソリたちが首を巡らせるが、砂の上には誰もいない。しばらくして視線が戻ると、オマリロたちは静かに地面へ降り立った。
「静かに」オマリロが命じる。「音は敵を呼ぶ」
「了解しました~、小声モード起動!」レイはひそひそ声で親指を立てた。
二人は砂煙のように一気に入口を駆け抜ける。そこでは、盗賊たちが馬車を使って荷物を運んでいた。
オマリロは素早く家屋の陰に身を隠し、レイもそれにならう。
「何運んでるんだろ?」レイが囁く。
オマリロの目つきが鋭くなる。
「人だ」
「ええっ、ほんとに!?」レイは口を押さえる。
ちょうどそのとき、箱の中からドンドンと叩く音が響き、盗賊の一人が拳で側面を殴った。
「うるせえ、クソ女!」
「出してよ!」か細い声が聞こえる。
「黙ってろ。悲鳴上げたい理由を増やされたくなきゃな」
声はすぐにすぼまり、馬車は何事もなかったかのように進んでいく。
「子どもたちも、同じ目に遭う」オマリロは短く言った。「急ぐ」
次の馬車が来た瞬間、オマリロとレイは気づかれないように荷台に飛び乗る。そのまま道を進み、一行は部族の中心にある大きなピラミッドへと運び込まれた。
「こいつは奥に運べ。中の女、相当暴れてるからな」
腕が箱を持ち上げ、すすり泣きがこぼれた。
「お願い……もうやめて……」
箱は長い廊下を運ばれ、やがて倉庫のような広い部屋へと置かれた。
盗賊の一人が箱の側面をドンと叩く。
「さて、誰が買ってくれるかね。大人しく待ってろ、お嬢ちゃん」
そう言って連中は出て行き、扉が閉まる。
静まり返った倉庫に、オマリロとレイがそっと飛び降りた。
「箱がいっぱい……」レイが呟く。「全部、人が入ってるの?」
「そうだ。人間も獣も、商品扱い」
レイは一つの箱に触れた。
「重っ……どうしよ?」
「売られる前に、救い出す」
――
同じ頃。
ザリア、ハン、リカは、鉄格子でふさがれた穴の底へと放り込まれた。盗賊たちが去るや否や、ザリアはすぐさま叫び出す。
「おーい! コラ! そこのアホども! さっさと檻開けろ!」
リカが肩に手を置く。
「はいはい、お姉ちゃん。もう行っちゃったから」
ザリアは大きく息を吐いた。
「よし。それじゃあ、プランBは?」
「知らないよ」リカは肩をすくめる。
一方ハンは、無言でキューブを展開し、周囲をスキャンしていた。
[有効な手段:*0*件]
「ダメだ」ハンはうなだれる。「何か、あの鉄格子に触れる方法があれば……」
「で、触ったあとどうするつもり?」リカが突っ込む。「幽霊みたいにすり抜ける?」
「違うに決まってるだろ」ハンはムッとする。「ザリアを上まで上げられれば、多分あの鉄、蹴り破れる」
リカは腕を組んだ。
「じゃあ、どうやって上まで運ぶの? この穴、少なく見積もっても四、五メートルはあるけど」
「手は二つ。A案、肩車で上げる。B案、俺がワイヤーを撃って上に引っかけて、そこをザリアが登る」
「B案に賛成!」ザリアが即答する。
「だろうね」ハンは頷く。「リカがザリアを持ち上げてる絵も見てみたかったけど」
リカは遠慮なく拳を振るった。
「いった!」
「話進めて」
「はいはい……」
ハンのキューブからワイヤーが発射され、鉄格子の隙間をすり抜けて天井に固定される。
ザリアは少し震える手でそれをつかんだ。
「じゃ、運試し行ってきまーす」
「運じゃなくてバランスだよ」ハンがぼそりと言う。
ザリアは目を回しそうになりながらも、慎重に壁を登っていく。ワイヤーがきしみ、穴の底からリカが息を飲んだ。
「もうちょい……」リカが小声でつぶやく。
ザリアは鉄格子の高さまで到達し、大きく息を吸い込んだ。
「せーのっ!」
ドンッ。
一撃で鉄格子が大きく湾曲する。
「あと一発でいける!」ハンが下から声を上げる。
ザリアは足を引き、もう一度思い切り蹴り込んだ。今度こそ、鉄格子がベコッと外へ弾け飛ぶ。
「よし、突破!」ザリアがどや顔を作る。「さっさと退散すっぞ!」
〈警告。警告。人質の脱走を確認〉
「はあ!? なんでどこもかしこもアラーム完備してんのよ!」
「文句言ってる暇ないって!」リカが叫ぶ。
