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――第10章・牢獄脱出――

――沖縄ダンジョン・第二〇五一階。


「やれぇぇぇ! ケンカしろー!」


 収容者たちの野次が飛び交う中、ザリアはユウトの襟を掴み、派手に揺さぶっていた。


「離せっての、この女!」


「やだね。まずは吐けよ、このクソガキが」


「何をだよ! 謝罪でも欲しいわけ?」


 ザリアは首をゴキッと鳴らした。


「アンタの顔面をへし折ることで手打ちにしてあげる。リカと師匠をどこに飛ばした?」


「お前、今“師匠”って――」


「そうだよ。文句ある?」


 そこへ、看守が一人飛び込んできた。


「おい、そこで何してやがる! やめろ、不良ども!」


 ザリアはユウトを放り出す。


「あたしとリカ、この牢から出してくんない?」


「誰が出してやるか。ここを仕切ってるのは俺たちだ」


 看守が舌打ちして出ていくと、頭上に文字が浮かび上がった。


〈規則:二〇分以内に脱獄せよ。二〇分経過までに牢に残っている者は、“永続拘束”扱いとなる〉


「一生こことか、冗談キツすぎ」ユウトが叫ぶ。「誰かトンネル掘れ!」


 ザリアはリカの方へ歩いていく。


「どうやって出るかまでは見えないけど、拘置所の牢なら何回か出たことあるからさ」


「……聞いてもいいけど、聞いたら後悔しそう」


「友達いじめようとした奴の顎をへし折ったら、なぜかこっちが牢に入れられたの。おかしくない?」


 リカは肩をすくめる。


「まぁ……骨折られた側からしたら、そこそこ“極端”かも」


「トイレに顔突っ込まれるよりはマシでしょ」


 そこへユウトが近づいてきた。


「で、プランは?」


「アンタには関係ない」リカが即答する。「構ってくれる取り巻き、他にいないの?」


「見なよ」ザリアが鼻で笑う。「腰巾着いなくなったら、急に寂しそうじゃん」


「寂しくねぇし! だいたいな、俺の方がお前らよりレベル高いんだぞ? 中層階の雑魚どもは、プライム級カイタンシャ様が一緒にいてやることに感謝すべき」


「何言ってるの?」リカが首をかしげる。


「フロアランクの話」ザリアがため息をつく。「千五百階分の“クソ野郎”ってこと」


「こっちに仲間がいないのは確かだが、そっちも“師匠と弟子”がバラけてる。だったら一時休戦して、ここを抜けるまでは協力した方が得策だろ」


「理屈自体は、間違ってないかも」と、リカ。


「……チッ。分かったよ」ザリアは顔をそむける。「ただし、さっきの件はチャラになってないから」


「はいはい。じゃあ、こっち来いよ。脱獄の起点は、まず“マイセル”からだ」


 三人がユウトの房に入ると、彼は机の中をごそごそと漁り始めた。


「にしてもさ、お前ら何やらかしてここにぶち込まれたんだ?」


「“自白”」と、リカ。


「何を?」


「いろいろ」ザリアが曖昧に笑う。「アンタみたいなヤワな男なら、泣き叫ぶくらいには」


「はっ。ドッコウ団に入る奴が柔だと思うか? あそこは中途半端だと死ぬぞ」


 ユウトがニッと笑い、机の奥から一本の工具を取り出した。


「よし、来た!」


「……ドライバー?」リカがぽかんとする。


「そう。こいつが、自由への切符ってわけ」


 ザリアが片眉を上げた。


「悪くないじゃん。あそこの換気口のボルトに差し込んで。角、甘いから」


「なんで知ってんの?」リカが素で驚く。


「だから、牢経験者だって言ったでしょ」


 ユウトは換気口のボルトにドライバーを差し込み、力を込めた。カチリと音が鳴る。


「緩んだ。ほら、お嬢様方からどうぞ」


「急に紳士ぶってどうしたの?」リカが目を丸くする。


「罠だった場合、先に死んでもらう方が効率いいだろ」


「やっぱ性格終わってる」


「アンタがビビってるだけでしょ。あたし行く」


 ザリアはひょいと換気口に飛び乗ると、そのまま中に滑り込んだ。


「ちょっと埃っぽいけど、セーフ! 次!」


