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――第2章・ダンジョンへ――

――日本・東京。


「降りろ。さっさと」


ザリア、ハン、リカの三人はカイタンシャのバンから半ば引きずり出され、そのまま高層オフィスビルのロビーを歩かされていった。


「ちょっとすみませーん」ザリアが口を挟む。「うちら、これからどこ連れてかれるのか説明とかって――」


「黙れ、チビ」先頭のエージェントが言い放つ。「ディレクターの橘ハヤテ様がお前たちをお待ちだ」


「ディレクター……?」ハンがつぶやく。「絶対ロクな話じゃないな」


「マジでロクな話じゃないね」


三人は受付カウンターの前を通り過ぎた。

受付の女性はちらりと彼らを見て、片眉を上げる。


「今度は何の騒ぎ?」受付が尋ねた。


「違法フロア探索です」エージェントが答える。「ガキども、ライセンスなし」


「ったく、もったいないわね。見た目はそこそこやれそうなのに」


「やれませんよ」


エレベーターに乗り込むと、エージェントは迷いなく一〇〇階のボタンを押した。

二分後、彼らは広い執務室へと通される。室内では厳しそうな男が電話を片手に怒鳴っており、その隣に若い女性が無言で控えていた。


「ダメだと言っている。浜松ダンジョンの探索許可は下りない。安全確保のため封鎖中だ。そちらの都合は関係ない。“ノー”は“ノー”だ」


「失礼します、ディレクター」エージェントが声をかける。「規則違反のガキどもを連行しました」


男は電話に向かって言った。

「悪いが、この話は後にしよう」


通話を切ると、男は三人へ視線を向ける。

「さて、説明を。ジュンペイ」


ジュンペイと呼ばれたエージェントは、三人をハヤテの前に突き出した。

「こいつら三人、大阪ダンジョン第五〇〇階で発見されました。ライセンスも、カイタンシャの登録も、一切なしです」


「違法カイタンシャ、というわけか」橘ハヤテが言う。


「はい。よく生きてたもんですよ」


「うちらのおかげじゃないし!」ザリアが即座に口を挟む。「ニュガワさんが助けてくれたんだから!」


「馬鹿言え」ジュンペイが鼻で笑う。「ニュガワのような引退した伝説が、お前たちみたいな無謀なガキに構うわけないだろう」


「本当ですって!」ハンが続ける。「あの人が現れて、ボスを一瞬で倒して、そのまま普通に歩いて出ていったんです! 見てなかったんですか?」


「見てない」ジュンペイはきっぱり言い捨てる。「くだらない与太話はそこまでだ」


ハヤテが立ち上がる。

「お前たち、レベルはいくつだ」


「55です、サー」ザリアが答える。


「51です、サー」リカが続ける。


「53っス、サー。あとちょっとで54ですけど」ハンが言う。


「複数のダンジョンを、違法に回っていたのか?」


三人は同時に首を振った。


「今日が初ダンジョンです」ザリアが説明する。「レベルが50台なのは、ジュゲンレベルが中層階カイタンシャだからで」


ハヤテはその情報を頭の中で整理するように顎に手を当てた。

「“中層階”という呼称は、本来カイタンシャ加入後にのみ使われる言葉だ。それに、その程度の層では第五〇〇階に挑むには力不足だ」


「じゃあ、第五〇〇階に挑むなら、どのフロアランクが必要なんですか?」ザリアが食い下がる。


「プライムだな」ハヤテは答えた。「しかもその中でも上位。今のお前たちからは、何百レベルも先の話だ」


「なら、上げる時間があるってことですよね?」


「いや、その時間はない」ハヤテはあっさり切り捨てる。「ルール違反者に対して、私の権限でライセンスを出すことはできない」


「なんでですかぁ……」ザリアがうめく。


「ルール違反者がライセンスを得る唯一の方法は――『一つのダンジョンの一万階を、一度の挑戦で全踏破すること』だ」


三人は息を呑んだ。


「でも、一万階までクリアした人なんて誰も……!」ハンが叫ぶ。「ただ一人を除いて――!」


「オマリロ・ニュガワ」ハヤテが同意する。「ゆえに、もしお前たちが正式なカイタンシャになりたいのなら、現実的な道は一つ。彼のパーティに入り、残り四十あるダンジョンのうち一つの全階層を共に踏破することだ。それができなければ――お前たちは違法ハンティングの罪で逮捕、ということになる」


