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――第11章・セーブスポット――

――沖縄ダンジョン・第三〇〇一階。


〈規則:音を立てるな〉


 ハンとオマリロは、鉱山のような洞窟に落ち立った。


 何か言おうと口を開きかけたハンの前に、オマリロの手がすっと差し出される。

 静かに、という無言の合図。


 視線の先には、翡翠の鉱脈。その周りでは若いハンターたちのパーティが採掘に夢中になっている。


 オマリロは無言で歩み寄り、手振りで合図を送った。

 少年のひとりが、穴の上に掛かった鉄格子の方を指し、首を掻き切るジェスチャーをする。


 オマリロは小さくうなずいた。


(会話してる……? 手話の一種、みたいな……キューブなら解読できるかも)


 ハンがそっとキューブを呼び出すと、青い文字が浮かぶ。


[少年たちは独自のサインで意思疎通している]

[賢い判断だ、ボウヤ]


 オマリロが、洞窟の天井を指さす。そこには、宙に浮かぶトーテムがひとつ。


[トーテムあり。音は命取り]

[騒音は致命的な罠を呼ぶ]


 ハンは採掘パーティを指さし、首をかしげる。


[欲の深い若者たち。放っておけ]


 オマリロは身をかがめ、ボロボロの木製ハシゴの前に立つ。

 指先で軽くつつくと、ギィ、と不吉な音が鳴った。


〈警告! 騒音レベル:中〜高〉


[罠だ。来い、ボウヤ]


 ハンはつま先立ちで近づくと、オマリロに手を取られ、そのまま一緒に跳躍した。

 二人は上の岩棚に軽く着地する。足音は最小限。


〈騒音レベル:小〉


 天井からは、次の足場へと渡るロープが何本も垂れ下がっていた。

 オマリロはその一本を握る。


[しっかり掴め]


 ハンはキューブをしまい、両手でロープを握った。真下の奈落をちらりと見下ろす。


(……一階を思い出すな)


 オマリロの動きに合わせ、二人はロープを使って次の足場へとスイングしていく。

 その先に待っていたのは、宙に浮かぶ小さな階段――トーテムへと続く浮遊ステップだった。


 ハンが踏み出そうとしたところで、オマリロが制した。

 拾った小石をそっと投げる。


 コト……


 どこかの段差が、崩れ落ちる音。


 オマリロはハンのポケットを指さした。

 ハンが再びキューブを取り出すと、指示が表示される。


[階段は不安定。耐えられる段数は限られている]

[キューブで安全なステップを特定せよ]


 ハンはキューブを構え、ボタンを押す。


[スキャン完了]

[第二段・第五段・第九段のみ安全]


 ハンは指で「2・5・9」と数字を作る。


 オマリロはうなずいた。


[よし。慎重に行け。焦るな]


 オマリロは軽く跳び、二段目のステップに着地する。

 そのまま同じ要領で上へ上へと登り、難なく頂上へ。


(じいさん、ほんと化け物だな……。よし、オタク脚パワー見せるか)


 ハンは全身のバネを総動員して二段目に飛び乗り、自分の体を引き上げる。

 だが、そこから五段目までは距離がある。


「崩壊まで、体感〇・五秒ってところか……。理論上は行ける。はず」


 小声で自分に言い聞かせ、息を整えると、ハンは壊れかけた段差を一瞬だけ踏み台にしながら駆け上がった。

 最後のステップが崩れ落ちる直前、オマリロがその腕を掴み、引き上げる。


〈騒音レベル:中〉


[気を抜くな、ボウヤ]


 トーテムは、そこから少し離れた位置に漂っていた。

 その間にあるのは、左右に瞬間移動を繰り返す細い橋。


[試験だ。お前が解け]


 ハンは橋の動きを凝視し、頭の中でリズムを刻む。


(3秒ごとに左右へ転移。トーテムまで約二〇秒……)


 指で「3」と「20」の数字を作って示すと――


[行け]


 合図ひとつで、ハンは左側に橋が現れた瞬間を狙って全力疾走した。


「3……2……1……!」


 タイミングを合わせて右へジャンプする。

 足下に、再び橋が生まれる。


 その動作を繰り返し――最後の瞬間、ハンはトーテムに手を伸ばした。


〈トーテムシール獲得。第三〇〇二階への通行権を付与〉


[よくやった、ボウヤ]


