表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現人神の花嫁〜離縁からはじまる運命の恋物語〜  作者: 朱宮あめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/47

44


 みずみずしい花の香りがする。

 睡蓮の姿を探していると、縁側でのんびりと庭を眺める彼女を見つけた。楪は外廊に佇んで、その横顔を眺めていた。

 先日行われた花嫁の神渡り式は、滞りなく終了した。

 晴れて公式の夫婦になった睡蓮と楪は、もう一度挨拶回りをしてから月の京を出た。

 式が終わると、楪は睡蓮ともう一度ちゃんと話をした。おかげでお互いの誤解は解けた。拍子抜けするくらいに、あっさりと。

 睡蓮は臆病だ。そして愛されたがり。

 控えめで、優しくて、我慢強い女の子。そしてたまに、大胆なことをして楪を驚かせる。

 妖狐のことしかり、式の口づけしかり。

 楪は先日の式を思い出す。

 式のとき、楪は睡蓮へ思いをすべて打ち明けた。

 式の朝……薫から睡蓮の心の声を聞いたとき、楪は愕然とした。

 楓夜や薫から契約結婚であると指摘され、動揺した睡蓮は、そのまま楪の言葉まで信じられなくなってしまったのだという。

 そんなばかな、と思った。

 楓夜と睡蓮はその日少し話をしただけ。そんなひとの話をだれが信じるのか。

 それくらいには信頼されていると思って自惚れていた。おろかだった。

『私、式が終わったら、以前のお屋敷に戻りたいです』

 そう言われたとき、感じたことのない感情を味わった。

 心が悲鳴を上げたような気がした。

 薫になにかされたのか。唆されたのか。

 瞬間湯沸かし器のように、一瞬で頭に血が昇った。

『わたしのところに挨拶に来たときから、泣きそうな顔をしてるっていうのに、君はまったく気付いてない』

 けれど、その熱は薫のひとことで一瞬で冷えて、代わりに胸に残ったのは、自己嫌悪だった。

 睡蓮はもともと、愛されずに生きてきた。

 心が揺らぐのも仕方のないことだ。

 それでなくても、睡蓮は新しい環境や初めて会う現人神たちに極度の緊張状態にあった。

 分かっていたつもりだった。けれど、裏切られたような気になってしまったのだ、どうしても。それで、冷静な判断ができなくなっていた。

 睡蓮のことになると、楪は途端に無力になる。

 桃李や紅や、薫の後押しのおかげでなんとか睡蓮の誤解は解けたが……。

 ――だが、あのとき……。

 まさか、睡蓮がじぶんから口づけしてくるとは思わなかった。

 楪は、想いを伝えられただけで満足だった。だから、あのときもふりにした。睡蓮の気持ちをまだ聞けていなかったからだ。

 睡蓮の眼差しを見て、はっきりと感じた。想いが伝わった感覚を。

 ……知らなかった。

 じぶんの想いが伝わるということは、じぶんを受け入れてもらうということは、こんなにも胸を満たすものなのか……と。

 今まで、じぶんの気持ちを話すことは無駄なことだと思っていた。

 もともと本音を話すことに慣れていない楪は、言葉足らずなところがある。

 べつにそれでもかまわないと思っていた。そのやり方でも仕事で問題は起こらなかったし、桃李も楪の考えていることはだいたい察してくれた。

 でも、それではだめだと桃李に言われて驚いた。

 桃李は楪を理解しながらも、怒っていた。ずっと不満だったのだろう。言葉足らずの楪が。

 でも、我慢していたのか桃李は言わなかった。

 だから楪は知らなかった。言われなきゃ、分からないのだ。どんなにそばにいても。

 桃李や紅に叱咤され、薫に挑発され、楪はようやくじぶんが間違っていたことに気付いた。

 ずっとひとりだと思っていたけれど、そんなことはなかった。

 楪はずっと守られ、助けられていたのだ。

 睡蓮や桃李だけじゃない。楓夜や、薫たち現人神にも。

 現人神はひとだ。ひとはひとりでは生きられない。

 話さなきゃ、相手にはなにも伝わらない。

 知らないものを警戒するのは、当たり前のことだ。

 だからみんな知ろうとする。

 今まで楪に近づいてきた彼らの中にも、もしかしたらただ純粋に、楪の人柄を知りたいだけだったひともいたかもしれない。

 そのことに楪はずっと気付けなかった。

「――楪さん?」

 ふと、声をかけられて我に返る。

 楪に気付いた睡蓮が、不思議そうに首を傾げていた。

「そちらでなにを?」

