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成島シリーズ

成島くん日常譚 夏休みと肝試し

作者: ヤマスマン

いつもよりちょっと長いけどお楽しみください。

蝉の声が熱を煽る昼下がり、住んでいる街を見下ろす大きなガラス窓を磨き上げる。

輝きを放つその表面には、広いがシンプルな内装と、まとめられたゴミ袋、そして掃除を押し付けられた薄幸の美少年が一人。……そう、この俺、成島愛己なるしま まなきが写っていた。


「窓は鏡じゃないし、薄幸の美少年なんて自称する物ではないと思うわよ?」


背後から聞こえたのは家主の声。振り返れば、人に掃除をさせることをもはや気にすることすらなくなった音羽美玲おとわ みれいが、今日に限ってアトリエの入り口に立っていた。どうやら、俺の考えが口から漏れていたらしい。


「俺が美しいのは事実だし、窓は拭けば拭くほど家の格が上がるんだよ」

「家の格なら必要以上にあるから窓掃除は簡略化して良さそうね。それから姿見も磨いてもらおうかしら? ちゃんとした鏡で自分を客観視できるわよ」


名家のお嬢様は、冗談もこなせるらしい。言葉の棘はとても鋭い。

関わるようになって三ヶ月が過ぎ、俺と音羽の距離感はお互い遠慮というものが少なくなってきていた。

「食と芸術の大天才」「誰もが振り返る美少女」などと言われているが、この広いペントハウスを一週間でゴミで覆い、最近は頼み事をしている立場なのに、いちいち起きていられないと合鍵を押し付けてくる始末だ。

……まあ、嫌ではない。


「掃除が終わったら勉強会よ。それまでアトリエにいるから」

「おう」

「終わったらメッセージを送ってちょうだい」


ひらりと手を振って音羽は奥へ消える。こいつはもう、なんでもありなんだろうか?



