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仮面の策士

作者: 松 勇

秀忠は父を憎んではいなかった。兄の秀康に比べればのことである。


その父が、自分を世子に選んだことには驚き、迷惑に思った。何も兄弟で一番凡庸と言われる自分を跡取りにする必要なないではないか。兄秀康や弟の忠吉は武勇の誉れも高い。青瓢箪と陰口を叩かれる自分をなぜ選ぶのか。


だが、本当は秀忠も自分でわかっていた。父は秀忠が仮面を被っている事を知っていた。仮面の奥にある、稀代の策士としての本性まで見抜いているのだ。秀忠は目立つことが嫌いだった。そして戦などもっと嫌いだった。政にもそれほど強い関心があるわけではない。父が大阪にいる間、仕方なく江戸の留守を任されて覚えたに過ぎない。


関ヶ原前夜、中山道を進む別働隊を率いるという大役を任され、秀忠は憂鬱の極致であった。実は秀忠は石田三成が好きだった。不器用なほどに生真面目で、周囲から嫌われるとわかっていても、自分の信念を貫き通す。私心の無さは誰もが認めるところなのだが、その現われ方が周囲の反感を誘った。そんなうまくないところも含めて、三成と言う男に面白みを感じていたのだ。


小山評定の翌日、秀忠は兄秀康、弟忠吉の三人だけで酒を酌み交わした。


「秀忠よ、活躍を期待している。俺にはそのような機会は与えられなかったがな」


弟を激励しつつ、苦虫を噛み潰したように話すのは兄秀康である。秀康は不満なのだ。武勇の誉れ高い自分が、上杉の抑えとしてしてこの地に残されたことがである。武勇を信頼しているから、最強といわれる上杉の抑えを任せられるなどと、おためごかしを言われても納得できようはずもない。豊臣家、次いで結城家と養子にでた秀康は家康の後継者となることは諦めているものの、華々しく戦場で戦うことを夢見て生きてきた。今回はその最後の機会かも知れないのだ。


「兄上・・・ご存知のとおり私は戦いたくないのです・・・父上の跡取りなども嫌です。本当は兄上に代わってほしい・・・」

「でも、そうはいきませんよ。父上のお決めになったことです」


そう言ったのは秀忠の同母弟である忠吉である。


「それに・・・私は三成殿を討ちたくなどないのです。あの御仁、不器用ではあるが正論しか口にしてないではないですか。彼に反感を持つ武将たちの気持ちもわからなくはないですが、本来はそれほどたいした問題ではないはず。それを父上がひそかに焚き付けて・・・」

「だが、もうそれを留められるような状況ではあるまい?」


秀康が見かねて言う。弟のことはよくわかっていた。だから激発もせずに自分の境遇を受け入れられる。自分も納得しなける状況にはあるが、秀忠もそうなのだ。二人の不幸はお互いが相手の求めるものを手にしており、しかもそれを取り替える権利は自分たちにはないということである。


秀忠はそれほど呑めはしない酒を一気にあおった。同腹で年の近い弟である忠吉は心配そうな顔で兄を見つめる。


「兄上、忠吉・・・実は考えていることがあるのです・・・私はどうしても三成殿と戦いたくない・・・」

「どうすると言うのだ?逃げ出すとでも?」


秀康は不思議そうな顔をしている。弟が凡庸に見えて実は抜け目のない策士としての才能を有していることは知っている。だからこそ、一体何を考えているのかわからないことも多い。その策士である弟を完璧に押さえ込んで使いこなそうとする父に嫌悪しつつも、恐れてもいた。秀忠がどう考えようと、家康にはかなわない。


「戦場にいなければ戦うことなどできますまい」

「本当に逃げ出すというのか・・・?」

「逃げ出せば、私に従う諸将にも害が及びましょう。手柄を立てられないならまだしも、大将が逃げ出したとなれば、康政などは腹を切るに違いありません」

「そうだ。そんなことは許されるものではないぞ」


まさかとは思いつつも、秀康の語気が強くなる。そんな馬鹿な事はさせるわけにはいかない。


「逃亡となれば卑怯の局地。怠戦も同様。しかし、卑怯よりも無能の方がまだしも罪は軽い。私の無能により遅参したとなれば、配下の諸将にもそれほど大きな害は及びますまい・・・」

「・・・秀忠・・・」


秀康も忠吉も秀忠の異常の決意を感じ取った。何をやるかもおよそ予想が付いたのである。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 秀忠について書かれた小説を探していて発見しました。 秀忠が実は切れ者だったのではないかというのは、ときどきある視点ですが、秀康とも仲良く、関ヶ原は自分の思惑で遅参していたというのは、実に面…
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