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2.嘘はついてません。by夏

 季節は7月。もうすぐ学生のビッグイベント、夏休みが始まろうとしていた。が、残念なことにあと少しの間はクソ暑い学校への道のりを行かねばならない。オレの名前は南坂夏。今はいつも一緒に学校に行っている幼馴染が家から出てくるのを待っているところだ。


「クソあちぃ……早く出て来ねーかなー」


 アスファルトから湧き上がる熱と湿気、セミのうるさい鳴き声がより一層熱く感じさせる。別にあいつが時間に遅れて待たされているわけじゃないけどさ、こう暑いと汗で気持ち悪いしイライラしてくるな。制服の襟元をパタパタとさせながらしばらく待っていると、家の中から「きゃあぁぁぁぁ!」という甲高い声が。その直後、ドタドタという足音が聞こえてきて勢いよく玄関の戸が開く。するといつもと少し違う表情の幼馴染がそこには立っていた。


「……冬樹?あの、おはよ―――」


「夏ぅっ!走れぇぇぇ!」


「はぁぁ!?」


 少し違うどころではなかった。血相を変えて走り出した冬樹につられてオレも並んで走り出す。勢いよく飛び出してきたこの男、北原冬樹がオレの幼馴染だ。容姿、成績、運動神経すべて並み。部活はしていない、が生徒会には入っている(まぁそれにもいろいろあったらしい)特にこれと言って特徴はない。ただ……一つ上げるとするならこいつはいつも何かしらのイベントを引き起こす。そう、ラノベやギャルゲでいう美少女がらみの諸々のことだ。もちろんその環境にも恵まれ、こいつの周りには美少女も、その属性も事欠かない……って説明してる場合じゃねー!


「ちょ、朝からどういう事だコレはー!説明しろっ!」


「はぁ……はぁ……あ、あれだ!見ろ!」


 走りながら冬樹が指をさした後ろを見ると―――


「コロォォォォォス!」


 そこには鬼がいた。


「「ひいぃぃぃぃ!」」


 それを見て悲鳴を上げたオレたち二人は、より一層スピードを増して駆ける。何あれ!?すんごい顔した女が追いかけてきてるんだけど!?


「何あのクリーチャー!なんでオレたち朝から命狙われてんの!?」


「はぁ……はぁ、あれは俺のマイシスターだ」


 こいつの妹には今までも会ってる。オレたちと同じ高校の一年生だ。ポニーテールでスポーティな感じのめちゃ可愛い子なのだが、今のあの表情と雰囲気からはいつものイメージとかけ離れすぎていて、もはや別人、というか人間というよりモンスターだった。


「はぁ……はぁ……!オレはお前にあんなバケモンの妹がいるなんて知らねーぞ!」


「いや、実はさっき家の中で間違って着替え中の妹とばったり……」


 なるほど、あの時の悲鳴は妹のそれか。朝からデタラメなイベント発生させやがって。


「はぁはぁ……、いつものイベント体質かよ!大体の事情は分かった!でもなんでオレまで命を狙われてんだ!?」


「え?別に夏は狙われてないと思うぞ」


「は!?じゃあなんでオレは今全力疾走してんの!?」


「いや、いつも通り一緒に学校に行こうと思って」


「ぶっ殺すぞテメー!オレが走る理由がねーじゃねーかっ!」


「ぐはっ!」


 オレは走るのをやめて、このバカの横っ腹に思い切りグーをいれてやった。冬樹がその場でうずくまってうめいていると、後ろから恐ろしい形相で妹が追い付いてくる。あ……今一瞬で表情なおした……


「夏先輩おはようございますー!足止めしてくれたんですね!ありがとうございます!」


 先ほどまでの人らしからぬ顔はどこへやら、さっきの事がまるでなかったようなキラキラした笑顔で挨拶をしてくるこの妹。色々すごいな、オレはもうこえーよ。


「よー妹ちゃん。別に協力したわけじゃねーよ、オレも冬樹に巻き込まれただけだし」


「いやー兄がいつもすいません……あ、今日も暑いですね……?」


「いえいえ、つか暑いのは妹ちゃんのせいでもあるからね?」


 あははーと笑いながら気まずそうな顔をする妹ちゃん。オレはカバンからタオルを取り出し、走らされたせいで出た汗を拭いとった。


「ふぅ……まぁいいけどさ。じゃ、オレは学校行くからあとはそいつ頼むわ」


「はい!兄のことは任せてくださいね……ね、お兄ちゃん?……フフフ」


 うわぁ、悪い顔してる。オレはその顔を見なかったことにして、すたすたとその場を後にして学校に向かう事にした。後ろから冬樹の元気な悲鳴が聞こえる。


「た、助け……助けてくれー夏!ぎゃあぁぁぁぁ……!」


「地獄でやってろ……」


 ポルナ〇フのセリフをそのまま吐き捨て、先ほど汗を拭くときに使ったタオルを首にかけて歩き出す。こんな暑い日に朝から全力疾走とは……とんだ災難だぜまったく。制服が汗でグチョグチョだ。