ハンとリカもワイヤーをよじ登り、ザリアの後に続く。ちょうどその時、盗賊たちが駆け込んできた。
「おい! ガキども、何やってやがる!」
「決まってんだろ。脱走だよ」
ザリアは飛び蹴りを食らわせ、最も近くにいた盗賊を壁まで吹っ飛ばした。その隙に三人は穴から飛び出す。
「出口、この近くのはず!」
曲がり角を何度も駆け抜け、背後からは怒号と足音が迫る。
やがて廊下の突き当たりに扉が見え、三人は飛び込むように中へ入り、鍵をかけた。
「ふう……」リカが胸をなで下ろす。「これで一息――」
ドンドンッ。
「今すぐ開けろ!」
「やだね!」ザリアが怒鳴り返す。
ハンが二人の肩をトントンと叩いた。
「おい、二人とも……」
振り向いた彼らの目に飛び込んできたのは、あまりにも凄惨な光景だった。
「……うっ、吐きそう」
床には、血まみれの死体がいくつも転がっている。四肢はばらばらで、壁には一体が叩きつけられたように貼り付いていた。
「うわ……」ザリアが息を呑む。「これは、やりすぎだろ」
「何がやったの、これ……?」リカの声が震える。
「知りたくないタイプの答えだな」ハンは顔をしかめる。「扉開けよう。まだ間に合ううちに離れ――」
シューッ……。
ハンが生唾を飲み込む。
「……だから嫌だったんだよ」
「落ち着きなよ」ザリアが軽く笑ってみせる。「どうせ蛇か何かでしょ。そういうの、いらない時に限って出てくんの」
ドンッ、ドンッ、ドンッ。
反応する暇もなく、巨大な脚がザリアの顔面を蹴り飛ばし、そのままハンにぶつける。
続いて姿を現したのは、全身血塗れの巨大な黒蜘蛛だった。
〈規則:灼熱砂漠の復讐グモ《シャクネツサバク・ノ・フクシュウグモ》を討伐せよ。レベル:2700〉
「うわああああっ!!」
ザリアとリカは、そろってハンにしがみつきながら悲鳴を上げる。
「ハン、なんとかして!」ザリアが泣きつく。
「俺!? お前が前線だろ!?」
「だって蜘蛛だよ!? 蜘蛛! 蜘蛛だけは無理! 誰か倒せぇぇ!」
グモは口から糸を吐き出し、三人をまとめて絡め取った。
その声は姿と同じぐらい、ひどく掠れていて、飢えたような響きがあった。
「みーつけた……」
次の瞬間、奴の姿がふっと消える。三人を縛っていた糸も、じわじわと溶けていった。
「どこ行ったどこ行ったどこ行った!?」リカがパニックになる。
〈領域効果:10秒ごとに、グモは*アラクニド・アパリション*を発動し、一時的に姿を消すことができる〉
ハンはキューブを構え、周囲をスキャンする。
「……反応なし」
「なしって何よ!? さっきまで目の前にいたじゃん!」
その瞬間、上から脚が振り下ろされ、ハンの顔面にヒットした。ハンはそのまま後方に吹き飛ぶ。
「ハン!」
天井からは糸でぶら下げられた死体がいくつも揺れ、蜘蛛の声が部屋中に響く。
「みーえーてーるーぞ……」
足元すれすれを糸がかすめ、ザリアは思わずリカの腕の中に飛び込んだ。
「ぎゃああ!」
「ちょっと、なんで私が抱えてんの!?」リカがツッコむ。
「いいから聞くな!」
グモが姿を現し、二人の目の前にドスンと降り立つ。二人とも尻もちをついた。
ハンはなんとか起き上がる。
「何してるの二人とも! あいつ一匹ぐらい、倒せるだろ!」
二人は同時に首を振る。
グモが噛みつこうとした瞬間、ハンはワイヤーで二人を引き寄せ、ギリギリでかわした。
「お前らどうかしてるぞ!」ハンが怒鳴る。「ここは戦場だ! ゲームじゃない! ここでしくじったら、ニュガワさんとシンカイダン全部を裏切ることになるんだぞ!」
「分かってるってば!」ザリアが息を荒げながら叫ぶ。「でも本当に……蜘蛛だけは……マジでムリ!」
「私も、虫全般ムリだから!」リカが泣きそうな顔で言う。「なんか、汚い!」
グモが再び糸を吐き出すが、ハンのキューブが網で迎え撃ち、軌道を逸らした。
「分かったよ!」ハンは大きく息を吸う。「遠距離から攻撃するってことで妥協しろ!」
「う……」ザリアが口ごもる。
「……それなら、まあ」リカも渋々うなずく。
「よし! ザリア、さっきのやつだ! 槍を蹴り飛ばせ!」
