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第十三章 再びの旅立ち

時は明治四年。


江戸の町はすでに「東京」と名を変え、かつての武士たちは刀を置き、洋装に身を包み始めていた。


文明開化の波が押し寄せ、街にはガス灯が灯り、試運転中の蒸気機関車が、遠くで短く汽笛を鳴らした。


人々の暮らしも、価値観も、すべてが変わろうとしていた。


清之介もまた、その一人だった。


かつて命を懸けて守った藩は消え、彼は静かに武士としての人生に幕を下ろした。


今は東京の片隅で、通訳や文書翻訳の仕事を請け負いながら、穏やかな日々を送っていた。


だが、心の奥には、あの約束が残っていた。


――「拙者は、必ず戻る。そなたのもとへ」


グレイスとの別れから十余年。彼女の消息は途絶えたままだった。


手紙も、噂も、何も届かない。それでも清之介は信じていた。


彼女が今も、あの国で生きていることを。


そんな折、政府からの密かな招集が届いた。


「岩倉使節団」――新政府が欧米諸国へ派遣する大規模な外交使節団。


その目的は、近代国家としての日本を世界に示すこと。


そして、欧米の制度・技術・文化を学び、国の礎を築くこと。


清之介は、かつての剣ではなく、言葉と眼差しで国を守るための旅に加わる決意をした。


明治四年十二月二十三日。


横浜港には、蒸気船「アメリカ号」が静かに停泊していた。


甲板には、岩倉具視を筆頭に、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文ら新政府の要人たちが並び、出発の時を待っていた。


清之介は、使節団の一員として、通訳兼護衛の任を受けていた。


かつての武士としての経験と、アメリカでの滞在歴が評価されたのだ。


「……まさか、再びこの海を渡ることになるとはな」


彼は海を見つめながら呟いた。その瞳には、懐かしさと緊張が入り混じっていた。


波の向こうに広がるのは、今も愛している人が暮らす国。


十年の歳月を越えて、彼の心は再び動き出していた。


玉虫もまた、記録係として同行することになっていた。


彼は清之介の肩を叩き、笑った。


「今度は、剣ではなく筆で戦う時代だ。だが、清之介殿の心は変わらぬな」


清之介は頷いた。


「守るべきものがある限り、私は立ち続ける」


船が出航すると、甲板には静かな風が吹いた。


清之介は、遠ざかる日本の陸地を見つめながら、胸の内で誓った。


「グレイス殿。私は、今、再びそなたの国へ向かう。この十年、そなたを想わぬ日はなかった。

もし、まだそなたが生きているなら――私は、必ず見つけ出す」


彼の手には、小さな桐箱が握られていた。


それは、榊原家の根付が入っていた。


漆塗りの箱の中には、先祖代々伝わる家紋入りの桜の花を模った根付が収められている。


「そなたに必ずこの根付を贈るために」


風が帆を膨らませ、蒸気船は静かに港を離れた。


清之介の心は、再び海を越え、あの約束の地へと向かっていた。

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