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――第17章・神カイダン――

――???――


「父さま? 父さま! 起きて!」


 ライゼン――いや、雷象ライショウはゆっくりと目を開けた。

 今の彼は赤い髪と瞳を持つ人型の姿で、その上に身を乗り出すようにして立っているミチコと、その隣にいるライコクも、同じく人型になっていた。


「お怪我はありませんか?」ミチコが覗き込む。


 ライショウが上半身を起こすと、世界は一面、嵐のような赤い空に覆われていた。

 娘たちは両脇から支え起こす。


 ライコクはすぐに頭を下げた。


「父さま……お力になれず、申し訳ありません」


「わたしもです」ミチコも頭を下げる。


 ライショウは二人の頭に、それぞれ大きな手をそっと置いた。


「いや……違う。失敗したのは、私のほうだ。お前たちを兵士のように戦場へ送り出し、人間に我らの住処を奪わせてしまった」


「そんなこと言わないでください!」ミチコが即座に否定する。「父さまは本当にすごかった! あの伝説のカイタンシャを、あと一歩まで追い詰めたんですよ!」


「そうです。わたしたちなんかより、よほど健闘されました。みんな、父さまを誇りに思っています」ライコクが続ける。


 彼女は後ろを振り返る。

 そこには、同じく人の姿となった雷象の子らがずらりと並び、一斉に父へ向かって頭を垂れていた。


「……光栄だな」ライショウは苦笑するように言った。「だが、称賛は要らん」

「何しろ、あの男は“人間”ですらなかった。あいつは最初から、いつでも私を殺せた。あえて互角の勝負を選んだだけだ。あの男は――」


 ライショウはくつくつと笑う。


「――呪われている」


 ミチコは赤い空を見上げた。


「……同感です」


「これから、どうなさいますか?」ライコクが問う。


「ジ・エンドレスが我らを呼ぶ。その時、再びオマリロ・ニュガワと会うことになるだろう」

「その時には――もっとゆっくり、話をしてみたい」


 ライショウは立ち上がり、両脇の娘たちが腕を取る。


「さあ、歩こう。景色を楽しむとしよう。命とは尊い贈り物だ。これは、誰にも破れぬ“規則”だ」


 三人はゆっくりと歩き出し、他の子らもその背中を追っていった。


――沖縄ダンジョン・最終階。


 竜殺しの神殿を後にして、オマリロが姿を現す。

 すぐさま、子どもたちがわっと群がった。


「師匠!」ザリアが叫ぶ。


「勝ったんですね!」ハンが喜びの声を上げる。


「でも、その顔……!」リカが息を呑む。「目が……」


「お目め、なくなってるよ、えへへ」レイがケラケラ笑う。


 三人はそろって彼女を見つめた。


 オマリロは片手を上げる。


「問題ない。治る。治る運命カースだ」


 リカがそっとオマリロの頭に手を置く。


「あと一回だけ、ヒール使えます……だから、治させてください」


 オマリロは一瞬だけ黙り――


「……分かった」


 リカの手から柔らかな光が流れ込み、オマリロの身体を巡っていく。

 閉ざされていた瞼が開き、視界が戻る。


 オマリロは背筋を伸ばした。


「少女、自分の寿命を削った。だが、わしの命は終わらん」


「大丈夫です! 今、調子はどうです?」


「腰は痛い。顔は平気」


〈ダンジョン:クリア〉


 出口の門が現れ、子どもたちはオマリロに飛びつき、ほとんど押し潰す勢いで抱きついた。


「やったぁ!」ザリアが叫ぶ。「このチャレンジ、完膚なきまでにぶっ飛ばした!」


「留置所ナシだ!」ハンが拳を突き上げる。


「ほんと、運が良かったね」リカが笑う。「こんなすごい師匠に当たるなんて」


 レイも飛び込んでくる。


「いえーい! パーティタイム!」


 三人はびくっと飛び退き、オマリロだけが動じない。

 レイは首をかしげる。


「ん? パーティは、後で?」


「この子、どうする?」リカがこそこそと尋ねる。


「統計的には、パーティメンバーを増やすと、裏切り・ライバル化・死亡リスクが跳ね上がるんだよね」ハンが肩をすくめる。「それでもいいって言うなら……お好きに」


「師匠、どうします?」ザリアが腕を組む。


