――第15章・雷鳴支配――
――沖縄ダンジョン・最終階。
〈規則:誰ひとり逃がすな〉
先頭に立つ主を中心に、竜の軍勢がずらりと列を組み、オマリロたちへ向かって行進してくる。
「これ、正直打つ手が浮かびませんけど」ハンが言う。「どーします?」
「戦うしかないでしょ?」ザリアが即答した。
「シギル、まだ残ってるよ」リカが続ける。「使ったほうがよくない?」
「俺とリカが二回分ずつ、ザリアのは起動中」ハンが指を折る。「それで足りるかどうか……」
ライゼンの竜たちが急降下し、一行のすぐ横のビルに着地する。
「足りさせるしかないでしょ」ザリアが肩を回す。
オマリロは、ライゼンが大きく口を開くのを見た。
「伏せろ」
子どもたちが一斉にしゃがむと、ドラゴンの口から雷光が放たれる。
それに続き、他の竜たちも次々と口を開き、雷撃を雨のように撃ち込んできた。
オマリロが杖で床を軽く叩くと、彼と子どもたちの姿がライゼンの背後へと転移する。
すぐにライゼンは身を翻し、振り向きざまに爪を叩きつけたが、オマリロは杖でそれを受け止めた。
ドゴォン。
「師匠!」ザリアが叫ぶ。
「子ども、肩だ」オマリロがドラゴンの手を片手で押し返しながら言う。「行け」
ライゼンは腕を持ち上げ、そのまま叩き潰そうとするが、オマリロが弓を展開し、矢を放ってその腕を吹き飛ばした。
〈ボスHP:170%→140%〉
ライゼンはすぐさま腕を再生させる。
「……かすり傷だ」
竜王は軍勢を見やった。
「子らよ、あの人間どもを始末しろ。あの男は私が狩る」
竜たちは一礼し、空へ飛び立つ。
ライゼンとオマリロは、わずかな距離を挟んで対峙し、互いに一歩も引かない。
「その年齢にしては、よく動く」ライゼンが称えるように言う。
「年老いたが、鈍ってはおらん」オマリロが返す。「歳月は刃を鈍らせるか、研ぐかだ」
「同時に、肉体を蝕む」ライゼンは認めたうえで笑う。「だが、お前は侮れぬ敵――娘よ」
ライコクが父の首筋に手を当て、雷のようなエネルギーがその身を包み込む。
〈ボスHP:140%→225%〉
ライゼンは首を鳴らし、ゆっくりと天を仰いだ。
「ああ……良い」
握る刃に雷が走り、その光は建物をはるかに超える高さにまで伸びる。
「終わらせよう、オマリロ・ニュガワ」
「ジュゲン闘士:呪鎧解放」
呪いめいた鎧がオマリロの身体を包み、彼の手元にも刀が現れる。
「望むところだ」
一方その頃、ザリア、ハン、リカの前には竜の群れが迫っていた。
彼らの前にライコクが舞い降り、紅い瞳を燃やす。
「同胞たちよ! 我ら〈ドラゴンズベイン〉は、この地を守る!」
「ほら始まった、ありがたい演説タイムだ」ザリアがぼそりと漏らす。
「侵入者を討て!」
一体の竜が飛びかかってきた瞬間、リカがザリアの前へ飛び出し、攻撃を肩で受け止めた。
〈ディフレクション:残りチャージ*2〉
「しっかりして、ザリア!」リカが叫ぶ。「アンタの身代わりで突っ込むとか、予定に入ってなかったからね!」
「悪い悪い!」
ザリアが槍を振ると、竜が吹き飛ぶ。
〈エネミーHP:100%→25%〉
「お、結構軽いじゃん!」
「スレイヤーのバフ乗ってるからだよ!」ハンが叫ぶ。「今のザリア、親父さんのステの半分持ってるはず!」
「なら話早いね! 雷鳴ぶっ放すよ!」
ハンとリカは同時に額を押さえた。
次々と竜たちが襲いかかる。
ザリアは一体ずつ槍で貫き、その衝撃だけで竜を吹き飛ばしていく。
〈エネミー撃破:+6〉
「……あの娘、バフ付きか」ライコクが状況を見て分析する。「少々、扱いづらい相手だね」
ザリアがさらに一体の竜を串刺しにしたところで、ライコクは両端に刃のついた錫杖を形成し、地面へと突き立てた。
〈ボスインスタンス発動:DEF -50%〉
雷が波紋のように広がり、ハンとザリアは膝をつく。
リカはその衝撃を身体で受け止める形で二度耐えた。
〈ディフレクション:残りチャージ*0〉
「……全部使い切らされた……」リカが肩で息をする。「これ以上は、かばえないよ!」
