――第13章・ダンジョン降下――
――沖縄ダンジョン・第三〇〇二階。
〈規則:パターンを合わせろ〉
オマリロとハンが足を踏み入れたのは、ディスコ風の部屋だった。
奥には宙に浮かぶトーテムがひとつ。
足元一面には、赤・青・緑・オレンジ・白・紫のカラフルなタイルが光っている。
「これ、適当に踏めってこと?」ハンが首をかしげる。「それともヒントくれる系?」
その問いに答えるように、目の前の赤いタイルがふっと光った。
〈赤→青→白→青→オレンジ→白→赤〉
すべてのタイルがすぐに暗転する。
「記憶」オマリロが短く命じる。「使え」
「はいはい、記憶ね……」
ハンは赤いタイルに足を乗せる。「次は……青だったよな!」
隣の青タイルへジャンプ。
「で、白!」
白タイルに着地する。
「青! オレンジ! 白! で、ラスト赤!」
叫ぶたびにタイルを踏み、見事に向こう側までたどり着く。
ほっとして振り返ると――
「……師匠!?」
いつの間にか背後にオマリロが立っていた。
「パターン、易い」オマリロは淡々と言う。「次」
次のエリアは、さっきの倍の長さがあり、新しい色が追加されていた。
ピンク、茶色、灰色、えんじ色。
そのうち、手前のえんじ色タイルが最初に光る。
〈えんじ→青→ピンク→白→灰色→茶色→青→青→オレンジ→緑〉
「うわ、さっきより早い……」
ハンは足を伸ばして深呼吸した。「でも、多分いける」
えんじ色タイルに飛び乗る。
「それで……」
「青! ピンク! 白! 灰色! 茶色! 青! 青! オレンジ! 緑!」
一気に駆け抜け、どうにか反対側へ到達する。
「ふぅ……はぁ……」
顔を上げると、またしてもオマリロがすぐ後ろにいた。
「うわっ!? 師匠、ワープでもしたんですか!」
オマリロはハンを追い越し、最後のディスコパターンの前で立ち止まる。
「ふむ。ここは違う」
そこだけは、矢印が描かれた四枚のパネルになっていた。
頭上にはモニターが吊るされ、トーテムへの道は透明な壁に塞がれている。
〈フェーズ2:パターンを繰り返せ〉
モニターが光り、矢印の順番を示す。
〈← ↑ → ↓〉
足元の矢印パネルも一瞬だけ光って、すぐに消えた。
〈開始。タイマー:1:30〉
「これは任せてください、師匠。家でやってたゲームにそっくりです」
ハンは前に出て、左矢印を踏む。
「それで……上! 右! 下!」
〈レベル1:クリア〉
モニターが切り替わり、次のパターンが表示される。
〈↓ ↓ ↑ → ← ↑〉
ハンはすばやく足を動かし、順番通りにパネルを踏む。
〈レベル2:クリア。ファイナルレベル開始〉
再びモニターに矢印列が映し出された。
〈→ ← → ↑ ↑ ↓ ← ↑ → ← ↑ → ↓ ↓ → → ↑〉
「な、なんだこの長さ……?」
「集中」オマリロが短く言う。「合わせろ」
「集中、集中……えーっと、最初は“右”だったよな」
右矢印を踏む。
「で、“左”」
左矢印も問題なく光る。
「右……上、上、下、左、上、で……えーっと、この次なんだっけ? “下”か?」
ハンが下矢印を踏んだ途端、ブザー音が鳴り響いた。
〈不正解。残りライフ:2〉
「ちくしょう!」
ハンは慌てて下がり、モニターを見上げる。
オマリロが杖で画面を指した。
「遅く見ろ。後備者の感覚は、他より上だ。使え」
「感覚……か。やれるだけやってみます」
ハンは呼吸を整え、目の前の動きを“ゆっくり”見るイメージでパターンを追う。
すると、不思議とひとつひとつの矢印が、くっきり頭に刻まれていった。
「右、左、右、上、上、下、左、上、右、左、上、右、下、下、右、右、上……」
ひとつずつ確かめるように足を動かし、矢印を踏んでいく。
最後の「上」を踏むと――
〈レベル3:クリア。全レベル達成〉
透明な壁が消え、トーテムへ続く橋が現れた。
