――第14章・不滅の竜――
――カイタンシャ本部。
橘ハヤテは机に肘をつき、モニターに映る沖縄ダンジョンの映像を眺めていた。
「残り、数時間ってところか」ハヤテが呟く。「そろそろペース上げろよ、オマリロ」
画面の中で、突如として稲妻が炸裂する。
ハヤテは片眉を上げた。
「ほう? これはちょっと面白くなりそうだな。マリン」
「はい、サー?」綾瀬マリンが部屋に入ってくる。
「ポップコーンを持ってきてくれ。これは見物だ」
――沖縄ダンジョン・第三〇〇四階。
オマリロの前に立つ“竜の女”が身をかがめ、赤い光を灯した瞳で見下ろしてくる。
「さあ、人間」女は低く告げる。「裁きを受けろ。さもなくば、あの子どもたちの命を捨て置け」
彼女が顎をしゃくると、雷の鞭に絡め取られたハン、ザリア、リカが宙に吊り上げられているのが見えた。
「私たちは大丈夫です、師匠!」ザリアが叫ぶ。「ぶっ飛ばしちゃってください!」
オマリロは子どもたちと、竜人の女とを見比べる。
「ふむ」
鞭の鎖が赤く輝きを増す。
「どうする、オマリロ・ニュガワ?」女の声が響く。「この命を選ぶか、自分の命を選ぶか」
オマリロは無言で杖を回し、背に背負う。
「案内しろ」
竜の女は満足そうに顎を上げた。
「よろしい――ならば、第一万階へ」
ドゴォン――。
――沖縄ダンジョン・第一万階。
子どもたちは固い床に叩きつけられ、オマリロだけが静かに着地する。
広大な部屋――そこはコロッセオのような円形闘技場で、正面には大きなゲートが口を開けていた。
「師匠」ハンが身を起こしながら言う。「罠の匂いしかしません」
「ボウヤの言う通りだ」オマリロは頷く。「だが時間がない。来い。離れるな」
ゲートが開き、四人はその中へと進む。
中には、ずらりと並ぶ竜人の兵たちが着席しており、その最奥――巨大な玉座には、赤と黒の鱗に覆われた大竜が冠を載せて座していた。
「始まったか」
竜が喉の奥で笑う。「オマリロ・ニュガワ。我がドメインへようこそ」
「うわ……」リカが爪を噛む。「なんか、また胃が痛くなってきた……」
「それは俺も」ハンが苦笑する。
「平気平気」ザリアが胸を張る。「こっちには師匠がいる」
竜――ライゼンは、子どもたちを見下ろした。
「その小さき者たちは何だ?」声が地響きのように響く。「このドメインは、雑魚の来る場所ではない」
「弟子だ」オマリロが短く答える。「ダンジョンを踏破させる」
ライゼンの眼光が細くなる。
「ひよっこを連れて来たか。老いぼれたな、オマリロ・ニュガワ」
「だが構わん。ここは――」
竜はゆっくり立ち上がり、咆哮を飲み込んで宣告した。
「――お前が果てる場所だ」
竜人の軍勢が一斉に立ち上がる。
だが、ライゼンが片手を上げると、その場で動きを止めた。
「下がれ」
「この男は“私の獲物”だ」
ライゼンが身を起こすと、コロッセオ全体が揺れる。
「かつて、私には娘がいた。名はミチコ。勇敢で、だが愚かでもあった」
「お前を止めるために送ったが、失敗した」
赤黒い瞳がぎらりと光る。
「お前は、私の子らを幾度も屠ってきた。オマリロ・ニュガワ。今度はお前が、彼らの側に並ぶ番だ」
空気が一変する。
「このダンジョンを抜けたいのなら――」
〈規則:雷怒の不滅雷竜王――ライゼンを撃破せよ。レベル:75,000〉
「――私を倒してみせろ」
ライゼンの目が閃いた瞬間、オマリロはすぐさま子どもたちの方へ向き直る。
「下がれ」
ライゼンが掌を振り下ろす。
だがオマリロは、その巨大な手を片手で受け止めた。
「――砕けろ」
ドゴォン。ドゴォン。ドゴォン――。
雷光がコロッセオ中に降り注ぎ、床が爆ぜる。
ザリアは咄嗟に槍で一撃を受けるが、その衝撃だけで吹き飛ばされた。
「ザリア!」リカが叫ぶ。
「雷、強すぎ!」ハンも声を上げる。「あれ、まともに食らったら死ぬ!」
「でも助けないと、師匠が――!」
「無理だ!」ハンは唇を噛む。「相手はダンジョンボスだぞ!」
