99.急転直下
そして第三者視点。
「……エナが落ちた」
「えっ!?……ほんとだ、エナさんの場所がわからない……」
「では、ワタクシの本格的な出番ですね」
「地上はもうお天道さんが出とるな」
「ということは〜、夜通し戦ってたのねえ〜、エナちゃん……」
「究極院相手にあれほど持ちこたえるとは、エナ殿……」
「小生も地下の虫を引き揚げましょう」
「把握。部隊、再編」
「うし。仕込みも十分……と言うか、十分どころじゃないくらいエナが時間を稼いでくれたからな。そんじゃ_始めるか、プランB」
――――――――――――
防衛陣営の地下深く。
白銀の鎧をまとった男……究極院が、満身創痍ながら歩いていた。
その手には、輝くオーブ。防衛陣営の全員が命を懸けて守っていた、コアが収まっていた。
鎧の隙間から止めどなく流血させながら、究極院は地上を目指し一歩ずつ歩く。その前に、立ちはだかる影が一つ。
「無様だな」
「……Random15」
オーガの女。現在の究極院の最大の敵にして、不安な同盟相手。彼女もまた満身創痍で、全身から血を流しながら立っている。
「反論する力も無いか。貴様とやり合ったのは相当腕が立つ奴だったらしいな」
「……コアを、奪うか」
「抜かせ」
Random15は究極院に近付くと、その腕を振り上げて、彼に肩を貸した。究極院は、しばし呆けた顔をする。
「なぜ……」
「ふん。この私が戦利品を掠め取る真似をするように見えるのか、不快な男だ」
「……」
「地上に出たら正々堂々殺り合ってやる。その足が本当に岩になったわけでもあるまいし、もっと必死こいて歩くんだな」
「……恩に、着る。しかしこのような施しは」
「はっ。私が貴様に施すはずがあるか。相変わらず傲慢で不快な男だ」
上がるぞ。Random15は吐き捨てるようにそう言い、しかし究極院の体をしっかりと支えて、上へ上へと登っていった。
来るときはあれほど罠にまみれていたし、帰りもそうなのだろうと彼らは考えていたが、しかし拍子抜けするほどその道は穏やかだ。2人はそれを疑問に思いつつも、コアを奪ったからだろうか、或いは最終防衛ラインを越えられたから撤退したのか、それぞれが納得する理由を考えて飲み込んだ。
ゴーレムは来ない。
虫もいない。
罠の一つも発動しない。
不気味な静けさを覚えながらも、とにかく脱出を最優先に出来るのならば僥倖と、彼らは薄く漏れる地上の光を目指して歩いていた。
「……あの様子では、地上では夜が明けたのか……」
「知らんがそうだろうな。もう最終日ということになる」
「……殊の外、手こずらされた」
「ふん。貴様も負け惜しみを言うのだな。向こうが一枚上手で、貴様と我々が手こずっただけだ。受け入れろ」
「……はは。コアを守る彼女にも言われた……」
「ほう?」
「……傲慢で、視野が狭い、と」
「最高だな。その女の名は聞いたか」
「……いや。ただ……そう。Random15」
「どうした」
「地上にいた、“笠の女”は……他人の空似であるらしい」
「……は?」
究極院は、それっきり何も言わず。彼らは2人でただ進んでいった。
――――――――――――
地上では、睨み合いが続いていた。
大将がいない状況での消耗を抑えようとする侵攻軍の策略ではあるのだが、防衛陣営もそれに乗ってひっそりと消耗したゴーレムや虫を回復させている。
コアが奪われるまでは、常に防衛側が勝ち続けているのと変わらない。慎重に動けば動くほど防衛側の有利に傾くのだからとどっしりと構えていた。
そんな状況で、2つのシルエットが地上へと緩慢な動きで出てきた。誰もがそこへ目を向けて_
「……究極院だ」
「Random15だ!」
_そして、侵攻軍から割れんばかりの歓声が上がった。
これで勝てる。
やっと、あの辛酸を舐めさせられた防衛側を倒してやった。
やっぱり正面でやりあえば勝つのは我々だ。
心做しか防衛側のゴーレムたちは意気消沈しているようだった。先頭で指揮をしていた十三や、暴れる隙を伺っていたブルームの顔は見えない。侵攻軍は防衛側など気にもとめず、或いはきっと呆然としているだろうと内心ほくそ笑んで、我先にと大将たちを迎えようとした。
「……ありがとう。このような有様だが、確かに勝ってきた」
究極院は微笑んで、手の中にあるコアを見せる。もはや興奮は最高潮だ。ブラボーもアルファも関係のない狂騒が起こる。
そこで、異変。
「あとはこのコアを_ごぼっ」
究極院の口から、緑色の液体が溢れ出した。
「お゛ごっ、ゔぶ……ぉ゙え゙っ」
口から。鼻から。目から。耳から。その鎧のすき間から。穴という穴から。
「ゔぼ_ごっ」
枝が突き出した。究極院の身体から。
鎧の下から、弾けるように、巨大な樹が生えた。
「なっ」
その大木の、人の胴程の太さもある根は、すぐ隣のRandom15を取り込み、さらにその木を太く大きくしていく。
取り込まれた彼らの生存は絶望的だろう。樹は究極院の手にあったはずのコアすらも取り込み、その幹の奥深くに死体ごと隠してしまった。
勝利の狂騒は、阿鼻叫喚の惨劇に早変わりする。
そこに一人、落ち着いた様子で歩く者がいた。
「いやあ皆様大騒ぎなご様子で。哀れ、最後に気が抜けてしまったようですね」
ゆったりとしたローブ。のっぺりとしたマネキンの身体。手に持つのは、豪奢な装飾が施された両手杖。
「……【カドゥケウス】の……」
長く潜伏していた、カルクスだった。
「ご存じですか。光栄です」
くすくす、と、表情のない顔で一人楽しそうにするカルクス。
「あんたの……防衛側の仕業か!?」
「はい。全く、『帰るまでが遠足』なんて言葉もあるのに、コアを持ち帰る前に気を抜いたからこうなるんでしょう?」
樹は意志を持つように、恭しくカルクスへその枝を下げる。カルクスはその枝に乗り、樹の高くまで持ち上げられた。
「ご覧ください。これは【寄生樹】……究極院、それからRandom15すら飲み込んで糧にし生えてきたもの」
「な……」
「そんなスキルがあんのかよ……」
「皆さんがご存じないのも致し方ないでしょう、ワタクシこれでも情報ギルドの長ですからね。さ、ここからはレイド戦ですよ」
精々頑張って、中のコアを取り出してくださいね。
カルクスはそう軽妙に、侵攻軍にとっての死刑宣告にも等しい言葉を言い放ったのだった。
プランB(iohazard)