ハンはトーテムに触れ、それを手に取る。
「で、師匠」ハンが嬉しそうに振り向く。「僕のクラスって、他にはどんなこと出来るんです?」
「いろいろだ」オマリロは答える。「そのうち分かる」
次の部屋へのゲートが開き、二人はその中へと歩みを進めた。
――第三〇〇三階。
〈規則:天秤を釣り合わせろ〉
ハンとオマリロは、ふわふわとした雲の上に降り立った。
「今度は空?」ハンがあたりを見回す。
目の前には、雲の上にそびえ立つ巨大な天秤――まさに“ジャスティスの天秤”というべきものがあり、そこまで黄金の道が伸びている。
「ふむ」オマリロが鼻を鳴らす。
「バランスってことは……でも、二人しかいないんですよね?」
その時、空間が揺れ、上から何かが降ってきた。
「うわっ!?」
ザリアとリカが、ハンの上に落ちてくる。
「いったぁ……!」
「到着ーっ!」リカが手を挙げる。「師匠! ハン! 会えた〜!」
「僕の背中の心配もして……」
ザリアはすぐに立ち上がった。
「何か見逃した? もう始まってる?」
「いや」オマリロは首を振る。「生きている。よし」
ハンはゆっくり起き上がり、背骨を鳴らした。
「どうやってここまで来たんです?」
「シギル使った!」リカが胸を張る。「師匠呼んだ時のと一緒だよ!」
ポケットをごそごそしながら「あっ」と声を上げる。
「忘れるところだった! はい、ハン、これ。レベルアップ用!」
「レベルアップ……どこでこんなもんを?」
「長くなるから聞かないで」
ハンがシギルを握り込む。
〈レベルアップ! +二〇〇〇階!〉
「おおっ……これは効く! 他にもない?」
「ない!」リカが両手を合わせる。「こっちは指折って、変なAIガキをスマホに住まわせて、ようやく取ってきたんだよ! ありがたく使え!」
「……役立たずですね」
リカの拳がハンの腕にめり込む。
「誰が役立たずだって?」
ザリアは雲の縁に立ち、天秤をじっと見つめた。
「で、あれが何?」
「天秤」オマリロが答える。「釣り合わせるのが目的だ」
一方の皿はぐんと下がり、もう一方は高く持ち上がっている。
「じゃ、低い方は私で~」リカが即座に手を挙げる。「高いの怖いし」
「じゃ、付き添いで俺もそっち行くわ」ハンが続く。「この人ひとりにすると、マジで転びかねない」
「うるさい!」
「お前はこっちだ、娘」オマリロがザリアを見る。
「了解です、師匠!」
オマリロはザリアを抱えて跳躍し、高い方の皿へと降り立つ。
ハンはキューブからジップラインを撃ち出した。
「ほら、リカ。行くよ」
「ちょ、ちょっと待って心の準備――」
「はい準備完了〜。出発!」
「ハンっ!?」
リカの腕を掴んで一緒にジップラインで滑り降り、二人は低い方の皿の上へ到着する。
リカはその場に丸くなった。
「二度と……やらないで……」
ハンは上のオマリロとザリアに向かって親指を立てる。
「配置完了でーす!」
〈天秤:不均衡〉
ハンたちの乗った皿がふっと持ち上がり、逆側が沈む。
リカは絶叫した。
「だれか助けてぇぇぇぇ!」
「今は止まってるよ」とハン。
「よ、よかった……」
上のザリアが自分の足元を見る。
「納得いかないんだけど。私そんな重くないからね? てか師匠、失礼ですけど、ちっこ――」
「ふむ」
「い、今のはあくまで一般論でして! ディスじゃなくて!」
オマリロは天秤を支える支柱を見上げた。
「見た目以上だ。中身を探れ」
「“中身”って……皿の重さをいじるってこと? パートナー替えればいいとか?」
「この天秤が、何を“重さ”と見なすか、だ」
「どうやって調べるんですか、それ」
オマリロは軽く跳び、ハンたちの側の皿に着地する。
その瞬間、ザリアの乗った皿がふわりと持ち上がった。
「わ、わっ! 飛んでる!」