 オマリロはレイへ歩み寄る。


「少女。出自は」


 レイは耳の穴をほじりながら考える。


「出自……うーん、あんまり覚えてないんだよね。あ、そうだ!」

「すっごく昔、めちゃくちゃ素敵な場所に住んでたの! そしたら、なーんかでっかい何かが来て、ひょいって掬い上げられて、ここに連れて来られちゃって!」

「で、ライゼンがやって来て、私の力を自分のために使ったの! えへっ! 質問ある?」


 子どもたちは呆けた顔で瞬きをするだけだった。


「……この人、頭大丈夫?」ザリアが小声で聞く。


「微妙」ハンが小さく返す。


「じゃあ、何歳って主張してるんです?」リカが尋ねる。


「年齢がねぇ……どうしても思い出せないの」レイは唸る。「でも、すっごく大きい数字だったのは確か!」


「見た目は十八くらいですけど」ハンが突っ込む。


「十八? ううん、それはないかなぁ」


 オマリロは出口の門の方へ歩き出す。


「……少女も来い。過去は追々、調べる」


「入れるんですか?」ハンが目を剥く。


「無害そうだし?」ザリアが言ったその直後、レイが月光弾を撃って近くの神殿を吹き飛ばした。


「……まあ、“そこそこ”無害かな」ザリアは言い直す。


 リカはレイの全身を眺め、ぎゅっと腕を掴んだ。


「ま、女の子一人増えるなら大歓迎! 幽霊でも何でも、これで三人娘!」


 ハンは額を押さえる。


「三人揃えば、もう十分カオスだよ」


 オマリロは門をくぐる。


「行くぞ。家が待っている」


 他のメンバーも続いて門へ入り――その直後、屋上から影のポータルが開き、鎧姿の男が落ちてきた。


「ニュガワ……」


 ゲートは閉じ、鎧の男はゆっくりと立ち上がる。


「奴が戻ってきたか。都合がいい」

「日本にいると分かれば、狩るのは簡単だ」


 背後に再びポータルが開き、男は後ろ向きのままそこへ歩み入る。


「自分のガキどもを、しっかり繋いでおけよ、ニュガワ」


 ポータルが閉じた。


――日本・沖縄。


 ダンジョンの外、沖縄の街中に、オマリロたちのパーティが吐き出される。

 そこには、橘ハヤテと、大勢のカイタンシャたちが待機していた。

 ハヤテが車から降りてくる。


「おやおや、オマリロ・ニュガワじゃないか」ハヤテが笑う。「まだまだ衰えてないようだな、古い友人」


「……橘」オマリロが名前を口にする。


「ご名答。無事に戻ってきてくれて嬉しいよ。ただし――形式上は、全部の階層を踏破したわけじゃない。ボスを倒したとはいえね」


「マジすか」ザリアが顔をしかめる。「ここに来て揚げ足取り?」


 ハヤテは両手をひらひら振った。


「いやいや。そこは目をつぶろう。要は――“不法”ルーキーのわりには、よくやったってことだ」

「だから、これを渡す」


 ディレクターはザリア、ハン、リカの三人に、それぞれの名前とジュゲンのクラスが記載された正式なライセンスカードを差し出した。


「……ん?」ハヤテはふと気づいたように眉をひそめる。「そこの子は?」


 彼はレイを指さす。


「やっほー!」レイが手を振る。「葉山レイ! あのダンジョンにずっと閉じ込められてました! ねえねえ、まだ馬って使ってる?」


「中で拾いました」ハンが説明する。「ダンジョンボスの囚人だったみたいです。ジュゲン魔法士の使い手です」


「高レベルなのは見れば分かる」ハヤテは頷く。「葉山レイ……ふむ。オマリロ、この子もお前の管理下に置くか?」


「全員、わしの子どもだ」オマリロが断言する。


「……ん?」


「カイダンだ」オマリロは短く言う。「新設。神カイダン《シンカイダン》。この子ら、所属」


 その場にいたカイタンシャたちは一斉に息を呑み、どよめきが走る。

 ハヤテは咳払いをした。


「新しいカイダン、だって?」


「そうだ」オマリロははっきりと言う。「作る」


「ということは、正式に現場復帰するってことだぞ。いいのか?」


 オマリロは一度、静かに頷いた。

 ハヤテは大きくため息をつく。


「……まあ、伝説は健在ってわけか。マリン!」

「カイダン申請の書類を回せ! この子たちのカードを預かって、新しい所属に書き換えろ! それと、あの子の分も一枚作るんだ!」