ザリアは震えを押さえ込み、槍を軽く投げ上げると、回転するそれに強烈なバックキックを叩き込む。
槍は弾丸のように飛び、グモの顔面を貫いた。
〈ボスHP:100%→66%〉
「よし!」ハンが喜ぶ。「もう何発かぶち込め!」
槍はザリアの手元に戻るが、彼女は反射的に落としてしまう。
「いやあああ! 蜘蛛汁ついた!」
「いいから持て!」
ザリアは柄の端を靴で踏み上げ、その反動で浮かせると、再び全力で蹴り飛ばした。
グモは身をひねって避けるが、槍は壁で跳ね返り、背中から突き刺さる。
〈ボスHP:66%→33%〉
「いた……」グモがかすれた声を漏らす。「温存……しないと……」
再び姿が消え、ザリアは新しい槍を形成する。
「どこだ、どこ!? どこにいるの!?」
「気配は聞こえる」ハンが耳を澄ます。「かなり近い」
「“近い”って、どのくらい――」
ハンが顔を上げた瞬間、頭上から糸が飛び、彼とリカを壁に貼り付けた。
「上だ! 天井!」
ザリアは慌てて見上げる。
「見えないんだけど!?」
「左に二歩!」
「で、どうするの!?」
「槍を投げろ! 全力で!」
さらに糸が飛び、ザリアの足首に絡みつく。
「うわ最悪! 気持ち悪っ!」
「早く投げろ、ザリア!」
「もうっ……分かったってば!」
ザリアは槍をくるくると回し、ありったけの力を込めて天井めがけて投げつけた。
ズブッ。
グモが姿を現す。槍はその頭を貫いていた。
〈ボスHP:33%→0%〉
「やったじゃん、ザリア!」リカが笑顔を見せる。「蜘蛛、撃破!」
その途端、三人を縛っていた糸がふっと消えた。
同時にグモの身体がぶるぶると震え、どろどろの液体となって弾け飛ぶ。
ズチャッ。
それは見事にザリアの全身に降り注いだ。
「うわ……」リカが顔をしかめる。「きっつ……」
ハンはすかさずスマホを取り出し、シャッターを切った。
「よし。今のは全部のSNSに上げとく」
ザリアは無表情のまま、じっと彼を見つめる。
「……今、槍の『撃破リスト』に名前一つ増えたから」
「増えてない増えてない! じゃ、俺この辺で!」
ハンは全速力で部屋を飛び出していき、それをザリアが追いかける。
リカはそれをぽかんと見送り――
「……被害者があたしじゃなくて良かった」
と小さく呟いた。
――
その頃。
オマリロとレイは、倉庫に並んだ箱の列を眺めていた。
「どこからやる?」レイが首を傾げる。「いっぱいありすぎ」
「下がれ」オマリロが一歩前に出る。
レイは数歩さがり、オマリロは両手を打ち鳴らした。
「ジュゲン滅者:抹消」
箱の列が一瞬で消え、その中から、やつれきったドワーフたちと家畜たちが現れる。
彼らがゆっくりと体を起こすと、オマリロは出口のほうを指さした。
「自由だ。お前たちはもう自由」
一組の夫婦が這うようにオマリロの元へ辿り着き、彼に支えられて立ち上がる。
「ありがとうございます……見知らぬ方……」女が言う。「娘が、きっと心配しているはずです」
「ここを出るまで、付き添ってもらえませんか?」男も続ける。「この身体じゃ、まともに歩くこともできません」
「娘が頼んだ」オマリロは短く説明する。「だから助ける」
「スナコが?」
「ああ」
「じゃあ……あなた方、カイタンシャなんですね!」
オマリロはうなずく。
夫婦は振り返り、他の囚人たちに声を張り上げた。
「聞いたかみんな! カイタンシャが助けに来てくれたぞ! これで助かった!」
「まだだ」
倉庫の扉がギィと開き、巨大な棍棒を持った仮面の男が姿を現した。
「新しいお友達だ!」レイが嬉しそうに言う。
囚人たちは一斉に後ずさった。男はゆっくりと前へ進み出る。
「あるカイダンチョウが、このフロアに来るかもしれないって警告を受けててな。まさか本当に来るとは思わなかったぜ」
「よりによってオマリロ・ニュガワ――伝説本人とはな」
オマリロの目が細くなる。
「妙な男だ。何者だ」
「俺か?」
男はくつくつと喉を鳴らし、背後からは盗賊たちがぞろぞろと倉庫へ雪崩れ込んでくる。
「お前の首に懸かった賞金を、回収しに来たただの男さ」
――




