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現人神の花嫁〜離縁からはじまる運命の恋物語〜  作者: 朱宮あめ


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 楓夜と十明と別れたふたりは、西の現人神の殿舎へ向かっていた。

 細い坂道を登ってゆく。次第にうっすらと霧が立ちこめ始める。鳥が羽ばたく音がして、睡蓮は顔を上げた。

 月の京には、生き物がいると桃李が言っていた。

 羽音のあとは、落ち葉を踏み締めるような音もする。鳥だけでなく、獣もいるのか。

 なんて思っていると、

「睡蓮。楓夜さまとは、どのような話をしたのですか?」

 黙り込んだまま足を進めていた睡蓮に、楪が訊ねた。

「あ……ええと、軽い世間話……のようなものですかね?」

 睡蓮は慌てて笑みを繕い言った。

 楪はあっさり「そうですか」と言うと、それ以上はなにも言わなかった。

 歩くたび、睡蓮の心は、水を含んだように重くなっていた。

「……あの」

「ん?」

 悟られないよう、睡蓮は明るい声を出す。

「楓夜さまは、とても優しいおかたですね」

「……えぇ。玄都織家は、現人神の中でも特に古い歴史を持つ家ですからね」

 そういえば、そんなことが資料庫の本に書かれていたような気がしなくもない。

「問題は次です」

「次……?」

 次は、白蓮路薫とその花嫁、白蓮路美風(みかぜ)への挨拶である。

「白蓮路家は、俺は正直あまり好きではありません」

「どうしてですか?」

「……白蓮路薫は、快楽主義といいますか。花嫁のほかに、何人も妻がいるんです」

「何人も……」

「ひとの愛のかたちを否定するつもりはありませんが……厄介なのは、気に入ればひとのものでも盗ろうとするところです」

「ひとのもの?」

 首を傾げる睡蓮に、楪はなにかを言いかけて、やめた。

「……いや、まぁ、行きましょう」

 白蓮路家の宮は夜麗殿(やれいでん)と呼ばれ、白百合が美しい庭園の殿舎だった。

 ふたりを出迎えたのは、薫ではなくその花嫁だった。

 白蓮路美風。

 美風は睡蓮より少しばかり歳上の、美しく明るい女性だった。

 例えるなら蝶に似ている。体重を感じさせない軽やかな身のこなしも、その衣装も。

 彼女はふんわりとした光沢のある銀色のブラウスに、紺碧のドレープスカートを着ていた。ほかの現人神やほの伴侶と比べて、ずいぶんラフな格好である。

 髪色は薫と同じ薄紫色で、黄金色の瞳も濡れたように艶めいている。そしてその瞳は、まっすぐ睡蓮を捕らえて離さない。

「まあまあ、可愛らしい! ねぇ花嫁さま、あなたお名前は? ……そう、睡蓮って言うの。可愛い名前ね。私はね、美風っていうの。白蓮路美風よ。これからよろしくね。ねぇ、睡蓮って呼んでもいいかしら? 私のことは美風って呼んでくださいな」