ライコクが錫杖を引き抜くと、爆風が発生し、三人は通りの向こうまで吹き飛ばされた。
「ハン……」ザリアが呻く。「そっちのストックは?」
「二回分」ハンは即答する。「そっちは?」
〈スレイヤー:残り時間 0:20〉
「二十秒……この間に、落とせる?」
「やってみるしかない」
ハンはシギルを構え、ライコクに向ける。
次の瞬間、彼女の身体が石になって固まった。
「今だ! 振り抜け!」
「任せな!」
ザリアは大きく槍を振りかぶり、石化したライコクの顔面めがけて叩きつけた。
〈ボスHP:100%→55%〉
「今のはさすがに効いたでしょ」ハンが判断する。「あと数発入れれば――!」
「じゃあ、ぶち込むだけ」ザリアが口元を吊り上げる。「処刑タイム!」
再び槍を振りかぶろうとした瞬間、ライコクの石が砕け、彼女は石化を解いて槍を素手で掴んだ。
そのままザリアの身体を掴んで、近くの建物へ投げ飛ばす。
「このダンジョンの“贈り物”が、お前たちを救うことはない」ライコクが低く言う。「爪なき子猫が、獅子に化けることなどあり得ぬ」
「この子猫、ちゃんと爪あるんだけど?」ザリアが腕を押さえながら立ち上がる。
〈スレイヤー:残り時間 0:08〉
「あと八秒……足りないって……!」
ハンはキューブを呼び出し、ワイヤーでライコクを拘束しようとするが、あっさりと引きちぎられる。
「足りなくても、やるしかないだろ!」ハンが叫ぶ。「俺も最後の一発使う!」
再び〈ペトリファイ〉を起動し、ライコクを石化させる。
ザリアはふらつく足で立ち上がった。
〈スレイヤー:残り時間 0:03〉
「三秒であそこまで届くわけないって!」
焦りかけた時、ふと胸の内に一つの考えが閃く。
(……別に、近づく必要なくない?)
ザリアは手元の槍を見つめる。
「届かないなら――届かせればいい」
「いや、普通に投げればいいだけでしょ!」ハンがツッコむ。
ザリアは笑った。
「投げる? あんた、ホントに私のこと分かってないね」
彼女は槍を手から離し、その瞬間――
「――蹴るの」
全体重を乗せた蹴りが、空中の槍を弾き飛ばす。
槍は雷鳴のような勢いで一直線に飛び、石化したライコクの身体を真横から貫いた。
「人間に……敗れる……? こんなことは、あってはなら……ぬ……」
〈ボスHP:55%→0%〉
ライコクの身体は粉々に砕け、塵となって散った。
「やった!」リカが両手を上げる。「一人、撃破!」
その直後、耳をつんざく咆哮が響き渡る。
「本番はまだ終わってない!」ザリアが指さす。「師匠の方!」
空中では、オマリロとライゼンが激しくぶつかり合い、近くの建物を次々に粉砕していた。
「娘さんはいなくなった……」ハンが気付く。「師匠! 今なら倒しきれます!」
ライゼンがそちらを一瞬見やる。
その隙を逃さず、オマリロが踏み込んだ。
「ジュゲン滅者:オブリタレイト!」
ライゼンの巨体が霧散する。
〈ボスHP:225%→0%〉
「よっしゃ!」リカが拳を突き上げる。「決まった!」
だが次の瞬間、地面が大きく揺れ、ライゼンは娘が倒れた場所の近くに再出現した。
彼は膝をつき、崩れゆく灰にそっと手を伸ばす。
「ライコク……愚かなのは私か……」
「お前を戦場に出したのは、間違いだった。……また一人、子を人間に奪われた」
ハンはオマリロとライゼンを見比べ、目を丸くする。
「え――? なんでまだ生きてるんですか!? リンクは――切ったはずなのに!」
「愚かなる人間よ」ライゼンが静かに言う。「我が子を、その程度の道具扱いにするとでも?」
「ライコクが並び立っていたのは、忠義のため。利用するためではない」
「じゃあ、今までの〈オース〉って――」
「彼女は――私の力を“押さえて”いたのだ」
〈〈竜殺しの神殿都市〉の効果が無効になりました〉
〈〈バインディング・オース〉が第3階層へ強化されました〉
〈ボスHP:0%→1,500%〉
〈規則:死ね〉
絶叫にも似た咆哮がほとばしり、三人は耳を塞ぐ。
「逃げよ!」リカが悲鳴を上げる。