「オマリロ・ニュガワが復帰して、自分のカイダンを持つそうだ!」


 車から綾瀬マリンが降りてくる。一瞬だけ、鋭い視線をオマリロに向けてから、子どもたちのカードを受け取った。


「あなたの分も、必要になります」


「壊した」オマリロはあっさり言う。「新しいのを作れ」


 マリンは舌打ちした。


「……はあ。やっぱりね」


 ザリアはそっとオマリロに耳打ちする。


「師匠、あの人、なんか刺々しくない?」


「女、根に持つタイプ。放っておけ」


 マリンはもう一度だけ振り返り、無言のまま車へ戻っていく。


「刺々しいってレベルじゃないんですけど」ザリアは腰に手を当てて呟いた。


 ハヤテは咳払いをして場を整える。


「ともかく、オマリロ。カイタンシャ本部に顔を出してくれ。お前の正式復帰を、大々的に発表したい」


「断る」オマリロは即答する。「子どもたち。行くぞ」


 子どもたちが集まり、オマリロは杖を地面へ軽く突き立てる。


「おい、オマリロ! 待て――!」ハヤテが叫ぶ。


「ジュゲン操運者:呪速移動カースド・ムーヴメント


 黄金の閃光が弾け、彼らの姿は消えた。

 ハンターの一人、ジュンペイがハヤテの横へ駆け寄る。

 ハヤテは肩に手を置いて尋ねた。


「全部撮れたか?」


 ジュンペイが路地裏を指し示すと、そこから複数のカメラマンがぞろぞろと姿を見せた。


「一言残らず、ばっちりです」


 ハヤテは満足げに背中を叩く。


「よし。これで、こっちもニュースに乗れる」


――後日・東京都港区。


『――速報です。オマリロ・ニュガワがカイタンシャ・コーポレーションに復帰し、自身のカイダンを設立したとの情報が入りました! 信じられますか?』


 ザリアはソファに寝転びながらリモコンをカチカチと弄っていたが、そのチャンネルで手を止めた。


「師匠! テレビ出てますよ!」


 オマリロがリビングへ瞬間移動し、画面を細めて睨みつける。


「くだらんカメラめ」


 踵を返そうとするオマリロに、ザリアが慌てて声をかける。


「で、その……私たち、どうなるんです? 追い出されるのか、どこ行けばいいのか……」

「正直、安定した家ないんで」


「ここにいろ」オマリロは淡々と告げる。「学べ。育て。昇れ」


 ザリアの目がぱっと見開かれる。


「ここに……師匠と一緒に……住んでいいんですか?」


「そうだ」


「マジで!? 最高! やばっ! ちょ、ホントですか師匠!? リカ! ハン! はやく下りてきて!」


 ほどなくして、ハンと――そしてオマリロの横で、リカとザリアが互いの肩を掴み合い、キャーキャー言いながら揺さぶり合う光景が広がっていた。


「女子、様子がおかしい」オマリロは言う。「どこか悪い」


「いえ、先生」ハンが苦笑いする。「ただ浮かれてるだけです。伝説の人と同居できるんですから」


「これ、絶対楽しいやつ!」ザリアが笑う。


「分かる! この家に! あの人と! 同居だよ!? 世界は私を見捨ててなかった!」リカも興奮気味だ。


 二人は同時にふっと気を失って、その場にぺたりと倒れ込んだ。


「はい、オーバーヒート」ハンはため息をつき、オマリロへ向き直る。「では師匠! ぼくもご期待に沿えるよう、全力で努力します!」


 オマリロはハンの肩に手を置く。


「よく働け」


「はい!」


 そこへレイが飛びついてきて、二人まとめて抱きしめる。


「ねえねえ、この場所なに? めっちゃ豪華なんだけど!」


「家だ」オマリロが答える。「少女も、ここに住め」


「わーい! 最高! ねえ、竜一匹くらい持ち込んでもいい?」


「ダメだ」


 ハンは気絶したリカとザリアを抱え起こしながら尋ねる。


「……師匠。本当にぼくらで大丈夫なんですか? 師匠の名声はとんでもないです」


「問題ない」オマリロははっきり言う。「育たざるを得ん」


 ザリアは自分の頬をペチペチ叩き、勢いよく起き上がる。


「師匠のために、めちゃくちゃ活躍してみせます! 絶対!」


「ボスでも幽霊でも、全部ぶっ飛ばします!」リカも続ける。


 ザリアはこっそりリカの脇腹を肘でつついた。


