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現人神の花嫁〜離縁からはじまる運命の恋物語〜  作者: 朱宮あめ


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 閉じた視界は、闇の中ではなく真白の世界だった。

 心の中で、紅や桔梗、それから家族の顔を思い浮かべる。

 嬉しい。

 この短期間で、ずいぶん思い出すひとが増えた。みんな、睡蓮がいなくなったら泣いてくれるだろうか。家族は無理でも……紅や桔梗は、少しは悲しんでくれるかもしれない……なんて。そんなことを考えて苦笑する。

 ――無理かな。

 あやかしにとってはこの世のときの流れなんて一瞬だ。きっとすぐに睡蓮のことなんて忘れてしまうだろう。

 それでもいい。ひとときの夢をもらえたから。

 後悔はない。寂しくはない。

 心を無にして、じっとそのときを待つ。

 そして、煙が睡蓮を完全に呑み込んだ、そのとき。

 ふたりの周囲にぴゅっと一陣の風が吹いた。

 突然の突風に、睡蓮は思わず目を強く瞑る。

「睡蓮!」

 すべてを覆い隠すような強い風の隙間から、ふと聞きなれた声が聞こえた気がして睡蓮は顔を上げた。

 目の前を、銀色の羽衣が舞ったように見えた。なんだろう、と睡蓮は何度も目を瞬かせる。

「え……?」

 羽衣の正体は、髪だった。

 睡蓮の目の前に、美しい銀髪の男性がいた。

 白皙(はくせき)の若い青年だ。

 その容姿は、美しいを凌駕(りょうが)して神々しい。気付けば呼吸を忘れていた。

「睡蓮さま。よかった、無事でしたか」

 男性はなぜかほっとしたような顔をして、睡蓮の名前を呼ぶ。が、睡蓮は知らない男性だ。

 だれだろう、と考えて、ふと声に聞き覚えがあることに気付いた。

 この声は……。

「もしかして……桔梗、さん?」

「……あぁ、この顔を見せたのは初めてでしたか」

 驚く睡蓮を見て、仮面を外していることを思い出したのか、桔梗は顔に手を持っていく。そのまま、前髪をぐっとかきあげた。銀色の髪がさらりと揺れる。

 再び睡蓮を見て、桔梗はいつもしているように胸に手を添えて頭を下げた。

「桔梗ですよ、睡蓮さま」

 初めて見る桔梗の圧倒的な容姿に呆然とする睡蓮を、桔梗は優しく抱き寄せた。

「あ……あの、桔梗さん? 私、今とても大切な用事があって……」

「大切な用事? 妖狐との密会がですか? 夫としては、それはちょっといただけないんですが」

「……夫?」

 どういう意味? と、睡蓮は、困惑して桔梗を見る。桔梗は言う。

「俺の本当の名は、龍桜院楪と言います。正真正銘、あなたの夫ですよ」

「え……?」

 睡蓮は目を見開き、桔梗を見た。

「桔梗さんが……楪さま……?」

 突然の告白に呆然とする睡蓮に、楪はゆったりとした口調で言う。

「ずっと黙っていてすみません。実はずっと、桔梗として睡蓮さまのことを探らせてもらっていたんです」

 睡蓮は困惑する。

「探るって、なにを……」

「離縁したいと言われたとき、睡蓮さまがなにか企んでいるのではないかと疑ったんです」

「企む?」

 睡蓮はきょとんとした顔をした。楪はばつが悪そうに睡蓮から目を逸らす。

「俺は今まで、ひとを一切信用してきませんでした。失礼な話ですが、花嫁であるあなたのことも、初めから信用していなかった。あなたからの手紙は一度も読んだことがなかったし、差し入れもすべて桃李からのものだと思っていました。たぶん、あなたからの差し入れだと言われたら俺は迷わず処分しただろうから、桃李はあえて伝えなかったのだと思います」

「……そうでしたか」

 睡蓮はかすかに微笑んだ。

 毎月楪へ送っていた手紙。返事が来ないことは仕方ないと思っていた。けれど、読んでもいなかった、と言われたのはさすがに落ち込んだ。

 楪は俯いてしまった睡蓮の顔へ手を伸ばすが、触れる直前でやめた。

「……離縁したあと、桃李から三年分のあなたからの手紙を渡されました。桃李はあなたのことをとても信頼していて、俺にあなたと別れるなとうるさくて……でも、俺はどうしてもあなたのことを信用しきれなくて、桔梗と名を偽って探りにきました」