 リカも後に続き、ユウトも身体を押し込もうとしたところで――別の囚人が指をさした。


「おい! アイツら抜け出してるぞ!」


「ずるいぞてめぇらぁぁ!」


 看守たちの視線が一斉に牢へ向く。


「チクりやがって……!」ユウトが舌打ちする。「おい女ども、はい全力で前進!」


 看守たちが駆け込んでくるより早く、ユウトは換気口に飛び込んだ。


「止まれ!」


「はい手を上げろ!」


「両手挙げられるかよ、この姿勢で!」ユウトが言い返す。「バイバイ!」


 看守たちも後を追って換気口にもぐり込むが、暗闇の中で三人を見失った。


「どこ行った!?」


「この先だ! 進め!」


 先頭のザリアは、前方に別の換気口を見つけていた。


「あ、ドライバー落とした」ユウトがぼそり。


「いいって。こういうのは――」


 ザリアは態勢を変え、両足を換気口に向けた。


「――蹴るのが早い!」


 ドンッ。


 換気口の蓋が吹き飛び、ザリアはそのまま厨房の床へと転がり出る。そこは刑務所風のキッチンだった。


「いい脚してんじゃん」ユウトが感心したようにつぶやく。


「“蹴りタイム”って、ネーミングは微妙だけどね……」リカが小声で突っ込む。


「私の蹴り、私のセンス」


 換気口から看守たちがぞろぞろ這い出てくるのを見た途端、ユウトは踵を返した。


「ってことで、ここからは脱兎タイム!」


 彼はカウンターをひらりと飛び越え、廊下へ駆け出していく。ザリアとリカもそれに続いた。

 走り抜けた先で、彼らの前に立ちはだかったのは――先ほど取調室にいた刑事だった。


「ここまでだ。おとなしく刑期を全うしろ」


〈規則:正義の武骨刑事セイギのブコツケイジ・ゴウキを倒せ〉


 ゴウキが拳を鳴らす。


「今まで何百人も“手のかかる猫”を檻にぶち込んできた。お前らも、その中の一匹になるだけだ」


〈ドメイン効果:ゴウキは“K-9部隊”を解き放ち、対象にダメージを与えることができる〉


「はい来た、犬地獄」ユウトが顔をしかめる。


「なら、先頭はあたし」


 ザリアが一気に間合いを詰め、槍を振り抜く。が、ゴウキは紙一重でそれをかわす。

 直後、脇の部屋から一匹の大型犬が飛び出し、ザリアの腕に噛みついた。


「くっそ、離れろこのクソ犬!」


 後ろからもう一匹が唸り声を上げて近づいてくる。ザリアはそいつを蹴り飛ばすが、一瞬ひるんだだけだ。

 その隙に、最初の一匹を壁に叩きつけ、彼女は距離を取った。


「……ねぇ、これマジでダメージ通ってる?」


「ここ二千階オーバーだぞ」ユウトが冷静に言う。「レベル51の戦士が“腕だけで済んでる”ことを褒めるべき」


「じゃあどうすんのよ、賢いなら答え出しなさい」


〈一定時間足を止めると、K-9部隊が増援されます〉


 廊下のあちこちの扉から、さらに犬たちが飛び出してくる。

 ゴウキは顎で三人を指し示した。


「行け」


 リカはザリアの背中に手を当てる。


「ちょっと! 大した傷じゃ――」


「骨見えてるけど?」


 ザリアが自分の腕を見下ろすと、白いものがのぞいていた。


「あ。……見なかったことにしようと思ったのに」


「今日はあと一回が限界だから、もう怪我しないでよ!」


「分かってるって」


「はぁ……マジで俺が全部やる流れ?」ユウトがため息をつく。


 彼は片腕を前に突き出した。


「ジュゲン後備者コウビシャ呪縛顕現牢カースド・マニフェステーション・ケージ


 バンッ。


 廊下いっぱいにワンボックスカーが出現し、犬たちとゴウキをまとめて飲み込むと、そのまま後退し始める。


「うわ……」リカが目を丸くする。「何それ、すご」


「何で今まで見物してたのよ」


「お前らの失敗を鑑賞するのも、一興だからな」


 だが、犬たちは車体を噛み砕き、鉄板ごと引き裂いて脱出した。

 ゴウキは平然と車内から姿を現す。


「子どもだましだな。もう少し骨のある技はないのか」


「なら、これはどうだ――!」