 ハンがオマリロの元へ戻ろうとしたそのとき――

 下の採掘場で、ガツン!と派手な音が響いた。


「うわっ、クソッ! 足の指いった!」


 ツルハシを足に落とした少年が叫ぶ。


「なにやってんだよ!」仲間が怒鳴る。「“静かにしろ”って言っただろ!」


「いや、お前らが喋って――」


「みんな、とにかく黙れって!」


 オマリロはハンと共に地面に降り立つと、唇に指を当てて鋭く睨んだ。


 だが、少年たちは言い争いを続ける。


〈規則違反。ペナルティを発動します〉


「愚か者どもめ」


 下の奈落から、地鳴りが響き始めた。

 巨大なゾンビじみた腕が、檻を突き破って伸び上がる。掌の中心には、ぎょろりとした単眼。


〈敵:オール・ヒアリング・ハンド〉


 手のひらの目が開き、衝撃波が炸裂した。

 ハンたち若者は一斉になぎ倒され、立っているのはオマリロだけとなる。


〈敵効果:あらゆる“音”が、オール・ヒアリング・ハンドの〈サウンドゲージ〉を蓄積させます。ゲージが最大になると、“デヴァワー”を発動〉


 ハンがよろよろと立ち上がる。


「し、師匠! 門が開いてません!」


 オマリロは手を上げ、低い声で言った。


「声を落とせ。門は敵の支配下だ」


〈サウンドゲージ:15%〉


 オマリロは巨大な手の下にある門を指さす。


「倒す。敵を」


 そして、静かに刃を形作った。


「今だ」


 


 ――沖縄ダンジョン・第二〇五二階。


 ザリア、リカ、ユウトの三人は、祭りの通りを歩いていた。

 提灯と風船。仮面を付けた妖怪たちが歌い踊り、賑やかな音楽が響き渡る。


「セーブスポット、ねぇ……」ザリアが辺りを見回す。「ゲームみたいな名前だけど、雰囲気は完全に夏祭り」


「本当に頭悪いな、お前」ユウトがため息をつく。「“セーブスポット階”ってのは、出入り自由の中継フロアだ。ここで息抜きさせて、脳みそスカスカの連中を足止めする仕様」