「…………そうでしたか」

 本音を言えば、涙が出そうになるくらいに悲しい。

 でも、同時に……。

 睡蓮の脳裏に、ひとりの青年の顔が浮かぶ。

 じぶんの知らないところで、桃李は睡蓮のために動いてくれていた。睡蓮はそのことがどうしようもなく嬉しかった。

 睡蓮は、ひとりではなかった。

「……あなたと過ごして、なにもかも俺が間違っていたことに気付きました。あなたが権力目当てなんかではなかったこと、あなたが心から俺のことを想ってくれていたこと……それから、俺を守るために離縁を選んでくれたことも」

 睡蓮が驚いて顔を上げる。

「……私が白蓮路さまと交わした契約のことまで知っていたのですか?」

「あなたの妖気が日に日に弱っていくから、桃李に調べさせたんです。それから……これはついさっきのことですが。あなたの親友とやらにも、間接的にかなりひどく叱られました」

「親友?」

 睡蓮が首を傾げると、楪は言った。

 紅さんですよ、と。

 睡蓮は目を見張る。

「紅が……」

 でも、どうして。

 睡蓮は、紅になにも告げずに出てきた。それなのに。

「紅さんから、あなたにこう伝えるよう言われました。〝薄情者〟と」

「薄情者……」

 混乱する睡蓮にかまわず、楪は続ける。

「紅さんはすべてを知っていましたよ」

「えっ!? ど、どうして……!?」

「赤蜂は植物と会話することができますから。紅さんは植物たちから、あなたの過去や置かれている状況、妖狐との取引のこともすべて聞いたようです。そして、相談ひとつしてこないあなたと……そばにいながら気付けなかった俺、それからなによりじぶん自身にとてもご立腹でした」

 睡蓮はふっと笑った。紅が怒っているその姿が目に浮かぶ。

「……とにかく、間に合ってよかった。まだ、あいつに最後の魂は奪われていないのですよね?」

 優しい声に、睡蓮はぎこちなく頷く。

「……はい、まだ……」

「よかった」

 楪は睡蓮に向き合うと、その頬を優しく撫でた。睡蓮は楪を見上げる。その頬はほんのり薄紅色に染まっていた。

「睡蓮さま。今さらだけど、これまであなたにしてきた仕打ちを謝らせてください。本当にごめんなさい」

「仕打ちだなんてそんな……とんでもない」

 睡蓮はぶんぶんと首を横に振る。

「楪さまは、初めから私に契約結婚であることを打ち明けてくださっていましたし、手紙だって私の自己満足です。それに、お家柄やお力のことで今までご苦労なさってきたでしょうから……周りを疑ってしまうのは仕方のないことですよ」

 楪は困ったように微笑んだ。

「あなたは本当に優しいひとですね。……でも、そうだとしても、俺があなたにひどいことしたのはたしかです。しかも俺はひどいことをしている自覚すらありませんでした。この考えかたは、生まれ持って俺の心に染み付いていました。女のことは利用するつもりで、側近には裏切られる覚悟で、常に裏を読むようになっていました。……でも、あなたは違った。あなたは心から優しいひとでした。なにも持たず、なにもできず、素性すらも知れない桔梗という男を優しく迎え入れてくれた」

「お、大袈裟ですよ。私のほうこそ、桔梗さんにはたくさんの愛をもらいました。……その、死にたくないって、思うくらいに」

 楪は苦しげな表情で睡蓮を見つめた。

「……すみません。こんなこと……いえ、あの、こんなこと言うつもりはなくて……」

 口走った言葉に今さら動揺する睡蓮を、楪は堪らず抱き寄せた。

「あなたは、もう……」

「え……あ、あの、楪……さま」

 突然抱き締められ、睡蓮はあわあわと慌てふためく。

「……どれだけ俺を虜にするつもりですか」

 楪の言葉に、睡蓮はぽかんとした。

 しばらくぽかんとしてから、我に返った睡蓮は楪を見上げる。

「あのっ……そ、それはっ」

 どういう意味ですか。そう言おうとした、そのときだった。

 楪が羽織の袖で睡蓮の口を塞いだ。

「むっ!?」

「口を閉じて。この妖気を吸っちゃいけない」

 楪がひそやかな声で言う。

 ふたりの周囲を、怪しげな紫色の煙が満たしていた。薫だ。

 足元を見れば、鮮やかな黄色だった銀杏の葉が、濃い茶色に変色していた。


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