「あぁ……クソあちぃし気持ちわりぃ……」


 夏空と、空に浮かぶ入道雲の間に悲鳴は吸い込まれていった。



***



 学校についたオレは、更衣室でジャージに着替えてとっとと教室に向かった。教室の扉を開けた途端にエアコンの涼しい風が体に当たって気持ちがいい。


「あー、天国だなぁおい」


「おっす南坂~今日は北原は一緒じゃないのか?」


「おーす、色々あって腹パンかまして置いてきた」


「相変わらず仲がいいな、お前ら二人はよー」


「はは……まぁ幼馴染だからな」


 クラスメイトと簡単なあいさつを交わし、オレは自分の席に着く。さっきまでの暑さがもう嘘のように身体から熱が引いていく。エアコンを発明した人に感謝だな。そういえば冬樹ばかりでオレの自己紹介が全然ねーのを忘れていた。多分もうすぐ冬樹も学校に着くだろうが、それまで簡単にオレの自己紹介をしようと思う。オレの名前は南坂夏、高校二年だ。ちょっと釣り目の顔に、無造作にセットしたウルフカットの髪が肩あたりまで伸びてる。割と髪型にはこだわっているタチだ。見た目はそこそこイケてるほうじゃねーかな(自分で言うなと聞こえてきそうだな……)。部活には入ってねーが、個人的な趣味でいろんな運動部に顔を出しては助っ人をしている。運動神経は抜群だぜ?代わりに頭の方はダメだけどな!テスト前はいつも冬樹に教えてもらってる。あいつも特段勉強が得意ってわけじゃねーが、頼めば教えてくれるから、赤点はいつもギリギリで回避させてもらってるってわけだ。あざっす冬樹様。冬樹とは小学校からの仲で、中学も高校も一緒でクラスもずっと一緒だった。すごい確率だよ全く……んでもって好きな食い物は肉!好きな教科は体育!それから……おっと、そろそろ到着か?まったく、オレの自己紹介タイムはもう終わりかよ、と教室の扉がガラガラと音を立てて開く。