「おかしいな……」ハンが唸る。「師匠がこっちに移ったのに、逆側が上がる。普通、重さで考えると逆なのに」
「ザリア、俺と交代してみて!」
「どうやって?」
「ジップライン、もう一本」
ハンがジップラインを渡し、ザリアはそれを使って皿を移動する。
ハンも別のラインで反対側へ。
位置を入れ替えた瞬間、また天秤が傾いた。
「……これ、ハンに反応してない?」ザリアが言う。「人生初のスペシャル扱い」
「ほんと勘弁して」リカがぐったりした声で言う。「動くたびに寿命削れてる気がするからさ……」
ハンは顎に手を当てて考え込む。
「どっかにヒントないかな……数字とか……」
ふと視線を落とすと、ザリア側の皿の台座に小さく数字が刻まれているのが見えた。
「“3”……? でもここ、もう三人乗ったよな。どういう意味だ」
「何か見つけた!?」上からザリアの声。
「ちょっと! もう一回入れ替わって!」
「マジで優柔不断すぎんだろ!」
「理屈はあるから!」
ブツブツ言いつつも、ザリアは再び皿を移動。
天秤はぐらりと揺れ、また別のバランスになる。
「リカ!」ハンが叫ぶ。「そっちの皿の下、数字何て書いてある!?」
リカはよろよろと顔を出し、底を覗き込む。
「えーっと……“7”?」
「やっぱり」ハンが指を鳴らす。
「やっぱりって何が?」
「数字通りに“揃えろ”ってことだよ」
「でも、私たち四人しかいないんだけど?」ザリアが首をひねる。
「人数じゃなくて、“パーティナンバー”」ハンは説明する。「俺たちには順番がある。ザリアが1番、俺が2番、リカが3番、師匠が4番」
「あー、登録順ね」
「で、3の皿には“合計3”になる組み合わせ、7の皿には“合計7”になる組み合わせ……つまり」
「師匠とリカが組んで、3番+4番で“7”」
すでにオマリロはリカ側の皿へ跳び移っていた。
数字通り、天秤はぴたりと水平になる。
「ボウヤ、よくやった」
〈天秤:均衡〉
リカの目の前にトーテムが現れ、彼女はふらつきながらそれに触れた。
〈トーテムシール獲得。第三〇〇四階への通行を許可〉
「今のは軽かったね」ザリアが笑う。「この調子で全部サクサクいけたらいいのに」
「……ちょっと気持ち悪い……」リカは顔色を青くして、そのまま倒れ込む。
オマリロが片腕で受け止め、そのまま次のフロアへと進んだ。
――第三〇〇四階。
〈規則:同じ高さに立つな〉
次の部屋はショッピングモールのような造りで、上りと下りのエスカレーターが一対設置されていた。
「同じ高さに立つな、ねぇ」ザリアが周りを見回す。「でも、身長違うし問題なくない?」
〈警告! 規則違反。ペナルティ発動まで 5…4…3…2…〉
「やっべ」
ハンは即座に床へ伏せ、ザリアは膝をつき、リカは慌ててつま先立ちになる。
オマリロだけは、直立したまま微動だにしない。
〈ペナルティ解除〉
「ふぅ……マジで容赦ないな」ザリアが胸を押さえる。
「この体勢、地味につらいんだけど」リカは片足でふらつきながら言う。「他に方法ない?」
「なさそうだな」ハンが肩をすくめる。「まだ地面這うだけマシでしょ」
オマリロは前方のエスカレーターに向かって歩き出した。
「来い」
その瞬間、部屋全体がぐわりと傾き、床が滑り台のようになる。
「ちょ、ちょっと待っ――わあああ!」
ザリアは思わず叫び、オマリロは床に刀を突き立てて体を固定する。
ザリアも咄嗟に槍を床に突き立てて踏ん張った。
今度は逆方向にぐんと傾き、全員がエスカレーターの方へと一気に滑り落ちる。
「なんで部屋がアトラクション仕様なんだよ!」リカが悲鳴を上げる。
エスカレーター前でようやく傾きが収まり、全員がぐちゃぐちゃの体勢のまま止まった。
「またすぐ動きそうだし、さっさと上行った方が良さそうだな」ハンが言う。
それぞれ、さきほどと同じ“高さ違いポーズ”を維持しながら上りエスカレーターへ。