三人は顔を見合わせた。


「猶予はどれくらいですか?」ザリアが尋ねる。


「二十四時間だ」ハヤテが告げる。「健闘を祈る。ジュンペイ、目的地まで送ってやれ」


「了解しました、サー」


こうして三人は再び連行され、ハヤテは隣に立つ女性へ顔を向けた。

「どう思う、マリン。やつらの話は本当だと思うか?」


綾瀬マリンは姿勢を崩さぬまま、横目でハヤテを見る。

「判断不能です、サー。オマリロ・ニュガワの消息は、十年前から完全に途絶えていますから」


「はは」ハヤテは小さく笑った。「一体どこで何をしているのか……奴のいないカイタンシャは、やはり物足りん」


マリンはわずかに顔をしかめる。

「その発言は、あまり公の場ではお控えください、サー」


「分かったよ、悪かった」


――東京都・港区。


「ここだ」ジュンペイは車から三人を降ろしながら言った。「ニュガワの最後の確認住所」


そこは立派な高級マンションの前だった。入口にはしっかりとした門があり、簡単には入れない造りになっている。


「ほら、行け」ジュンペイが命じる。「お前たちの持ち時間は、ここからスタートだ」


そう言い残すと、彼は車を走らせて去っていった。


「怖いような、ワクワクするような……」ハンがぽつり。

「片方は伝説のニュガワさんに会えるって話で、もう片方は失敗したら刑務所行きだもんね」


「両方同時に感じるって、アリかな?」リカが首をかしげる。


「うちは両方感じてるよ!」ザリアが元気よく言う。「行こ、在宅かどうか確認!」


彼女はひょいと門を飛び越えた。


「それ普通に不法侵入だからね」ハンが指摘する。


リカもその後を追って飛び越えた。

「ツッコミは後で! 刑務所だけはマジ勘弁!」


ハンはため息をつく。

「女ってやつは……」


仕方なく彼も門をよじ登り、三人は玄関へ向かった。

そこには昔ながらのインターホンが取り付けられている。


「2025年にもなって、こんなレトロなチャイム使ってるのかあ」ザリアが感心したように言う。「さすが伝説」


彼女はボタンを押し、返事を待つ。

「すみませーん、どなたかー?」


……反応はない。


リカは窓をノックしてみる。

「ダメ! 反応ゼロ! 留守っぽい!」


「どこ行ってんだろ」ハンがうなる。「あの年齢と地位で、そう頻繁に街ブラするとは思えないけど」


「ふん」


三人が飛びのくと、買い物袋を提げた老人が近づいてきた。


「ニュガワさん!」三人が同時に叫ぶ。


「ここ、私の家」オマリロが言う。「なぜ」


ザリアは慌てて姿勢を正し、深々と頭を下げる。リカとハンも慌ててそれにならった。

「お邪魔してすみません! ニュガワさんにどうしてもお願いがあって!」


「金はない」オマリロが即答する。「お前らに渡す金、ない」


「いえいえいえ、金目当てじゃないです!」ザリアが慌てて手を振る。


「でも、もしくれるなら……」とリカが小声でつぶやいたところを、ザリアが肘で突いた。


「とにかく、うちら今ピンチで! 明日の夜までに、ダンジョンの一万階を全部クリアしないと、刑務所行きなんです!」


「頑張れ」オマリロが言う。「じゃ」


「待ってください、サー! うちら三人、ニュガワさんの超大ファンなんです! 一緒にダンジョン攻略してもらえたら、本当に光栄で――」


「腰、痛い。帰る。さよなら」


オマリロは玄関の鍵を開けたが、三人はそのまま後ろからついて入っていく。


「お願いしますってば!」ザリアが食い下がる。


「何でもやりますから!」リカも続く。


「刑務所だけは無理です!」ハンが必死に叫ぶ。「中でボコボコにされます!」


オマリロは袋からリンゴを取り出し、無造作にかじった。

「かわいそう」


そして扉を閉めた。


「……失敗だな」ハンがぼそっと言う。


「裏口とかあるんじゃない?」リカが提案する。


「さすがリカ! ナイス発想! 裏に回る!」ザリアが叫ぶ。


「……もう少し品位をだな……」ハンはこめかみを押さえた。


オマリロの部屋の裏側へ回ると、引き戸タイプの大きなガラス扉があった。

ザリアとリカはそっとそれを引く。


「今の音、聞こえたかな……」ザリアが小声で言う。


「たぶん大丈夫」リカが答える。


ザリアは手で合図を送った。

「突入――」


彼女は転がり込むように室内へ入り、リカがその後に続く。

ハンは周りを確認してから、しぶしぶ中へ入った。