「ひどい目にあった……」


 おーおーボロボロだな。がっくりと肩を落とした冬樹が教室に入ってきた。


「よっ、思ったよりはえーなー」


 はははとのんきに笑いながら手を振ってやる。


「夏……さっきはよくも見捨てやがって……」


 ふらふらと歩いてくるなり冬樹は机に突っ伏した。いやいや、見捨てたというかありゃお前の問題だろ。


「おいおい、こっちは何も悪くねーのにも関わらず朝から全力疾走で汗まみれだぞ?お互い様だっての」


 そもそも全ての元凶はこいつなので、お互い様どころか100%オレは悪くねーんだが。


「えー別にいいじゃん夏は。運動好きだろ?」


「このヤロー、化け物から逃げることを運動と言いやがるか。あんな寿命の縮むのは勘弁だっつーんだよ……」


 イスに深く腰掛けて足を延ばし、今朝のことを思い出すように天井に顔を向けた。確かに運動は好きだがわざわざあんな目には遭いたくない。


「確かに、俺だってあんなのは勘弁だ……」


 そりゃそうだろうな、追われてないはずのオレでも殺意の波動を感じた。冬樹はきっとそれ以上のプレッシャーだったことだろう。


「「はぁ~疲れた……」」


 お互いのため息が重なったところで今日最初のチャイムが鳴り、いつも通りの平凡な授業が始まる……と思ったら大間違い。すぐに昼休みだ。時間はあっという間だからな。


「それは夏だけだ……」


「ふわぁぁ……え?そうか?昼なんてすぐじゃね?」


「あれだけ寝てればそりゃあすぐだろうな……」


「うーん、たしかに学校に来てから今までの記憶がない。オレはいったい何を……?」


「だから寝てたんだってば!今あくびしてたろ!?」


 どうやら昼までの授業はすべてノンストップで寝ていたらしい。まぁ授業なんて子守歌と変わらないもんな。仕方ない仕方ない。


「いーじゃんかよぉ、ほら、冬樹。腹減ったし昼飯にしようぜ」


 机を互いに向けて、オレたちは弁当を取り出そうとカバンに手を突っ込む。


「寝て起きて飯って、お前は動物か……って、あちゃー……」


 やっちまった、という表情で冬樹がカバンの中を探す手を止めた。


「どうした?」


「朝追いかけられる前に入れ忘れたっぽい……」


 まさか昼飯を忘れただと?ありえん、オレなら絶対忘れない。昼飯は命だ、と言いたいところだが、朝の鬼に追いかけられたなら弁当どころじゃないだろうな。しゃーねーオレの弁当を半分分けてやるか、と思った時だった。ザワザワと廊下の方が騒がしい。なんだ?とオレたち二人は顔を見合わせて恐る恐る廊下に出てみる。すると、


「あ、お兄ちゃーん!夏せんぱーい!」


 こっちに向かって鬼……ではなく美少女が手を振りながら走ってくる。なるほど、騒がしさの原因は妹ちゃんか。


「あれ千秋(ちあき)、どうした?」


 朝の件で紹介を忘れていたが、妹ちゃんの名前は北原千秋(きたはらちあき)という。さらりとした髪をリボンで結んだポニーテールに、優しげで人懐っこそうな顔つき。身長はオレより少し低いぐらいか。一年生の中で一番の美少女だと、クラスの男子が話しているのを聞いたことがある。テニス部に入っていて、彼女の試合には他校の生徒も含め、コートの周りが恐ろしい数の男子に囲まれているらしい。


「なんだ妹ちゃんか……朝の鬼と同一人物とは思えんな……」


 今朝のことを思い出して、オレは苦々しい顔になった。


「もう朝のことは忘れてください!ほら、お兄ちゃん弁当忘れてたでしょ!持ってきたよ!」


 これはありがたい。オレの弁当が半分にならずに済んだ。だが周りではこんな感じで別の問題が発生中だ。


「また北原が美少女と……」


「なんであいつばっかり……」


「妹でも許せん……!」


「はらへった……いただきます」


 おっと、最後の奴は関係ねぇな。こんな感じで男子たちからの殺意を込めた視線が冬樹に注がれる。そして不幸なことに冬樹が弁当を受け取ると妹ちゃんはさらなる爆弾を落とした。


「じゃあ私はこれで。夏先輩失礼しました!それとお兄ちゃん!もう着替え中に開けないようちゃんとノックしてね!」


「ちょっ、千秋……!」


 そう言い残して走り去っていった。なんてこと言うんだ!と言いたげな顔で制止する冬樹。オレは周りからの冬樹への殺意がもう一段階アップグレードされたのを感じた。


「着替えを見たのか……!?」


「なんて羨ましい……」


「コロス……」


「ごちそうさまでした」


 おいぃ!最後の奴どんなスピードで飯食ってんだよ!ってそれどころじゃない、こりゃ教室で弁当どころじゃねぇ!オレは教室に戻り、自分の弁当を手にとると冬樹に合図を送る。


「おい冬樹、屋上行くぞ……」


 この季節の暑い空の下で食べるのは嫌だが、ここで食べてたら背中が凍り付いて寒すぎる。


「お、おっけー……」


 こうしてオレたちは夏の日差しの暴力を受けながら弁当を食し、昼休みが終わるころに教室に戻ったのだった。そのあとの授業は特に問題なく終わった。きっとあいつらも腹が減ってイライラしてたんだろう。昼終わりに戻った時には綺麗さっぱり忘れてやがった、まったく単純なやつらだ。んで5限、6限と少し時間は進み、ホームルームが終わってすぐの放課後。オレと冬樹は涼しい教室で夏休みの予定の話をしていた。


「なぁ夏、夏休みなんか予定とかある?」


「んー、特にねーな……まぁ暇なときは冬樹ん家に行くか、いつもの部活の助っ人してるかぐらいだろうな」


「助っ人はわかるけどさ、なんで本人に聞く前に俺ん家に来るって決まってんの?」


「だってお前んちのゲームしたいんだもん。ほら、あの大〇交何とかブラジャーとかいう……」


「もしかしてス〇ブラのことを言ってるのか!?なんだそのR-18なタイトルは!お前の脳内どうなってんだ!」


「あーそうだっけ?ははは、まぁいいじゃねーか。話進めようぜ」


 あっけらかんと言うオレに冬樹は呆れ顔をしつつ、改めて続きを話そうとした時だった。


「ピンポンパンポーン、生徒会よりお知らせです。16時から会議を始めますので生徒会役員の生徒、ならびに生徒会顧問の教員は生徒会室に集合してください。繰り返します……」