「あ……いえ。なんでもありません」

 微笑みを返す楪を見て、睡蓮はわずかに首を傾げた。立ち上がり、楪のもとへ駆け寄ってくる。

 楪の前に立つと、睡蓮はおもむろに手を伸ばしてきた。

「睡蓮?」

 睡蓮の指先が髪に触れて、楪はハッと息を呑む。

「花びら」

 楪の髪に付いていた花びらを、睡蓮は指先で摘んでみせた。赤い花びらだ。

 いったいどこから、と思っていると、ふとすぐ近くに睡蓮を感じて息を詰める。

「あ――ありがとうございます」

 睡蓮はいいえと言うように微笑むと、花びらに視線を落とした。

「なんの花かな。風に飛ばされてきたんでしょうか」

 庭にはたくさんの花がある。

 だが、似た花びらは庭には見当たらなかった。ならばいったい、この花びらはどこから来たのだろう。

 楪はふと、怖くなることがある。

 もし、睡蓮と出会っていなかったら。

 睡蓮があのまま、じぶんのために妖狐に魂を差し出してしまっていたら……。

 たまに夢に見るのだ。睡蓮が蝶になって、どこかへ飛び去ってしまう夢。

 そんな夢を見るたび、楪は彼女の手を引いて、籠の中に大切に閉じ込めてしまいたくなる。おかしいだろうか。

 睡蓮を好きになってから、楪はどんどんじぶんが弱くなっているような気がする。

 でも、それすら心地いいと感じてしまうのは……。

「……幻の花、でしょうか」

 ぽつりと、そんな言葉が漏れた。

 睡蓮はきょとんと楪を見上げたあと、次第に嬉しそうな笑みを滲ませた。

「そうかもしれません」

「……なんだか、あなたのようですね」

「え?」

「儚くて、幻想的でありながらもまっすぐで、しっかりとした色がある」

「…………」

「……椿は寿ぎの象徴で、とても縁起のいい木とされているんです」

「そうなんですか?」

「この庭にも、椿を植えましょう。記念に」

「…………あの、楪さん」

「ん?」

 睡蓮は一度、もぞっとためらってから、意を決したように楪を見上げた。

「ずっと言えていなかったんですけど……」

「はい?」

「私、楪さんのことが好きです。現人神さまだからとか、そういうことは関係なく」

「…………うん」

 あぁ、やっとだ。

 愛を確かめあったのはずいぶん前のはずなのに、今、ようやく睡蓮と繋がれた気がする。

 ようやく見つけた。

 愛おしくて、かけがえがないひと。

 楪は微笑み、睡蓮の前髪をそっと掬う。

 睡蓮はくすぐったそうに身を震わせた。

 そんな些細な仕草にすら愛おしさを感じる。

 楪は睡蓮の後頭部に優しく手を滑らせると、そのままゆっくりと屈む。

 睡蓮の顔に影が落ちる。睡蓮はもう、迫る楪を拒まない。

 睡蓮の唇にそっと口づけしようとしたとき、とん、とかすかな物音がした。

「ちょっ……ばか、押さないでよ」

「押してません。あなたこそ黙りなさいって言ってるでしょうが」

「うっさいわね、どっか行ってよ」

「喋らない、気付かれたらどうするんです」

 外廊の向こうで、ひそかに言い合う声が聞こえる。

 声のするほうを見ると、桃李が紅の口元を手で塞いで、身動きを封じているところだった。

 おおかた、紅が覗こうとしているところに桃李が居合わせたとかだろう。

 楪はため息をつきつつ、睡蓮へ視線を戻す。従者たちは無視してふたりの時間に戻ろう、と思ったのだが。

 睡蓮は見られていたことが恥ずかしかったのか、耳まで朱に染めてもじもじしている。さすがにこの状況で続きをするのははばかられた。

「……お茶にでもしましょうか」

 睡蓮に言うと、案の定、睡蓮は真っ赤な顔のままこくこくと頷いた。

 楪は睡蓮から離れると、桃李へ言う。

「桃李。お茶」

「……かしこまりました」

 桃李が背中を向ける。ご丁寧に、桃李は紅も連れていった。

 楪は部屋に戻る――と見せかけて、不意打ちで睡蓮の唇を奪った。

 睡蓮はすぐにはされたことが飲み込めなかったようで、きょとんとしている。次第に、落ち着きかけていた肌の色がぽぽっと朱に染まった。花……ではなく、果実のようだ。いっそのこと食べてしまいたくなる。

「ゆっ……楪さん!」

「遠慮すると、不安になってしまうのでしょう?」

 いたずらな笑みを見せる楪に、睡蓮はさらに顔を染め上げる。

「う……そ、それは……」

 楪は笑って部屋に戻る。

 もう離れないように、愛しい花嫁の手をしっかりと握って。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