第7章 最初の依頼と魔物退治
ギルドで料理を披露してから数日。
美月とリナは町の宿に泊まり、少しずつ町の暮らしに慣れてきた。
ある朝、受付嬢のカレンが二人を呼び止めた。
「美月さん、ちょうどよい依頼がありますよ。お試しで同行してみませんか?」
差し出された依頼書には「森の道を塞ぐゴブリン退治」とあった。
荷車が襲われる被害が出ているらしい。
「……戦えない私たちに務まるでしょうか」
「ええ、もちろん。討伐は他の冒険者に任せて、あなたはサポートで構いません。実力ある人たちに同行できますし、経験にもなりますよ」
その言葉に美月は頷いた。
――料理で誰かを支えられるなら、それも冒険の形だ。
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依頼に同行することになったのは、三人の冒険者だった。
大柄な剣士・ガイル。
無口で冷静な弓使い・セラ。
陽気で軽口を叩く魔法使い・ルーク。
「おいおい、子ども連れか? ……まあ、ギルドのお墨付きならいいか」
「せいぜい足手まといにならないようにな」
ガイルとルークの視線は厳しかったが、セラだけは柔らかい微笑みを見せた。
リナは不安げに美月の手を握ったが、美月は静かに頷いた。
「大丈夫。わたしは料理で役に立つから」
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一行は町を出て森に入った。
昼間でも木々が生い茂り、薄暗い。湿った土の匂いが鼻をつく。
「ゴブリンは群れで行動する。油断するなよ」
ガイルが低く告げると、リナが小さく身をすくめた。
やがて茂みから小柄な影が飛び出した。
緑色の肌に鋭い牙――ゴブリンだ。
「来たぞ!」
剣が抜かれ、矢が放たれる。
戦闘が始まり、美月はリナを抱えて下がった。
戦えない。けれど、この光景をただ見ているだけではいけない。
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冒険者たちは次々とゴブリンを倒していったが、数は多い。
ルークの魔法が炸裂し、ガイルの剣が唸り、セラの矢が敵を射抜く。
だが、戦いが長引くにつれて彼らの動きに疲労が見え始めた。
額に汗がにじみ、息も荒い。
――このままでは危険かもしれない。
美月は荷から鍋を取り出し、焚き火を起こし始めた。
「お、お姉ちゃん!? こんなときに料理するの?」
「うん。だからこそよ。戦ってる人たちを支えなきゃ」
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手早く切ったのは、人参に似た赤い根菜と、きのこ、野草。
塩で味を整え、鍋に放り込む。
香草を加えると、ほのかな香りが漂い始めた。
美月は前世で学んだ知識を思い出す。
――戦いで消耗した体には、すぐにエネルギーになる炭水化物と、疲労回復のビタミンが必要。
だからこそ、野菜スープとハーブ粥。
胃にやさしく、体力を戻せる料理だ。
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ゴブリンの最後の一匹が倒れたときには、鍋から湯気が立ち上り、食欲をそそる匂いが辺りを満たしていた。
「お、おい……なんだこの匂いは」
剣を収めたガイルが目を丸くする。
「戦いの最中に料理してたのか……!?」
ルークも呆れたように笑った。
「よければ、どうぞ。疲れを癒せるように作りました」
美月は器によそい、冒険者たちに差し出した。
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まずガイルがスープを口に運ぶ。
「……っ! 体に染みわたる……」
セラも一口すすり、ふっと微笑んだ。
「やさしい味……心まで落ち着きますね」
ルークも粥を食べ、思わず笑った。
「くそっ、旨いじゃねえか! 胃にすっと入っていく!」
それぞれの顔に疲労が和らぎ、再び力が満ちていくのが見て取れた。
リナは隣で嬉しそうに笑っている。
――やっぱり、料理で人は強くなれる。美月は確信した。
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その後、一行は森を抜けて依頼を無事達成。
町へ戻ると、ギルドで討伐報告を行った。
「ふむ、最初の依頼は成功ですね」
受付嬢カレンがにこやかに言う。
だがガイルは首を振り、真剣な声をあげた。
「いや、俺たちだけの力じゃねえ。美月の料理があったからこそだ」
「そうだな。あれがなけりゃ、俺たちはもっと消耗していた」
「うん、あのスープ……また食べたい」
三人の冒険者が口を揃え、美月の料理を讃えた。
その言葉に、美月の胸は熱くなった。
「……ありがとうございます。わたしは戦えません。でも、料理でなら皆さんの力になれます」
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その夜。宿の部屋でリナと並んで眠りにつく前、美月は小さくつぶやいた。
「わたし、本当に役に立てたんだね」
「うん! お姉ちゃんの料理が、みんなを守ったんだよ!」
リナの無邪気な笑顔に、美月の胸はじんわりと温まった。
この世界で、料理は剣や魔法に負けない力になる。
それを証明できた一日だった。