「口悪い割に説明だけはそれっぽいね、ガリガリの元・エリートさん」


「誰が“元”だ!」


「でも、次の階はどうやって行くの?」リカが首をかしげる。「今回、規則も出てないし」


「セーブ階には規則はねぇよ」ユウトが答える。「ここは“ラウンジ”。お前らみたいな初心者用の、な」


「それ、どういう意味かな?」


 妖怪たちの輪の向こうで、ユウトは見覚えのある二人組を見つけた。


「おっ、いた!」


 露店街の一角で、アイリとリオが買い物をしている。


「おーい!」


 二人が振り返る。


「どうやってここまで来たか知らねぇけど、よく生き残ったな。さ、さっさとあの女どもを置いて行くぞ!」


「生存確認の一言くらいあっても良くない?」アイリが鼻で笑う。「こっちはとっくに待ちくたびれてるんだけど」


「いいご身分だよな。祭りフロアでショッピング三昧かよ……こっちは牢屋でサイコ女二人と同室だぞ」


 リオは、後ろから近づいてきたザリアとリカに気づき、顎をしゃくる。


「また会ったな。あの子たち」


「その“あの子たち”、ザリアって名前があるんだけど」

「やっぱ残りのチンピラ三人も出てきたか」


「仲間を捨てて女の子に乗り換えなんて、さすが“隊長”ね」アイリが皮肉っぽく笑う。「情の薄さが隊長向き」


 ユウトはザリアたちに向き直り、軽く敬礼した。


「ってことで、ここでお別れだ、負け犬ども」


 そう言っても、何も起こらない。


「……アイリ?」


「何?」


「お前、例のやつ、早く使えよ。シギルのやつ」


「無理。もう使い切ったし」


「は?」


 アイリは近くの店を顎で示す。

 その店先では、元気な女妖怪が手を振っていた。


「シギルショップ。あそこで全部レベルアップ用に換えた」


「今、階層的には二七〇〇前後だっけ?」リオがあくび混じりに言う。「多少誤差はあるけど」


 ユウトの目が見開かれる。


「安心しなさい。あんたの分も取ってあるから」


 アイリはオレンジ色に光るシギルをひとつ放る。


「ほら、泣き虫」


「……サンキュー」


 ユウトがそれを握りしめると、表示が浮かび上がる。


〈レベルアップ・シギル:レベル+一〇〇〇〉


 シギルの光がユウトの体に吸い込まれていく。


「どうだ? なんかオーラ変わった? 顔、イケメン寄りになった?」


「見た目はそのまま、性格はマイナス補正のまま」アイリが即答する。「ほら、リオ。行くよ」


 リオが二人の腕を掴む。


「了解」


 次の瞬間、三人の姿はふっと掻き消えた。


 それを見届けて、ザリアはふうっと息を吐く。


「まぁ、いなくなったなら良し」


「今の、どうやって?」リカが首を傾げる。「急にレベルも跳んでたけど」


「ほら、あそこの店」ザリアが指さす。「ああいう“シギルショップ”がダンジョンのどこかに散らばってるって話は聞いてたけど、実物は初めてだな」


「……行ってみよっか」


「別にいいけど」


 二人が店へ近づくと、店主の妖怪女が満面の笑みで迎えた。


「いらっしゃ〜い! 人間のお客様? シギル、お買い上げかな?」


 リカの目が輝く。


「何が売ってるんですか?」


「その前に」ザリアが口を挟む。「通貨は? 何で払うわけ?」


「えーっと、すみません」リカが姿勢を正す。「お支払いは……?」


 店主はカウンターのスイッチを押した。

 すると、色とりどりのシギルが宙にふわりと浮かび上がる。


「この中から好きなのを選んでね〜。気になったのは、ぴっと触ると説明が出るよ」


「うわぁ……!」リカが息を呑む。「何百枚もある……!」


「適当に押してみろよ」


 リカは赤と緑が混じったようなシギルを軽くタッチした。


〈シギル能力:衝撃波ショックウェイブ

説明:強力な衝撃波を放ち、“ボス敵”に対して二倍ダメージを与える〉


「これ、結構アリじゃない?」ザリアが身を乗り出す。「じゃ、これは?」


 黄色いシギルに触れる。


〈シギル能力:太陽閃光ソーラーフラッシュ

説明:周囲の敵全体に“太陽属性ダメージ”を与える〉


「これ、全部一回使い切りのタイプか?」


「さっきのは“アビリティ・シギル”だね」店主が頷く。「こっちは恒久的なやつ」


 指を鳴らすと、シギル群が回転し、ひと回り大きなシギルが前面に並んだ。


「これが“モディファイア・シギル”。こっちはクラスそのものを拡張する系」


「なにそれ。強そう」


「押してみなよ」


 ザリアは一番近くのシギルに触れた。


闘士トウシシギル:能力拡張

説明:第二スキルを解放する。ジュゲン闘士専用〉


「セカンダリースキル……?」


「クラスにはそれぞれ三つのスキルが設定されてるのよ」店主が説明する。「そこに到達するかどうかは、実力次第」


「で、おいくら?」


 パネルが現れ、料金表が浮かんだ。


――――

モディファイア・シギル


ティア1:シギル一〇五枚

ティア2:シギル二五〇枚

ティア3:シギル五〇〇枚


アビリティ・シギル:一枚につきシギル六〇枚


レベルアップ・シギル:一枚につきシギル二五枚

――――


「……あ」リカが顔を引きつらせる。「シギル、もう持ってない」


「え、ゼロ?」


「はい。途中で使い切っちゃって」


「じゃあ、どうやってここまで来たのさ?」


「……運?」