 オマリロがテレビへ視線を戻すと、ちょうどハヤテの会見が映し出されていた。


『――さて、ニュガワ関連の話題も一段落したところで――今年のディビジョン・レイド・トーナメントの開催地を発表しましょう!』


 ハヤテの背後にUIが浮かび上がり、彼はくるりとそちらへ向き直る。


『開催地、表示!』


 UIがしばらく点滅した後、文字が表示された。


〈開催地:千代田ダンジョン〉


 三人は同時に息を呑む。


「千代田? ここ、すぐ近くじゃん!」ハンが叫ぶ。


「本物のトーナメントが、目の前で見れるってこと?」ザリアがニヤリと笑う。「最高じゃん、師匠!」


 だが、そこにオマリロの姿はなかった。


「……師匠?」


 画面の中で、ハヤテは話を続けている。


『千代田ダンジョンは広大で、得体の知れないフロアが多い。百周年の記念大会には、これ以上ない舞台でしょう!』

『では、今年出場するカイダンを発表します!』


 新たなUIリストが浮かぶ。


〈第1位:ナラク・カイダン〉

〈第2位:ソウカイダン〉

〈第3位:レツカイダン〉

〈第4位:セイカイダン〉

〈第5位:エイカイダン〉

〈第6位:コウカイダン〉


「また奈落が一位か」ハンが鼻を鳴らす。「何年連続でトップ取る気だよ」


「これなに?」レイがテレビを指差す。「トーナメント?」


 三人は勢いよく振り返った。


「レイド・トーナメント知らないの!?」ザリアが目を丸くする。


 レイは首を横に振る。


「年間でいちばんアツくて、ぶっ飛んだバトルショーだよ! 各カイダンがどれだけクエストこなして、どれだけ報酬をかっさらうか――全国民が釘付け!」


「なるほど! だからオマリロさんが映ってるんだ!」


 子どもたちが再びテレビへ視線を戻すと、今度はハヤテとオマリロが向かい合って話している映像に切り替わっていた。


『――お前が? トーナメントに出たい? でも、復帰したばかりだぞ?』


「出る」オマリロはきっぱりと言う。『神カイダン《シンカイダン》も参加』


『規定では、カイダンは結成から二年経過しないと応募できない。メンバーの命のリスクもあるが?』


「規則、壊せ」


 ハヤテはあごに手を当てて考え込む。


『前代未聞だけど……君が出るなら、視聴率も盛り上がる。よし、認めよう。ただし、他のカイダンチョウたちは手加減しないぞ?』


「他のカイダンチョウ、弱い」


 ハヤテはカメラの方へ向き直る。


『ご覧の通り、もし今つけた方がいたら――今年の百周年ディビジョン・レイド・トーナメントに、新たな参加カイダンが加わりました! 神カイダンです!』


〈第7位:神カイダン《シンカイダン》〉


 家では、子どもたちが口をあんぐりと開けたまま固まっていた。

 その前に、いつの間にかオマリロが現れ、コーヒーを飲んでいる。


「ゲーム、始まる」


 レイは手を叩いて喜ぶ。


「たのしそー!」


――その頃。


 薄暗いオフィスで、大柄な男が椅子に座り、背中を入口に向けていた。

 若い男が入室し、手にはニュースの映像が映ったスマホを持っている。


「砂原カイダンチョウ、ご報告があります」


 男は片手を軽く上げた。


「話せ」


「オマリロ・ニュガワが復帰し、新しいカイダンを結成。レイド・トーナメントに出場するそうです」


 男はぴたりと動きを止め、闇の中で片方の影の瞳だけが光った。


「ニュガワだと? まやかしではないな?」


 少年はスマホを机に置く。


「いいえ、間違いありません」


 男はそのスマホを掴み、画面を食い入るように見つめる。


「ニュガワ……あれの後で、よく戻ってこれたものだ。死に急ぎか」


「ご命令は?」


 男はスマホを放り投げ、少年へ戻した。


「ナラク・カイダンに敵はいない。その事実を、改めて思い知らせてやるだけだ」


「了解しました」少年は敬礼し、部屋を出ていく。


 扉が閉じると同時に、男の腕がゴゴゴと音を立てて変形し、巨大な“岩の腕”へと変わる。

 その拳が机を叩き潰した。


「ニュガワ……」


 低い唸り声が、暗い部屋に響き渡った。


――

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