第3章 妹に似た少女
栗色の髪。大きな瞳。あどけない微笑み。
その少女を見た瞬間、美月の足は止まった。
胸がぎゅっと締めつけられる。
――結衣。
前世で病床に伏し、美月の腕の中で笑っていた妹。
その面影が、目の前の少女と重なった。
「あなた……名前は?」
「リナ。あなたは?」
少女――リナは少し恥ずかしそうに名乗った。
声の高さも、柔らかな笑い方も、結衣とそっくりだった。
「私は……美月。旅の料理人みたいなもの、かな」
喉が震えて声がうまく出ない。
でもリナは気づく様子もなく、嬉しそうに微笑んだ。
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孤児院の夕食は、固い黒パンと塩ゆでの豆だけだった。
子どもたちは無表情でパンをかじる。だがリナはパンを握ったまま、ぽつりとつぶやいた。
「……お姉ちゃんのシチューが食べたいな」
心臓が跳ねた。
その言葉は、前世の結衣が何度も繰り返した願いだった。
「……シチュー?」
「うん。小さいころに食べた気がするの。温かくて、やさしい味がして……」
美月は唇を噛んだ。
――やっぱり、この子は。
震える手で鍋を取り、あり合わせの食材を並べた。
肉、玉ねぎ、根菜、そしてキャベツの葉。十分だ。
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「まずは玉ねぎを切って炒めるわ」
ざくざくと包丁を動かす。刻んだ玉ねぎを鍋に入れると、じゅうっと音が立ち、甘い香りが広がった。
子どもたちが一斉に顔を上げる。
「いい匂いだ……!」
「これがシチュー?」
「まだよ。ここからが大事」
肉を入れて表面を焼き、野菜を次々と投入する。
水を加え、塩と香草で下味を整え、コトコト煮込む。
鍋の中でぐつぐつと泡が立ち、湯気が部屋を満たした。
鼻腔をくすぐる香りに、子どもたちはそわそわと椅子の上で揺れる。
「ねえ、まだ? もう食べられる?」
「もう少し。煮込むほど美味しくなるんだから」
リナが興味深そうに鍋を覗き込む。
その横顔が結衣と重なって、胸が痛んだ。
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やがて完成したシチューを器によそい、リナの前に置いた。
「どうぞ。……熱いから気をつけてね」
リナはスプーンを手に取り、恐る恐るひと口。
その瞬間、彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……すごく、懐かしい味がする」
美月の胸にも熱いものがこみ上げる。
嗚咽をこらえきれず、ぽろぽろと涙が頬を伝った。
「ごめんね、急に泣いたりして……」
「ううん。ありがとう、美月お姉ちゃん」
その言葉に、美月は思わずリナを抱きしめた。
彼女の小さな体は温かく、まるで結衣が帰ってきたかのようだった。
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孤児院の食卓には笑顔が広がった。
シチューを頬張る子どもたちが、口々に「おいしい!」と叫ぶ。
黒パンを浸して食べる子もいれば、スープだけを大事そうに味わう子もいる。
「こんなに美味しいもの、初めて食べた……!」
「お腹がぽかぽかする!」
その輪の中で、リナは小さく呟いた。
「……ずっと、この味を食べたかった」
美月は静かに答えた。
「何度でも作るよ。何度でも」
そして心の中で誓った。
――もう二度と、大切な妹を失わない。
この異世界で、料理を通じて守ってみせる。
こうして、美月とリナの“新しい家族の物語”が幕を開けた。