 ユウトが指を鳴らすと、今度はジャンボジェット機が出現し、全員を機内に押し込めた。

 無数のワイヤーがゴウキの身体に巻き付き、強烈な電流が流れる。


〈ボスHP:100%→92%→88%〉


「じわじわ削るしかねぇか……。おい“槍女”! 追撃しろ!」


「ザリアって名前があんだけど」


「いいから刺せ!」


「はいはい!」


 ザリアは突進し、ゴウキの胸元を容赦なく突き刺す。


〈ボスHP:88%→87%〉


「うっわ」彼女が顔をしかめる。「またこの“誤差”ダメージですか」


 ユウトは額を押さえた。


「マジで役に立たねぇな、お前」


 ザリアは苛立ち紛れにゴウキの顔面を蹴り飛ばす。


〈ボスHP:87%→86%〉


「今のは気分的なやつ!」


 ゴウキは拘束を引きちぎり、ザリアを片手で吹き飛ばす。


「行け、我が子たちよ。悪を噛み砕け」


 犬たちが一斉に飛び掛かり、ユウトは再び牢を出現させて押し留める。


「よかったな。ここは俺の“領域”だ。罠ならいくらでも――」


 犬たちはあっさり鉄格子を噛み砕き、またもや飛び出してきた。


「……くそっ。第二〇五一階ボスは荷が重すぎる。真正面からじゃ勝ち目がねぇ」


「でも“倒せ”ってルール出てるんだよ?」ザリアが吠える。「殺るしかないでしょ」


「“倒す”が“殺す”とは限らない」リカがぽつりと言う。「勝ち筋、別にあるかも」


 二人が同時に彼女を見る。


「例えば?」


「刑事が一番嫌いなものって、何だと思う?」


 ザリアは少し考え――にやっと笑う。


「解けない事件、でしょ?」


「正解!」


「ちょっと待て」ユウトが割って入る。「俺たち、別に取り調べ受けてるわけじゃねぇだろ」


「私たちはね」リカは視線を上げる。「でも――オマリロ・ニュガワは?」


 ユウトは舌打ちしながらも、罠を解除する。

 景色は廊下に戻る。リカは壁のプレートを素早く読み取っていく。


「どこかにあるはず……“事件ファイル室”……あった!」


 ゴウキは拳銃を抜き、リカめがけて発砲する。しかし、ザリアが槍を振って弾丸を弾き飛ばした。


「リカ、頼んだ!」


「信じるからね!」


 リカが扉を蹴り開けると、中には山積みのファイル棚。

 ユウトは小型の車を顕現させ、ゴウキを巻き込んで車内に拘束した。


「一分やる。さっさと探せ!」


 リカはファイルを次々とめくっていく。


「どれ……どれ……」


 そして、一枚のラベルで指が止まった。


「――あった。“オマリロ・ニュガワ”」


「マジかよ」ザリアが目を輝かせる。「師匠の犯罪歴?」


「真っ白」リカは中身を見て言う。「……何一つ書かれてない」


「嘘だろ。カイタンシャで前科ゼロなんてあり得ねぇって」ユウトが食ってかかる。


「答えはすぐ分かるよ」


 リカはファイルを掴み、廊下に戻ってゴウキに掲げた。


「ねぇ刑事さん。私たちのことは散々調べてくれたみたいだけど――ニュガワさんのファイルはどうなってるの?」


 ゴウキの表情が一瞬固まる。


「それをどこで……」


「そこまで“完璧な”仕事っぷりなら、当然この伝説のハンターもここを通ってるよね? 事件になってないわけがないもんね?」


「その資料は――まだ未完成だ。返せ」


〈ボスにダメージを与えるには、“事件ファイル”を破壊せよ〉


「ザリア!」


 リカはファイルを投げる。ザリアはそれを空中で斬り裂いた。


〈ボスHP:86%→61%〉


「私の事件が……!」


 犬たちが一斉に飛びかかり、ゴウキは銃を乱射する。

 三人は別の通路へと飛び込み、ザリアはその拍子にファイルを落としてしまう。


「ケースファイルが弱点とか、どんなボスだよ……」ユウトが呟く。


「もう一発!」リカが叫ぶ。「ザリア!」


 ゴウキがファイルに手を伸ばす。

 その前に、ザリアの槍が一直線に飛び、紙束をズタズタにした。


〈ボスHP:61%→42%〉


 複数の犬がザリアに飛びつき、彼女を床に押し倒す。