 時計を見ると時刻は3時50分を指していた。


「あ、冬樹って書記だったよな?あと10分しかないみたいだぞ」


「わかってる!悪い夏、この話はまた今度でよろしく!」


 冬樹は机の上を急いで片付け、そそくさと教室を出ようと扉に手をかけたとき、「そういえば」と何かを思い出したように顔だけをこちらに向けた。


「今日もなにか部活の助っ人に行くのか?」


「あぁ多分な、それがどうかしたか?」


「じゃ、終わったら一緒に帰ろうぜ!それじゃ!」


 オレの返事も待たずに冬樹は出て行った。きっとオレの知らないところでも何かに巻き込まれてるんだろうな、生徒会とかいかにもイベントありそうだし。


「しかし、妹後輩キャラに先輩生徒会長か……あいつも幸運なのやら不運なのやら……」


 人がまばらな教室でぽつりと呟いた。もちろんほかの男からしたら幸運に見えるだろうな。冬樹は断固否定しそうだが……さて、オレも暇だし何かの部活でも行くか!机の上を片付けて廊下に出る。すると、


「あ、いたいた!おーい!」


 ほら来た。体操服姿の女子がオレに向かって駆け寄ってくる。オレが基本うろうろして部活に行くよりは、こうして助っ人を頼みに来るやつの方が多い。みんな類い稀なオレの運動センスを欲しがっているからな!いろいろ行っているおかげか、オレの存在は運動部全体にかなり広がっているぞ。


「おーす、何だ?部活の助っ人か?」


「そうなの!実は試合前なのにレギュラーの子一人風邪で休みでね……夏ちゃん運動神経抜群だからもし暇だったら今日は女子バスケ部きてくれない?」


「おっけー。今日は特にほかの部活も誘われてないし、冬樹も生徒会で帰ってこねーから、大丈夫だぜ」


「まーた生徒会の北原君かぁ。ホント仲いいよねー、付き合ってないの~?」


「まさかぁ、あいつは幼馴染で友達だよ」


「えー」


「なんで残念そうなんだよ……」


 ほんと女子はすぐ何でもかんでも恋愛に結びつけたがるな……ん?オレがどうかしたか?あぁ、口調がこんなだからわかりにくかったかも知れねーな。でも一言も言ってないぜ?()()()()()()()()()



*** !CHANGE 夏→冬樹! ***



「それでは、これで会議を終了します。お疲れさまでした。」


「「「おつかれさまでしたー」」」


 生徒会の会議も終わると、窓から見える夕焼けの太陽がすでに暮れかかっていた。俺、北原冬樹は急いで会議の資料をカバンに入れ、さっさと生徒会室を出ようと―――した時だった。


「あ、北原君ちょっと待って」


 生徒会長に手をつかまれ呼び止められる。結構急いでるんだけど!と思いつつも先輩相手にそんな顔をするわけにもいかず、その場で立ち止まった。


「えーと、なんですか会長?ちょっと急いでいるんですが……」


「北原君の夏休みの予定を聞きたいのだけれど」


「えぇーっと……夏休みの予定ですか……」


 それ今言わないとダメなのか!?そもそも夏休みの予定はあいつからも詳しく聞いていないのでまだ決めていない。そわそわしながら時計を見ると、時計の針は部活がちょうど終わるぐらいの時間を指している。と、同時に窓からジャージではなく制服姿の夏を見つけた。部活が終わったところだろうか。


「えっと、特に予定はないです!友達と遊ぶぐらいなんで!ちょっと急いでるんですいません!」


「あっ、ちょっと北原君!?」


 先輩を置いて走り出してしまったが、一応質問には答えたしまぁ良しとしよう。俺が急いで校舎を駆け下りて一階に降りると外に夏の影が見えた。俺は手を振りながら叫ぶ。


「おーい夏!」


 きっとお前は気づかないだろう、俺が仕事を手伝わせる理由も、朝わざわざ走ってもらった理由も。きっと知らないのだろう、お前の言うイベントって奴が、俺にとってどれだけ必要無いものなのかを。きっと知ることはないのだろう、ずっと隣に居る幼馴染の胸の内を―――今はまだ、ね?


「お、冬樹ー!」


 そう言って手を振り返した夏の笑顔は―――夕日に照らされて、より一層きれいに見えた。

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