第5章 旅立ちの決意
シチュー、オムライスと続けて作ったことで、美月の料理は村で一気に評判となった。
孤児院の子どもたちが笑顔で「美味しい!」と叫ぶ声は、すぐに村人たちの耳に届いたのだ。
「お前さんの料理、食わせてもらえんか?」
「うちの子がどうしても、あの“ふわふわ卵”を食べたいってなあ」
いつしか孤児院の前には、食べてみたいと訪れる村人の姿が増えていた。
美月は戸惑いながらも、笑顔で彼らを迎え入れた。
――食べたいと願う人がいるなら、作ってあげたい。
それが美月の変わらぬ気持ちだった。
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ある日、美月は市場で見慣れない白い粉を見つけた。
粗くひかれた麦粉のようだが、触るとさらさらとした感触。
「これ、小麦粉に似てる……」
胸の奥で、前世の記憶がよみがえる。
妹の結衣とよく作った“休日のご褒美おやつ”。
ふわふわの生地に甘い蜜をかけて食べる――パンケーキ。
「リナ、今日はちょっと特別なおやつを作ろう」
「特別?」
「うん。きっとみんな驚くよ」
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孤児院に戻り、台所に材料を並べる。
粉、卵、牛乳に似た白い液体、そして昨日手に入れた蜂蜜。
「まずは粉と卵を混ぜて……」
美月は慣れた手つきで生地を作り、リナにも手伝わせる。
ボウルを持ち、泡立て器を回すリナは一生懸命だ。
「とろとろしてきた!」
「うん、それが大事なの。空気を含ませると、ふわっと仕上がるから」
その横顔は真剣で、だけど楽しそうで――美月の胸に温かなものが広がった。
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鉄板を熱し、生地を流し込む。
じゅうっと音がして、円い形に広がった。
少し待ってひっくり返すと、表面にこんがりとした焼き色がつく。
「わぁ……まるでお日さまみたい!」
リナの声に子どもたちが駆け寄り、台所はたちまち人だかりになった。
焼き上がったパンケーキにバターの代わりに柔らかなチーズをのせ、蜂蜜をとろりとかける。
「はい、召し上がれ」
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最初に口にしたのはリナだった。
ナイフで切り分け、フォークで口に運ぶ。
「……ふわふわ! 甘い! しあわせ!」
リナの目が丸くなり、頬がほころぶ。
その反応に、他の子どもたちも次々と手を伸ばした。
「なにこれ! 口の中で溶ける!」
「甘い蜜が……すごい!」
笑顔が次々に弾け、孤児院は歓声であふれた。
美月はその光景を見て、胸の奥が熱くなる。
――料理は、人を笑顔にできる。前世と同じように。
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だが、その喜びの裏で、美月は少しずつ気づき始めていた。
料理を求めて訪れる人々の数は増える一方。
孤児院の小さな台所だけでは、とても対応しきれなくなっていた。
「美月さん……正直なところ、これ以上は子どもたちの分まで足りなくなってしまいます」
孤児院のシスターが申し訳なさそうに告げる。
その言葉に美月ははっとした。
――私の料理は、ここだけに収まらない。もっと広い世界に広めるべきなのかもしれない。
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夜、子どもたちが寝静まった後。
美月は縁側に腰を下ろし、星空を見上げていた。
「ねえ、美月お姉ちゃん」
リナが隣に座った。
彼女も眠れないのだろう。小さな手をぎゅっと握りしめている。
「わたし……もっといろんな料理が食べたい。そして、美月お姉ちゃんと一緒に作りたい」
「リナ……」
「この村も好き。でも、外の世界にも行ってみたい。もっといろんな人に、お姉ちゃんの料理を食べてもらいたいの」
その言葉に、美月の胸は揺さぶられた。
自分と同じ想いを、この少女も抱いていたのだ。
「……そうね。きっとそれが、わたしに与えられた使命なんだと思う」
美月はリナの手を握り返し、穏やかに微笑んだ。
「行こう、リナ。一緒に旅に出よう。料理で、もっとたくさんの人を笑顔にしよう」
「うん!」
リナは力強く頷き、その瞳は希望で輝いていた。
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翌朝、美月とリナは子どもたちとシスターに別れを告げた。
泣きじゃくる子どもたちに、美月は最後に大きなパンケーキを焼き、蜂蜜をたっぷりとかけて手渡す。
「またいつか戻ってくるから。それまで元気でね」
涙をこらえて笑うリナと、笑顔で手を振る子どもたち。
その背中に、シスターが静かに祈りを捧げる。
こうして、美月とリナの新たな旅が始まった。
それは、料理と絆で紡ぐ冒険の第一歩だった。