〈ドメイン効果:〈オースキーパー〉。ライゼンは〈バインディング・オース〉を発動し、一定時間ごとに味方のATK・DEFを低下させる〉
ライゼンの爪がオマリロを弾き飛ばす。
だがオマリロはすぐ体勢を立て直し、刀を展開した。
〈〈バインディング・オース〉が全パーティメンバーに付与されました〉
雷撃が再び降り注ぐ。
ライゼンは雷槍を形成し、雨あられのようにオマリロへ投げつけた。
「ルールには逆らえんぞ、人間!」ライゼンが咆哮する。「ここで果てろ!」
巨体が踏みつけてくるが、オマリロは転移とステップで紙一重でかわし、弓を展開して矢を放つ。
〈ボスHP:100%→80%〉
「師匠、押してる!」ザリアが息を呑む。「今のうちに、こっちも援護を――!」
「でもどうやって!」リカが悲鳴を漏らす。「私たち、いくらレベル上がったって、まだまだ格下だよ!」
「アイツの意識は師匠に向いてる」ハンが冷静に言う。「なら、俺たちが“弱い”のは逆に利用できるかも」
オマリロは両手を打ち鳴らした。
「ジュゲン滅者:オブリタレイト!」
〈ボスHP:80%→0%〉
ライゼンの巨体が霧散する――が、すぐさま再構成される。
〈ボスHP:0%→150%〉
「愚かな人間よ」竜が鼻で笑う。「言ったはずだ――“ダンジョンには逆らえん”とな!」
〈〈バインディング・オース〉発動中、ライゼンは“死亡”のたびにATK・攻撃速度・DEF・HPが+50%される〉
竜の爪が一閃し、コロッセオの半分が崩れ落ちる。
オマリロとライゼンは超高速でぶつかり合い、ザリアは必死にその残像を目で追った。
「くっ、どっちが師匠か見えない……!」
「ハン! リカ! 私たちも行くよ!」
「隙さえあれば、キューブで補助できる」ハンが頷く。「リカ、シギルは何個残ってる?」
リカは震える指で二本立てる。
ハンはポケットからもう一つシギルを取り出した。
「これも持ってけ。これで三発、ボスに撃てる」
「でも、どれが何のシギルか、分かんないよ!」
「ないよりマシ!」
雷撃が降り、ザリアは二人を引き倒して避けさせる。
「後ろ注意!」
オマリロは鎧を展開し、ライゼンと拳と剣をぶつけ合う。
〈ボスHP:150%→120%〉
「まだ抑えているな」ライゼンが笑う。「〈オース〉に抗っているか。賢い。だが――所詮は“人間”だ!」
竜の拳がオマリロを地面に叩きつける。
続く雷雨を、オマリロは転移でかわしながら弓を引いた。
「今だ、ハン!」ザリアが叫ぶ。
「キューブ、トリップワイヤー発射!」
[発射中……]
ワイヤーがライゼンの脚へ巻き付き、その動きを一瞬止める。
オマリロはその隙を逃さず、一気に斬り込んだ。
〈ボスHP:120%→90%〉
「ボウヤ、賢い」オマリロが一言だけ褒める。「距離保て」
ライゼンの目が燃える。
「ガキが、大人の喧嘩に首を突っ込むな!」
「逃げ出しておけば良かったものを――命を賭けることになるぞ!」
竜の拳がハンへ迫る――が、ザリアの蹴りがそれを弾いた。
〈ボスHP:90%→89.5%〉
「まだこれ!?」ザリアが悲鳴を上げる。「どんだけ硬いのよ!」
「トーシ・ユーザーか」ライゼンが興味深そうに目を細める。「最近は増えたな」
「どこかで見た顔だ。……そうだ。ずっと昔、母と共にこのダンジョンに挑んだ少女がいた。髪と瞳が、そっくりだ」
「ズリ……?」ザリアの顔色が変わる。
「結局、あの女は撤退を余儀なくされた。いい戦いだったがな。――お前より、ずっと強かった」
「口の利き方に気をつけなさいよ」ザリアが槍を突きつける。
「お前たち人間の望みが、その老いぼれ一人に依存しているうちはな」
「ダンジョン――我らの“家”に足を踏み入れる資格などない」
〈ボスインスタンス:全ステータス+100%〉
「こいつ、どこまで強くなるんだ……」リカが息を呑む。
ライゼンの爪が薙ぎ払う。
ハンはキューブからネットを撃ち出して目を覆うが、雷光がそれを焼き切り、逆に子どもたちを吹き飛ばした。