ゴミ出しを終え部屋に戻ると、俺はスマホで音羽に連絡を入れる。

『掃除が終わりました、お嬢様お勉強のお時間です』


『ありがとう。どちらが講師かわかっていないようね』


返事を確認して、リビングのテーブルに教科書とノートを広げる。あの遅刻魔がすぐに来ることはないだろう。

少し待つと音羽が静かに部屋に入ってきた。軽く会釈を交わし、手にしていたプリントを広げる。


「じゃあ、始める?」

「うん」


俺たちはそれぞれ宿題に取りかかる。


「そこはmuchじゃなくてmanyね」

「あ、すまん」

「意味で覚えればいいわ。数えられるものがmany、そうでなければmuch」


自分の宿題をこなしながらも、音羽は俺の解答をしっかり見てくれていたらしい。ちらりとこちらを見ると、しっかりと教えてくれた。

午後の光がテーブルを照らす中、ペンが紙の上で滑る音だけが聞こえてくる。勉強中だが、少し心地よい時間に感じられるのは、彼女が隣にいるせいだろうか。


「そこの訳、『疲れを感じて早くベッドに行った』じゃなくて、『疲れたので早く眠った』のほうが自然よ」

「……直訳になってたな」

「集中できていないだけじゃない?」


俺は自分が思っているよりも馬鹿なのかもしれない。



しばらくすると影が伸びていき、テーブルに差し込む日差しが柔らかくなる。


「暗くなってきたわね。そろそろご飯にしましょうか」

「確かに良い時間だな。腹へった」

「ふふ、あなたの勉強の成果に報いなくちゃね」

「……水だけってこと?」

「黙って、大人しく座って楽しみにしてなさい」


キッチンからは、洋食らしい香りが漂い、包丁がまな板に当たる軽いリズムが聞こえてくる。

リビングからキッチンを眺めると、奥に音羽の真剣な顔が見えた。

何度も音羽の料理をご馳走になったが、いまだにこの時間は慣れないものがある。だが、どれだけ緊張したところで俺が手伝えることは微塵もなく、求められてもいない。

緊張をほぐすように目を瞑り、深く息を吸い込んだ。先ほどの料理の香りに加えて、木材の焼けるような香りが――。


「火事!?」

「燻製よ。仕上げに全体を燻してるだけ」


立ち上がりキッチンを覗き込んだ俺を、呆れるような顔で音羽が一瞥して言った。火事でなければそれでいいのだ、うん。


「できたわ。持っていって頂戴」


音羽の言葉に従いパスタを受け取る。二人で配膳をして席に着いた。今日の献立はパスタとスープのようだ。


「今日はパスタか。おしゃれだな」

「燻製マグロとトマトの冷製パスタとコンソメスープよ」


二人で席につくと、リビングには午後の余韻がまだ残っていた。窓の外は柔らかな夕暮れに染まり、街並みがオレンジ色に光る。


「いただきます」


音羽の声に合わせ、俺もフォークを手に取る。冷製パスタは程よく冷えて、燻製の香りが鼻孔をくすぐる。


「うま……これめちゃくちゃ好きだわ」

「そう? ありがとう」


音羽の返事はそっけないが、笑顔は柔らかい。


「燻製の香りとトマトの旨みに、マグロの旨みと塩味がついていって、めちゃくちゃしっかりした味なのにすっきりしてる」

「塩漬けのマグロを低い温度でじっくり燻して寝かせたものだから、トマトの旨みに負けないの。それと最後に全体に軽く煙に当てることで、全体の香りを合わせてるから燻製マグロが浮くこともないわ」


音羽は自分の料理を一口口にすると満足そうに微笑む。


「コンソメも冷たいパスタに合わせて、少し低い温度にしてあるわ」

「へぇ」


スプーンですくったコンソメを口に含むと、柔らかだがしっかりとした旨みが口の中を優しく包んだ。


「すごい飲みやすい。それに、普段飲むコンソメよりツンとこない」

「手作りで風味が違うのと、普段は少し濃くしすぎてるのかもしれないわね」

「コンソメって手作りできるんだなぁ」

「半日仕事よ。ものすごく面倒くさいわ」


やれやれと言わんばかりの音羽の表情を見て、俺はコンソメをもう一口飲み込んだ。


「そういえば、今日クラスの有志で肝試しがあるんだよ」


思い出して俺は言った。


「ええ、前にそんな話してたわね」


音羽がスプーンを置き、ちらりと俺を見る。


「男女ペアらしくてさ……よかったら、一緒に行かないか?」

「一緒に?」

「いや、音羽さんが嫌なら無理に誘う気は無いんだけどさ!」


意外そうな顔をする音羽に焦って返す。


「そんなしょげた顔をされると弱いわね……そんなにきて欲しいの?」


困ったような幼児を見守るようななんともいえない表情を向け、音羽が笑っている。


「もちろん」


何とか答えを絞り出し、準備は整った。肝試しの時間だ。



俺たちを見たクラスメイト達は、挨拶をするものや驚きを表すもの、からかい半分に冷やかすものなど様々だ。中には露骨に眉をひそめるやつもいた。


「成島ァ! 音羽様とペアとは許せんぞー!?」

「音羽さん、こんばんはぁ!」

「おいーす成島。やるじゃん」


ざわめきを切るように、主催者の声が響いた。


「よし、全員揃ったな! ルール言うぞ。ペアごとに順番に、この階段を登って旧校舎へ。三階の奥に置いてある手作りの御札を一枚取って戻ってくる、それだけ! 簡単だろ?」