「いってぇぇ! 髪はやめろ髪は!」


 リカはファイルとユウトの顔を見比べ――覚悟を決めた。


「書類は任せろ!」ユウトが叫ぶ。「お前は何とかしろ!」


 リカが飛び出そうとした、その瞬間。

 ゴウキが先にファイルを拾い上げ、リカを蹴り飛ばした。


「まだ修復可能だ。お前らをぶち込んでから書き直してやる」


 リカは床を転がりながら、必死に頭を回す。


「正面からじゃ勝てない。けど……私には、もう一枚ある」


 ポケットに手を突っ込み、最後に残ったシギルを取り出す。


「これ、何のシギルだっけ……」


〈シギル能力:呪詛ブードゥー。効果:使用者に与えられたダメージを、二倍にして対象へ転嫁する。残りチャージ:1〉


「ブードゥー・シギル……。やるしかないか」


 リカはシギルを起動させた。


〈シギル:発動〉


 彼女は息を呑み、自分の右手の指を三本、勢いよくへし折った。


「っ……!」


〈ボスHP:42%→30%〉


 ゴウキがよろめき、ファイルを取り落とす。


「何だ……?」


「思ったより減らない……でも――落とした!」


 リカは残った手でファイルを掴む。


「――これで、“事件終了”!」


 彼女は歯を使い、片手だけで紙束を真っ二つに引き裂いた。


〈ボスHP:30%→0%〉


 ゴウキは頭を抱え、その場に崩れ落ちる。


「馬鹿な……この事件は……まだ……」


〈ボス撃破。チャレンジ達成〉


 空間にトーテムが出現する。

 リカがそれに触れ、懐へとしまった。


〈トーテムシール獲得。第二〇五二階への通行権を付与〉


 ザリアとユウトがリカの元へ駆け寄る。


「リカ! その手、どうなってんの!?」


「ちょっと指折っただけ」


「“だけ”ってレベルじゃないよ! 完全に曲がってるからね!?」


「あ――ほんとだ。……でも、今は治せないし。温存」


 ザリアはその肩にそっと手を置く。


「……よくやったじゃん。きっとニュガワさんも、めちゃくちゃ褒めるよ。ついでに、あたしのことも」


 リカは視線を落とす。


「……うん。そう、だといいな」


「師匠に認められたいってのは勝手にしてもらうとしてだな」ユウトが咳払いする。「そろそろここからトンズラしようぜ」


 二人は同時にじと目で彼を見る。


「まだ捨てるチャンスある?」と、リカ。


「次の階に着いたらね」と、ザリア。


「……お前らマジで性格悪い」


 次の階への入口が足元に開き、三人はそのまま落ちていく。


 着いた先は、提灯や風船が並ぶ祭りのようなフロアだった。

 陽気な仮面の妖怪たちが、音楽に合わせて手拍子をしている。


「……え?」ザリアが目を瞬かせる。「こういうの想像してなかった」


「最悪だ……」ユウトが頭を抱える。「よりによって“セーブスポット階”かよ」


 ――所在地不明フロア。


 赤く燃えるような眼光が、闇の中から二つ。

 その前には、頑丈な檻がひとつ。


「♪ふん、ふん、ふん〜……♪」


「この状況で、その陽気な鼻歌は何だ」


 鉄格子の中では、裸足の少女がリズムよく足先を鳴らしていた。


「♪“世界最強の男”は〜……♪」


 彼女は唇を吊り上げる。


「♪……今こっちに向かってる〜♪」


 稲妻が奔り、空間に一枚の映像が浮かぶ。

 そこには、ダンジョンをひたすら進むオマリロの姿。


「来るがいい。オマリロ・ニュガワ……そして、その手を貸す者どもも」


 闇の奥で、巨大な翼が広がる。紅い羽根が、一面を覆い尽くす。


「貴様らは“雷禍竜ライゼン”の前にひれ伏すことになる」


 雷鳴が轟き、檻の前の少女――ミチコの足元に火花が散った。


「ミチコよ。お前の“犠牲”は、すべて返ってくる」


 雷光が、血の色を帯びて渦を巻く。


「――血によって、な」


 どこまでも暗い笑い声が、フロア中に響き渡った。


——

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