 弾丸のようなおしゃべりは、どことなく紅に似ているように思う。

 底抜けに明るい美風は、素直に好感が持てた。

 人妻というより女学生といった雰囲気であるが。

「美風さま。薫さまはいらっしゃるでしょうか」

 楪がやんわりと彼女の話をさえぎって、訊ねた。

「あぁ、薫くんね。彼なら今部屋にいますわ。ささ、どうぞお上がりになって」

 美風がスカートを翻して歩き出す。

「では、お邪魔します」

 睡蓮と楪は夜麗殿の中へ進んだ。殿舎の造りはだいたい睡蓮たちの滞在する水晶殿と同じような造りになっている。

 座敷に通された睡蓮たちは、美風と向かい合わせに座る。美風はお付に薫を呼んでくるよう伝えると、また弾丸のようなおしゃべりを始めた。

「まぁ、そんな固くならないで。そうだ。クッキーはお好き? ほろほろとした口溶けでとっても美味しいのよ。すぐ用意させるわね」

「あ、いえおかまいなく……」

 もうすぐ晩餐会だし、楓夜のところでも一杯飲んできたからお腹はいっぱいだ。

 忙しなく喋る美風の相手をしていると、ふわりと良い香りがした。

「あら、薫くん」

 美風がパッと話をやめて、襖のほうを見る。そこに、ひとりの青年が立っていた。

 薫だ。

「いらっしゃい」

「ご無沙汰しております、薫さま」

 頭を下げる楪と、そのとなりで同じように会釈した睡蓮を、薫はにこやかな笑みを浮かべて見下ろした。その美しさに、睡蓮はうっかりまばたきを忘れていた。

 薫はやはり、幽雪が化けていた姿そのものであった。つややかな薄紫色の髪に、黄金色の瞳。何度見てもため息が出るほど美しい。

「あぁ、君が花嫁か。さすが、ゆずくんが偉んだだけあってきれいな子だ」

 薫が睡蓮に微笑みかける。

「いやぁ、それにしても羨ましいなぁ。ゆずくん、こんな可愛い子を花嫁にするなんて」

 軽い声音で薫が言う。睡蓮はひやひやしながら美風の様子をうかがった。美風は薫の言動を気にする素振りはない。きっと、こういう言動が日常茶飯事なのだろう。

 薫はたくさんの妻を囲っているというが、正式な妻は美風である。美風以外の女性は、幻の花を持たない少しばかり妖力が強いだけの一般の女性だったり、あやかしであると楪がここへ来るとき言っていた。

 となりでお茶を飲みながら、楪は呆れた視線を送っている。楪は基本どんなときも笑顔を作っている。そんな彼が本心を隠そうとしない姿は珍しい。

「そんなことより薫さま。実は折り入って頼みがありまして」

「頼み? なんだい?」

 楪はそのまま紅の話を始めた。紅の不法滞在と転居許可についてである。相変わらず、楪は話題を変えるのが上手い。

 その間、睡蓮はふたりの邪魔はせず、やはり忙しなく話しかけてくる美風に付き合っていた。

 紅について、薫はあっさり許可を出してくれた。

 民が土地をまたぐことや移住することに関しては、基本的に自由らしく、それについて現人神がとやかくいうことはまずない。ただ、紅の場合は、あやかしであることと半ば家出状態であったために、現人神にひとこと話しておく必要があったというわけだ。

 挨拶を終え、睡蓮と楪はそろって立ち上がった。

「あら、もう帰るの?」

 美風が残念そうに言う。

「一度帰って支度をしなければいけませんので」

「じゃあ、また晩餐会でね」

「はい。また――」

 楪に続いて、頭を下げたときだった。

「あ、睡蓮ちゃん。ちょっと忘れ物」

「え――」

 殿舎を出てふたりに背を向けると、薫が不意をついて睡蓮の肩を抱き寄せた。ハッと振り向いたときにはもう薫の顔がすぐ目の前にあった。一瞬で距離が近付き、睡蓮は薫の香りに身を固くした。

 かまわず、薫は睡蓮を誘惑する。

「君、心が泣いてるね。愛してほしいって言ってる」

 睡蓮は弾かれたように顔を上げた。

「そ、そんなことは……」

「大丈夫だよ、分かってるから」

「え……」

「どうせ、ゆずくんとは契約なんでしょ?」

 身体が凍りついたように動けなくなった。

「ゆずくんが女の子を愛するなんて有り得ないもんね。君も可哀想に。愛してくれないひとを愛するなんて、無駄だよ。その点、わたしなら君を爪の先まで愛してあげる。こんなに強い妖気を持つ子なら大歓迎だ」

 また、この話。

 楓夜だけでなく、薫にまで言われるとは。

 どんどん気持ちが沈んでいく。

「おい」

 パッと、視界が揺れた。顔を上げると、薫の手を楪が掴んでいる。楪はどこか険しい顔つきで、薫を見ていた。

「やだな。怒らないでよ。ただの挨拶だろ」

 薫は食ったような笑みを浮かべ、睡蓮から離れた。楪は厳しい顔つきのまま薫をひと睨みして、睡蓮へ視線を戻した。

「睡蓮、大丈夫ですか」

 話しかけられ、どくんと胸が弾む。

「……はい、大丈夫です」

 はらはらした。

 うまく笑えていただろうか。不安になるけれど、確かめることはできない。楪の顔が見れない。

 だって、今見たら、きっと言葉に詰まってしまう。笑顔が崩れてしまう。

 睡蓮は楪を置いて歩き出す。

「……睡蓮?」

 楪は一瞬呆気に取られたように固まったが、我に返ったように睡蓮を追いかけた。

 ふたりの調和は、ずれていくばかりだった。


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