「旧校舎の玄関、鍵ぶっ壊れてるから最初のやつが開けっぱなしにしてね。ただし重いから開ける時は気をつけてよー」


冗談めかした口調のはずが、闇に包まれた山道を前にすると妙に胸に刺さる。

最初のペアが足を進め、懐中電灯の光が木々の間に飲み込まれていった。待つ側は笑いながらも妙に落ち着かず、次々と順番を譲り合う。


「はーい、そろそろ次のやつ行けよー」


もう一組が出発してしばらくすると、最初の二人が駆け戻ってきた。二人の肩は大きく上下し、灯りのある場所に戻り安心したようにへたり込んだ。


「なんかガサガサ音してさ、びびったぁ!」

「御札以外仕込みないんだよね? 嘘じゃないよね?」

「なんもねぇよ、てかお前ら速すぎ! 全力疾走だろ! 怪我してないよな!?」


主催者が声をかけると、二人は強がるように笑い返した。


「成島くん、次よ」


音羽が小さく言って俺の手を引いた。驚いたが、女性が困っているというのに振り解く訳にはいかない。俺は手を握り返し、彼女の背を追い越し、前へ進み出る。

階段に足をかけると、コンクリートの端がごとっと少し沈んだ。闇の中、音羽へと振り返り、小さく頷く。その仕草に、音羽は黙って頷き返した。スマホの光だけを頼りに、二人で山の闇へと踏み込んだ。

階段を登りきった先の山道を進むと、旧校舎の正面玄関が視界に入った。しっかり扉は開きっぱなしにしてあり中に入る。


「旧校舎の靴箱って蓋付きなんだな」

「成島くん、肝試しをしているのよ?風情がないわね」


廊下に足を踏み入れると、古い木の匂いとひんやりした空気が肌に触れる。音羽が静かに息を吐き、俺の手をもう一度握る。


「成島くん、足元に気を付けてね」

「わ、分かってる」


言いながらも、少しでも彼女を守りたいと思う自分がいる。背の高さで手を引かれた俺は、いつの間にか前を歩く音羽の後ろ姿を見つめてしまった。くそ、歩幅が違い過ぎる。

足音が古い廊下に響き、どこかから風が吹き込み、白い塊が前を横切る。


「きゃっ!」


音羽が声を上げ、手を引っ張られ思わず音羽の方へ飛び込む形で抱き込まれる形になり一瞬息が止まった。


「だっ大丈夫か? 正直俺は今、音羽さんの声にビビった……」

「恥ずかしいところを見せたわね。大丈夫よ」


現状など存在しないような嬉しそうな微笑みと共に答えが返ってきた。俺は気恥ずかしさに視線を下げる。


「はは、あいつらが言ってたガサガサ音ってこのビニール袋か。このイケメンをビビらせるには役不足だったみたいだな」

「ふふふ、緊張の次は緩和? 脚本作りの基本がよくわかってるのね」


軽口をたたきつつ階段を上がり、二階、三階と進み、三階奥の目的の部屋に辿り着く。置かれたお札の中から一枚とり、胸ポケットにしまう。すると音羽が俺の肩に手を置き、後ろから顔を近づける。こんだけ身を屈めてやっと顔が並ぶ程度しか変わらないのかよ。


「取れたわね。帰りましょうか」

「あ、ああ……」


耳元で発せられる声に、自然な声で返すのが精一杯だった。月光に照らされて目の端に映る長いまつ毛に胸が高鳴る。そのまま音羽に背を押されるようにして集合場所に戻る。正直、変に意識して音羽の顔を見られなかったので好都合だ。


「音羽さん、成島おかえり」

「なんだぁ成島、あれだねぇ。お母さんに頑張って連れてきてもらったちびっこみたいだねぇ」

「音羽様ご迷惑をおかけして申し訳ありません!」


クラスメイトたちがそれぞれ迎え入れてくれる。誰が迷惑なチビだ、後で覚えていろよ。


「俺たち美男美女が戻ってきたからってそう色めき立つなよ」

「月と同列になれると思うなよ、蓄光テープが」


肝試しで涼みに来たとは思えないほど笑顔が溢れ、音羽も珍しくみんなと一緒に笑ってくれている。

なんかこういうのっていいなぁなんて、温かい気持ちを胸に抱くのだった。

最後までお読みいただきありがとうございます。


短編はここで終わりにして成島くん日常譚を連載形式に再編していこうと思います。

あ、あと音羽さんは記憶力がいいので怖いのは苦手ですがビニール袋で怖がるほど弱いわけではありません。

怖いですね。

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