中は広く、きれいに片付いているが、照明が落ちていて薄暗い。


「なにか見える?」ザリアが二人に聞く。


「なにも見えないよ……」リカが答えたそのとき――


「いってて! 足踏んでる!」ハンが悲鳴を上げる。


「シーッ!」ザリアがあわてて口を押さえる。「驚かせたくないでしょ!」


「もう十分侵入してるんだけど!?」


カチ。


突然、照明が点き、三人はその場に凍りついた。

オマリロはラウンジチェアに座り、コーヒーをかき混ぜながら、サンドイッチをかじりつつ三人をじろりと眺めている。


「ふむ」


「へ、へへ……サー、これはですね、その……見たまんまじゃなくてですね!」ザリアが引きつった笑みを浮かべる。


「そ、そうそう!」リカも慌てる。「ただちょっと……お宅訪問、的な!」


「……お二人とも本当にバカですみません」ハンは深く頭を下げた。「心から謝罪します、ニュガワさん」


オマリロはゆっくりと立ち上がる。

「招いてない客。処理、必要」


「サ、サー、それって具体的にどういう……」ザリアがごくりと唾を飲み込む。


オマリロの体が黒と金のオーラに包まれた。

「ここから出るな。私に勝つまで」


「ちょ、ちょっと待って、それどういうルール!?」ザリアが叫ぶ。


「ムリですって!」リカが悲鳴を上げる。「ニュガワさんと戦うなんて!」


「そうですよ!」ハンも叫ぶ。「俺たちが一撃でも当てられる確率、百京分の一レベルですからね!?」


オマリロの体には金と黒の鎧が形成され、頭部を覆う仮面が閉じる。

「ジュゲン闘士:カースドヘックスアーマー」


「あ、マジでやる気だ……」ザリアが青ざめる。


彼の手には黄金の剣が形作られた。三人はじりじりと後ずさる。


「サー!」ザリアが必死に訴える。「さすがに、これはちょっとやり過ぎじゃ――」


「価値、証明しろ」オマリロが短く言う。「かかれ」


一閃。

空気を切り裂く斬撃が走り、近くの花瓶がまとめて吹き飛んだ。

三人はギリギリで回避し、冷や汗を流す。


「やばいやばいやばい!」ハンが叫ぶ。「分析とか言ってる場合じゃない! どうする!」


「言われたでしょ!」ザリアが叫び返す。「でも、うちにはもっといいアイデアがある! 逃げろ!」


三人は一斉に廊下へ走り出した。

オマリロはそれを見送りながら、くすりと笑う。


「子ども。面白い」


廊下の突き当たりまで走った三人は、畳敷きの道場部屋に転がり込んだ。


――道場・朝……ではなく、今は夜。


「撒いた……?」リカが息を切らしながら尋ねる。


「いや、ここ、あの人の家だからね」ハンが冷静につっこむ。


その瞬間、ハンの体が横から吹き飛び、壁に叩きつけられた。


「ハン!」


ザリアが槍を展開する間もなく、オマリロの剣が振り下ろされ、彼女の槍と激しくぶつかり合う。


「……闘士」オマリロが呟く。


「そ、そうです! うち、闘士クラスです!」ザリアが叫ぶ。「できれば実技試験はパスでお願いしたいんですけど!」


オマリロは彼女を軽々と弾き飛ばし、その勢いでリカの腹を蹴り抜いた。


「いっ……」リカはうずくまりながら呻く。「あたし、ヒーラーなのに……」


ザリアはよろめきながら立ち上がった。

「いいですよサー! そこまで言うなら、うちの力、見せてあげます!」


彼女は槍を構え、素早い連撃を叩き込む。

だがオマリロは、片手だけでその全てを受け流していく。


「雑」オマリロが評する。「でも、力はある」


ザリアは体をひねって横薙ぎを放つが、オマリロの姿は既にそこにはない。

振り向いたときには背後に回り込まれており、手の甲で殴りつけられて隅まで吹き飛ばされた。


「次」


ハンは痛みに顔をしかめながら手を伸ばし、キューブを呼び出した。

「ヘキサゴン・キューブ! 弱点か罠の――なんでもいいからスキャン!」


オマリロは片眉を上げる。

「ユニークスキル。ジュゲン後備者、か」


ハンはうなずく。

「うちのキューブは、相手の弱点をスキャンしたり、トラップを作ったりできるんです! たとえば、今だって――」


[スキャン完了。解決策:0件]


「――何も出ないときもあります」


オマリロは剣の柄でハンの腹を小突き、そのまま視線をリカへ移した。


「お前」


リカは両手を挙げて身をすくめた。

「あ、あたしはジュゲン回生者です! 禁忌治癒でどんな傷も治せるけど、その分、対象の寿命を削っちゃうタイプで! 戦闘向きじゃないんで、できれば殴らないでください!」