ライゼンの刃が一気に振り下ろされる――が、オマリロが前に出て剣で受け止めた。
「やりおるな、竜」オマリロが低く言う。「なかなか狡猾だ」
「今からでも遅くないぞ、老いぼれ」ライゼンが笑う。「弟子を連れて逃げるがいい」
「――雷鳴支配」
ドゴォン、ドゴォン、ドゴォン――。
雷がオマリロの周囲に怒涛のように降り注ぐ。
オマリロは転移を繰り返しながら避けつつ、刃でライゼンの顔を切り裂いた。
〈ボスHP:1,500%→400%〉
「さっきより、力を使っているな。良いことだ」
〈ボスHP:400%→1,500%〉
「だが今の私は、真の力を解放した。お前にできる傷など、いくらでも癒える」
「ジュゲン闘士:聖刃乱撃!」
黄金の刃が雨のようにライゼンへ殺到し、その何本かが鱗を切り裂く。
〈ボスHP:1,500%→200%〉
「まだ足りぬ!」
〈ボスHP:200%→1,500%〉
崩れかけた建物の陰で、ザリア、ハン、リカはその光景を見つめていた。
「手伝わないと!」ザリアが歯を食いしばる。「全部師匠任せとか、弟子として終わってる!」
「でも、あの人ならやれるよ!」リカが必死に言う。「私たち、足引っ張るだけかも……!」
「そうそう、今のライゼン、完全に“ブチ切れモード”だし!」ハンも頷く。「さっきまでより、全然ヤバい!」
「だからって、何もせずに見てるだけとか、絶対イヤ」ザリアがきっぱりと言った。「私は行く」
「ザリア、駄目だって!」
「止められるもんなら、止めてみな!」
三人が言い争っていると、近くの瓦礫の山の中で、かすかな光が瞬いているのにリカが気づく。
「ねえ、あれ……何?」
「さあ?」ザリアが首をかしげる。「行ってみよ」
「いやいや、絶対危ないやつでしょそれ!」
ザリアは槍で瓦礫を払いのけていく。
ハンとリカも、仕方なく覗き込んだ。
「ほんと、そういう無鉄砲さが、いつか命取りになるんだよ」ハンがぼやく。
「“いつか”ってことは、少なくとも今日は生きてるってことじゃん」ザリアは笑う。「なら、お得でしょ」
リカがしゃがみ込む。
「……これ、トラップドアだ。しかも月の紋章付き。こんなの、見たことない」
「見せて」ハンが身を乗り出す。
キューブが罠の有無をスキャンする。
「罠じゃないみたいだ。……おかしいな、内部からすごいエネルギーを感じる」
「新しいシギルとか?」ザリアが目を輝かせる。
「可能性はある。でも、それに賭ける価値は?」
「師匠のためなら、迷う必要ある?」
リカは息を整え、ぎゅっと拳を握った。
「……そうだよね。私たち、何度も助けられてる。今度は、こっちの番」
「……はあ」ハンは大きくため息をつく。「分かったよ」
その瞬間、ライゼンが彼らに気づき、ギロリと視線を向ける。
「そこから離れろ!」
雷をまとった刃が一行へ振り下ろされる――が、その前にオマリロが飛び込み、弓を盾にして弾き返した。
そして、着地した勢いのまま子どもたちの近くへ降り立つ。
「急げ。下へ行け」
「師匠!」ザリアが叫ぶ。「ほんとに大丈夫なんですか――?」
オマリロはもう一度矢を放ち、ライゼンの注意を引きながら言う。
「心配は無用だ。己の価値を示せ」
「中を探れ」
三人は顔を見合わせ、強くうなずいた。
「はい、師匠!」
最後に見えたのは、オマリロへ振り下ろされるライゼンの爪だった。
???――
〈……来客? 来客だ! 何世紀ぶりだろう!〉
三人が落ちた先は、小さな廊下のような場所だった。
壁一面に、淡く光る月の紋章が浮かんでいる。
「今の、誰か喋った?」リカがきょろきょろ見回す。
「いいや」ザリアが肩をすくめる。
「俺でもない」ハンも首を振る。
「……ってことは、やっぱりこの場所、ヤバくない?」
〈オマリロと一緒にいる子どもたちでしょ! わあ、本当にいた!〉
「ほ、ほら、また!」
「……これはさすがに、ちょっと怖いね」ザリアが頷く。「えーっと、おばけさん? 誰?」
〈こっちにおいで……そしたら分かるよ〉
三人は視線を交わし、慎重に廊下の奥へ進んでいく。