 店主は肩をすくめる。


「運だけで来られるのは、せいぜいここまでだよ。ここから先は、いい加減引き返すのをおすすめするね。出口ゲートはあっち」


 彼女が指さした先、広場の中央には石造りのゲートが立っていた。


「いえ、その……」リカが慌てて首を振る。「まだパーティと合流しないといけなくて! 何か、無料で使えるものって……」


「タダ働き狙いかい」店主がため息をつく。

「……まぁ初回サービスってことで、特別に依頼でも受けてもらおうかな。報酬は好きなシギル四枚。二人合わせてね」


「依頼?」ザリアが身を乗り出す。「内容次第だけど」


「うちの息子、白須トウマって言うんだけどね」


 店主は少し寂しげに笑う。


「一つ下の階に補充のシギルを取りに行かせたんだけど、何時間経っても戻ってこなくて……」


「つまり、探して連れ戻せばいいと」


「そう。無事に帰してくれたら、約束のシギルあげる」


 ザリアはリカの腕を小突く。


「やるでしょ?」


「うん。やろ」


「助かるよ、本当に!」


 頭上にインフォバーが表示される。


〈依頼:白須トウマを捜索せよ

報酬:シギル×4〉


 二人は走り出し――ザリアがふと引き返す。


「すみません、階段ってどこから?」


「二ブロック先。あの妖怪像の下だよ」


「了解」


 巨大な妖怪像の足元には、宙に浮かぶトーテムがひとつ。

 リカが手を伸ばして触れる。


〈トーテム起動。第二〇五三階への通行権を付与〉


「さーて、“地下行き”だね」ザリアが笑う。


「でも、帰ってきたらシギル選び放題だよ?」


「それはテンション上がる」


 足下の床が割れ、階段が現れる。

 二人はそのまま下へと降りていき、フロアは静かに閉じた。


 


 ――その下の階。


〈規則:嘘をつくな〉


 二人が着地したのは、巨大な金属工場のようなフロアだった。

 下では溶鉱炉が赤々と燃えている。その上に細い金属製の通路が伸びていた。


「嘘つくな……」ザリアが周囲を見渡す。「誰に?」


 通路の突き当たりには、大きな工房がひとつ。


「たぶん、あそこが目的地だよね」


「さっさと行って、さっさと帰ろ」


 二人は工房へ続くドアの前に立つ。

 分厚い金属扉には、いくつものロックが組み込まれていた。


 ザリアが拳でコンコンとノックする。


「よーよーっす!」


「ちょっと」リカが肘で小突く。「そういうノリ、今いる?」


「つい」


 ガガガッ――。


 金属扉がスライドし、奥からぎらりと青い光がのぞいた。


「おやおや。お客さんじゃないか。いらっしゃい、お嬢さん方」


 ザリアとリカは顔を見合わせ、恐る恐る中へ。

 入った途端、扉は背後でバタンと閉じた。


 内部には、小さな溶鉱炉とコンベア、そして巨大な炉。

 ザリアが興味本位で近づこうとしたところで――


「まぁまぁ、くつろいでいきなよ。お茶? コーヒー? お水?」


 頭上から声が降ってきた。


 見上げると、天井から一本の機械アームが伸びている。

 その根本には大型モニターが取り付けられ、画面上に青い目と笑顔のマーク。


「っと、自己紹介がまだだったね。ボクは装心思考機ソウシン・シコウキ! 握手してあげたいところだけど、見ての通り腕がねぇ」


 リカとザリアは同時に固まる。


「……生きてるコンピューター?」リカが恐る恐る尋ねる。「AIって聞いたことはあるけど、さすがにここまで来ると」


「違うってば!」ソウシンが画面を左右に振る。「ボクは人間だよ、人間! いや、元・人間って言うべきかな。規則を守れなかった罰でダンジョンにこうされちゃってね!」


「うわぁ……それは、重い」ザリアが素直に引く。


「そういう時は“お気の毒に”とかでいいでしょ!」リカが小声でツッコむ。「ホントにご愁傷様です」


「気にしないで。スーパコンピューター生活も案外悪くないしね。で、君たちは?」


「私は天川リカ。こっちはザリア。白須トウマって子を探してて。ここに来てません?」


「もちろん。ついさっき来たよ。そこにじっとしてて。すぐ会わせてあげる」


「え、“そこで待ってろ”って――」


 足下の床が突然ガバッと開く。


「ちょ、ちょっとおお!?」


 二人は悲鳴を上げながら下へと落ちていった。


 柔らかい何かに着地し、周囲を見回す。

 そこは研究室のような空間で、試験管や冷凍カプセルがずらりと並んでいた。


 すぐ隣に、ソウシンの画面がスッと再表示される。


「さぁ、ボクの新しい友達を紹介しよう!」


 奥には、もう一台のコンピュータが鎮座していた。

 その画面には、今にも泣き出しそうな顔文字。


「……たすけて……」


 ザリアは勢いよく立ち上がる。


「ちょっと待って、それって――」


「正解。彼が白須トウマ。ここに来たから、友達にしてあげたのさ」


 ドン……。


 部屋全体が不穏に揺れ始め、天井から伸びた機械アームが二人の身体を絡め取る。


「さぁ、次は君たちの番だ」


 ソウシンの“目”が愉快そうに細められる。


「キミたちも――」


 二人は必死にもがく。


「――“より良い形”にしてあげるよ!」


 青い笑顔が、ぎらりと歪んだ光を放った。


——

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