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現人神の花嫁〜離縁からはじまる運命の恋物語〜  作者: 朱宮あめ


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 紅色をしたきれいな椿だ。現れた椿は、まるで花自身に意思でもあるかのように、まっすぐ睡蓮のもとへとやってきた。

 睡蓮は椿をそっと両手で包む。花はそのまま胸へと吸い込まれていった。花が消えた瞬間、睡蓮はじぶんの身体がふわりと軽くなるのを感じた。

「なんだか……身体が軽くなったような」

 睡蓮の言葉に、楪がほっとしたように笑う。

「よかった。無事、ちゃんと魂が戻ったようですね」

「……あの、楪さま」

 睡蓮は氷漬けにされた小狐から楪へ目を向け、目で訴える。

「……俺の花嫁を騙し、魂を喰らおうとした罪は重い。本来なら再び溶岩に閉じ込めたいところなのですが……」

 睡蓮の顔を見て、楪は苦笑する。

「……それは望んでいないようですね」

「私……どうしても嫌いになれないんです。彼は、私が孤独だったとき、たったひとりそばにいてくれました。もちろんそれは、私を欺くための演技だったのかもしれません。でも……楽しかったから」

 複雑な顔をする楪の向こうで、氷漬けにされたままの小狐の瞳がきらりと光る。

 また術を使うのかと楪は身構えた。……が、そうではなかった。小狐は涙を流していた。

 楪はわずかに目をみはる。

「……あなたは、すごいな。千年を生きる妖狐の心まで奪ってしまうなんて」

 楪はやれやれと肩を竦めて、小狐の身動きを封じていた氷に息を吹きかけた。たちまち、氷は銀青色の煙と化して溶けていく。

 術を解かれた小狐はその場にごろりと崩れ落ちた。

「力は奪いました。もう悪さはできないでしょう。彼女に感謝するんですね」

 楪は後半、小狐に向けて言った。

 睡蓮が小狐に駆け寄る。

「大丈夫ですか!?」

 小狐は肩で息をしながら「あぁ」と漏らす。

「……お前は正真正銘の馬鹿だな。わたしはお前を殺そうとしたんだぞ。それなのに……助けるなんて」

 小狐はときおり苦しげに息を吐きながら言った。

「ふふ……ですね。でも私、まだ死んでませんし」

 控えめに微笑んだ睡蓮から小狐は目を逸らし、ぽつりと言った。

「……変な娘だ」

 小狐はそう吐き捨てると後方に飛び上がり、ふたりから距離を取った。

「とにかく、魂は返したからな!」

「……はい」

「さっさと失せなさい」

 楪が冷ややかに言う。

「フン。言われなくとも」

 小狐の憎々しげな視線に、睡蓮は少し寂しさを覚えた。小狐が立ち去るのを見守っていると、不意に小狐が振り返った。

「おい、娘」

 睡蓮は顔を上げ、首を傾げて小狐を見た。

「お前もともに来るか」

「えっ!?」

 小狐の言葉に睡蓮は驚き、瞳をぱちぱちと瞬かせた。

「お前も分かっているだろう。その男は、ひともあやかしも、身内ですら信用しない。そんな男といても幸せにはなれないだろう。だが、わたしは違う。わたしはお前を気に入った」

 すかさず楪が睡蓮の前に立つ。

「あなた、どさくさに紛れてなにひとの花嫁を口説いているんです?」

「お前らはもう離縁しているだろうが。お前に責められるいわれはない」

「それは……」

 ぴしゃりと言い返され、楪は言葉につまる。苦い顔をする楪と小狐を交互に見比べ、睡蓮は俯いた。

「そうですね……私は、楪さまとはもう他人なのでした」

 悲しいけれど。

 呟いた睡蓮と楪の間を、風が吹き抜けていく。

 風は地面に落ちた銀杏の葉を巻き上げ、睡蓮の視界を鮮やかな黄色に染め上げた。

「娘、わたしと共に行こう。土地に縛られず、自由に生きるのだ。わたしと、ふたりで」

 小狐は再び睡蓮に近付き、誘う。

「…………」

 睡蓮は少しの間を空けてから、小狐を見てはっきりと告げる。

「……ごめんなさい。素敵なお誘いですが、あなたと一緒に行くことはできません」

「……なぜだ?」

「私には、どうしても忘れられないひとがいるんです」

 そう言って、睡蓮は楪を見た。

「私は……もう死ぬと思っていました。だからぜんぶ、諦めてたんですけど……でも」

 生きられると分かった今、睡蓮の中の楪への思いはさらに大きくなっていた。

 生きることが許されるのならば、もう少し楪を想っていたい。

 桔梗が楪だと知った今、さらにその思いは強くなっていった。

「……フン。つまらん」

 小狐は興味は失せたとばかりに睡蓮に背を向けた。

「あっ……待って!」

 再び歩き出そうとする小狐の背中に、睡蓮は呼びかける。

 呼び止められた小狐は一瞬動きを止め、振り返らないまま答えた。

「なんだ?」

「……あなたの、本当の名前はなんて言うの?」

「…………幽雪(ゆうせつ)だ」

 幽雪はわずかに顔を睡蓮の方へ向け、言った。

「幽雪さん。ひとりぼっちだった私の話し相手になってくれてありがとう」

 幽雪の耳がぴくりと動く。

「幽雪さん。あなたは――私の友だちよ。あなたがそう思っていなくても、私はずっとそう思っています。……お元気で」

 幽雪はなにも答えない。ただ、前を向く直前、頷くようにひとつだけ瞬きをした。

 そして――幽雪はその場に仄かな煙を残し、消えた。


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