灯りは弱く、リカは腕を抱きしめて震えた。
「ほんとこういうの嫌い……」
「ゴーストなんて、統計的には存在可能性かなり低いから」ハンが理屈を持ち出す。「きっと、なんかの仕掛けだよ」
「魔法ダンジョンが喋って、呪いの力で戦う世界で、何言ってんの?」リカが即ツッコミを入れる。「“可能性低い”で片づけるなって」
「“低い”ってだけで、“ゼロ”とは言ってないし!」
「はいはい。二人ともストップ」ザリアが手を挙げる。「あそこ、見える?」
廊下の突き当たりで、月の紋章がふわふわと宙を漂い、ゆっくり回転していた。
ザリアはこっそり近づいていく。
(頼むから……呪われてませんように)
ハンも後ろから付いてきて、リカはハンの背中にぴったりとくっつく。
〈もっと近く……〉
至近距離まで来て、三人は紋章を見上げたまま固まった。
「で、誰がやる?」ザリアが訊ねる。
リカは即座に首を振り、ハンも手でバツ印を作る。
「……ビビりめ」
ザリアはため息をつき、そっと手を伸ばして紋章に触れた。
瞬間、まばゆい白光が三人を包み込み、廊下全体が崩れ落ちるような衝撃が走る。
「うわああああああああ!」
瓦礫に埋もれながら、ザリアはかろうじて目を開けた。
紋章があった場所に、白いワンピースをひらりと揺らす、蒼白な少女が立っている。
彼女はゆっくり腕を回し、身体を伸ばしてくるくると回った。左腕には真紅のブレスレット。
「やっと……出られたぁ。はあ、スッキリした~」
「……おばけ……ガチで……いた……?」ザリアが咳き込みながら呟く。
少女はくるりと振り返る。
「やっほー。私を出してくれた人間さんたち、かな?」
ハンは自分の上に乗っていた瓦礫をどかしながら立ち上がる。
「俺たちのことは後でいいから」ハンが言う。「あんたこそ、誰なんだ?」
柔らかな光が少女の肌を照らす。
「葉山レイ。……っていうのが、たぶん“名前”ってやつ」
「たぶん、って……」
レイはつま先立ちで三人に近寄り、一人ひとりをじっくり観察したあと、ぱっと腕を広げた。
「♪ 世界最強の男に、会わせて♪」
「師匠のこと、知ってるの?」リカが問う。
レイはこくんと頷く。
「だーい好き」
「分かる! 私も大ファン!」ザリアが思わず手を上げる。
ハンは小声でリカとザリアを引き寄せ、ひそひそ声になる。
「たぶんあの子、“迷子の女の子”とかじゃない」ハンが耳打ちする。「〈オース〉の正体、あれだ」
「えっ!?」二人は同時に声を上げかけて、慌てて口を押えた。
「腕輪の色、見たろ?」ハンがレイの左腕を指す。「ライゼンと同じだ。どういう存在かは分からないけど、“普通の人間”じゃない」
「でもさ、だったら逆に――」ザリアが言う。「今の戦い、手伝ってもらえないかな?」
「信用できる?」リカが眉をひそめる。「出会って五秒でパーティ入りって、さすがに……」
「なーにコソコソ話してんの?」
三人が飛び上がると、レイはにこっと笑って顔を覗き込んでいた。
一通りヒソヒソ相談を終えた後、ザリアが前に出る。
「えっと、レイちゃん、だっけ?」
「そうそう、それそれ!」レイがくるっと回る。
「どんな存在かは分かんないけど、今、アンタの“推し”――うちらの師匠ね――が、ダンジョンボスと戦ってる」
「知ってるよ」レイが楽しそうに笑う。「つながってるから」
左腕のブレスレットを掲げて見せる。
「じゃ、その師匠を助けに行こ」ザリアが言う。「あのドラゴン、マジでやばい。力、貸してくれる?」
レイは考えるように顎に指を当て――
「うーん……」
「……」三人が固唾を飲む。
「牢屋にいるの飽きたし、いいよ」
あまりにあっさりした返事に、三人は顔を見合わせた。
「……ちょろくない?」リカが小声で言う。
「まあ、助かるからよし」ザリアは槍を握り直す。「よし、行こっか。戦場に合流」
レイが指を鳴らす。
白い光が弾け、四人の姿は月の紋章の廊下から掻き消えた。
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