「ジュゲン後備者:フォービドゥン・プリズン!」
オマリロが手を掲げると、巨大な穴が開き、ライゼンの体を吸い込んでいく。
〈ボスHP:89.5%→0%〉
穴が閉じ、静寂――
直後、ライゼンの巨体が別の場所に再出現する。
「……やっぱりダメか」ハンが歯を食いしばる。「封印も“死亡扱い”になるなら、そのたびにバフが乗るだけだ……!」
「なら、〈オース〉そのものを何とかしないと!」ザリアが叫ぶ。「あれを切らない限り、師匠はアイツを倒しきれない!」
「ミチコ……すべての我が子よ」竜の声が低く響く。「お前たちの死は、無駄にはならぬ……!」
ライゼンは雷をまとった巨大な刃を形作る。
〈ジュゲン魔法士を使い、ライゼンの〈必殺スキル〉を中断せよ〉
「〈雷劫殺〉――!」
刃を掲げ、振り下ろそうとした瞬間――
オマリロが弓を引き絞り、特大の矢を放つ。
「ジュゲン魔法士:天翼弓――十重!」
〈ボスHP:225%→150%〉
雷刃が霧散し、ライゼンは後方へ吹き飛び、玉座ごと押し潰した。
「今だ、リカ! シギルの中身、確認しろ!」ハンが急かす。「このチャンス、二度目はない!」
リカは震える手で、一枚目のシギルを取り出した。
〈シギル能力:〈ディフレクション〉。あらゆる攻撃を1回だけ無効化する。残りチャージ:3〉
「悪くない……!」
二枚目を取り出す。
〈シギル能力:〈ペトリファイ〉。対象を10秒間、石化状態にする。残りチャージ:3〉
「これも使えそう!」
そして最後の一枚。
〈シギル能力:〈スレイヤー〉。対象のATK・SPDの50%を自身のステータスに上乗せする。効果時間:1:30〉
「え……これ、ヤバくない?」
ザリアとハンが覗き込む。
「で、選択肢は?」ザリアが訊ねる。
「一つは攻撃無効、一つは石化、一つは相手の半分まで自分を底上げ、って感じ」リカが指をさしながら説明する。「好きなの取って!」
「石化は、俺がもらう」ハンが〈ペトリファイ〉を掴む。「罠との相性がいい」
「じゃあ、そのスレイヤーとかいうのは私ね」ザリアが残りを握り込む。「これでドラゴンのケツ蹴り飛ばせる」
リカは〈ディフレクション〉を手元に残す。
「じゃあ私はこれで前に出て、二人が削られたら回復に回る。……本当に一回分しか残ってないけど」
「それだけあれば十分だ」ザリアがライゼンを睨む。「見て、師匠の鎧も槍も、もうボロボロ」
床には、砕けた鎧片と槍の破片が散らばっていた。
ライゼンはなおも堂々と立っている。
「ライコク」
先ほどオマリロたちを連れ去った娘――雷をまとう女が、主の肩へと姿を現す。
その瞬間、ライゼンの全身に力が流れ込んだ。
〈ボスHP:150%→225%〉
「礼を言うぞ、我が娘」
ライゼンはさらに巨大化し、天井すれすれまで伸び上がる。
「ここまで“もがく”人間は久しい。やはり警戒して正解だった」
オマリロを睨みつける瞳が細くなる。
「お前も、もう気付いているのだろう?」
「パーティが貴様を押さえる」オマリロが宣言する。「その隙に、俺が討つ」
ザリアは〈スレイヤー〉シギルを握り潰した。
「私も、お供していいですか、師匠!」
オマリロは頷く。
「速く。鋭く。惑うな。迷えば死ぬ」
ライゼンが鼻を鳴らす。
「気配が変わったな、小娘」
「名を名乗れ」
「えっ、えっと……ザリアです!」
「――聞いたことがある」
「そうだ。あの男が、お前に与えた名だ」
「“あの男”……?」
ライゼンは雷をまとう刃を再び握る。
「せいぜい足掻いてみせろ、ザリア。さもなくば、お前も師と共に朽ちるだけだ」
「……やってやるよ」ザリアは肩を回し、大きく息を吸い込んだ。「準備運動完了!」
「――否」ライゼンが短く言う。「まだだ」
雷刃が地面を割るように叩きつけられた。
足元の床が崩落し、一行は地下へと落ちていく。
オマリロは咄嗟に子どもたちを掴み、瓦礫を踏み砕きながら着地した。
そこは、石造りの塔と神殿が林立する、地下の都市のような空間だった。