「いっててて……」ハンは顔を階段にぶつけながら、一段ずつ上っていく。「段差が顔面に直撃するんだけど……」
「ちょ、押さないでっての!」ザリアは膝立ちのまま前のリカにぶつかりかける。
先頭のオマリロだけは、相変わらず落ち着き払っていた。
「近い」
エスカレーターの頂上には、背中の曲がったモール警備員風の男が二人、首を妙な角度に曲げて立っていた。
「いらっしゃーい」左の男がにやりと笑う。
「お客さんは、ここでお帰りだよ」右の男が続ける。
〈敵:モールガード
敵効果:全パーティメンバーは現在の姿勢に固定される〉
「膝立ちで戦えってこと!?」ザリアが叫ぶ。
ハンは立ち上がろうとするが、体が言うことを聞かない。
「うわ、マジで固定された……あとは任せた」
二人のガードは同時に、金属製の警棒を抜いた。
ひとりはオマリロ目がけて振り下ろすが、オマリロはあっさりとそれを避ける。
「遅い」
「ジジイがショッピングモールで何してんだ?」警備員が嘲る。
オマリロは腕一本で次の一撃を受け止め、そのまま軽く押し返した。
「弱い」
もう一人のガードは、ザリアたちの周囲をぐるぐる回る。
「刺突タイム!」ザリアが槍を構える。
「そのフレーズやめようよ、毎回怖いんだよ!」リカがツッコむ。
ザリアは膝立ちのまま突きを放つが、低く出過ぎて足元を空振りし、逆に蹴り飛ばされて槍を落としてしまう。
「キューブ! 足、縛って!」
ハンがキューブを呼び出し、ワイヤーを発射。
ガードの足首に巻きつき、そのままきつく締め上げる。
リカがタイミングを合わせて体当たりし、ガードを前のめりに倒した。
「このガキどもが……!」
男が立ち上がると、首がぐにゃりと回転し、足元にセグウェイが生えてくる。
「うわ、嫌な予感しかしない」ハンが顔をしかめる。
セグウェイに、機関銃のようなものが形成される。
次の瞬間、弾丸の雨が子どもたちに向かって放たれた。
「いつからモール警備に銃火器許されたんだよ!?」リカが悲鳴を上げる。
「銃なんざ、槍でどうとでもなる!」
ザリアは槍を拾い上げ、セグウェイ本体を横殴りに一撃。
セグウェイはバランスを崩し、銃口があらゆる方向へ乱射を始めた。
「ザリア! 余計なことしたー!」
「悪かったって!」
ハンは再びワイヤーを放ち、セグウェイごとガードを近くのショップへと引きずり込ませる。
ガードがふらついた瞬間、ザリアは槍を投げつけ、胴を貫いた。
〈敵撃破〉
「ナイス連携!」ザリアがドヤ顔をする。「さ、師匠、そっちは――」
オマリロは二人の元へ歩いてくる途中だった。
背後からガードが警棒を振りかぶって突進してくるが、オマリロは振り向きもせず、片手で刀を呼び出して一閃。
ガードの体は真っ二つになり、そのまま霧散した。
〈敵撃破〉
「――何でもないです」
前方にトーテムが現れ、リカがそれに触れる。
「今、何時間経ったっけ?」リカが訊ねる。「命令された時間、まだ残ってる?」
ハンはスマホをちらりと見て答える。
「二十一時間経過。残り四時間ってところだね。急がないと」
次の階へのゲートが開く。
「なら、急ぐしかないでしょ」ザリアが前を向く。
ゲートへ向かおうとしたその時――
血のように赤い鎧をまとった女が、空間からにじみ出るように姿を現した。
「止まれ」
稲妻を帯びた長い髪がぱちぱちと音を立てる。
彼女の身体から雷の鞭が伸び、三人の子どもたちをまとめて絡め取った。
オマリロに向かって伸びた鞭だけは、杖で弾き落とされる。
「伝説のカイタンシャ」女が冷たく言う。「ここから先は行かせない」
その身がぐにゃりとゆがみ、部分的に竜の姿へと変貌していく。
「父に牙を剥いた報い――」
赤い瞳が、オマリロを射抜いた。
「存分に、味わってもらう」
——