「ふむ」


背後から飛びかかったザリアの槍を、オマリロは振り向きもせず片手で受け止め、そのままザリアごとリカに向かって投げ飛ばした。

ハンも這うように二人のそばへ寄っていき、三人そろってオマリロを見上げる。


「生」オマリロが言う。「弱い。鍛えてない」


一歩前に出たところで、ふっと力を抜き、鎧と仮面を解いた。

「よし」


「よし、って……」ザリアがぽかんとする。


「明日。朝八時。沖縄ダンジョン行く」


「つまり……」リカが目を丸くする。「うちらをパーティに入れてくれるってことですか?」


「うむ。腰の運動」オマリロが答える。「少し、なまった」


「なまってないと思いますけど……」ハンは自分の背中をさすりながらつぶやいた。


オマリロは廊下の方へ向き直るが、ザリアが慌てて呼び止める。


「ありがとうございます、サー! 図々しいのは承知なんですけど……今夜、うちらどこで寝ればいいですか?」


オマリロは廊下の先に並ぶドアを指さした。

「客間。客のための部屋」


「了解です!」


気づけば彼の姿はもうどこにもなくなっていた。


「はあ……やっぱカッコよすぎ」ザリアがうっとりと呟く。


「だな」ハンも同意する。「九十代なのに、動きが若手以上ってどういうことだよ」


リカはお腹をさすりながら言った。

「でも、痛みの分だけ価値ある経験だったかも」


「誰か……部屋まで運んで」ハンがうめく。


「うちもお願い……」ザリアも床に倒れ込んだ。


三人はそのまま、道場の床に突っ伏した。


――道場・朝。


オマリロが湯のみを片手に道場へ入ると、床には昨夜と同じ姿勢で倒れている三人の姿があった。

彼は壁に立てかけてあった杖を手に取り、床をコン、と鳴らす。


「起きろ。寝る時間、終わり」


三人はうめき声を上げながら身を起こす。


「んあ……?」ザリアが目をこする。「もうお昼?」


「さすがに違うでしょ……」リカが小声で返した。


オマリロの視線に気づいた瞬間、三人は一気に姿勢を正した。


「サー!」


「今日。沖縄ダンジョン。一万階全部」オマリロが宣言する。「お前たち、カイタンシャになる」


「出発はいつですか?」ザリアが尋ねる。


「今。服。着ろ」


オマリロはハンに黒と金のハンター装備――カイタンシャのジャケットとパンツ――を投げ渡し、ザリアとリカには女性用のバリエーションを手渡した。

それは、戦闘用のサイハイブーツ付きカイタンシャドレスだった。


「これ、あたしたちの?」リカが目を輝かせる。「めちゃくちゃ可愛いんだけど!」


「可愛いっていうか、“超カッコいい”でしょ」ザリアが言う。「うち、これ大好き!」


ハンは二人を見比べてため息をつく。

「お前ら、それ……完全にペアルックだからな」


オマリロは自分のローブを脱ぎ、下に着ていた装備を見せた。

「十分。外で待つ」


三人はそれぞれ部屋に散り、急いで着替える。

そして十分後、オマリロの杖が玄関先で待っているのを見つけ、三人は外へ集合した。


ザリアが一歩前に出る。

「沖縄までは、どうやって行くんですか?」


「近く来い」


三人がオマリロの周りに集まると、彼は杖を地面にコンと叩きつけた。


「ジュゲン操運者:カースドムーブメント」


「なんか……体が変な感じする」リカが眉をひそめる。「これって正常なんですか、サー?」


「すぐ分かる」


数秒後、四人の体は黄金の光に変わり、その場から消え去った。


――日本・沖縄市。


パーティはビルの屋上に姿を現した。

ザリアは縁から下を見下ろす。

「今の、どうやったんですか、ニュガワさん?」


「特別な技」オマリロは簡潔に答える。「行く。ダンジョン入る」


彼が屋上のドアに近づくと、それはゆっくりと石の門へと姿を変えた。

「入口」


三人は彼の背後に整列する。


「これって、きついんでしょうか……」リカが不安げに尋ねる。


「きつい」オマリロは断言する。「覚悟しろ」


門が開き、赤い光が中から漏れ出す。


「では、入る。今」


オマリロは迷いなく門の中へ消えた。


三人は顔を見合わせる。


「世界最強の男がついてるんだし」ザリアが言う。「さすがに安全でしょ」


「そう、だよね……」リカは自分に言い聞かせるように頷く。「うん、きっと大丈夫」


「どのみち、選択肢は二つだ」ハンが肩をすくめる。「ここに飛び込むか、刑務所行きか。なら、“信じて飛ぶ”一択だろ」


そう言って、彼はオマリロの後を追って門へ飛び込んだ。

残された二人も続いて中へ入り、全員が通過したところで、門はゆっくりと閉じた。


〈侵入を検知――フロアレベル:1〉


――

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