「ダンジョンは、元々我らの“家”だった」ライゼンの声が響く。「だが――」
頭上から、巨大な影が滑り込んでくる。
「今ここは、お前たちの“墓”となる」
〈ドメイン効果:〈竜殺しの神殿都市(テンプルシティ・オブ・ザ・ドラゴンズベイン)〉
あらゆる攻撃に追加で“雷属性ダメージ”が発生し、〈ドラゴンズフューリー〉を誘発――2000%の追加ダメージを与える〉
ライゼンの肩に、娘が人型の姿で現れる。
〈〈バインディング・オース〉が再び発動しました〉
「ドメイン能力、二つ目って……」ザリアが苦い顔をする。「このダンジョン、マジで容赦ないな」
オマリロは再び刀を構えた。
「ついて来い。意識、研ぎ澄ませ」
同時に、ライゼンも踏み込む。
互いに転移を交えながら、都市中を飛び回るように刃を交錯させていく。
「待ってくださいよ!」ザリアが叫ぶ。「師匠、置いてかないで!」
「みんな! 出番だよ!」
ザリアは二人より遅れて屋根を飛び移り、戦場を追いかけていく。
ライゼンとオマリロがぶつかるたび、石造りの塔が次々と崩れ落ちた。
「混ざるよ、師匠!」
ザリアは屋根から飛び降り、ライゼンの背へ槍を突き立てる。
〈ボスHP:220%→210%〉
「よし、ちゃんと通った!」
ライゼンは翼をはためかせ、ザリアを振り落とすと、空いた手で雷撃を撃ち込む。
「うわ、ちょ――!」
「ペトリファイ!」
ハンが〈ペトリファイ〉シギルを発動させ、ライゼンの体と雷撃をまとめて石化させる。
「ナイスタイミング!」ザリアが息を吐く。
「こっちはスピードバフとかないんでね!」ハンが肩をすくめる。
オマリロは一歩で距離を詰め、石化した竜を斬り裂いた。
〈ボスHP:210%→170%〉
「さっきの戦い方、見てて分かりました」ハンが分析するように言う。「師匠、あの〈オースキーパー〉って、娘さんと繋がってますよね?」
「見立ては正しい」オマリロが肯定する。
「じゃ、あの娘さんがいる限り、何度殺しても意味ない。……娘を何とかすれば、師匠ひとりで押し切れる」
「――シンプルです」
ライゼンの石殻が砕け、再びその身が動き出す。
「シンプル、だと」竜が咆哮する。「だが、“簡単”とは言えぬ」
「挑み、散っていったカイタンシャは数え切れん」
ライコクの瞳が妖しく光る。
「次は――そこのお前たちだ」
その背後で、無数の竜たちが目を開けた。
天井近くまで飛び上がり、一斉にこちらへ向かってくる。
「うわ。おかわり来た」ザリアが乾いた声を漏らす。
「子らよ」ライゼンが高らかに命じる。「我らの“家”を侵し、多くの同胞を屠った trespasser――侵入者だ」
「ただ一つ命じる。〈誰ひとり、逃がすな〉」
〈規則:誰ひとり逃がすな〉
「今……ボスが、ルールを書き換えた?」リカが息を呑む。
「このダンジョン全てが、私のドメインだ」ライゼンが答える。
「ルールなど、主の意志一つでどうとでもなる」
「主ごと、砕く」オマリロが静かに告げる。
頭上から、次々とドラゴンたちが降り注ぎ、四人を囲むように着地する。
「……細切れに」オマリロは続けた。
――同時刻。
薄闇の中、裸足の少女が檻の中で鼻歌を歌っていた。
「♪ ふん、ふん、ふふーん…… ♪」
『なぜそんなに楽しげなのだ』
『その身は捕らわれ、処刑を待つだけだというのに』
影の奥から、低い声が響く。
少女はリズムを刻むように、白い足裏で床をトントンと鳴らした。
「♪ だってさ――世界最強の男がさぁ…… ♪」
唇に悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「――もうすぐ、ここまで来るからね♪」
外を、一匹の竜がかすめ飛ぶ。
それを見送ると、少女はそっと檻の格子に手を触れた。
じわり、と鉄格子が白い光に変わり、そのまま霧散する。
「――んじゃ、行こっかな」
「♪ 最強の男と、デートの時間だ♪」
眩い光が弾け、少女の姿は消えた。
残されたのは、かすかに震える雷鳴だけだった。
——




